Though this road gets long and weary...





真新しいリネンの匂いにつつまれて走が目を覚ますと、自分の隣りで静かに寝息を立てている男の髪が真っ先に視界に入った。
天然の黒髪にしては、少し色素が薄いであろうそれを、走は右手の人差し指と中指を使って掻きあげ、さらりと下に落とす。
そのまま、何度かその意味のない動作を続け、此方が起きたという気配に相手が全く気付いていないを確認すると、首筋にそっと唇を寄せた。


「ん…」

触れるだけの微かな其れに小さく反応すると、白銀は身じろぎをしてやがてゆっくりと目を開ける。

「ごめん、気が付いたら寝ちゃってたみたいだ」

どうやら、先程の小さな戯れには気付かれてはいない様子。走は、相手の恐ろしい程の鈍さに心底感謝しつつ、ほっと胸を撫で下ろす。当の本人はというと、起きぬけでまだ焦点が定まっていないのか、普段の、人の心を射抜くような眼力は影を潜め、ぼんやりとただ空を見つめるのみ。



    ※    ※    ※



――「何故、お前はそんなに俺を構う?」

ここに来て、白銀に顔を付き合わせた瞬間ぶつけられた疑問に、即座に『一緒にいたいから』『気になるから』などと答えられる気分では無かった。理由なんてないし、本当に、只々偶々そんな気になっただけだったからだ。
しかし、投げかけた質問に満足のいく返答を貰えなければ話題を変えないこの男にとって、そのような態度は鬼門である。

――「俺自身がここで独りでいることを望んだのだから」

お陰で、プールバーにある小さな狭い皮張りのソファから、力づくで白銀を剥がして、ベッドのある彼の―仮の、本当に仮の―自室へ連れ込むまで、延々と会話の堂々巡りを強いられた。

――「お前は亀岩に戻れ、ここにいる理由はないだろう」

固く絞った冷たいタオルを畳んで、白銀の額に乗せても猶、彼は答えを欲しがった。疑問形で、そして時には断定形で。


度重なる激しい戦いと、漸く慣れてきた変身。
加えて、お世辞にも慣れているとは言えない現代の生活慣習と。

蓄積されていた精神的、肉体的な疲労に、先日のブルームーンモードへの変身がとどめを刺したか、白銀は一気に隊長を崩してしまったのだった。



    ※    ※    ※



『少し様子を見てくる』と立ち寄った走の口実が『少し』では無くなり、『明るいうちに帰れればいいや』といった彼の考えとは裏腹に、冬の太陽は既に西に傾きかけている。

体調が落ち着き、規則的な寝息を立て始めた白銀の横に寝転がっているだけ、の筈が、どうやら一緒になって寝ついてしまったらしい。

「ごめん、そろそろ俺行かなきゃ」

ベッドから降り、着ていた白いシャツの上にいつものジャケットを羽織り、白銀の方に振りかえる。

「ああ、すまなかったな」

すまない、とそんな言葉とは裏腹に。


白銀は、縋るような眼差しで走を見ていた。

否、そう見えたのは走だけかもしれない。

綺麗な鼻梁と、日本人的な美しい眉と。
それらが交差するところで、きゅ、と僅かに皺を寄せて。
重めの口よりも、それよりももっとずっと多くの意志を伝えてくれる瞳が、一瞬、揺れた。


「ああもう、どうしてそんな眼ぇすんの」

ベッドの上に腰掛けている白銀に、向かい合う姿勢でしゃがみ、視線を合わせて。


――その深遠な瞳の黒に、引き寄せられそうに、なった。


黒は沈黙の色だといわれているが、時には他のどんな色よりも雄弁になる。


千年の眠りから覚め、衣を脱いで、洋服を身に着けて。
パンを食べ、ベッドで夜を明かすようになっても猶。

その瞳だけは、千年前の輝きを宿している、そんな風にも見えた。

「眼?」

暗く、黒く、深く、濁りの無いそれは、何よりも純粋で。
部屋に一つだけ在る、大きめの窓からさし込む西日を、時折きらりと反射させた。




「ここに、いちゃだめ?」

「?」

自分にそんなことを言わせたのは、他でもない、彼の瞳。


「…多分、それが答え。納得いった?」


すると、その瞳がゆっくりと細められ…。



「俺はまだ、お前の事を知らなさ過ぎる。


…お前の要求に答えてやれる位にはな」



その時の俺の顔を、もしイエローが見ていたなら。

あいつは多分、シニカルに笑いながら俺の肩を叩き、こう言うだろう。


――Though this road gets long and weary.












2002.02.11. 脱稿

吉田じょにぃ。へ捧げます。誕生日おめでとう!(遅)
遅くなってしまってすまんです。
そして赤銀。皆様、リンクから彼女のサイトへ行きましょう。
トップの美麗赤銀と、こっそりコラボレ。
あれを見た瞬間、SSが書きたくなりました。
走せんせ、成就してなくてごめんね。

それにしても。「リネン」という言葉の響きには微妙にいやらしさを感じてしまう。そうだな…10ドンキぐらい(『新しい単位』参照)
あと、高校時代の部活の合宿で、夜通しずっと『リネン室』で語り合った思い出とか。


私信)
じょにぃ嬢絡みの赤銀3作目。
誕生日祝いは二周目に突入です。
貴方にとって今年一年が、幸多きものでありますように。
これからもよろしく!花開富貴!生日快楽!!