|
Have I ever wondered how the story all began? それはほのかに色付いて それはほのかに匂い立ち まこと 面妖なる其の雪 桜吹雪と 人はいふ ※ ※ ※ 菊塵 花村濃 輪鼓 纐纈 手に持った蝙蝠 艶やかに微笑めば 魅了されるも限りなし 其の白拍子の名は――― 賑わう街の中で、さらに人の密度が濃くなっている一角がある。 人垣の中心からは、よく通る涼やかな声で謡われる今様が聞こえ、 棒立ちしている人々の間、その僅かな隙間からは緋色の長袴が見え隠れしている。 その集団から少し離れて、一人の大柄な男が足を止めた。 男は、今様を謡う声に聞き覚えがあるらしく、何とも複雑な表情をし、集団が解けるのを待っていた。 歌舞が終わり、人が引く。 「黒黎 おひねりを袖いっぱいに抱えた白拍子が男に気付き、駆け寄って来る。 「…もがっ!?苦しい!苦しいっ!!何すんだよ!?」 男は目にも止まらぬ速さで白拍子をその腕に抱き込みと、その場を失敬した。 「はぁはぁ…苦しかった…いきなり何するんだ、黒黎」 二人して牛車の中に飛び込むと、両腕から開放された白拍子は男をねめつけた。 十分に呼吸が出来なかったせいか、黒曜の瞳が僅かに潤んでいて、何とも可愛らしい。 「質問したいのはこちらの方だよ。青藍 青藍が白拍子稼業を行うのは、貴族や有力者の邸に入り込んで内部調査をする必要がある時だけの筈。 街へ出て遊女の真似事などしたら、噂が広まり動き辛くなり、最悪己の正体がばれてしまう事にもなり兼ねない。 「俺だって、ただ遊んでいたわけじゃない。街へ出て舞っていれば、遊興好きな有力者の元で歌舞が出来る機会が増えるだろう?」 「しかし…」 「しかしも何もない!」 「あ…あぁ…」 「解れば良い…。――御者、このまま嵯峨に行ってくれぬか?」 尤もらしい理屈をつけて力技で黒黎を納得させた青藍であったが、突然何かを思いついたようだ。 御者に行き先を告げ、牛車の進む方向を変えさせる。 「嵯峨へ?どうしてまた?」 「黙って付いて来る!いいな?」 またも勢いで押し切られてしまった黒黎は、まぁ、いつもの事だ、と観念し、浅い溜息を一つついた。 ※ ※ ※ 「鍛錬をせねば舞は鈍るからな」 そう、誰に言うともなく言葉を吐いた青藍は、手に持っていた蝙蝠と呼ばれる扇を牛車の床に置く。 がしゃん、という重い金属を連想させる音がした。 「青藍、もしかして…その扇は鉄扇か?」 「ああ、そうだ」 見た目は華奢だが相当な重さがあるらしい鉄扇。 これだけのものを片手で、あれだけ優美に操っていたというのか。 黒黎は絶句した。 青藍が鍛錬と言っていたのは、どうやら歌舞の事だけではないらしい。 ――それにしても、皆良く騙されてくれるものだ。 男にしては華奢な身体と、男にしておくには惜しい、と言われている容のおかげで、今までばれてしまった事は一度もないが、男である青藍が男装(!)して、白拍子として歌舞をするなどという行為は、見破られてしまったら大事になるのは必至である。 しかもこの男、黒黎。 青藍の艶やかな姿を他の者に見られたくないという不純な気持ちがあるらしく、それを考えると、青藍に対して、先程のような強硬な態度をとってしまうのは、しかたがないことなのかもしれない…。 ※ ※ ※ 山道にはいり、牛車を降りて一刻程歩く。 あたりは桜が満開になっており、春霞で、まるで桜色の雲が地上に降りてきたかのようだ。 「綺麗なものだろう?黄櫨に教えて貰った」 前を歩く青藍が振りかえり、黒黎に向かって得意気に微笑む。 黒黎もそれを受けて、温かい眼差しを青藍に返す。 木々がまばらに生え、広場のようになっている場所の中心。 そこまで来ると、青藍は神妙な顔つきで黒黎を見あげ、言った。 「満開の桜の元、黒黎とふたりで…黒黎のためだけに舞いたい。そんな俺は我侭か?」 上下も分かぬは恋の路 岩間を漏り来る滝の水 常に恋するは 空には織女 野辺には山鳥、秋は鹿 流れの公達、冬は>鴛鴦 結ぶには何はのものか結ばれぬ 風の吹くには何か靡かぬ 「青藍…答えなど、聞かずともわかっているだろう?」 恋しとよ君恋しとよゆかしとよ 逢はばや見ばや見ばや見えばや 恋ひ恋ひて たまさかに逢ひて寝たる夜の夢は いかが見る さしさしきしと抱くとこそ見れ 愛しあい 手をさし手を取り見る夢は 春の夜の夢 桜夢 2002.03.05. 脱稿 こちらは平安牛鮫桜話です。 今様(斜体部分)は全て梁塵秘抄から。 (採用順に三五八,三三三,三三四,四八四,四八五,四六〇) 先に書いた平安獅子鷲桜話と同じ世界で、ブルーは『青藍(せいらん)』ブラックは『黒黎(こくれい)』 鮫っ子は(男なのに)白拍子やってます(痛) ああやばい…平安牙吠も楽しくなってきた… 一生懸命雅にするのが堪らなく面白いです。 う〜…たのしい… ⇒戻る
|