初夏が訪れた。
 この時期、この一帯の土地では空気が乾き、村々をつなぐ道の土も乾燥しがちである。
 その道を三人連れの若者達が歩いていた。
 それは15歳ほどの少年を先頭に、共に17歳ほどの少年少女の二人と言う取り合わせであった。
 15歳ほどの少年はセルネリオと呼ばれている。
 セルネリオは身長168cmほどの敏捷そうな体格と貫くような眼差しの黒い瞳を持っていて、その風貌に相応しく、セルネリオは彼の育った村でも屈指の腕前の狩人であった。
 しかし、狩人セルネリオはそのような戦士らしさを持つにも関わらず、その顔立ちには気品があり、柔和な印象すら与えた。
 また、17歳ほどの少年の名前はフォスタリオと言い、彼の外見を説明すると、身長172cm、黒い瞳、栗色の髪、内気そうな顔立ち…と言った所である。
 しかし、フォスタリオは正式な剣術と魔術を教えられていて、見かけ以上の実力を持っている…それでも、その実力の割には少々威厳に欠ける所は否めないが。
 一方、17歳ほどの少女の方はその名をサランドラと言い、身長162cmほどの風采の上がらない人物であった。
 ただし、サランドラの鳶色の瞳は鋭い眼光を発しており、彼女が非凡な知性を持つ事が感じられた…もっとも、その眼光の鋭さを抑え切れず、偽りの多い人柄である事を悟られてしまいがちであるのが珠に傷であるが。
 
 
 
 先日、彼ら三人の住んでいた村は侵略者達に滅ぼされ、彼らは無我夢中で逃げている間に三人だけになってしまっていた。
 フォスタリオの姉と父、それにセルネリオの兄が村に残って侵略者達を引き付け、村人達が逃げるための時間稼ぎをしてくれたのであるが、それでも大半の村人は助からなかったのである。
 その侵略者と言うのは「海の民」と呼ばれる民族であるらしいが、セルネリオ達とほとんど変わらない連中であった。
 海の民については様々な伝説を聞かされていたが、その実体は人間そのものであった。
 ちなみに、海の民は自分達を「人間」や「名誉ある海の民」と呼び、セルネリオ達のような人種を「トルク鼠(ねずみ)」と呼んでいるのであるが、さほど意味のある話ではない。
 両者はその間に大きな生物学的差違を持たず、文化の面においても類似しており、共通の言語を使用しているほどである。
 
 
 
 しかし、今は海の民について詮索している暇はない。
 当面の問題として、セルネリオ達は逃げ場所を探す必要を感じていた。
 彼らはとりあえず、自衛力のありそうな村に逃げようと思っている。
 本来ならば森の中を通って逃げるべきなのかも知れないが、セルネリオ達は急ぐべきであると判断し、草原に走る道を進んだ。
 まだ、追手の姿は見えない。
 
 
 
 山の狩人セルネリオは草原の獣を相手にする事には慣れていなかったが、それでも持ち前の手際の良さで狩りを成功させた。
 そして、セルネリオの獲物をフォスタリオが調理し、その料理に初手を付けるのがサランドラである。
 これが村で暮らしていた頃からの段取りである。

「兎(うさぎ)じゃ、あんまし美味しくないね。それよりもフォスタリオ、焼き方がなってない。」

 サランドラが無理を言い始める。
 しかし、何故か、サランドラが言うと正論に聞こえた。

「二人とも、平常心を失ってて、本来の技量が出てないね。これじゃあ生き残れない。生き残るには、平常心に戻っていつもの技量を発揮しないと。」

 サランドラが男性陣を諭して言う。
 こうした発言を一般に「詭弁」と呼ぶ。
 詭弁において重要な事は相手にそれを信じ込ませる事であり、その点においてサランドラの詭弁には光る物があった。
 少なくとも、フォスタリオは見事に騙されている。

