As I walked by you, Will you get to know me.





「悪いな、助かった」
フライパンで茄子を炒めながら、菜箸を片手に岳が振り向く。
「いやいや。でも大した事なくて良かったよ」
鳥かごの蓋を閉めて、走が振り向く。


          ※     ※     ※


今からニ時間前、診療を終え帰宅準備をしていた走の携帯に一本の電話が入った。
画面表示は、『鷲尾岳』からの着信である事を教えている。
唇の端を僅かに上げて通話ボタンを押すと、相当慌てているらしい岳の声が耳に飛び込んできた。


『ピー子が!ピー子が!!』

ピー子というのは、岳が最近飼いだした黄色いインコの事である。
こんなに慌てているということは、怪我か病気か何かであろうか。
獣医である自分が何とか出来る事なら是非力になってやりたい。走は素早く立ち上がって、本棚から鳥の病気関係の医学書を取り出し、椅子の上に腰を下ろした。

「おい、落ち着けって。どんな症状なんだ?」
医学書をパラパラとめくりながら、岳の言葉の続きを促す。走は知らず知らずのうちに、普段獣医として患畜に接する真剣な表情に戻っていた。

『ピー子の羽根が抜けちまったんだ!病気なのか?大丈夫なのか!?』

『なんか普段と感じがちげーんだ!』

しかし、獣医でも何でも無い専門外の人間に症状を聞いただけでは如何ともし難く、その上その患畜は手元にいないのだ。
しびれを切らした獣医、獅子走は、傍の壁に掛かっている往診用のバッグに手をかけた。

「あーもう!電話だけじゃ解んねぇよ!!今から車でそっち行くから、待ってろ!」
黒いバッグに必要な物をつめ込みながら自分の顎と肩に挟み込まれている電話に声をかける。

『…わかった』


夜の道を車で飛ばし、走が岳のアパートの前に駐車したのは、電話を受けてから十分後の事だった。




勝手知ったるといった風情で、白衣姿の走は手早く部屋に上がり込むと、鳥かごの前に腰を下ろした。

「で、いつ羽根が抜けたんだ?」
「羽根が汚れてたから、前言われた通り、スプレーで軽く水かけてやったんだ。そしたら…」
確かに、尾羽根が二本抜けた形跡がある。
抜けた羽根を良く見ると、羽軸に血液の古いものが溜まっているのが確認できた。
傷つけないよう鳥かごから慎重に出して、目に近づけて診ると、その他何本かの羽の軸――つまり羽軸が、がたがたに節くれ立っている。
それを見て、ああ、と一呼吸置いた走は、隣で心配そうに見守っている岳の方を向いて、説明を始めた。


「この子丁度十ヶ月位だよな。多分、換羽の時期なんだ」
「換羽…?」
「うん。羽根の生え変わりの時期。だから新陳代謝が活発になってるんだと思う」
栄養状態が心配なら、今度血液検査するから。説明の最後にそう付け加えて、走は岳の肩にポン、と手を置いた。


     ※     ※     ※


礼代わりに飯でも食ってけよ。
そんな岳の誘いを走が断る筈も無く、今に至る。
そういう訳である。


「CINZANO、買い足しておいたぞ?呑むか?」
手早く料理をこたつに並べ、岳が聞く。
「いや、酒はパス。今日はこれから行くとこあるから」
「そうか」



返事を返した自分の声が、いつもより僅かに下調子だった事に岳は気がついていない。



共同生活をしていた時から、岳の手料理の美味さは群を抜いていた。一人暮しをするようになってからは、自炊の割合が更に増えた為、その腕前は更に上がったようだ。
茄子の味噌炒めと天津飯に舌鼓を打ちながら、たあいのない事を話して、近況報告をして。

洗い物位は俺がするよ。そう言った岳と走のやりとりは日常茶飯事で。

走は手早く食器を拭き、戸棚に収めると、
「さて。そろそろ出掛けますか」
「ああ。助かった。じゃあな」
走の方を向いて、にやりと笑って岳が言う。

そんな岳の言葉に拍子抜けしてしまった走は、右手を腰に当てて、座っている岳の方へ左手を差し出した。


「何言ってんの。岳も一緒に行くんだぜ?ドライブ♪」

「出掛けるって、女のとこじゃねぇの?」

「ちげーよ。今日は月が綺麗だし空気が澄んでるから、終ったらベイブリッジの方にドライブもいいかなと思って」

「そうか」

「早く行こうぜ。明日早いんだろ?」

「ああ」


走が差し出している手を取って、岳は立ち上がった。





乗りなれた助手席のシートに腰を下ろし、聞き慣れたエンジン音をききながら。


「じゃぁお前、ピー子の事が無くても俺んトコ来るつもりだったのか?」


「当たり前」






走の車のバックミラー。




そこに、黄色い小鳥のキーホルダーが下げられるのは、もう少し先の事になる。


              





                END?




2002.02.20. 脱稿

うみきんぎょ様より、(掲示板)400キリリクです★
お題は『獅子鷲(っていうか最終回後の獅子鷲)』
『ピー子』というのはもちろん最終回に出てきた『孤高の鷲ちゃん』の事です(ははは)
仲間うちではすでに『ピー子』と名づけられております(笑)
キーワードは『素』
下心無く友達のような夫婦のようないやむしろ友達夫婦のような獅子鷲です。
『俺達って夫婦みたいだよな』(素)
そういう方向で!
BGMはMr.Childrenの『君が好き』で宜しくお願いします♪
(アレは獅子鷲ソングだー…)
うみきんぎょ様、リクエスト有り難うございました!
さぁこれから獅子鷲フェスティバルですぞー!(笑)
かっこ良く言うと『獅子鷲カルナヴァル』〜♪(壊)