其乃伍  Chinese wight (仮)





長安には二つの顔がある。

昼の顔と、夜の顔。

太史令が占卜に使用する、卜器に刻まれた文様のように。
表裏の要素が混ざりあい、唐の主都という容を造っている。

都を南北に貫く朱雀大街から、路地を五角程東へ。
東市から程近いこの場所は、昼間ならではの喧騒に満ちている。
しなびた野菜を売りつける物売り、乞食、僧侶の托鉢。

人々の服は黄砂で薄汚れ、道端に転がっている碗は朽ち。
西方に位置する巨大な砂の海からの、乾燥した空気が肌と喉を焼く。


唐屈指の都と言えども、この有様。
六朝に渡り栄えた貴族の生活も、最盛期をとうに過ぎている。
華やかな貴族朝も決して長く続きはしないのかもしれない。


ユエは、眉間に皺を寄せ、小さく舌打をした。


――国の栄華が永遠である筈がない。

身をもってそのことを知っている自分は、ここに来る度に如何ともし難い気持ちになる。
弱肉強食。力無きものはやがて朽ち、力有るものは育つ。それが草原を生きるものの定めであり、それこそが永遠不変の真理であると教えられてきたし、これからも自分はそう教伝していくだろう。


「栄華の後に待っているのは衰退。何処も同じだ」

岳は自嘲気味にそういい捨て、槍を抱えなおした。



    ※    ※    ※



細い路を其のまま北へ進んでいくと、前方に何やら人垣が出来ていた。

「すごい熱だ!」

「医者を!」


騒ぎの方向に眼をやれば、人垣の中心に男が倒れている。
のた打ち回るその姿が、野次馬達が造る壁の隙間から確認できた。
胸を抑えて目は虚ろ、足は激しい痙攣を起こしている。開いたままの口からは、血と泡と、断末魔の叫びが漏れていた。苦しみ方が尋常ではない。

「どけ!」人垣の間に割入し、のたうちまわる男に近づく。


「う…うぅ…うぁぁァァ!!」


突然。

男は急に起き上がり、岳に殴りかかってきた。
其の眼は苦しみと高熱と痛みで、激しい錯乱状態を起こしている。

「…っと」

岳は、自分の身に迫る拳を指一本で軽くいなし、とん、と地面を蹴った。
軽妙な動作で、綺麗な曲線を描いて頭上を越え、男の背後へと降り立つ。
力を加減し、首筋へ手刀を叩き込む。呻き声さえ上げさせる暇を持たせず、男は再び地面へと崩れ落ちた。

群集から、ほう、という溜息があがる。

「…これは…」

気絶した男の首筋へ掌を当てた岳は、思わず声を漏らした。
想像を絶する発熱。発作を引き起こす程であるから、相当なものだ。
それに加え、先程見せた錯乱と、虚ろな瞳。

専門家ではない自分でさえも聞き覚えのある、『妙薬』の名前が頭をよぎる。

「五石散…!」

「…五石散か」

思わず口をついて出た其の名前が、自分の背後に立っていた男の声と共鳴した。
驚いて岳が振り向くのと、声の主である眼鏡の青年がにこ、と小さく笑って岳の肩を敲くのは、ほぼ同時であった。

「黄酒、用意して。熱いやつ」

「は?」

快点はやく!」

「白酒でも?」

「熱い酒なら何でも!」



診察時特有の鋭い声に背を押され、言われるまま、岳は走り出す。











                        NEXT?




2004.05.18.
 
久々のコレがこんなに短くてすみません!
其の伍はまだまだ続きます。
前作達も加筆と修正したいなぁ…あとタイトルね。