I would run away with you ’cos...








よくよくめでたく舞うものは かんなぎ、小楢葉、車の筒とかや

やちくま、侏儒ひき舞、手傀儡に

花の園には蝶、小鳥





手に持った蝙蝠かわほりで口隠し

艶やかに微笑めば

魅了されるも限りなし

其の白拍子の名は―――




「今宵の余興にはな、艶やかな花を用意しておるのだ」

「中納言、もったいぶらずともよいではないか」


ここ三条高倉にある中納言忠房ただふさの邸では、大納言、中納言、参議などが集まり、宴が催されていた。二の姫の裳着を祝ってという名目であったが、遊興好きの中納言のこと、理由などあってないに等しい。

「そうだな…参れ」

従者が蔀を除けると、大広間に一人の白拍子が足を踏み入れた。

はなだ御前に…ござりまする」

縹とは、ほんのりとした青色の事であり、それからも解るように青藍せいらんの白拍子としての芸名なのである。この邸の女房に、鬼と通じている者がいるとの噂を聞き、調査をする為に入り込んだのだ。

「おうおう、京一と言われるそなたの舞いで、我らをどうか楽しませておくれ」

「承知いたしました」

袖を返して優美に一礼すると、青藍は大広間に会する一同に顔を向けた。
居並ぶのは、次の大臣と専らの噂の大納言、三の姫が尚侍ないしのかみとして出仕したばかりの中納言…いずれも、その袖一振りで京を騒がす程の人ばかり。
その中に…

――『…ちっ…父上…!?』

青藍は不自然にならぬよう、手に持っていた扇で顔を隠すと、誰にも聞こえぬよう小声で呟いた。

――『迂闊だった…中納言忠房の宴なら、父上がよばれていてもおかしくはない…』

鞨鼓と神楽笛の音色がその呟きを更にうまく隠してくれる。
波長の噛み合わない者の伴奏を伴う舞いより、己の謡うに合わせただ一人で舞う方を好む青藍であったが、容を重んじる貴族の宴ということで、緋赤がどこからか管弦の話をつけてきたのだ。


瑠璃の浄土は潔し

月の光はさやかにて

像法てんずる末の世に

普く照らせば底も無し



ともすれば動きにくそうな緋色の長袴を鮮やかにさばいて、此の世の者とは思えぬほどの身軽さを示す青藍の舞い。
その扇捌きの可憐さも、一同が魅了されるに十分であった。


しかし、青藍の心持ちは当然のごとく穏やかではなかった。

――『普段とは違う装いであっても、俺の父上のこと、気付かぬ筈がない』


と、舞いの合間に突然声をかけられる。

「もうし、白拍子」

「はい?」

――『父上!?』

声をかけたのは大納言師隆もろたか
青藍の父、その人である。

「そなた、縹と申したな。『山は虚無縹渺の間に在り』とは白楽天の長恨歌だが、その名に相応しく、そなたが謡う季節の風景が遠くかすかに浮かび上がるようであった。見事じゃ」

見事などと言っている割りに、師隆の目は笑っていなかった。寡黙な父が無駄に多くしゃべるのは、相当頭にきている証拠だとは、息子である青藍が一番良く知るところである。

「ほう、流石は唐言葉に通じる師隆殿、中々洒落た誉め方ではないか。…見事であったぞ、そなたの舞い」

「そんな…私めなど…かたじけのうござりまする」

隣に座っている参議殿からのひやかし、それを軽く受け流し、扇の隙間から父の顔をうかがい見る。

――『この放蕩息子が!』

父の顔にははっきりとそう書かれていた…



鷲の住む深山には

なべての鳥は棲むものか

同じき源氏と申せども

八幡太郎はおそろしや





「今宵はこれまで。また縁があれば、どうかお呼びくださりませ」

「白拍子?」

戸口に立ち、形ばかりの挨拶をすませて身を翻した青藍の背中に、師隆が声をかけた。

「最後の歌は、中々に意味難きものであったな。わしに解釈してくれぬか?」

舞いの最後を締めくくる歌として青藍が選んだもの。
それには、『鷲がいるような深い山奥に、普通の鳥が住める筈もない。まして京人ならば猶のこと。…だから、俺のやっている事にはどうか口を出さないでくれ』という意味がこめられていたのだ。
因みに『鷲』とは、黄櫨を思い出した青藍が咄嗟に思いついたものである。

「それはまた…いずれ」

首を傾け、その眼差しのみを父の方へ向けて答え、ぱたりと戸を閉めた。



※    ※    ※



戸を閉めた青藍は、渡殿を風のごとき速さで翔け抜けると、従者の待っている間へ飛び込んだ。

黒黎こくれい!!逃げるぞ!!」

そこには、控えの者に変装した黒黎が待機していたのだ。

「青藍!?どうしたのだ!?」

「父上がいたのだ!もう家には戻れぬ!」

「大納言師隆様が!?」

黒黎は、必死な顔をして自分の袖を引っ張る青藍を見下ろす。
と、緋色の長袴に見え隠れしている足袋が紅く染まっている。

「怪我をしたのか?」

おそらく、先程渡殿を走った時に、床板のささくれに引っ掻けたか何かしたのだろう。

「ああ…気付かなかった。と、いうわけで怪我をした俺はもう歩けぬ」

「歩けぬと言われても…」

青藍の事は誰よりも近くにいて、誰よりも解っていると自負する黒黎。
こんな状況で次に言い出すのは、多分…

「俺を攫っていけ!」

やはり…。
しかしそんな我侭をも許してしまえるのは己の度量の広さか、はたまた惚れた弱みと言うものか。
黒黎は青藍の膝裏に左手を当て、背中に右手を添える。
その態勢で何をされるか解った青藍が、黒黎の首に両腕を巻きつけた。

軽々と青藍を横抱きにし、庭に一飛び、そこから屋根に向かいまた一飛び。

屋根の上に乗ると、黒黎に抱かれたままの青藍が小声で提案をする。

「とりあえず、宇治に俺の山荘がある…まずはそこに…」

「解った」

「網代車を呼ぶか?」

「いや、車より俺が走った方が早い」


屋根の上から誰もいない路地に飛び降りると、黒黎は口の中で何事か呪文を呟いた。

「土の力を借りれば、宇治などすぐだ」

青藍を腕の中に抱き込んで、走り出す。
夜も更けて、空高く昇った月が照らす京の大通り。
土ぼこりだけが、巽の方へと走っていった。




「お前、『使うべき時でなければ術は使うな』と普段さんざん俺に言っている癖に…」

「今は…『使うべき時』なのではないか?早く向かい、青藍の手当てをせねばならぬからな」

それに…この夜更けに、見目麗しき白拍子を攫って走るのは悪い気分ではない。
そう青藍の耳元で囁き、耳朶に舌を寄せると、手にしていた扇で頬をはたかれた。


「調子にのりすぎだ。この助平…今宵は舞ってやらぬからな」




「そ…そんな…」






               終劇?








2002.03.29. 脱稿

平安牛鮫話第二段です。
前々から白拍子として活躍する青藍を書いてみたかったのです。
そして平安でも牛鮫は姫だっこで★
今様はいつもの通り梁塵秘抄から。(採用順に三三〇,三四,四四四)
鮫っ子はかなり位の高い設定になってます。大納言の息子だからなぁ…
ちなみに名前は適当です(笑)
だから多分昼間は出仕してるのかな…役職どうしよう(笑)
そして牛さんは鮫っ子より位は低め。文字通りの主従関係かもしれません。
そしてこの話、宇治へ到着するまえにもうひと騒動あった筈なのです。
気が向いたら続きを書くかも…