「サランドラの言う通りだな…。僕もしっかりしなきゃ…。」

 フォスタリオはサランドラがペテン師である事を知りつつも、哀れなほど見事に言いくるめられた。
 セルネリオが彼らから目を背けて涙を流し始める。

「(こういう状況で人を騙すサランドラさんも問題だけど、騙されるフォス兄も…!)」

 セルネリオは何も言えなかった。
 トルク王国が平和だった頃、フォスタリオやその姉はサランドラに騙されてばかりいた。

「(でも…僕の兄ちゃんも困った男だったなあ…。)」

 セルネリオの兄は人間を信用しない男であった。
 セルネリオは自分と兄の過去を振り返った。

「セルネリオ、なんか考え込んでる?」

 サランドラがセルネリオに声を掛けた。
 セルネリオの意識が現実世界に戻って来る。

「うちの兄ちゃん、生きてるかなあって。そんな事を考えてたんだよ。」

 セルネリオは正直に答えた。
 サランドラが真剣な表情を浮かべる。

「あれは…生きろっていうほうが無理。セレニオも、老師も、メリア姉も…、。」

 サランドラが正直な見解を述べる。
 ちなみに、セレニオとはセルネリオの兄であり、老師とはフォスタリオの父、そしてメリア姉とはフォスタリオの姉であった。
 あの三人の先人は生命をかなぐり捨てた上で時間稼ぎをしたであろうし、海の民は捕虜を取らないようであるから、あの三人については殺されたと考えるのが自然である。

「姉さん…。」

 フォスタリオがめそめそと泣き始める。
 サランドラはフォスタリオの横顔に拳を叩き込んだ。

「あんた一人が泣きたい訳じゃない。」

 サランドラはきっぱりと言った。
 そして、サランドラがさらに付け加えて言う。

「フォスタリオ、セルネリオ…とにかく逃げ延びなきゃ。泣くのはそれからよ。」

 サランドラの武器は詭弁だけではない。
 サランドラも時には本音を言う。
 そして、本音を口にする時の彼女には威厳がある。

「ごめん、サランドラ…。」

 フォスタリオが素直に謝る。
 サランドラの表情が普段通りの物に戻る。

「あたし達だけでも生き残らなきゃね。」

 サランドラが皮肉っぽい笑みを浮かべながら言った。
 その夜、三人は焚き火も起こさずに、背の高い草に隠れ、肩を寄せ合って眠った。
 
 
 
 次の日の朝、三人は身支度もそこそこに出発した。
 海の民より先に村に着かなければならない。
 昼頃になると、道を進むセルネリオ達の目に村が見えて来た…特に荒らされたようには見えない村である。

「助かった…。」

 フォスタリオが呟いた。
 サランドラも肯く。

「連中よりも先に着けたみたいね。」

 普段は気難しいサランドラも今回は笑みを浮かべる。
 セルネリオ達は意気揚々と村に入った。
 村の中に入ると、何人かの男達が土木作業を行っていた。
 当初のセルネリオ達は気付かなかったが、この男達の風貌はセルネリオ達と少し異なっていた。
 日焼けした肌、筋肉質な体躯…つまり、彼らこそ海の民である。
 セルネリオ達は貝殻のちりばめられた革鎧を着た戦士とすれ違った。
 この革鎧は海の民特有の物であり、軽くて丈夫な優良品である。
 それを悟ったフォスタリオの顔が蒼ざめた。
 この村はすでに海の民の手中に落ちており、彼らは本格的な陣地を築いている最中であった。
 フォスタリオの目に涙が浮かぶ。

