If you say my eyes are beautiful...





カチャカチャとボールの中のチョコレートを溶かしながら、愛しい人の事を考える。

吃驚するだろうか。どんな表情をするだろうか。何て言うだろうか。

彼の反応を思い浮かべると、頬が熱く火照ってくるのは何故だろう。

熱いお湯のせいでもなく、利き過ぎた暖房のせいでもない。


ただ、彼を好きだという気持ち。

それだけが、自分の体温を上げているのだ。



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二月十四日、午前七時三十分。
つい先日、テレビで『バレンタインデー』というものを知り、その行事の『意味』を学んだテトムは、イエローと共にガオズロックのキッチンで奮闘していた。


「あ!ほらテトム!27℃より下がっちまってるぞ!?」
チョコレートに刺さっている温度計を読み取ったイエローが、慌てた声をあげる。
彼の腕の中にはクッキー生地の入ったボールが抱き込まれている。彼はその態勢のまま、冷水に浸っていた取っ手付きのボールを手早く取り除いた。
「あ〜…これじゃあ失敗…?」
「や、もう一回湯煎して、42℃まで上げるんだ。そしたらそっからやり直し」

砕いて、50℃位のお湯で溶かして、42℃になったら冷水につけて。
そして26℃まで下がったら、もう一度湯煎して31℃に。

『テンパリング』と言うらしいこの作業は非常に面倒で、何度かの失敗にテトムは閉口気味になっていた。
「あーもう!何なの!ただ溶かして固めるだけじゃないの!?」
「ちゃんと温度調節しないと、見た目も最悪、味も最悪のチョコになっちまうんだ」
先ほど掻き混ぜていた生地を天板の上にスプーンで掬って並べながら、一言一句諭すように岳は言う。
「口当たりが悪い、綺麗に固まらない、艶が無い、そんなチョコをあいつに食べて欲しいのか?」

「ッううん!そんな訳ないじゃない!!」
痛くなる程首を横に振って、再び温度計とにらめっこをし始めたテトム。
並べた生地をオーブンに入れ、扉を閉じた岳は、そんな様子を目を細めて満足そうに見守る。


――『チョコレートっていうのはな、愛の深さで味が左右される食べ物なんだぜ?』――


ようやくテンパリングが終わり、できあがったチョコレートが固まらないうちにナッツと一緒に型に流し込む。
「固まったらできあがり。初めてにしてはよく頑張ったんじゃねぇ?」
腰に手を当ててぶっきらぼうにそう言ってくるイエロー。彼の隣にあるオーブンからは、クッキーの焼ける美味しそうな匂いがする。

「ホントにありがとうイエロー!ちょっと私、用事があるから出掛けてくるね!お昼までには戻るから!」
その言葉を残して、テトムはガオズロックを飛び出していった。


      ※    ※    ※


「テトム、良いのが見つかって良かったな」

「選ぶの手伝ってくれてありがとう。レッド」

「いやいや。俺も最近来てなかったからね。楽しかったよ。あいつも喜ぶって!絶対!」

「喜んでくれるといいなぁ…」


      ※    ※    ※


ハート型のチョコを丁寧に箱に入れ、ラッピングペーパーで大切にくるむ。

そう、これが私の気持ち。

プレゼントとチョコを抱え、あの人の元へ急ごう。

あの人のところへ…





「はい、シルバー」

「これ、私の気持ちだから」




      ※    ※    ※


大きな箱と包みを抱えて、シルバーがビリヤードバーに戻ってくると、カウンターにいたマスターが声をかけてくる。
「お!?誰かにチョコでも貰ったか?もてるねぇ〜」
「『ちょこれぇと』…?」
言葉の意味が解らずきょとんとしているシルバーの背中をばしばしと叩いて、
「何とぼけてんだよ?今日はバレンタインデーだろ!?女の子が好きな男にチョコをプレゼントする日だよ…って、それレコードだな?」
マスターが目敏く見つけたのは、包みの中から出てきた綺麗な銀色のジャケットのレコード。
そのタイトルを読み取るなり、にやりと笑みを浮かべたその顔で、シルバーに提案する。

「聴いてみるか?」
『聴く』というその動詞と今までの会話から、どうやら音楽であるらしいと悟ったシルバーが頷くと、マスターはレコードを持って店の奥へと消えた。

…と、やがて店内に音楽が満ちる。


If you say my eyes are beautiful...
It’s Because they’re looking at you...

If you say my eyes are beautiful...
It’s Because I just love you so...




旋律も歌詞も、どうやら異国のものらしい。

「これは…異国の言葉だな…俺にはわからない」

「『私の瞳が美しいのは あなたを見つめているから』」

「『私の瞳が美しいのは あなたを心から愛しているから』…そんな感じかな」

なかなか洒落た事をする娘がいるね。そうマスターは笑って。


「おい、顔赤くなってるぜ?」






                END




2002.02.15. 脱稿

まんぢゅう様よりの1111キリリクです。
お題は『銀巫女』
時期が時期なだけに、こういった趣向となりました。
本編ではバレンタインを迎える事が出来ませんでしたが、こんな二人も幸せでいいかなってことで(笑)
14日に間に合わなくてすみません…(涙)

こっそり獅子鷲推奨なので、ガオメンツからはこの二人を(笑)
(困った時の鷲だのみとも言う)
因みに、曲はWhitneyの『恋するまなざし』です。
今のBGMはTommy February6。
銀巫女を書くときのイメージソングになりました。
まんぢゅう様、リクエストありがとうございます〜♪