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Buzzword is The Good Ship Lifestyle. 「元気そうだね」 かつてホワイトと呼ばれた少女は、そう言って笑い。 「まぁな」 同じように微笑んだのは、昔、イエローと呼ばれていた男。 ※ ※ ※ >>orange lifestyle 「『走先生への手紙も一緒に入れたから』って言ってたぜ、冴」 先程受け取ったばかりの、四角い包みをテーブルに置く。 包装紙を破ると、ひんやりとした冷たい木箱と、濡れないようにとビニール袋に包まれた真っ白な封筒が現れた。 「へぇ?どれどれ…」 ある晴れた土曜日の午後。 クール宅急便で送られて来たもの二つ。 真っ白な封筒。 それと… 『父さんと、ぐるり九州道場破りの旅に行って来ました。』 『博多のものです。二人で食べてね』 そんな恐ろしげな手紙が添えられた、 真っ赤な明太子。 ※ ※ ※ >>cream lifestyle 「ごめんね。朝から呼び出しちゃって」 「気にすんなって。そうそう逢えねぇんだからよ」 S駅前のドーナツ屋に、八時。 そんなメールで起こされたのは、朝七時。 慌てて飛び起きて、顔洗って着るもの着てバイクのキーを引っ掴んで外に出て。 八時五分。 岳が店に飛び込むと、奥の席で手を降る一人の少女。 相変わらず長い黒髪を頭の後ろで一つにまとめて、面白そうに笑っている。 少女の前に置いてあるマグカップからは、湯気がゆらゆらと昇る。 その様子を見て、岳はほっと息を吐いた。 「岳さん、久しぶり」 「ひさしぶり、冴」 にっこりと笑ったその顔で、お互いに相変わらずを実感する。 岳のおごりのドーナツを口に運びながら、冴はおもむろに口を開いた。 聞けば、剣道では勝てるのだが、柔道となると全敗という相手を倒す為に、はるばる鹿児島から東京にある柔道の総本山まで稽古を付けてもらいに来ているのだそうだ。 「ってことは…講道館?」 「そうなの。ここから歩いていけるから。この頭も柔道用なの」 冴が『この頭』と言っているのはポニーテールのことだ。受身を取ったり、相手と組み合ったりする柔道は、他の武道と比べて髪型が制限されやすい。 「そういやはじめて見たな、ポニーテール」 「おだんごだとヘアピンいっぱい使うから危ないの。受身取る時に当たって痛いし」 「なるほどね。似合うぜ?」 「ありがと♪」 ※ ※ ※ >>orange lifestyle 「うわ〜…最高級品じゃん、これ」 「だよなぁ…」 二人でも食べきれない程の明太子は、木箱の中に礼儀正しく並べられている。形も、大きさも、唐辛子のつき方も申し分無いそれを見て、走はにっと笑い、冷蔵庫を開けて中を見る。 きちんとあるものが入っているか確認すると、ご飯を炊く準備を始めた。 「走?」 「岳、薄焼き卵焼いてよ」 不思議そうに首を傾げる岳に、走は卵を二つ手渡し、自分は流しで米を研ぎ始める。 「わかった」 岳は、卵と共に差し出された器に、カシャンカシャンと両手で一つずつ卵を割ってしまうと、菜箸で念入りに梳き始めた。 ※ ※ ※ >>cream lifestyle 「やっぱり私、負けず嫌いなのよね」 「あーそれは俺も同じ。訓練でそれがプラスになることもあるしな」 冷めかけのアメリカンを口にしながら冴がぼやくと、その向かい側で腕組みをした岳が相槌を打つ。 戦いが終った後も、体育会系の世界に身を置いている二人は、価値観が似ているせいか、逢うとこのような調子になることが多い。冴が相談して、岳がアドバイスをする。兄と妹のような絶妙なバランスは、ガオズロックで生活していた頃から変わることがない。 「武芸十八般って、全部個人のものでしょ?弓術も抜刀術も、薙刀も剣も」 「ああ。柔術も、水泳術もだな」 「だから、人に頼るのが苦手っていうか…自分だけでなんとかしようとしちゃうの」 悪い癖だとは思っている。 現に、――昔の事になるが――鍛冶屋オルグとの戦いの時、自分の先走った行動で仲間に迷惑をかけた事は、今でも教訓として頭の中にあるのだ。 しかし、試合となると、若いながらも格闘家としての血筋を濃く受け継いでいる彼女の本能は、勝つ事の方に向かってしまう。それが日常生活に影響しても、何の不思議もない。 「学校で何かあったのか?」 岳は、そんな冴の様子を見ると、飲んでいたカップをテーブルに置いて、少しきつめの眼差しを彼女に向ける。 ※ ※ ※ >>orange lifestyle フライパンの中で、少し甘めに味付けした薄焼き卵がいい匂いをさせ始めると、フライ返しで器用にひっくり返して、まな板の上にふわりと乗せる。 「ほらよ、一丁上がり」 「相変わらず見事だね」 などと言いながら、こちらも岳に負けない位、器用な包丁捌きを披露する走。