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ベクトルの内積 数B 〜平面上のベクトル〜 四時間目終了のチャイムが鳴った。とたんに、廊下に人が増える。 生徒で溢れる廊下を購買まで進む。途中、サッカー部の知り合い何人かに声をかけられたが、上の空で全く耳に届かない。 購買のおばちゃんを手伝ってパンを売る先輩に「どうした、覇気がないぞ」と言われても、「いや…別に…」としか答えられなかった。 パンを三つ買って、教室のあるE棟に戻る。教室の前を素通りして、外階段へ通じる扉を開けた。…少し、肌寒い…。 …そのまま、三階と二階の間に腰を下ろした。 「…だからー、やっぱり由里子が悪いんだよー。私、あの子に洋一紹介した時にちゃんと『私の好きな人なんだよ』って教えといたもん」 上の方から声が聞こえる。どうやら、四階で女が二人、語っているらしい。耳を傾けなくとも容易に聞き取れる。どうやら、自分の好きな人と自分の友達の仲が良いのが気に入らないらしい。 「私の好きな人だって知ってるのに、何で仲良くするんだろう…」 「私より、洋一と仲良くなっちゃいけないんだよ、由里子は」 聞いていて更に気分が悪くなった。と、その時… 「日向さん」 「…反町か」 カレーパンの袋に手を掛けながら振り向く。反町はそのまま、俺の横に腰掛けた。お昼用にバウムクーヘンをひとつ、手に持っている。 ここの階段はかなり狭くて、男が二人並んで座るにはちょっと窮屈だったが、何も言わない事にした。 誰とも会いたくなかったし、誰とも話したくなかったが、こいつなら別にいいか。 「もう、マジむかつく!私って超可哀想じゃん…もう由里子の事なんて信用しない!!」 相変わらず、階上から女の声が聞こえる。口様が更にエスカレートし、半ばヒステリックになっている。そして、聞いているとどうしても自己嫌悪に襲われてしまう。 …堪り兼ねて俺は口を開いた。 「…嫉妬って、醜いよな…」 「……松山の…事ですよね…?」 松山は先週から、クラスメートの女子と付き合っている。向こうから告白されて、と言う事らしいが、断る時はきっちり断る松山が流されて付き合い出したのだから、まんざらでもないらしい。同じクラスではないので、二人の事は人づてに耳に入ってくるだけなのだが、サッカー部員が全クラスに散らばっているので、毎日、情報の更新が水面下で行われている。 沈黙が続いた後、反町が口を開いた。 「…嫉妬は、自分可愛さと嫉妬相手を憎む気持ち、両方の和ですからね…」 そう言って反町は、手のひらをなぞって線を二本描いた。二本の線は端がくっついて、そこから折れ曲がっている。丁度、平行四辺形を形作る四本の直線、そのうちの二本の様だ。 「この二つのベクトルのなす角が小さければ小さい程、和のベクトルは大きくなるんですよ」 「…なす角?」 「…日向さんは、この…上で話している女の子みたいに、自分可愛さから嫉妬を正当化するなんて事、してないじゃないですか。『好きな相手は憎めない。自分が悪いわけがない』そうとしか考えられなくなったらお仕舞いですよ。…自分と好きな相手と、その二人だけで世界を創ろうなんて、ただのエゴだし。…心にゆとりの無くなった女の子が考えそうなことですよね」 「じゃ、そのなす角ってのは、『こころのゆとり』って訳か」 「そう考えて貰っていいです」 「…解った。…ありがとな、反町」 立ち上がり、パンの袋を奴に押し付けると、俺は階段を下った。一階まで降りると、目の前に広がるフットサルコートで、知った顔が大勢、サッカーをしていた。 その中には勿論、松山もいる。 「おい、日向!お前どこ行ってたんだよ!」 …そうだよな。今はまだこれでいい。 …好きだけど、友達でいい。 …俺だって、このまま引き下がるつもりはない。 人の、人に対する想いのベクトルは、決して普遍的な物ではないのだから。 「ボケっと突っ立ってねーで、早く来い!!……勝負だ!!」 ……望むところだ!! ――線分ABについて、AからBへ向きをつけて考えるとき、その線分を有向線分ABという。 ベクトルは、大きさと向きをもつから、1つの有向線分で表す事が出来る。 有向線分ABで表されるベクトルの、Aを始点、Bを終点という。―― 2000.10.16.(2002.02.18. 改稿) ひぃぃぃ… 今度は片想いっていうか失恋書いてるよ!? 校舎のつくりは真砂の高校のものをそのまま使ってます。 ご存知の方々は想像して下さるとよろしいかと(笑) あーもうマジで松小次でやる必要はなかったような…(言うな) ⇒戻る
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