時を駆けるすぱむ! 〜いつかは忘れてしまうけど、それは確かに此処にいた〜






--------------------2002.03.12.--------------------


気候もすっかり春めいて、南側に大きな窓のある走の部屋は、昼下がりになると暖かい陽気に包まれる。

柔らかい日差しがそそぐ窓のそばにあるソファでは、二人と一匹(?)がうとうととまどろんでいた。


一人は一人の肩に寄り掛かり。

一匹(?)は、二人のうち、寄り掛からせている方の人物の胸ポケットに…






--------------------2001.07.29.--------------------


千年の時を越えて甦った平安人、シロガネは悩んでいた。
自分が現代に持ち込んでしまった邪気の事。
それが原因で狼鬼となり、後輩と謂うべき現代のガオレンジャーを傷つけてしまったこと。
彼らはそれを恨む事無く、それどころか寧ろ、仲間として供に戦おうと言ってくれた。
しかし、自分の犯した過ちは、そこまで簡単に振り切れるものではないのだ。
人里離れた山の奥、赤々と燃える焚き火を見つめながら、今日もシロガネは頭を抱えていた。

「しろがねがいい!おれしろがねすきだぞ!」

そんなシロガネの懐から、黄色い小さな物体が顔を出す。
いつからかは忘れてしまったのだが、この生物(?)は何時の間にか自分の前に現れ、それからずっとシロガネと動向を供にしているのだ。
そんな彼(?)のお気に入りの場所は、シロガネが帯している山吹色の襷。
そこに鋏まれて、シロガネの顔を見つめて会話をするのが一番しっくりくるらしい。

「俺もお前が好きだぞ?」

くすくすと笑いながら、その生物(?)の頭を指先で撫でてやると、気持ち良さそうにそのままにしている。

「しろがねつよい!おれつよいやつすき!」

何とまあ、可愛らしい事を言ってくれるのだろうか。
自分は決して強くはないのだけれど、こんなに小さな身体をめいいっぱい使ってしゃべりかけてくるその一生懸命さに、シロガネはいつも癒されていた。

「さぁ、今日はそろそろ寝るぞ」

「おう!おれここでねる!ここすき!すぱむ!」

焚き火を消し、草枕で横になる。







--------------------1002.03.12.--------------------


早朝の散策ほど、気持ちの良いものはない。
新鮮な気を纏った風が、衣の隙間から己の肌へと触れてくる。
緋赤ひあか黄櫨こうろと供に、鬼の見分と称して竹林に来ていた。


こつん。


立ち止まって、朝靄に身体を浸していた緋赤の沓に、何かが当たった。
何かと思い、足元を見やる。
すると、虫とも物の怪とも、魑魅ともつかぬ物体が足元をせわしなく動き回っているではないか。

「黄櫨、何をかいるぞ。足元を見やれ」

隣にいる黄櫨に声をかけ、注意を促すと、黄色い生き物(?)は丁度、黄櫨の沓によじ登ろうとしていた処で…

「おまえふくひらひら!」

「緋赤…なんだか懐かれているような気がするのだが…此れは如何に…」

その小さな生き物(?)は、厭に人懐こく、自分の身体の数百倍はあろうかという黄櫨に物怖じせず話しかけている。
ふと、緋赤はその生き物(?)が纏っている黄金色の気に目を留めた。
黄金色といっても、決して禍々しいものではなく、例えるならば、大空を駆け巡る気高い鷲のような…
そう、黄櫨の纏っている気と似ているのだ。

