Between two stools one falls to the ground.





はりはり。

はりはり。

「ホントに良く食うなお前」

『うるせぇ。そだちざかりなんだよおれは』

「あははははは!」


「何がおかしい!」

『なにがおかしい!』

走は、自分のこの特異な能力に感謝した。

こんなに可愛いやりとりを、見たくないわけがあろうか。

岳は勿論、自分のように特殊な能力を持っていない筈なのに。
通じ合うものがあるのか、はたまた似たもの同士だからなのか。
どうやら、この一人と一匹の間には会話というものが成立してしまっているらしい。


フローリングの上に敷かれた真っ白いクッキングペーパーの上に鎮座まします白うさぎ様は、真っ黒い大きな瞳で岳を見上げ、右前足でとすとすとペーパーを叩いてみせた。

「ほら、もっと欲しいって催促してるよ岳」

「そんくらい俺にだって解るっての。ほら〜今あげまちゅからね〜」

『げっ。きもちわりぃこえだすなっての』

うさぎは悪態をつきながらも、差し出されたレタスにはり、とかぶりつく。

はりはりはりはり。

真っ白いふわふわの塊が小刻みに動いて、みるみるうちにレタスが減っていく。

うさぎの気持ちの良い食べっぷりを、目を細めて満足そうに見つめる岳を尻目に、走は台所へと立った。毎週交代で受け持っている食事の支度をするためだ。今週末は自分の番だった。



      ※      ※      ※



走の部屋に白うさぎが迷い込む、というちょっとした事件があったのは、三週間前のこと。
うさぎはすぐに、同じアパートに住む女の子が友達から預かっているものだと判明したのだが、元気すぎるのか、獣医と自衛官という奇妙なコンビに興味を持ったのか、はたまた、自分と同じ『ガク』という名前を持った岳に親近感がわいたのか。うさぎは度々走の部屋にあがりこんでいる。しかもそれは、二人が揃って家にいる週末に限ってのことだった。

最近では、冷蔵庫の野菜入れにレタスやらにんじんやらが余分に常備されているのが普通になってしまった。


リビングからは、はりはり、という小さな音と、岳がうさぎに話しかけている声が聞こえる。
走は、何を作ろうか、と腕まくりをして、冷蔵庫の中を覗いた。昨日買い足したばかりの卵が目に付く。確か、院長先生におすそ分けして貰ったタラバガニの缶詰が戸棚に入っていた筈。


(やっぱ今夜はかに玉と酸辣湯でミニ中華に決まり!)

今夜のシェフは献立を思いつき、パチン、と指を鳴らす。

と、ふいに。


ここここここここ。

「へ?」

空耳かと耳をすましてみても、リビングの方から聞こえる小気味のよい音は止むことなく続いている。うさぎがレタスを食べるにしては硬質な、その音。

こここここここ。

「岳?」

気になってリビングを覗く。
と、片方の膝を立ててリビングの真ん中に座り込んでいる岳が、立てた膝の上に乗せたうさぎにポッキーを食べさせていた。

「うまいか?」

『おう。なかなかうまいな、これ』

ここここここここ。

岳がうさぎにポッキーを差し出すと、うさぎはポッキーにかじりつく。
かりかり、と、ビスケットのくずを落としながら、見る見る間にポッキーは短くなっていく。

そして、自らもポッキーの箱を片手に抱え、ポッキーを口に咥えて、楽しそうにうさぎに話しかける岳。走は、その肩を後ろからちょいちょい、と叩いて。

「ん?」

「あんまり食べさせちゃ駄目だよ。虫歯になったら困るから」

「ん」

振り向いた岳の唇に挟まれたポッキーを反対側から咥え、パキン、と折ってみせる。

「ご馳走様♪岳も食べ過ぎには気をつけろよ」

「ガキじゃあるまいし」

「あんまり食べると俺の上乗せられないし」

「……アホ」

岳から貰った半分のポッキーをこりこり、と口の中におさめ、走は台所へと戻る。


そんな夫婦のやり取りの最中も、軽快な速さでポッキーをたいらげていたうさぎは、レタスをねだる時と同じようにぽすぽす、と岳の膝を叩いていた。

『がく、もっとくれ』

「オウケィ」

ここここここ。

『もっと』

「はいはい」

こここここここここ。




『もっと』

「もうねぇよ!」

『まだあんじゃねぇか』

「これは今俺が食ってんだろ」

『それでいい。くれ』


ここここここここここここここ。


こここここ…………。


……………。


……。


…!


