其乃壱  Chinese night (仮)





連日の戦闘のせいで、武器に手間をかける時間があまりなく、気が付けば三日も刃研ぎをしていなかった。
このままでは流石にまずいと思い、ユエは、宿営地の見張り台の上という不安定な場所で自分の破邪の爪を手入れする事となったのだった。
岳が手にしているのは総丈一歩半はあるかという長槍で、刃の部分は岳の守護獣、荒鷲を象って創られていて、嘴にあたる部分が槍の先端である。刃と柄の繋ぎ目には山吹色の房と飾りが付いていて、柄尻にもそれと同色の房が付いている。

見張り台に上がっているのは一人ではなく、大柄な男が岳の向かい側に座り込み、こちらも同じ様に武器をいじっていた。男の名前はツァオ。岳と同じ、戦士である。
草の破邪の爪は、二本の青龍刀で、柄(つか)には草の守護獣である黒牛が刻まれている。刃の形は黒牛の角の形に象られている。刃の根元に房と飾り、柄尻(つかじり)に同色の房があるのは岳の物と同じ。ただしこちらは空五倍子色である。


武器を扱う時特有の金属音と夜の音だけが二人の聴覚を支配してどれくらいになるだろうか。
ふいに、草が口を開いた。


「なぁ」
「何だ?」
岳はそんな草の方をちらりとも見ずに、話の続きを促した。草が幾分ばつの悪そうな顔をしているのが、見張り台の灯の明るさだけでも確認できる。
ハイって…かわいいと思わないか?」


ガランガラン…ッ


瞬間、槍を握っていた両手の握力が零になった。

「は…はい??」
「海ってかわいい、そう言ったんだ」
一度吐き出してしまった事で箍がはずれたのか、二度目はすらすらと言ってのけた草。
しかし、語尾は男らしくとも、宙をぼんやりと見つめる瞳はどう見ても恋する乙女のそれで…

「そ…そりゃぁ…海の生まれ故郷――活国は、亜歴山の子孫が多いことで知られる、異国系美人の多い地域だから…な…」

海も、岳や草と同じ戦士の仲間なのであるが、特徴となるのはその容姿で、大きな黒曜の瞳、紅をひいたような艶やかな唇、容の良い鼻と、唐人というよりはむしろ波斯人を思わせる美しい少年である。
その海の故郷は活国。マケドニア東方遠征の到達地であり、暮らす人々もアレキサンダー大王の子孫が多い。岳の言う通り、老若男女問わず、美人が多い地方なのである。


「…自分、海の事が好きなのかもしれない」
とんでもないことを言い出した草に、返す言葉もなく口を開けていると、話題の主、海の元気な声が聞こえてきた。

「草!草ってば!ツァー―オッ!!」

「海!自分はここに…!!」
「…ッだぁぁぁ!!…落―ち―るから、やーめーろぉーー!!」
岳は、大きな身体を乗り出して、今まさに海の元へ飛び降りんとすといった風情の猛牛を必死で止めて、梯子から降りるよう促した。

「じゃ、自分もう行くから。おやすみ岳♪」
手入したばかりの青龍刀を腰に携えて降りていった草を見送って、見張り台にへたり込むと、地上での草と海の会話が耳に届いた。

「ねぇ草、今日もいっしょにねても…い…?」
「ぅ…うっし!」
「わぁい♪ありがと…草だ―いすき♪」




――どうやら、最大の敵は鬼でも妖怪でもなく、案外近くにいるようだな――



そんな、穏やかでない事を呟きながら、相変わらず槍の手入に余念がない岳であった…






                END?




2001.11.28. 脱稿

小ネタです。小ネタ。
元ネタはイスカンデルク―リ★
何気に牛鮫、鷲鮫。
というか海にゃんモテモテ(死語)ですな。
因みに今のBGMは『シルクロードの音楽』(笑)
いやぁこれがはまるはまる!!
次は海にゃん(ハイちゃん)をちゃんと書きたいですね。