And now,I wish you have peace of mind.





夕方、いつものように走が車で迎えに来て。
いつもと少し、様子が違うと思うのは気のせいなのか。

岳が何か話しかけても生返事ばかり。
信号が青になっても呼ばれるまで気付かなかった事が、計三回。


出発して三十分位経った頃だろうか。
国道を東京方面に走る車の中で、一か八かの賭けに出た。


「走、そこの駐車場入れ」

「えっ?だってそこは…」

「いいから、入れ」


規則的なライトの点滅は、左折の合図。
ビニール製の安っぽい細いカーテンを揺らして、走の車は駐車場に入っていった。

無人のフロントに足を踏み入れると、部屋のグレードと番号が一目にして解るパネルが煌煌と光を放っている。適当に部屋を選び、ボタンを押す。と、パネルの下隅に、がちゃりと鍵が落ちてきた。

二人、無言のままエレベーターに乗り込み、部屋を目指す。
絨毯敷きの廊下は足音を吸収し、この建物の中には誰もいないのではないかという錯覚を起こす。多分それも、経営計算上の事なんだろうとは思うけれど。それでも、騙されてやろうかと思うのは何故だろう。


二人の入った部屋は、この手のものにしてはやや広めで、天井も高い。

岳は、テレビの真下にあった冷蔵庫からキリン一番搾りを二本取り出して、一本のプルトップを勢い良く倒した。キンキンに冷えているそれを、半分以上一気に飲み干す。
走をこんな処に連れてきたのは半分勢いでのことだったが、冷たい液体で胃の中を冷やしても、考えが変わる事はなかった。

そして、蓋を空けていないもう一本の缶を、ベッドの上に座っている走の方へ放る。
放物線を描きながら二度三度と回転した缶は、ぱしりと小気味良い音を立てて走の左手に収まった。


受け取った走は、表情を少しも変えずに、ぼそりと一言。


「車」

「知らねぇよ、そんなん」


実際、缶ビールの一本位、アルコール摂取のうちには入らないだろう。
それでも走が一応声をかけたのは、岳のペースに完全に嵌ってしまうことを恐れているからに他ならない。


…恐れている?


答えは、否。


…では何故?


わからない。


――『走せんせーと岳って、夫婦みたいだよね』――


海にそう評されることが良くある。
確かに、『そういう』仲の二人ではある。
尤も、走も岳も二人共、言葉でカテゴライズされるのを好かない性分。なので、世間でいうところの『恋人』でもなく、『恋愛』をしているといった自覚も殆どないのが本当なのであるが。


しかし、岳と二人でこんな処へ来て、多少の期待があることも認めざるを得ない。
不道徳とか、不摂生とか、そんなことを咎められる年齢は、とうに越してしまった。


まぁ、このぼんやりとした頭では、大した答えが出るわけではない。
走は、考えることをやめて、缶を空け、ビールを体内に流し込んだ。
冷たく冷やされたビールが喉を通りすぎていくと、おもむろに口を開く。


「今日…インコ、助けられなかったよ」

パキッと、アルミ製の缶が、音を立ててへこむ。

「飼い主が連れてきた時には、もう手遅れでさ…かなり衰弱してて……だめだった…」

ぐちゃぐちゃに潰れてしまった缶が走の手から離れ、床に落ちる。





      ※    ※    ※



岳は、ベッドの処まで歩いて行き、その缶を拾い上げてベッドサイドテーブルに乗せた。そして、自分の飲み干した空き缶もその隣に置く。
両手が空くと、真っ直ぐ走の方を向いて、俯いたままの茶色い頭を見つめて。




そして、


きゅっと、


抱き締めた。



岳は立っていて、それと対照的に走は座っているから、必然的に走の頭が岳の腹あたりの位置に来る。身長差が殆ど無い二人が立って抱き合うのとは違って、この態勢では、岳に比べて走が凄く小さく感じられる。


――『大丈夫、そんなことは良くあることだから』――


走が笑ってそんな事をいう奴なら、抱き締めたりなんかしなかっただろう。
いや、そもそも『好き』にはならなかった。

いつも、自分よりも一歳年上というだけで、自分より人生経験も知恵も豊富で、余裕綽綽要領も良いなどと思い知らされてきた気がする。

しかし、今、自分の腕の中にいる相手は、違った。


そして、そんな相手が今必要としているもの。

それを、岳は知っていた。


強く抱き締めた相手の鼓動が聞こえてくる。
背中を、頭を、肩を撫で、そしてまた抱き締めて。


理屈じゃなく、こうしたいと思った。
自分に抱き締められて、弱音を吐くでもなく、また泣きもしないこの相手を。



いつもの匂いに包まれて、走は、ドライブの予定がおしゃかになってしまったなぁとぼんやり考えていた。

でも、そんな事はどうでも良くなる程に、腕の中は気持ちが良かった。



「岳」

そう、呼んで。

そして…




      ※    ※    ※




手早く身支度を済ませると、テーブルの上に置いてあったキィを手にとって、走は言った。

「学生の頃、金なくってラブホしか泊まれなくってさ。何だか懐かしいな」


それを聞いた岳は、呆れた様に息を吐き出し。

「ふん。俺も金無かったからな…こんなとこなんて来れなくて、専ら自分の部屋だったぜ?」
















2002.05.01. 脱稿

いつもとちょっと違った感じの獅子鷲(素)話です。
抽象的な話が書きたかったのと裏が書きたかったのです。
…が、失敗(笑)
中間部分恐ろしい程ぶっ飛ばしました。
二人がラブホにはいったのはその名残です。
ラスト。走せんせーの感覚と岳の感覚と、どっちが正常なんでしょうか。 私はどっちだろう…泊まろうと思えない程所持金が少ない時もあれば、ラブホの料金がものすごく安く感じる時もあるし…中間かな(笑)
『癒し系鷲』がテーマでした(こっそり)
ああ…獅子鷲書きたい…獅子鷲…獅子鷲…(病)
でもゼミが…レジュメが…

気が付けばもう五月ですか…早いなぁ…
五月は何だ、つつじやら何やら色々とネタがありそうですな。
現代では獅子鷲(素)を、平安では獅子鷲(雅)を頑張って行こうと思います(今後の抱負)