「何だか似ているな、そなた達」

その声に、大きな黄色と小さな黄色が同時に緋赤の方を向く。
その様子が余りにも愉しくて、緋赤は思わず目元をほころばせた。


確かに、似ている。
緋赤が黄櫨に向けている親愛を超えた情。
それを、この小さな生き物(?)に感じることが出来るという事も。

「似ている?俺とこの物がか?」

それを聞いて、黄櫨は心外だなどという表情をする事もなく、にやりと笑って言葉を続けた。

「なら愛でてやるがよい。お前の得手するところであろう?」

自分の言ったことが可笑しかったのか、黄櫨はくすくすと笑った。
言われたまま、緋赤は未だ己の足元にいるその生き物をひょいと摘まみ、掌に乗せた。

「おまえかけるににてる!かけるとがく!おれんじ!おまえつよいかっ!」

『かける』『がく』『おれんじ』

知らない言葉の応酬であるが、最初のふたつは名前であろうか。

「かける?そやつが俺に似ていると申すのか?」

首を傾げて生き物(?)に問い返すも、返事はなく。
しかし、最後の質問は勿論理解出来た。

「おい黄櫨、俺は強いか?」

己の強さなど、己自身のみで計り切れる筈がない。

「さぁ。お前と手合わせをしたことなどないからな。しかしお前が強いとしても、雪白ゆきしろには敵わぬのだろうな」

この場にいる第三者はただ独りのみ。
そんな黄櫨に尋ねると、意地の悪い笑みと共にこう返された。
その返り事に、仲間内で一に年若く、しかし力は最強と言われている姫の姿を思い出す。

