Let the stormy clouds chase.







常に消えせぬ雪の島、

蛍こそ消えせぬ火はともせ、

巫鳥しとどといへど濡れる鳥かな、

一聲ひとこえなれど千鳥とか




※    ※    ※





竹林の中を、湿った風が撫でてゆく。
風に煽られた竹が揺れ、触れ合った葉はさらさらと音を立てて。
緑色をしたその匂いが鼻をくすぐる。


ぽつり。


「雨か」

黄櫨こうろは、己の頬に落ちたひとしずくを、親指で拭った。

「鬱陶しいな。…緋赤ひあか、そなたはこの空に何を思う?」

黄櫨の隣を歩んでいた緋赤も、彼がするように雫を拭う。黄櫨の方を向いてやんわりと微笑むと、その手を掴み、あまり雨の当たらない竹陰へと導く。


「雨とはまた妙なり。黄櫨、こうしてみると銀糸のようではないか」

実際、この雨はあまりひどくはない。
細くゆるやかに振り続く雫。
それを、緋赤や黄櫨のように、残像として目で追う事が出来れば、銀糸のようだなどと形容することも能うだろう。


「そうか。俺は雨は好かぬよ、時々悔しくなる」

しかし、当の黄櫨は不機嫌そうに天を仰ぎ、容の良い柳眉を顰めた。
その様子を面白そうに眺めながら、緋赤は問う。

「何故だ…?」

「青い空が水の滴る雲に覆われて…風さえもが水を纏うのだぞ。何やら…青藍せいらんに負かされたような気になる」

そのような黄櫨の答え。
それに何やら引っ掛かりをおぼえた緋赤は、おや?と首を傾げて。

「然らば…雪も好かぬか?」


青い空を覆い、風の吹くのに任せて飛ばう雪。
それも、雨と同じではないかと。


其のような緋赤の問いを予め知っていたかのように、素早く黄櫨は言葉を返す。

「ふ。姫には誰も敵わぬよ」

敵わぬ、と。

そんな自分を卑下することもなく、自嘲気味になることもなく。

「そうだな…雪白ゆきしろには敵わぬて」

満足そうに笑った黄櫨を見、己達の仲間である、唯一の姫の姿を思い出し、緋赤も同じように笑った。

そして、微笑んだまま、己の右手を上向きに上げる。
その掌に、小さな紅の炎が灯った。それを雨の方へかざすと、しゅっとかすかな音を立てて消え去る。

「ふむ…そんなに悔しいのか?こんなに綺麗な音を奏でるのだぞ」

「何を云うか。俺にとっては一大事だぞ」

目つきに僅かばかりの剣呑さを現して、笑われた黄櫨はそっぽを向いて拗ねた真似をする。
そのような黄櫨を煽るのが、また楽しいのだなどと知っている緋赤は、隣に立つ御仁に柔らかい視線を傾けて問う。

「ほう。…それはまた如何して?」

「かのような童に負けるわけにはいかぬだろうに。…緋赤、お前も負けたな」

炎の消えた掌をなぞって、にやりと笑う。

緋赤は、掌をなぞる黄櫨の手をきゅ、と握って。

ああ、負けたな。と小さく呟いた。


「しかし、俺は青藍を童などと思ってはおらぬぞ」

「ならば姫か?…今頃は何処で舞っているのやら。今はその必要は無いと言うに…」

ここでからかわれているのを知ったら、青藍はどのような顔をするだろうか。
それを思い浮かべるだけでも可笑しくて、緋赤はさらに煽ることにする。

「美しい姫だな、あやつは。…あやつの舞いは天から譲り受けた才であるからな…」

そう言って、緋色の飾り紐の付いた扇を広げる。

「雨を共に、歩き白拍子でもしておるのだろうよ」


広げた扇を巧みに操って、緋赤は舞いを舞う真似をしてみせる。


水のせいか、雨のせいか、水灰色を増した風景の中で躍る緋色の平緒と扇。
切れ長の目を更に細めて、その光景を見ていた黄櫨が、ふいに口を開いた。


「おや、そなたも姫になるか」


舞う緋赤の袖を引き、己の元へと抱き寄せる。


「愛でて差し上げようぞ?」


くすくすと笑いながら、耳元で悪戯ぽく囁いた。

「っ…随分と機嫌が良いな」

耳元での囁きに、緋赤は気持ち良さそうに目を閉じる。

「雨の日は好かぬのではなかったのか?黄櫨よ」

「ああ。独りで雨を見るのは気が滅入るよ」

腕の中にいる愛しい相手。

己にとって欠くことの出来ない存在であることを証明するかのように、少し強い力をこめて抱き締める。
首筋に顔を埋めると、嗅ぎ慣れた緋赤の香の匂いが、いつもより弱まっていることに気付く。