チルドルームから今朝獲れたばかりというイカ――海がバイト先で貰ったのだそうだ――を取り出すと、イカそうめんを作る要領で、次々に細く切り出していく。 「どっちが見事だか」 「え?ああそうだ岳、それ、細く切っておいて」 苦笑しながら、今冷ましたばかりの薄焼き卵に包丁を入れる。 真っ黄色のそれが、みるみるうちに細く刻まれ、まな板の上にふわふわの塊が出来上がった。 走の指示を受けてそのような形にされた薄焼き卵を見て、岳は、自分の見当が間違っていなかったとほくそ笑む。 そう。 岳は、解っていたからこそ、甘めの味付けにしたのだ。 ※ ※ ※ >>cream lifestyle 一重で切れ長で、唯でさえ視線が鋭いと言われるこの男にそのような表情をされれば、誰でも心中穏やかではなくなってしまうだろうが、この相手は別だ。 自分の事を本気で心配してくれていると解っている冴は、顔の筋肉を一生懸命動かして、精一杯の笑顔を作ってみせる。 「ううん。何かあったわけじゃないんだけど」 「?」 「友達に、『大丈夫?』って言われる事が多くて」 自分では何の問題もなくやっていると思うことも、周りの人間から心配され過ぎると、空を仰いでいた自信も地を向いてしまうというもの。冴は、溜息をつきながら、トレイの上にある、新発売のドーナツの紹介に目をやる。 俯き加減になったその頭を、岳は優しくぽんぽんと叩いてやり。 「やることやってれば、周りも解ってくれる。そしたら、そんな事誰も言わなくなる」 ゆっくりと、言い聞かせるように、一単語一単語を紡ぐ。 それと一緒に、頭を撫でて。 「解ってくれるヤツは、必ずいるから」 ふいに、撫でていた方の手首をきゅっと掴まれて。 顔を上げた冴が、にっこりと笑い。 「走先生みたいに?」 「ばぁか」 そして、岳も、一緒になって笑う。 ※ ※ ※ >>orange lifestyle どんぶりに、炊きたてのご飯をのせて。 その上に、真っ黄色の薄焼き卵。 そのまた上に、海苔を散らして。 軽くほぐした真っ赤な明太子と、 細く切った白透色のイカそうめん。 「イカ明太丼、完成♪」 「やっぱりな」 満足そうな顔をして、腕組みをする走と、腰に手を当てて苦笑する岳。 ※ ※ ※ 明太子をほぐして、甘めの卵と一緒に口に運ぶも良し。 醤油をかけたイカそうめんを、卵と混ぜて味わうも良し。 掻き混ぜて、全部いっぺんにかっ込んでも良し。 「美味いだろ、岳」 「ああ。『旦那の料理大成功』ってとこだな」 「へぇ?岳が誉めるなんて珍しいじゃん。もっと誉めて〜♪」 「ばぁか」 ※ ※ ※ >>cream lifestyle 「ありがと。じゃあ、行くね」 ドーナツ屋を出ると、隣にある遊園地へ赴く人々で、通りは随分と賑わっていた。 胴着の入ったスポーツバッグを肩にかけて、自分の方を見上げるその目には、会った時のような迷いは感じられない。 そう思った岳は、先程したように、冴に頭に手をのせて。 「頑張れよ」 「うん!」 自分の手の下で、元気な身体がぴょこんと跳ねる。 「またな」 「うん!」 ポニーテールを翻し、冴は通りを歩いていく。 岳は、ズボンのポケットに手を突っ込んで、満足そうにその後姿を見ていた。 と、少し行った処で冴がこちらを振り向いた。 「昨日まで、九州をずっと旅してたの!お土産、走先生のとこに手紙と一緒に送っといたからー!多分今日届くー!」 「何で走なんだよー!?」 路を行く親子連れが、びっくりしたように二人を交互に見るのにも構わず、冴は元気良く叫んだ。 「今日も逢いに行くんでしょー!?」 元気な声を投げつけて、間髪入れずに見事なダッシュ。 呆気にとられるとは、まさにこういう事をいうのか。 「ばぁか」 岳は、笑ってそう呟くと、バイクのキーをちゃり、と玩び。 冴の行ってしまった方向に背を向けて、歩き出した。 行き先は、勿論… Buzzword is The Good Ship Lifestyle... 2002.06.16. 脱稿 うみきんぎょ様からの6666キリリクで、 お題は『獅子鷲+虎(出来れば最終回後で)』でした♪ きりばん踏まれたのが五月四日… ああ…調べない方が良かったね…(涙) 最近は鷲を書くのが楽しくて楽しくて…♪ そして自分のSSは食ってるか呑んでるか寝てるか車か。 今回はちょっと変則的に、獅子鷲(orange)鷲虎(cream)交互に入れてみました。 いかがでしょうか、イカ明太丼。美味でござい。 『Buzzword(バズワード)』 ここでは少しくだけた方の意味を持ってます。 彼らの幸せな日常。 そんな小話を書き続けてみたいなぁと。 うみきんぎょ様、リクエストありがとうございました! 私信:ごめん海産物で… ⇒戻る
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