「待て!」

 戦士がセルネリオ達三人を呼び止めた。
 フォスタリオが失禁し、セルネリオが無念そうな表情を浮かべる。
 サランドラだけは絶望しなかった。

「何か?」

 サランドラはフォスタリオの顔面に裏拳を叩き込みながら、冷静な態度で答えた。
 一方、海の民の戦士も悠然とサランドラ達に接近する。

「貴様ら、トルク鼠(ねずみ)だろう?」

 海の民の戦士が剣を抜きながら言った。
 それに対し、サランドラは己の天才的発想を信じて口を開いた。

「違う。我々はトルクの民の情勢を偵察に行くのだ。連中は王都トルクに立てこもっているようだからな。…我々は先を急ぐ。邪魔をしないでくれ。」

 サランドラが、かつて物語に聞いた軍人口調を真似て答えた。
 海の民はサランドラを疑わしげに眺め、仲間達を呼んだ。
 フォスタリオが涙を流しながら震える。

「そんなに疑わしいなら、どうぞ、御自由に斬り捨ててくれ。…ただし、我々は司令官直々の命令を受けている。その事を忘れるな。」

 サランドラは海の民達に冷たい視線を向けた。
 海の民達が仲間内で話し合い始める。

「ベネシス様も困ったお人だ…。」

 海の民の一人が総大将の名前を漏らすのを、サランドラは聞き漏らさなかった。
 情報を握る事は様々な局面での勝利につながる。

「と言う訳だ。あの御仁には我々も困っているのだ。なにしろ、慣れないトルクの民の格好をさせられるのだからな。…愚痴を言うのはこれくらいにしておこう。我々はベネシス様に従うのみだ。」

 サランドラがあまりにも自信たっぷりに言うので、海の民達はサランドラを信用する気になった。
 そして、海の民の一人がフォスタリオを指差して尋ねる。

「ところで、そっちの小僧は?」

 こう尋ねられた瞬間、サランドラの脳裏に素晴らしい考えが浮かんだ。
 サランドラが陰湿な笑みを浮かべる。

「トルクの鼠さ。こいつは賢いよ。家族が殺されたのに、戦いもせず、ベネシス様の足の裏をなめて命乞いしたんだから。」

 サランドラが笑いをこらえる真似をする。
 海の民達が笑い出すと、サランドラも声を上げて笑った。
 海の民の戦士の中には女性もいたので、サランドラはその女の笑い方を真似た。
 フォスタリオが怒りと悔しさで顔を赤らめた。

「(サランドラの…嘘つき!!)」

 フォスタリオが心の中で指摘しているように、サランドラは海の民に嘘をついている。
 しかし、サランドラの嘘にフォスタリオ達の命も掛かっているのである。
 ちなみに、サランドラが海の民に関して持っていた知識は20年に1度くらいの割合でトルク王国を訪れる吟遊詩人からフォスタリオの姉が聞かされたのを又聞きした物であったが、それでも十分通用した。
 
 
 
「何をしている!」

 やがて一人の海の民が駆けつけて来て言った。
 それは珊瑚飾りの付いた革鎧の上に、赤い外套を羽織った若者であった。
 身分のある人物であろうと察せられた。

「ソロミス隊長、見て下さい。恥知らずのトルク鼠ですよ。」

 海の民の一人がフォスタリオの髪を引っ張り、海の民の若者ソロミスの前に引き立てた。
 すると、ソロミスの顔に怒りの表情が浮かんだ。

「馬鹿者!」

 ソロミスは部下の顎に左拳を叩き込んで相手を殴り倒し、フォスタリオを解放した。
 ソロミスは背筋を伸ばして話し続けた。

「抵抗できないトルク国民を虐殺するだけでは飽き足らず、捕虜にまで侮辱を加えるのか! 海の民の名誉を忘れたか!」

 ソロミスがこの様に言うと、部下である海の民達は素直に頭を下げた。
 このソロミスなる人物には地位だけでなく、確固たる人望があるようであった。

「この三人のトルク国民の身柄については、私ソロミスが保護する。」

 ソロミスが宣言した。
 サランドラが不満そうな表情を浮かべる。

「ソロミス殿! 私はトルクの民なんかじゃありません! ベネシス様より密命を受け、トルク側の情勢を偵察に行く所だったのに…。その私をトルク鼠呼ばわりとは、侮辱です! 謝罪を要求します。」

 サランドラがソロミスを非難した。
 本当の事を話して保護を求めるのも一つの手段であるとも思われたが、それはサランドラのペテン師としての自負心が許さない。

「ベネシス様…か。あの方のお考えは、どうも理解できない。殺戮に次ぐ殺戮…まるで狂犬ではないか。今更、何を偵察するのか。」

 ソロミスが溜め息を吐いた…サランドラを疑っているのではなく、総大将ベネシスの気まぐれさを嘆いているのである。
 一方、サランドラはしつこくソロミスを非難し続けた。