「雨の匂いがするな……これも気に食わぬぞ」

少し不機嫌な声音に気付いたか、抱き締められている方の緋赤も黄櫨の背中に腕を回して。
愛しい躰を抱き締めて、耳元で囁く。

「雨の匂いなど…お前が消してくれるのだろう、黄櫨?」

そんな極上の誘いを、黄櫨が断わる筈もなく。

「雨に喰われたか?…其れは心穏やかではないな…俺が取り返してくれるわ」

言うと黄櫨は、緋赤のしなやかな首筋に唇を寄せ、紅い跡を残す。
ちく、というかすかな痛みすら、己の情を煽るのには十分な程で。
黄櫨の躰に回した腕が、腰に帯した太刀にあたりかちゃりと音をたてる。


糸のような雨。

其れが竹葉を叩くかすかな音が響いているこの林で。

太刀の音は、実以上に良く響いていた。


「ああ…全て取り返してくれ。お前がな…」

竹の陰での小さな戯れ。
すっかり機嫌を良くした黄櫨は、くすくすと笑って幾つも跡をつけていく。

「ふふ…俺は雨に勝てるやもしれんな…」


暫く、機嫌の良い想い人がするままにしていた緋赤だが、突然、己の首を這い回る唇を其の手で捕らえる。
緋赤の首筋に戯れを続けていたせいか、ほの紅く染まる黄櫨の柔らかい唇を親指で撫でてやる。


そして、今度は己の番とでも云うように、黄櫨の白い首筋を眩しそうに見つめて。


「ん…俺ばかりつけられていてはいささか分が悪いな」

紡いだ言葉が終るか終らないかのうちに、真白い首に歯を使って少し濃い目の跡をつける。

「…っお前が付けるのは目立ち過ぎるのだよ。よさぬか」

黄櫨は、首筋から生まれる感覚で乱されはじめた己の息を悟り、やんわりと牽制の言葉を放る。
しかし、その声は決して嫌そうではなく…

それが判る緋赤は、首筋に舌を這わせたまま、にやりと笑って策を呈する。

「明天は物忌みにでもすれば良いではないか。さすれば誰にも悟られることはない」


物忌み。
それは、占いによって凶事が予想された場合や、何事かが起こり穢れに触れた場合、廷に参上することなく、誰にも会わず、ただ家の中に篭り、精進潔斎に徹しなければならぬ日のこと。

しかし…この二人の様に、ずる休みの口実にしてしまう文官、武官も少なくは無い。


「そうか物忌みか…」

擽ったそうに首を竦めて緋赤の頭を抱き寄せ、熱っぽく言葉を紡ぐ。

「今度は俺が喰われる番か…?」

先刻まで緋赤の首筋を喰らっていたのは黄櫨。
そして、今は緋赤が黄櫨の首筋に紅い跡を付けているところで。

「喰っても良いのか?」

緋赤は形ばかりの承諾の有無を尋ね、答えを聞かぬまま、竹に黄櫨の躰を押し付ける。
衣を引き、その隙間から露になった鎖骨を軽く噛む。

「…ッこら、止さぬか」

ひく、と己の喉が微かに上下するのが解る。
堪え性の無いこの相手を、さて、どうしたものかと逡巡思案を巡らせて。
巡らせて、そして、黄櫨は先を紡ぐ。

「明日は物忌みなのだろう?急くことはあるまい。雨の湿り気は…好きではない」

眉を顰めて俯き加減になると、柔らかな髪がふわりと揺れる。


そんな風に己を押し留める黄櫨を見やり、緋赤はふむ…と口を閉じ、小声で何事か呪文を紡ぐ。

「ならば…これではどうだ?」

一瞬にして二人の周りの湿度が下がる。
炎術を巧みに操るこの男は、その力を大気中の熱や空気にも求めることが出来るのだ。




「…二人で物忌みとは…また面妖だなどと宮中で後ろ指を指されてしまうな…」





愉しそうに。



くすくすと笑って、緋赤は黄櫨の陶器のような肌に唇を寄せた。







雨は、未だ止む気配を見せず…















2002.04.28. 脱稿

平安獅子鷲竹林散歩話です(笑)
今様は梁塵秘抄より十六。何だかやらしくてぴったりです。
最近鬱々と降り続ける雨に閉口気味だった、私と友人うみきんぎょ。
戯れにこのようなメールをはじめたところ、思いのほか上手くいったので、SSにしてみました(笑)
例によって例の如く、黄櫨の台詞は全て彼女のものです(すげぇ)
やりたかったんですよ〜竹林散歩♪
平安っていいなぁ…何でも出来るもんなぁ…しかもビジュアルは現代獅子鷲と一緒だもんなぁ…(悦)
そして当然の如く、緋赤さんこのままでは終りません止まりません。
続きは勿論裏で★
書けたら裏ページを作ります(笑)
今回はそんなわけでやらしさ倍増でお送りしました。
だって表なのになんだかあざといよ…
気合いを入れて写真合成までしてしまいましたよ(笑)