2002年10月1日  嫦娥奔月





小さな街の、とある夜市。
金の髪に鋭い目線が印象的な異国の男と、眼鏡をかけた聡明そうな男が二人、果物屋の店先で押し問答をしていた。

「そんな緑色の蜜柑、俺は絶対食わねぇ」
柚子ヨウズは元々緑色なんだよ」
「勝手にしろよ、どうせ酸っぱいぜ」

そう言い捨てたきり、金髪の男は背を向けてしまう。
眼鏡の男は、店主に向けてすまなそうに苦笑いをし、足元に広がる柚子の山を見やった。

ユエって、やっぱり変な処で貴族趣味だよな)

口に出さずにそう呟き。それから待たせること三十秒。先程は音にされる事の無かった男の名前を呼ぶ。

ユエ
ツォウ…?…何……ッ?!」

振り向いた瞬間、唇の間に何かを差し込まれ、岳は少々狼狽した。気付いた時には早遅し、走の指先が岳の唇を人撫でして、離れていったところ。

「おま…っ」
「ね。甜いだろ?」

固まりかけた岳ににっこりと笑いかけ、店主の方に向き直り。

先生おじさん、柚子八つね」

   ※    ※    ※

「遅いねー皆」
「ねー。あれがなきゃ始められないよねー」

ハイフゥは、月明かりを受けて煌々と輝く葉の間に伸びた枝に、仲良く並んで座っていた。その下には、いつもの様に目を閉じて瞑想に耽っているユエの姿があって。

「あ!月餅ユエピンだ!」

その声が届いたのか、一足先に市場から帰ってきたツァオが、両手に一杯の月餅を掲げた。音無く枝から飛び降りた海が、草を迎えに走っていく。冴はそんな様子を溜息を付きながら見つめ、月へ声をかけた。

「さ、そろそろ準備、はじめましょうか」
「そうだな。煌蓮を呼んでこよう」

「もう来ていますよ。後の二人もじきに」

「「…いつの間に!?」」


今日は中秋節。
満月は三日月と違い、一晩中宴に付き合ってくれる。
丸い月餅は、皆との団欒を。
そして、柚子は縁起を。
皆で味わい、月を愛で。

「俺柚子大好き!甜甜!」
「やっぱり月餅は胡桃入りよねぇ〜煌蓮様、早くはやく!」

元気な二人組を見て、三人も可笑しそうに笑う。




程なくして、ツォウユエが戻ってきた。
二人の手には買ったばかりの柚子が下げられ。

繋がれた手と、
岳の頬がほんのりと朱に染まっているのを、
今宵の月は鮮やかに照らし出し。

――けれどそれは、また別の話。


今は、彼らと嫦娥の宴をゆるりと眺める事にしようか。