「げ…!お前とキスかよ!」

『おまえときすかよ!』




     ※     ※     ※




「あれー?岳、ガクは?」

「知らね。俺もさっきから探してんだけどよ」


先ほどの一件がショックだったのか(…?)、うさぎのガクは、岳が眼を話した隙にどこかへいってしまったようだった。

「まぁ夕食時だし、あの子のところに戻ったかな」

「そうだな。俺らもメシにしようぜ」




     ※     ※     ※



かたん。

「へ?」

「戻ってきたかな」



食器の片付けも終わり、借りてきたビデオを鑑賞中。
ベランダ側の窓――いつガクが来てもいいように、常時五センチ程開け放してある――がいつものように音をたてた。



走と岳は、二人同時に音をした方を見やって…



…絶句。



『よう』

『おれんとこ、こんやるすらしい。だからあそびにきてやった』

走の部屋に足を踏み入れたうさぎは、いつものように挨拶(…?)をする。
いつものように、小走りで走の足元にやってきて。
いつものように、短めの耳を寝かせて岳を見上げて。
いつものように、黒曜の瞳をまたたかせて。

その仕草は勿論、いつものガクと同じものだったのだけれど。

しかし、どう見てもそのうさぎは、いつものようではなかった。


短めの耳も、前足も、真っ黒な瞳も、小さな尻尾も、ふくふくした丸い体も、綺麗な毛並みも、自分達が良く知っているガクと同じものだったのだが。



しかし、走と岳には、にわかには信じ難いことだった。



短めの耳も、前足も、小さな尻尾も、ふくふくした丸い体も、綺麗な毛並みも全て…





――チョコレート色だったからだ。



     ※     ※     ※




「いやーうさぎってチョコ食べすぎると茶色になるんだなー!大発見★」

「んな訳ねぇだろアホ獣医!」

「じゃあ岳はどう説明するつもり?」

「知るかよ。俺は獣医じゃねぇっての!」

「しーっ。あんまり大きな声出さないで。起きちゃう」


走の部屋にくるなり、ガク(と思われるうさぎ)は、自分の身に起きた異変について説明する間もなく寝付いてしまったのだ。

耳を寝せて、眼を閉じて、身体を丸めて。
毛並みの良い背中が規則正しく上下している。

こげ茶色の毛色のせいで、白毛では気づきにくかった毛艶の良さが際立っているような気がする。


「しっかし…小さくても結構あったかいよなコイツ」

起こさないようにベッドの上に乗っけてやり、ガクに顔を寄せるように寝転んだ岳が言う。

「まぁね。あ、風呂沸いたし俺入ってくる」

「おう」



     ※     ※     ※



「岳ー?次風呂…」

濡れた髪をバスタオルでがしがしと拭きながら、リビングに戻ってきた走が岳へ声をかける。
と、岳はうさぎを抱きこんだままベッドで眠ってしまっていた。

「がく?」

昨日の寝不足がきいたのか、名前を呼んだくらいではうんともすんとも言わず。

「ん…ちょこ…」

チョコレートの出てくる夢でも見ているのか。
しょうがないヤツ、と苦笑し。ベッドの上ですやすやと寝息をたてている一人と一匹に布団をかけてやる。

「ちょこー…」

(うわ…)

走は、目の前で起きている光景に思わず見入ってしまう。
寝ぼけた岳がチョコと間違えて、自らが抱きこんでいるチョコレート色をしたうさぎの、片耳を食みだしたのだった。

そんなに強い力が込められている訳ではないのか、うさぎのガクも未だ眼を覚ますことなく。

はみはみと食まれる度に、反対側の耳がぴん、と跳ねる。



はやく助け出さなくちゃ、とか。

チョコレート色になってしまったガクをどうしよう、とか。

いやそもそもうさぎって染色可能なのか?とか。


問題は山積みなのだけれど、とりあえず。



(……とりあえず、あと五分は見てたってバチは当たんないよね♪)





自分勝手にそう結論付けて、走はベッド脇に腰を下ろした。









                    END







2002.11.11. 脱稿

ポッキーの日ですね。
ポッキーといえばチョコ。チョコといえば鷲(合言葉)

そして病は続行中です。
今回はうみきんぎょ嬢SSの流れを受け継いだうさぎのガクちゃんです。
茶色です。
ポッキーの日記念でチョコ色にされてしまったガクちゃんの運命やいかに…!

うみきんぎょ嬢のオリジナルのガクちゃんに会いたい方は、
是非いただきものコンテンツへ★
獅子鷲(うさぎ)のルーツが探れます。



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