「ああ。姫には敵わぬよ。全くだ」

そうして二人、竹林の中で笑いあう。


それにしても…


「お前は一体どこから来たのだ?」

緋赤は、片手に乗せていた生き物(?)を両手に持ち換え、目線を己と合わせる。
すると、手の中の生き物(?)は、身振り手振りを交えて答えた。

「しろがねのふところ!おれあそこすき!あったかい!ここどこだ!」

「しろがね!かける!おれまいご!」

ようやく聞き慣れた名前を耳にすることが出来た。


しろがね。

それは他でもない、己達の大切な仲間の名前。

「白銀…?お前は白銀の知り合いか?迷い子と申したな…黄櫨、白銀は何処に居るか?」

「紫殿の処だろう。白銀も何処でこのような者と知り合ったのやら」

今ならば、白銀は紫殿と供に音曲奉納の儀の最中である筈。
社の位置は解っている。

「黄櫨。お前の風に乗っていけば、すぐであろう?」

「そうだな…参るか。緋赤、落とさぬようにな」

緋赤は掌にいる生き物を再びつまみあげ、己の胞の合わせ目に忍ばせた。

「こうしておけば…落とさぬだろう」

ぽん、と懐を軽く叩く。

「いざ」

黄櫨が手を差し出し、緋赤がその手をしっかりと握る。
目を合わせ、満足そうに微笑んだ黄櫨が、口を開いた。

「春風に乗って邪魔者になりに行くとしよう」

「邪魔者か。それもまた一興」

緋赤も愉快そうに、猩猩緋の房の付いた扇を広げてくすくすと笑う。

「此処にも一人いるがな。邪魔者が」

そして黄櫨は悪戯っぽく笑って、緋赤の懐を裏拳で軽く小突く。

「そう言うな。それに俺達ならば、後で如何様にもなるであろう?」

共に過ごせる時間ならば、今宵たっぷりとればいいのだからな。
懐の生き物(?)に聞こえぬ様声を顰め、緋赤は黄櫨の耳元でうそぶいた。

「それもそうだな。今宵は月見酒か?」

耳の感触がこそばゆいのか、黄櫨は僅かに肩を竦め。
そして直ぐに前に向き直り、きりりと眉を寄せる。
術を使う時特有の表情だ。

「さぁ、手を離すでないぞ」

――『風、翔けよ!』




「くらい!こわい!もがもが!」

「つぶされる!おれかわいそう!かえる!かける!しろがね!」




そうして二人と一匹(?)が社に着き、緋赤が懐を覗くと…



――そこには、何もいなかった。





--------------------2001.07.29.--------------------



「くらい!こわい!もがもが!」

「つぶされる!おれかわいそう!かえる!かける!しろがね!」


懐でうなされていては、いくら疲れていても眠る事は出来ない。
シロガネは身体を起こし、焚き火に再び火を付けると、懐に手を入れて小さな身体を焚き火にあてた。

「どうした?酷く魘されていたようだったが…」

「かけるとがくふくひらひら!とんだぞ!びゅーんてっ!」

「おれくるしかった!」

自分と同じ様にこちらも眠いのだろう。一生懸命目をこすりこすり説明してくれた。

「そうか…怖い夢を見たのだな?可哀相に…」

そう言って、いつもやるように指先で軽く頭を撫でる。

「ここここわくなんかないぞ!おれつよい!すぱむ!」

それに倒されない様両足で踏ん張って、精一杯の強がりをする。
その姿が余りにも可愛いので、シロガネはもう一度撫でてやることにする。

「空を飛ぶ…それは怖かったであろうな」

「おれもとべる!」

意外な答え。それに驚くシロガネであったが、

「こうろもとんだぞ!おれとにてる!ひあかがいってた!」


『黄櫨』『緋赤』


それは千年前の、大切な仲間達の名前。
それに黄櫨は仲間で唯一、風に乗り大空を翔けることができる戦士であった。

「黄櫨…緋赤…お前まさか…」

思いもかけない処から耳に飛び込んだ懐かしい名前、それにシロガネは激しく動揺した。
なおも構わず、生き物(?)は捲くし立てる。

「おれまいご!しろがねさがした!しろがねむらさきどのといたか!」

「紫…殿……」

その名前。
それは……

「…紫殿か…その名前…今は聴きたく無かったな…」

俯いて消え入るような声で呟く。

「ひあかとこうろなかよし!つきみさけ!むらさきどのきらいか!しろがねかなしいのか!げんきだせ!」

心配そうにシロガネを見上げてくる真摯な瞳(あるの!?)
それに多少なりとも癒されたシロガネは、生き物をひょいとつまみあげ、再び懐へ納めた。
いつも収まるところに収まりたいのか、もそもそと動くその感触が少しこそばゆい。

少しして、懐が静かになる。
と、シロガネは赤々と燃ゆる焚き火を見つめながら、千年前へと想いを馳せた。


――そういえば。

千年の昔、紫殿と行っていた奉納の儀。

あの最中に緋赤と黄櫨が飛んできて。

『逢わせたい者がいる』

そういって、緋赤が懐を探ったけれど。

――そこには、何もいなかった。



「おれしろがねすき!ここにいるぞ!」

その声に、ふと我に帰る。
目を瞑りかぶりを振って、その生き物に、最上級の笑顔。


「俺も好きだぞ?ここにいてくれるか?」






--------------------2002.03.12.--------------------



夕方。
日が落ちてすっかり冷えた室内で、走は目を覚ました。
肩に寄り掛かっていた筈の岳の頭は、完全にずり落ちていて、今やそれは走の両膝の上にあった。

丁度自分に膝枕をされた格好になっている、岳の柔らかい髪をそっと撫でる(素)

「さむ…っ」

暦の上では春とはいえ、三月の夕方は結構冷えるもの。
ソファにかけてあったパーカーをシャツの上に羽織ると、岳を起こさない様にゆっくりと立ち上がった。
未だ眠りこけたままのその金髪を、静かにクッションの上に乗せてやる。

「むにゃむにゃ…ここにいるぞ!」

「(しぃーっ!)」

立った衝撃で、走の胸ポケットに入っていた生き物(?)も目を覚ましたようだ。
そのまま台所まで行き、冷蔵庫を空け中身を確認する。
余りにも食材が乏しければ、近所のラーメン屋にでも行けばいい。
最近あまり買い物に行ってなかったんだよなぁと頭を掻きつつ、チルドルームからは豚肉、一番下の野菜入れからは、人参やピーマン、玉葱、そして筍まで発見する事が出来た。
予想に反して大収穫。

その豪華なラインナップに、酢豚でも作ろうかと思い立つ。
片栗粉もまだあったよな。と確認をして。
これなら、何とかなりそうだ。
ソファの上の住人をちらりと見て、走は自分の思いつきに、ふ。と微笑んだ。


「かける!あのな!おれしろがねにあった!ひあかにも!こうろにも!」


小さな同居人の話に耳を傾けながら、まな板の上で包丁を走らせる。
そろそろ岳も目を覚ます事だろう。

眠気覚ましの一杯を。

そんな事を考えながら、走は牛乳の入った鍋を暖め始めた。








              END








2002.05.11.  改稿

この話、実は二ヶ月前にこっそり内輪だけに読ませていたものなのです。
二ヶ月たったしこんなオイシイネタをお蔵入りさせるのは勿体無いと思い、HP初公開です。
アップするにあたってちょこちょこ直しを入れました。
元ネタはいつもの通りうみきんぎょ嬢とのメールです。
時を越えてる辺りも夢オチも全てメールでこなしました(なんて器用な…)
いつも世話になってしまってすまん!(ぽむ)
平安時代に西暦も太陽暦もある筈ありませんが、
そこらへんはド●えもんシステム(現代から数える)ということにしておきましょう(笑)
シロガネ編の7月29日は、丁度Quest23『狼鬼、死す!?』の日。
丁度その日に合わせました(笑)

さぁ、こうして見事公開されたきいろっちSS。
彼(?)が出てくるSSも書き出すという管理人の意志表示の表れでしょうか。
(だったらよいなぁ)