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Red lorry, yellow lorry, red lorry, yellow lorry. 六月ももう半分を過ぎ、蒸し暑さで不快指数が一気に跳ね上がる日の割合も、一週間のうち三日と多くなってきた。 けれども毎日過ごし辛い訳ではなく、太陽が昇っていても長袖でいられるような日もある。今日がまさにそれだった。 見上げれば、久しぶりの青空。 気分良く手を大きく振って歩いてみると、右手に下げているコンビニのビニール袋がかさかさと音を立てる。袋の中には、遅めの朝食の材料――食パンやヨーグルト――が入っていて、そう重たい訳ではないから、それは右手からの力を受けて前後に大きく揺れる。 その遠心力を借りて、少しは早く帰れるかなぁと馬鹿な事を一人考え、獅子走は小さな公園の入り口でくすりと笑った。この公園を突っ切れば、アパートまであと少しだ。 「あれ?」 自分一人であっても、聞いてくれる人がいないと解っていても、思わず声を上げてしまうのは何故だろうか。 公園の奥にあるベンチに、王様よろしく鎮座しているもの。 それは、一本のアコースティックギターだった。 抱えあげると、梅雨だというのに湿ってはいなく、雨に濡れた様子もない。最後に雨が降ったのは二日前であるから、これが置かれてからそう日が経っている訳ではなさそうだ。 サウンド・ホールの中身を覗き、メーカーと銘柄を確認する。尤も、学生時代バンドをやっていた走は、それを見る前からある程度の見当はついていたのであるが。 MARTINのD28−VR。 弦が一本切れてしまっているギターを手にして、走は辺りを見回した。日曜日だというのに公園には人気が無く、走が今ここでこのギターと出会っている事には誰も気付いていない。 逡巡、躊躇し。 けれども、このままここに置き去りにしていくには、それは余りにも魅力的過ぎた。 腕時計を見て十時を過ぎている事を確認すると、走は、裸のギターを抱えたまま今来た道を逆戻りし始めた。 ※ ※ ※ アパートに戻った時には、腕の時計はもう十一時近くになってしまっていて。 部屋の奥に置かれたベッドには人一人分の膨らみが出来ていて、それが規則正しく上下しているのを確認すると、走はほっと一息ついた。 布団からはみ出している白い足を仕舞ってやってから、朝食の準備を始める。 「岳…岳、ご飯出来たよ」 一通り支度を済ませて、次なる仕事に取り掛かる走。 もう昼近くになっているというのに、ベッドの中の住人は起きる気配すら見せない。 「ん…ぅん…」 布団をゆさゆさと揺さぶると、それは気だるげな声をあげる。その声音で、走は彼をここまで疲れさせてしまったのは自分だという事をふと思い出し… 「岳、おはよ」 「…はよ…もうあさ…?」 反省代わりに、くすんだ色の金髪を優しく撫でてやる。 と、布団の中の主、鷲尾岳は覚醒したようだ。 「朝ってか、もう昼だけどね。起きれる?」 「んー…へぇき。腹減ったー…」 眼をこしこしと擦って身体を起こした岳は、あるものが部屋の隅に置かれていることに気づいた。確か、昨夜ここで眠るまでは、そんなものは無かった筈。 「走」 「ん?」 岳が起きたのを確認し、ベッドに背を向けてキッチンへと向かっていた走が振り返り。 「それ、どした?」 岳が顎を杓った先には、先程のギターが立て掛けられていた。 「拾った。…飼っても良い?」 飼っても良い? その言い方が、まるで小猫でも拾ってきたかのようで。 そしてその様子が、動物に無条件に愛されるこの男にぴったりで。 ベッド下に落ちているシャツを羽織った岳はにまっと笑い、いいぜと返す。 ※ ※ ※ 「さてと」 ベッドの上に腰掛けてギターを抱え、先程買って来た弦を横に置く。 切れているのは一本でも、張り替えるのなら六本同時の方が音が浮かなくて断然いい。ヘッドペグを回して弦を緩め、ある程度緩めると、ペグから弦を外す。