It’s how it makes me feel to see you everyday.





−延喜御時、歌めしけるに、たてまつりける−


春霞 たなびきにけり 久方の

月の桂も 花やさくらん


(紀 貫之  『後撰和歌集』 巻第一 春上 十八)



※    ※    ※


あたり一面春霞み

朧月夜に酒酌み交わす

相手の瞳、その中に

月にあるといふ桂、見えにけり






「春の月見酒も、悪くはないだろう…?」

手にしていた杯を盆に置き、黄櫨こうろ緋赤ひあかの方を見て微笑んだ。
盆の上には何本かの空になった瓶子が置いてある。
しかし、本来ならある筈の、酒の肴を入れておくべき素焼きの皿が置かれていない。

「そうだな…悪くない」

燗を施した白酒を口に運んで、緋赤がにやりと笑う。


実際、本来の月の見頃と言えば多くの歌人が詠んでいるように、秋。

しかし春の月は、秋のさやかな月とはまた違った趣がある。
この二人もまた、春の霞みがかった月明かりに照らされながら呑む酒は格別だと思っているのであった。


「ふ。俺の色ががまた空に浮かぶとな。愛でるのであろう?あの月も」


黄櫨は、紺色に染め上げられた夜空に縫い取られた、一握りの綿のような月を見やり、ふわりと微笑んだ。
その揶揄ともとれる言動に慣れっこになっている緋赤も、同じように笑みを浮かべ、言う。


「黄の色を愛でるのは…俺の一番得手とするところだからな…」

「その通り」

冗談とも本気ともつかぬ詞の応酬は手馴れたもの。
さらりと受け流すのも、お互い様であり…

「そのような返り事を待っていたのであろう?」

「さぁ…何のことやら。俺はお前の言を先呼んでみたまで」

「口の減らぬ奴…でもまぁ…」


と、そこでいったん言葉を切った緋赤は、胡座を崩し左膝を立てた。
立てた膝に乗せた方の手を、僅かに尖った、その容美しい顎に添える。
そして黄櫨をじっと見据えて、言う。


「そんなところが良いのだがな」



それを聞くと、黄櫨はくくっと喉を鳴らして笑った。


「お前は正直だな。でもまぁ…」


と、相手と同じくここで言を切り、顎を挙げて杯を飲み干す。
酒のせいか、ほのかに紅づいている艶やかな喉が、月明かりに晒されて。

「そんなところが良いのだがな…と言っておこうか」




ここへ来る前に、十分と言ってよい程人払いをしているので、山荘の周りに人は殆どおらず、気配も感じない。
月の光をうつして煌く杯に、見頃を過ぎて散り始めた桜の花びらが一枚、舞い落ちる。
その様子を目を細めて眺めていた緋赤が、ふいに口を開いた。


「酒の肴はふたつで十分。そうは思わぬか?」

「月と…?」

「そなただ」

「俺の肴は一つか」


照れるのでもなく、不満げでもなく。
黄櫨という男はこういう男なのである。


「そうだな。だからお前より俺の方が美味い酒を飲めるということだ」

「ひどい男だな。自分が肴になってやるとくらい言えんのか」

ここまで言うと、黄櫨も緋赤と同じく胡座を崩し、右膝を立てた。
立てた膝に乗せた方の手、その親指の腹で唇を右から左へとゆっくりなぞり、僅かに微笑む。


「その美味い酒とやら、分けてもらおうか?」


その微笑みを受けて、緋赤も笑のいろを瞳に浮かべる。


「仕方のないやつ」


そう言ってくすくすと笑い、杯の酒を飲み干す。


そして、黄櫨の顎を掴み、高い角度から口付けた。




はらり。


空になった緋赤の杯に、もう一枚、舞い落ちる。





「春の月見酒も…わるくはないだろう…?」


「そうだな。悪くない…そなたと酌み交わす酒は、まことにうまいぞ」


「あたりまえだ。暦にも攫われぬ、最上の肴が目の前にいるのだぞ?」


「暦にも攫われぬ…か…それはまことか?」


「そなたがそう望むのならばな」


「そうかそうか。暦に攫われぬとあれば、ほんに最上だ」












2002.03.23. 脱稿

今度は平安獅子鷲月見酒話です(笑)そして相変わらず『素』!
そしてまだ書き足りないのか、桜が小道具に。
平安はとにかく雅に!こそばゆくなるよう努力しております〜
桜はそろそろシーズンでしょうか。鎌倉の方は五分か七分といったところ。
散り終わるまでにもう少し増やしたいです。桜話。
元ネタというか…黄櫨台詞は全てうみきんぎょ嬢より提供されたものなのです。
あう!かっこいいよう!(病)
台詞をどう活かすかというのが最大の課題にして最大の難関でした…