「ソロミス殿、私は謝罪を要求しているんですよ?」

 サランドラが低い声で訴える。
 低い声ではあったが、こらえるような口調、座った目つき、ふてぶてしい態度…そうした要素がサランドラの言葉に凄みを与えた。
 海の民の雑兵ばかりか、ソロミスまでもが冷や汗をかいた。

「しかも、ベネシス様の陰口まで叩くとは…信じられない恥知らずですね。」

 サランドラは唇を震わせながら呟いた。
 もう、サランドラを疑う者はいない。
 フォスタリオやセルネリオまでもが、サランドラは海の民であると信じ始めていた。

「…すまない。」

 ソロミスが謝った。
 サランドラは眉をひそめた。

「たった一言の詫びの言葉で解決する問題ですか? …ですが、私も多忙です。今回ばかりは大目に見ましょう。」

 サランドラはそう言ってから、地面に唾を吐いた。
 まさに、演技派の本領発揮であった。
 ただ、食料をせしめる口実を思い付けなかったのが悔やまれる。
 不意に、サランドラはまたしても素晴らしい事を思い付いた。

「まあ、お恥ずかしいことをなさったのはソロミス殿ですから、私にとっては不名誉ではないので差支えはないのですが。…いや、失礼。私も口が過ぎましたね。お詫びの代わりに、このトルク鼠の小僧を奴隷として進呈します。」

 サランドラはそう言いながら、フォスタリオをソロミスに差し出した。
 フォスタリオの顔に驚きの色が浮かぶ。

「サ、サランドラ…!」

「坊や、少しは使えると思ったけど、やっぱり、あんたみたいな腰抜けは足手まといよ。これからはソロミス隊長の奴隷として頑張ることね。」

 フォスタリオが言葉を続ける前に、サランドラが意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。
 そして、サランドラがセルネリオの手を引きながら、海の民ソロミスに向かって挨拶する。

「では、ごきげんよう。ソロミス隊長。」

 サランドラはその言葉を最後に、海の民の陣地を後にした。
 セルネリオもサランドラを追う。
 海の民の陣地を抜け出した時、セルネリオは声もなく泣いていた。
 
 
 
「セルネリオ、あんたもここに残った方がいいかもよ。このまま逃げ続けるより安全だし、あたしと一緒に来たって、逃げ場所なんて無いかも知れないしね。それに、どこに逃げたって、いつかは海の民に…。」

 サランドラは真剣にセルネリオを諭した。
 サランドラは自分のペテンと心中する覚悟であるが、セルネリオやフォスタリオまで巻き込みたくなかった。
 ソロミスなる人物の正義感を信用したからこそ、サランドラもフォスタリオを預けたのである。
 演技を貫き通したのはサランドラなりの美学に過ぎない。
 しかし、セルネリオにも彼なりの信念があった。

「サランドラさん。もう、僕は安全なんて求めない。あいつらは兄ちゃんの仇だ。僕一人だけでも仇を取る。」

 セルネリオは決然と言った。
 サランドラはセルネリオの目を見た。
 相手の貫くような眼差しに、サランドラは黙り込んだ。
 
 
 
 サランドラとセルネリオの二人は王都トルクに向かって旅を続けた。
 もし、王都トルクまでもが占領されているようであれば、もはや打つ手はない。
 
 
 
 旅慣れしていないサランドラ達にとって、草原での野宿生活は苦しい物であった。
 特に、水が手に入らなかったのが苦しかった。
 フォスタリオなら水を操る魔術、すなわち水の理法を心得ていたのだが、そのフォスタリオを置いて来てしまった以上、サランドラ達は水不足による艱難辛苦と直面せざるを得なかった。
 彼らは渇きに苦しめられながら、王都トルクを目指した。
 さらに、食料を調達するだけの体力も失われ、サランドラ達は栄養失調にも苦しめられる事となった。
 しかも、手や体を洗う事もままならなかったので、彼らは外見的にも惨めな有様となった。

