Have you ever wondered how the story all began?





花ぐはし 桜の愛で 同愛でば

早くは愛でず わが愛づる子ら

(允恭帝 『日本書紀』巻第十三「允恭紀」)



薄桃色の桜。

決して快晴とは言えない天気。

生温い風に散らされて、はらはらと舞い散る桜の花弁。


それこそが、春の情緒。


※    ※    ※



春に降る雪

それはほのかに色付いて

それはほのかに匂い立ち

まこと 面妖なる其の雪


桜吹雪と 人はいふ





「中々見事な桜であるな、緋赤ひあか

くるりと身を翻せば、それに合わせて山吹色の平緒が躍る。

「ああ。京でも随一と言われている。少し内裏からは遠いがな」



緋赤と呼ばれたその男も、同じように身体を優美に躍らせた。
前を行く男と色違い――猩々緋の平緒が腰元で綺麗な曲線を描く。

京から丁度乾の方角になるだろうか。ここから嵯峨離宮は目と鼻の先である。

『内裏からは少し遠い』

その表現が適切であるかどうか。
一般人にとっては疑わしいものなのであるが、『少し』と言いきれてしまうのは、彼らの運動能力の高さを示す訳であって…。実際、嵯峨の離宮から京の内裏まで、彼らの両足ならば半刻と掛からないだろう。
尤も、それは純粋な身体能力のみの事であって、術を使えばまた話は別である。


「少し…か、確かにな」

響きが可笑しいのか、前を行く男はくすくすと笑って。

「そうだろう?」

その笑みを受けて、緋赤もくすりと微笑みを零す。


「それにしても、お前も物好きな男だな。紫殿や雪白を誘えば良いだろう。まして花見ならば」

「俺が相手では不満か?」

男の軽口を受け流すと、緋赤は桜の木の側まで歩いて行き、ぽきり、と花の付いた枝を一本折った。
少し長めの袖に片手を添えて、男の前まで歩いて行く。


「桜は…お前に一番似合う花だと思うからな」

緋赤はいとも自然な動作で、男の横帯に手をかけ、そこへ桜の枝を刺し込んだ。


「そうか?まぁ俺も…桜を愛でるなら、お前とが良いな」

緋赤の隣を心地良いと感じるのは、今に始まったことではないのだがな。
そう言って、男は笑う。



嵯峨野には、春に相応しい強い風が吹いていて。
その風に身を任すように、二人は満開の桜の中を散策し始める。





はらはら


はらはら


舞い散るは 其の桜




「桜の花というのは、まこと雪のように降り積もるものなのだな」

山吹の平緒を身に付けた男は、両手を器のような容にし胸の前で合わせた。
そこへ舞い降りる花びらを一枚、親指と人差し指で摘まむと、彼の容のよい口まで持っていき、しゃり、と犬歯で僅かな音をたてて噛む。桜特有の香気が、口内を侵食する。





はらはら


はらはら


零れ落ち 地を染めて




山中満開になった桜をいとおしそうに、目を細めて眺め、緋赤は男の側まで駆け寄った。
桜を愛でた瞳よりも、更にいっそう優しい視線を向けた、その男の側まで。
隣に立つ男が不思議そうに首を傾げるのを視界の端に留める。
と、緋赤は縫腋ほうえきほうの袖が汚れるのも構わず、地面を桜色に染めている花びらの小山に手を伸ばした。


「こうすると、雪そのものだ」


言うと、相手に向かって、今掬い上げたばかりの花びらを降り掛ける。


「白くない雪も、悪くないものだな」


そう言って、満足そうに微笑む相手。
そんな笑みが、また見たくて。


花びらを掬っては降らせ、掬っては降らせ。

桜色の雪が、自分と相手を包み込む。

「おい、流石にくすぐったいぞ」


春の山里。聞こえるのは春風と、己と相手の息遣いのみ。




さく、




緋赤のくつが静寂を破り。


男の唇に、何かが触れる。


後に残るは、桜、その味。




「さぁ、そろそろ行こう黄櫨こうろ、遅れると陽明門が閉められてしまうからな」



「ああ。この次は、未だ咲いていない、八重桜を眺めに来るのも良いな」












2002.03.03. 脱稿

前作、『There's one thing〜』とリンクしている、平安獅子鷲桜話です。レッドは『緋赤(ひあか)』、イエローは『黄櫨(こうろ)』
平安なだけに、雅になるように努力しました(いらん努力だ)
今日は桃の節句なのにどうして桜の話なんだろう…
ここからは少し言い訳になってしまいますが、自分の中で平安牙吠というのは二種類あって、一つはレッドが『蘇芳』(つまり原作と同じ)、もう一つはレッドが『緋赤』。
気分というか…原作と揃えたい話の時は前者、完全にオリジナルでやりたい場合は後者、と使い分けています。
(というか…平安黄の名前が原作でパッとしないのが全ての原因かと・笑)
平安はこれからもちょこちょこ書きたいので、TALKででも語るかもしれません。

この話の台詞&元ネタは、うみきんぎょ嬢との携帯メールです。
なに?使用料として何か払え?
この話でいい?差し上げまする〜