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Salem PIANISSIMO ――――初めて煙草を吸ったのは、いつだったろうか。 中学生の頃、悪友と一緒にどきどきしながら自販機の前に立って、コインを入れて。 ボタンを押して、出てきた箱はとても軽かった。 だけど、手にずっしりと何かが響いた。 パッケージを包む、透明で乾いた感じのビニールには、ここを引っ張れとばかりにちょこんと飛び出した尻尾が付いていて、そいつをくるくるっと回して封を開ける。 蓋を開けると、新しい煙草の香り。 ※ ※ ※ 「あれ…海、煙草吸うんだ」 このガオズロックの中で、俺を名前で呼ぶヤツは一人しかいない。 声の主、牛込草太郎はそう言うと、泉の淵に座っている俺の横に腰掛けた。 今まで煙草を吸っている事は教えてなかったし、吸っている姿をあまり見せたくなかったのもあって、草太郎に隠れてこっそり喫煙していた。 今の俺はまさに『不覚』と言うに相応しい状況だろう。 畜生、草太郎のヤツ…『今日は夕方まで帰ってこない』とか言ってたじゃないか。 怒られるかな…そんな事を一瞬考えたが、草太郎はいつもと全く同じ調子で。 「ときどきな」 気まずさを誤魔化す様に、親指でジッポライターの蓋をパチン、パチンと開け閉めしながら答える。 「メーカー何?」 あれれ、コイツ結構乗り気じゃねーか。ますます拍子抜けだ。 「…『セーラム・ピアニッシモ』」 ポケットから箱ごと取り出して、草太郎の手の上に置く。 「あ、甘い匂いだねコレ」 「1mgだからな。火を付けても香りがかわんないんだよ」 「あー…確かに」 甘い香りは、縁日の夜店で売っている『ハッカパイプ』を連想させるような匂い。その懐かしさもあって、最近はずっとこれ。 「セーラムってさ、メンソールの成分がフィルタじゃなくて、葉っぱの方に含ませてあるらしいよ」 「え、マジ?そうなんだぁ…流石メンソールしか作ってないメーカーだけあるな」 「マルボロとか、ラッキーストライクはフィルタだよ」 意外意外、草太郎は結構詳しいみたいだ。 「自分にも一本、いい?」 「あ、いいよ…はい」 草太郎の咥えた煙草に火をつけてやって、自分も大きな煙を吐き出す。 「で?草太郎は何吸ってたの?」 ここまで詳しくって喫煙経験ゼロはないだろう。草太郎の事をもっと知りたいと言う好奇心から、尋ねてみた。 「セブンスター」 ちょっとらしいな、とか思ってみたりして。何が…とは言えないけれど、マルボロとか、ホープよりは草太郎のイメージに合ってるような気がした。 「でも、これも結構いいね」 「だろ?」 一本吸い終わって、灰皿代わりの空き缶に落とし込んで。 「でも俺は、スモーカーとかじゃないよ?一箱吸い終わるのに10日はかかるし」 …いつキスされたって、味も匂いもしないだろ? …そう耳元で囁いて。 「海…それは誘ってるの…?」 「どう取るかは、お前次第だな」 目を閉じてみる。これでどうだ。 「…今なら、二人とも同じ匂いだね」 その言葉と、草太郎の息遣いをすぐ近くに感じた瞬間、顎を掴まれ、口付けられる。 「ん…」 「…っ…」 軽く口を開けると、草太郎の舌が優しく差し込まれる。歯列をなぞって、更に奥に入ってくる。舌を絡め合わせて、甘噛みされて。 甘いミントの香りと、煙の匂いがお互いの唾液と混ざり合って、それだけで俺は感じてしまう。 「ん…ぅぅ…」 「ふ…ぅ……ッ…」 草太郎が口を離すと、名残惜しそうに繋がる銀色の糸。その糸を指で絡め切って、自分のジャケットのファスナーに手を掛ける。 「ここ…引っ張って脱がせて…?」 「部屋に行ってからね…?」 耳元で囁かれたのは…今度は俺の方。 ※ ※ ※ 「メンソールって、精力減退するんだよ?」 草太郎の首に腕を回しながら、例の定説を口に出す。 「らしいね。…じゃぁ、二人とも…?」 「かもな…そんじゃぁ後で俺に煙草のせいって言われないように、頑張る事」 「…はい」 ※ ※ ※ 「海に…煙草のせいって言われなくてすむかな…?」 「ん…上出来」 だるい躰を草太郎に預けながら、満足げに頷く。 「さっきさ、『メンソールは精力減退する』って言ったじゃん?」 「うん…?」 「あれ嘘」 「うん…ッて!?…ええ!?」 「昔は、メンソールってスリムしかなかったんだって。それを、テーブルに立てるとどうなると思う?」 「スリムなんて…細くてテーブルにそんなの立たないに決まって……」 「そ。『勃たない』とかけてたらしいよ。それだけの話」 おしまい? 2001.10.31. 脱稿 海にゃんの煙草…ヴォーグと迷った。あの凄い細くて箱がスマートなヤツ。あれ好き。 そしてお気づきになられたでしょうか?同じ単語なんだけど主語が違うのが一組。 いきなりひらめいて書きたくなった煙草話でした。 やっぱ酒と煙草は合うね。 酒ネタも書きたいなぁ… 眠いー…
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