The proof of the pudding is in the eating.





こここここここここここ…


「ん…」

休日の朝、聞き覚えのある物音に貴重な惰眠を妨げられた。
元々軽い―と自分では思っている―瞼を持ち上げると、クリーム色の日光が瞳を直撃した。

「うー…」

目を擦り擦り、音のする方へゆっくりと視線を向けてみる。
しかし、音の正体は自分からは見えない所に存在するらしく、硬質な音だけが断続的に耳を叩く。

こここここここ…


「がく?」


「おう、目ぇ覚めたか走」

「へ?」

自分の隣から聞こえる筈の声が思いの他遠くに聞こえ、走は思わず、開いているベッドの右半分へ手を伸ばした。しかしその手に抱き寄せられる筈の身体はもうそこには無く。走の手はぱたぱたと空を仰ぐだけだ。


「今飯作るから。顔洗って来いよ」

どうやら声の主はキッチンにいるらしい。
トントン、とまな板を叩く規則正しいリズムと、ご機嫌らしい彼が口ずさんでいる鼻歌が耳に心地良い。香ばしいバターの香りが朝の光と混ざり、自分の空腹中枢を刺激する。

「了解っ」

走は、勢い良くベッドから跳ね起き、床に落ちていた下着とジーンズを身につけて洗面所へと向かった。



      ※      ※      ※



「今朝方まで…だった癖に、結構早く起きたじゃん岳」

「うるせぇな」

テーブルに肘をついて、手際良くスクラングルエッグを作る岳の背中を見ながら、走はに、と笑った。照れているのが後ろ姿だけでも解ってしまったからだ。注意深く視線をおくると、耳の後ろや首筋、うなじに、自分が付けた痕が発見できる。

余りにも無防備な背中にほんの少し欲情しつつ、『料理を作っている時は駄目だ』というルールを思い出し、残念ながらこの場は『視姦』だけに留めておこうと、不健全に思考を巡らせ、とりあえず身体だけは大人しくしておくことにした。


(昨日は計らずもうさぎプレイだったのに…元気だなー岳。…あ、やば)


これ以上岳を見ていると、また色々思い出しかねないと、走は別のものに意識を集中させることにする。



ここここここここ…


自分が目覚めてから部屋に元気良く響いていた物音は、未だ止むことがない。

「ねぇ岳、ガクは?」

「ああそうそう。俺が起きたのもそいつのせいだっての。…腹へったって寝てる俺んとこ来てさ、前足で頬っぺた叩きやがってさ」

そう言って、そこにいる、と岳が指差したのは、部屋の隅に置いてあったスニーカーの箱。蓋が開けっ放しになってはいるが、うさぎの体高より箱の深さの方が勝る為、離れたところから中の様子を見ることは出来ない。
が、ここここここ…という物音と、時折がさがさと揺れる箱の動きだけで、彼が十分過ぎるくらい元気だと言うことは解る。

「朝っぱらから部屋散らかすかも知んねぇし…あいつもあの箱が気に入ったみたいで、出てこようとしねえし」


こここここここ…


「うん。箱の事は解ったけどさ…こここここって……」

「ああ」

走の言わんとするところが解ったのか、中皿二枚と小皿一枚に盛りつけをしながら、岳は小さく肩をを竦めて、言った。


「相当気に入ったらしくてさ。朝からポッキーしか食ってねぇんだ」



      ※      ※      ※



「あーもう、虫歯になるってば!」

ガタン、と派手に音をたてて椅子から立ち上がると、走はリビングにどかどかと入り込んで、隅に置いてある問題の箱を覗き込む。少し遅れてリビングに入った岳も、面白そうに走の後ろから箱を覗いた。


