He'll guide me to freedom, and as the word is read.





ガコンッ…コロコロコロ…


自分の手元を離れた手玉は、狙い通りの的球に当たった。
しかし、飛ばされた緑色の球はポケットに入る事無く、僅かに横にずれてクッションにぶつかり、撥ね返った。

自分らしくもない。
こんな簡単なショットをしくじるなんて。


ふと、手首に巻かれている時計を見ると、時間は二時十五分前を差していた――



    ※    ※    ※



以前から世話になっていたバーへ足を運ぶ。
俺だけではなく、仲間達とも馴染みのあるこのバーは、今やすっかりあいつとの待ち合わせ場所になっていて。
待ち合わせて他の場所へ移動することもあれば、ここで夜通しゲームに興じることもある。
俺が先に来て待っている場合と、その逆と、回数を数えれば約半々と言ったところか。

店は休みなのだが、マスターに貰った合鍵があるので、店内はほぼ貸し切り状態だ。


いつもの場所に置いてある自分用のキューを手にとると、ズボンのポケットから軽い電子音がした。


『携帯電話』と言うらしい、Gブレスフォンと形状も機能も酷似している(しかし変身は出来ないらしい)それをポケットから取り出しボタンを押す。耳に当てると、多少の雑音と共に、あいつの声が飛び込んできた。


『もしかして…まだそこにいる!?』

「ああ」

『ッごめん!まだもうちょっとかかるかもしれない。今日は帰っちゃってもいいよ…?』


まったく。
自分が思っているよりも、ほんの少しずるいところのあるこの男は、俺が帰ることなんて出来る筈がないのを解っていて、敢えてこんな物言いをするのだ。
それに、『帰っても良い』と言いながらも、仕事が終ったら必ずこちらに足を運ぶだろうことは目に見えている。


「いや、待ってる」

耳に当てていた携帯電話を持ち直しながら、俺は答えた。



――待つのは得意だ――



    ※    ※    ※



病院の院長先生が、学会でここ二週間院を開けると言う事は以前から聞いていた。
そして、その二週間は、その奥さんとあいつと二人で診療時間を延長して頑張るということも。

診療時間も、診療時間外でも。
勿論、休診日だろうがお構い無し。

最近、あいつは働き過ぎではないだろうか。

そう思うのは、どうか自愛して欲しいと願う故のことなのか、それとも、もう少し逢う時間が欲しいと願う故のことなのか…



ガコンッ


打って撥ね返った手球が、ポケットへと吸い込まれていった。
…スクラッチだ。

二度目のファール。

…どうやら今夜はのらないらしい。




カウンターの椅子に腰掛けると、テーブルの上にあった『MDウォークマン』を手に取った。
掌に収まる位の小さなその機械は、現代の音曲に疎い俺の為に、岳が貸してくれたものだ。(岳は、俺が早く曲を覚えて、一緒に『からおけ』とやらに行きたいらしい)
ボタンを押すと、軽快な拍子の曲が始まった。
未だに現代曲の事は良く解らないが、律動感のある曲運び、『渚』『波音』といった類の単語が夏を連想させる。

夏…か。
現代で迎えた初めての夏は、狼鬼から白銀へと戻った直後の事だった。
あの頃は、後悔と責任の渦の中、皆を仲間とは認められずにいる自分が其処にいて。
狼鬼となっていた時…あいつを苦しめた事を悔いて。
ただただ、悩み苦しんだ事だけが鮮明に甦る。


…けれど。
この曲を聴いていると、何故だか夏が待ち遠しくなってくる。
眩しすぎる太陽の光を、あいつと共に浴びてみたいと思う俺がいる。

曲の名前を覚えておいて、いつかあいつに歌って貰おう。
そう思って『リモコン』(どうやらここに曲名が表示されるらしい)という小さな付属機械を見ると、そこには……


    ※    ※    ※




動物病院を閉める直前に飛び込んできた急患。
猫の赤ちゃんが出てこないという事で、直ちに帝王切開という処置がとられたのであったが。
手術も成功し、病院を閉めたのが二時過ぎ。

待ち合わせのバーに、バイクを飛ばして来てみると、相手はカウンターに突っ伏して寝ているといった状態で。
その手にはしっかりとウォークマンのリモコンが握られていた。
おそらく、音楽を聴きながら眠ってしまったのだろう。
片耳からはずれてしまっているイヤホンを耳につけると、走は小さく微笑んだ。


――『波乗りジョニー』…か。――




    ※    ※    ※



人の気配を感じて目を覚ます。
どうやら、うとうとと浅い眠りに落ちてしまっていたらしい。
顔をあげて振り向くと、そこには先程の電話の相手。
その相手は、すまなそうに頭を掻いて…


「ごめんな、待たせちゃって」




「いや…仕事が大変だったのだろう?それに、待つのは得意だ」




――『何せ、千年も待っていたのだからな』――

















2002.04.05. 脱稿

吉田じょにぃ。へ捧げます。
現代版赤銀。ガオ終了後です。
でも赤銀て難しいよ!!(こっそり)ビリヤード銀が書きたかったんだよ!(こっそり)
副題は、『働きすぎだよお前もっと自愛しやがれそして甘えやがれこのじょにぃめ!』(長)
ここのコメント、二、三日したらもうちょっと付け足します。
自分の今後の活動のネタばれになってしまうので(笑)


(04.06.)
と言う事で、キーワードは『赤銀・待つ』もう一つはもちろん…
5000HIT御礼SS、第一作はじょにぃ嬢へ。
走先生が忙しいのももちろんその為です(笑)
もちろん、銀一人称にしてみました★初挑戦です★