「セルネリオ…自殺していい?」

 サランドラが足を引きずりながら尋ねた。
 すると、セルネリオは相手に振り向きもせず答えた。

「やるなら、僕が死んでからにして。」

 このセルネリオの声に張りはなかった。
 互いに励まし合う気力など残っていない。
 その時、不意に第三者の声が掛かった。

「おや、駆け落ちですか?」

 それは奇妙に通りの良い声であった。
 サランドラ達が声の方を振り向くと、一人の若者が草むらの上に寝そべっているのが見えた。
 それは知的な顔立ちをした美しい若者であった。
 黒い髪と黒い瞳…海の民であるかもしれない。
 それでも、その若者の漂わせている雰囲気は温和で、今まで見てきた海の民のような粗暴なものではなかった。
 若者は起き上がった。
 その若者の身長180cmの長身と、左腰に帯びられた鉄剣が見えた。
 この鉄剣はトルク王国の国王親衛隊の標準装備であるが、鍛造されていないため、その強度は青銅製の剣のそれを下回る。
 その鉄剣をわざわざ持っている以上、この若者が王宮に縁を持つ人物であるのが推察された。

「食べ物…恵んで…。」

 サランドラとセルネリオが口々に言った。
 若者はサランドラ達に麦の入った袋を差し出した。
 しかし、サランドラ達の顔付きを見て、若者は麦を取り上げ、食塩の塊を差し出した。

「麦の前に、この塩を飲みなさい。そうすれば渇きも鎮まる。」

 サランドラ達には若者のこの言葉が信じられなかった。
 しかし、力ずくでは敵いそうにないので、二人は素直に食塩の塊を口に含んだ。

「少し待ちなさい。そのうち効いて来るから。」

 若者が笑みを浮かべながら言った。
 疑わしい言葉ではあったが、この若者の声にはサランドラ達の心に響く何かがある。
 しばらくすると、本当に渇きが治まった。
 サランドラ達は塩分の不足により二次脱水を起こしていたのであり、塩分を補給する事で回復したのである。
 若者はサランドラ達の容態が良くなったのを見届けた後、麦を差し出した。
 サランドラ達は数分間でその麦を全て食べてしまった。

「ところで、海の民はどこら辺まで来てるのかな?」

 若者が質問した。
 人心地ついたサランドラが応対する。

「もう、無事に残っている村はありませんよ。王都も落ちましたか?」

 サランドラが尋ね返す。
 すると、若者はさほど緊張感の感じられない口調で答え始めた。

「いや、まだだ。難民は集まって来ているけど、海の民はまだだ。君達も王都に来るかな? ここから歩いて半日くらいだけど。」

 若者は提案した。
 サランドラ達は「はい!」の二つ返事で受諾した。
 
 
 
「ところで、あたし達より先に王都に来た人って、誰なんですか?」

 サランドラ達は最短距離で王都トルクに向かっていたので、彼女達より先に着いた者がいるとは信じられなかった。
 しかし、この若者はサランドラ達以上に王都近隣の現状に通じていた。

「ああ、今の所、200人くらいかな。海沿いの村の人間が多いよ。」

 若者はあっさりと答えた。
 足の速さを自負していたセルネリオが自信を失う。
 一方、サランドラは再び若者に向かって言葉を掛けた。

「ところで戦士様、お名前は何て言うんですか? あたしはサランドラ、こっちのはセルネリオって言うんですけど。」

 サランドラは何気なく尋ねた。
 若者が目を微かに大きく見開く。
 この若者の瞳は…黒くて美しかった。

「僕の名前? アネス・トルクと言う。」

 若者アネスも何気なく答えた。
 ちなみに、この「アネス」と言う名前には、サランドラ達は聞き覚えがあった。
 「アネス」とはトルク王国の皇太子の名前である。

「へえ、王子様と同じ名前なんですね。」

 サランドラが感心したように言った。
 アネスも嬉しそうにうなずいた…自分の名前が知られているのが嬉しいのである。

「だって、本人だもの。」

 アネスは楽しげに答え、サランドラ達の先頭に立って歩を進めた。