外した弦を一まとめにし、手馴れた手つきで輪をつくり、端に寄せておく。 「ったく。お前、俺がここに来るってーと何か拾ってくるな」 岳が走の部屋を訪れるのは、スケジュールの関係からいつも週末だ。 二人っきりになれる言わば『貴重』な時間なのであるが、最近は走が拾ってくる子犬や子猫に、専ら邪魔され通しなのである。 「そうだねー…岳、ニッパー取って」 岳は、苦笑しながら引き出しを開け、ニッパーを取り出す。 ベッドの上にぽとりと放ってやると、そんな岳の気持ちを知ってか、走は同じ様に苦笑して、サンキュと言った。 ペグから弦が外れると、今度はブリッジ側のピンを、先程岳が放ってくれたニッパーで抜く。完全に弦を本体から外してしまうと、ガーゼを使ってボディを丹念に拭いてやる。 大して目立った傷もなく、いい拾い物をしたなぁと一人、ほくそ笑む。 「なんてギター?」 朝食の洗い物を済ませ、シンクまで綺麗に拭き終わった岳が、走の横に座って寄り掛かって、尋ねる。 「マーチンのD28−VR」 げぇ。と、小さく驚いて、一旦走から身体を離してもう一度寄りかかる。 「俺の同僚も同じの持ってて…まともに買ったら四十万位するよな、それ…」 「うん。運いいなぁ〜俺って」 走がほんの数秒で、このギターを持ち去ろう(ネコババ)と決心したのには、そういう背景があったのである。 あの後、すっ飛んで近所の楽器屋へ行って弦を買い、楽器屋のオヤジに待ちな兄ちゃんそいつ何処で盗ってきたんだと疑われ、逃げるように家に帰ってきた。 そんな事を岳に話しながら新しい弦を張り、余分な弦をぱちんぱちんとニッパーで切り落として、完成。 「なぁ、何か弾けよ」 チューニングをし終わった事が解ると、岳はそうねだり、自らは走の膝を枕代わりにして頭を乗せて寝っころがる。 「何が良い?」 「なんでもいー…」 既に口調が平仮名になっているところを見ると、また眠くなってきてしまっているのだろう。 走は、子守唄でも歌ってやるかとギターを抱え直し、弦を抓んだ。 柔らかなギターの音色が紡ぐ、静かな音色。それに重なるテノールが、決して広いとは言えない部屋を満たしていく。 歌声の持ち主の膝では、岳が眼を瞑って歌に耳を傾けていた。伏せられた長い睫毛に見とれてしまいそうになりながら、走は猶も歌い続けて。 「なぁ」 「ん?」 「これ、このあいだーお前にもらったアルバムのごきょくめだろ」 「うん」 ぽろん、と弦を鳴らして、答える。 岳は、耳コピかよすげぇなぁなどと関心しながら、ふわっと笑って、言った。 「おれ、おまえのうたごえすき。クセあって、なんか…」 「なんか?」 「なーんか、やらしー…」 見事にフェードアウトした語尾を確認して走は苦笑し、もう一度、ギターをぽろんと鳴らした。 岳が起きたら、今夜は何処へ行こうか。 江ノ島、横浜、お台場…どこでもいい。 後ろの座席にギターを置いて、助手席に岳を乗せ。着いた先で歌なんか歌っちゃったらもう最高。 膝の上の金髪を優しく撫でてやりながら。 二人の休日は、いつもいつもこんな調子。 END 2002.06.23. 脱稿 あき様からの7000キリリクで、 お題は『獅子鷲で、歌う獅子とその歌に聞き入る鷲。』でした♪ ご…ごめんなさい(謝) 獅子、ちょっとしか歌ってません。ギターとか直しちゃってます。 最近はどうもこんな調子の獅子鷲しか書けなくて… 今回も例に盛れず、最終回後獅子鷲的日常です。 獅子が歌っている歌は、自分的獅子鷲テーマソングでもある、 『Our song』(鬼束ちひろ)です。 この曲、前に書いたSSにも何回か出してます(笑) タイトルに特に意味はないんですが、英語の有名な早口言葉から。 当初はコレを獅子に言わせる予定だったんです(裏話) あき様、リクエストありがとうございました! ⇒戻る
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