そして、再び目を疑った。


短めの耳も、前足も、真っ黒な瞳も、小さな尻尾も、ふくふくした丸い体も、綺麗な毛並みも、昨日の夜自分達を驚愕させた、ガクと同じものだったのだが。



走と岳には、にわかには信じ難いことだった。



短めの耳も、前足も、小さな尻尾も、ふくふくした丸い体も、綺麗な毛並みも全て…元通り。



つまり――




――真っ白だったからだ。



      ※      ※      ※



「おう、もーにん」

言葉を失って固まっている二人を見上げ、飄々と挨拶を繰り出すガク。

「「あ、おはようございます」」


「?」

二人の様子がおかしいことを悟ったのか、ガクはきょとんと首を傾けた。それに合わせて、小さく白い耳がひょこりと揺れる。

「なーにやってんの?おまえら」

に、とシニカルな笑みを浮かべて(…?)、ガクは元気良く箱から飛び出した。

「何ってガク…お前、何で戻ってんの!?」

足元にやってきたガクを抱き上げ、背中を撫ぜてやりながら、岳はガクに問いかけてみる。

「もどるって?」

「お前、昨日の夜茶色かっただろ!?」

「なんだよそんなことか。つまんねぇなぁ」

「何だと?」



「待って岳…俺の推理が間違ってなければ…」


岳とガクがじゃれあっている(…?)間に、走は床に落ちていた小さな箱を見つけていた。それは…ガクの色が戻った原因といえば、此れぐらいしか思い当たらないようなもので…

科学的根拠もへったくれもないが、こうなったらもう自棄である。

「推理ィ?」

胡散臭そうに語尾を上げて走を見る岳。
冷たい視線は慣れたもの。軽く受け流し、走は拾った箱を印籠の様に突き付けて、言い放った。


「みるくポッキー食べたからだ!」

「しろいやつたべたからじゃねぇ?」


殆ど同時に、走とガクは言った。

どうやら、朝起きて、腹減ったと岳に我侭を言い、昨日食べた細い食べ物が食べたいと更に我侭を言い、ガクがごり押しの末獲得したのがこのみるくポッキーだったらしい。

「アホらし…」

「アホって…そりゃないんじゃないの。其れぐらいしか考えられないって」

迷探偵の推理なんか聞いちゃいられないと、岳はガクを左手で抱き、右手で耳をふにふにしている。ガクも満更ではないのか、岳の指が触れる度に耳を上下に動かして戯れている(っぽい)

「…早く食おうぜ、腹減った」

「あさごはん、なんだ?」

「お前にはほうれん草とにんじんとブロッコリーな。俺達はアボガドのサラダとココナッツトースト、それにスープ」

「はらへった!」

「ま…待てよ岳!」

「待ったも何もねぇよ。昨日の夜だって俺はお前に散々付き合わされて…すげー腹減ってんだから」


岳は既に食卓につき、ガクをテーブルの上に置いてある小皿の前に下ろしてやっている。
ミルクポッキーの箱を持ったままの走は軽いため息をひとつ付き、陶器で出来た獅子型のゴミ箱の口にその直方体を放り込んだ。疑惑の種がゴミ箱の底で、コン、と着地音を響かせた。




      ※      ※      ※




「じゃあお前、いちごポッキー食わせたらピンク色になるってか?」

フォークでレタスとアボガドと、カリカリに焼いたベーコンを突き刺しながら岳は言う。勿論、走の方など見もせずに。話題の主であるガクはと言えば、岳の隣り。はりはりといつものように音を立てて野菜を味わっている様子。


「…多分」

「お前獣医だろ?」


「誰が誰に似てるって?」

「だれがだれににてるって?」

「ほら似てるじゃん」

「「うるせえ」」

「あはははははははは!」

ココナッツトーストを齧りながら走が爆笑すると、岳とガクは面白くなさそうに顔を見合わせた。





(とりあえず、この後コンビニに行って、置いてある全種類のポッキーを買ってこよう)


そう考えてしまうのは、実験好き理系の性なのかもしれない。


因みに。

走がコンビニで、『年末年始限定!レインボーポッキー』なるものを発見するのは、今から僅か十五分後のことである。





ガクちゃんの運命やいかに…!











                    







2002.12.01. 脱稿

ポッキー話第二段です。
なんていうか…月並みな話ですみません。

レインボーポッキー。
市場に初めて出まわったのが、2000年末だったかと記憶しております。
21世紀にちなんで21本入り。1000円。一本のサイズはジャイアントポッキーのサイズです。
チョコ、ストロベリー、オレンジ、カスタード、抹茶、サイダー、ブルーベリーの7色。
21世紀初の日の出を拝みに海岸へ出向き、そこで皆で食しました(微妙な思い出)

七色ポッキー、今年も出てますご安心を(…?)
ただ、やはりサイダーはやばかったらしく、青リンゴ味に変更されてました。10本入りで500円。冒険好きな方へ。

う…うさぎ話は全てギャグだと思っていただければ…!(逃げながら)


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