その国は滅びようとしていた。
 その国は孤立した地域に存在していたので、今までは大きな侵略を受ける事なく存続していたが、その事は国の抵抗力を弱めてもいた。
 弱体化した政治体制、形骸化した軍隊、すでに国家と呼べる代物ではなくなっていた。
 政権を握る事にうま味がないので、大きな内乱も500年近く起こっていない。
 せいぜい飢饉の年に食料を求めて、村同士の小競り合いが数十年おきに起こっていた程度である。
 それでも精神的な象徴である王の存在が秩序を与えていたので、人々は大きな戦争を経験する事なく暮らして来た。
 その平和慣れした王国に侵略者は突然やって来た。
 
 
 
 トルク王国が海の民の一派による侵略を受けた。
 そして、わずか数日にしてトルク王国の西部地方はほぼ完全に制圧された。
 海の民とトルク王国の文明はほぼ同じ水準であったが、海の民には野生の活力があった。
 また、海の民は世界各地に分布している大勢力であり、その戦士達は戦慣れしていた。
 一方、トルク王国には本格的な軍隊すら存在していない。
 もはや王都トルクの陥落も目前であった。
 
 
 
 北部地方の偵察に出ていたアネス・トルク王子が王都トルク目指して歩いていた。
 年齢19歳、身長180cm、黒い瞳、黒い髪、知的な顔立ち…アネスは見かけこそ皇太子の名に恥じず立派な青年であった。
 今のアネスは軽快そうな狩猟服を身に着け、左腰には鉄の剣を帯びていた。
 この鉄の剣は芸術的には優れているが、鍛造されていないため、その強度は青銅製の剣のそれを下回る。
 アネスは二人の難民を連れて王都の門に向かった。
 難民の一人は17歳くらいのずる賢そうな少女、そして、もう一人は15歳くらいの勇敢そうな少年であった。
 少女の名はサランドラ。
 身長162cm、鋭い眼光を放つ鳶色の瞳、焦げ茶色の髪、どことなく漂うペテン師としての風格…それがサランドラの外見的特徴であった。
 一方、少年の名はセルネリオ。
 身長168cmの敏捷そうな体格、貫くような眼差しの黒い瞳、黒い髪、勇ましさと同時に漂う気品…それがこのセルネリオの風貌であった。
 
 
 
 アネス達三人の眼前に王都トルクの城門が見えて来た。
 王都トルクは4000年前に海の民によって建築された石造りの町で、見かけこそ堂々たる都市であった。

「凄い…。」

 セルネリオが本格的な城壁を見て呟いた。
 アネスが笑みを浮かべる。

「ふふ、中身を見てから驚いて欲しいね。」

 アネスがセルネリオの目をのぞき込んで綺麗な声で言った。
 すると、サランドラが反応した。

「だけど、これって役に立つの?」

 サランドラがなれなれしい口調で尋ねた。
 アネスの笑みが甘さを増す。

「役に立つような状況にする訳には行かないね。戦わないのが僕の仕事だもの。」

 いかにもアネスらしい言葉であり、威厳は全く感じられなかった。
 ただ、アネスの言葉は何故かサランドラ達の脳裏に響いた。

「はあ?」

 サランドラが不審げな声を上げ、眉をひそめた。
 これはアネス王子を苛つかせようと考えての行動である。
 しかし、アネスはむしろ含み笑いを浮かべ始めた。

「戦わないのが僕の仕事って言ったのさ。それより、サランドラ君は声とか表情を作れるんだね。」

 アネスは素直な感想を口にした。
 そして次にサランドラが何か答えようとした瞬間、アネスは素早く口を挟んだ。
 それは狙い澄まされた間合いであった。

「君は知ってるんだね、言葉は最大の武器なんだって事をさ。僕もそう思ってるよ。」

 アネスは決めつけたような口調で言った。
 サランドラは言い返そうとしたが、その瞬間にもアネスが再び口を挟んだ。
 間合いが絶妙であるばかりでなく、アネスの声には不思議な力があるので、サランドラはアネスの言葉をまともに聞いてしまった。

「惜しい! 態度とか状況も言葉に力を添える。だけど、君のやり方は上手すぎて、逆に不自然なんだ。」

 アネスにそう言われると、サランドラは本気で落ち込み始めた。
 サランドラが口八百長で他人に敗れた。
 この現場に居合わせたセルネリオも世界の広さを実感した。

「(この人…あたしより上だ!)」

 言葉を封じ込まれたサランドラは痛切に感じた…どんな言葉を使ってもアネスには勝てない。
 ペテン師としての非凡な才能を持つサランドラなればこそ、アネスの実力を察知できたのである。

「…と、ところでアネス様…。」

 セルネリオはアネスに声を掛けた。
 セルネリオとしてはアネス王子に申し立てるべき儀がある。
 しかし、アネスがセルネリオの言葉を聞くか否かは別問題であった。

「セルネリオ君、どうしたの?」

 アネスはセルネリオに目を向けた。
 アネスとセルネリオの視線が絡み合う。
 セルネリオはアネスを本当に妖艶な人だと思った。
 アネスが優しく微笑み掛けると、セルネリオはうつむいて顔を赤らめた。

「…アネス様って、女の人なの?」

 セルネリオは最初に言おうとした事とは全く違う事を口にしていた。
 アネスがセルネリオに向き合う。

「どっちだったら嬉しい?」

 アネスは実に蠱惑的な笑みを浮かべながら尋ねた。
 セルネリオはそのアネスの笑みに引き込まれそうになった。

「いや…何も聞かなかったことにしてください。」

 セルネリオは顔を火照らせながら言った。
 アネスはセルネリオの話を聞きながら、時々サランドラにも目を向けて牽制する。
 アネスの目はサランドラの言葉を確実に封じ込んでいる。

「本当にいいのかな? …それより、他に聞きたい事があるんじゃないのかな?」

 アネスは口ではそう言いながらも、その眼差しには妖艶な光があった。
 
 
 
 セルネリオもサランドラも、もはや何一つ言えず、黙ってアネスに従って王都トルクの門に向かった。
 アネスはいつの間にか真顔になっていた。

「セルネリオ君、僕に剣を取って戦えと言いたかったんだね? でも、それじゃ海の民には勝てない。僕はもっと勝ち目のある戦いをするつもりなんだ。」

 アネスは真剣な口調でそう言うと、セルネリオの言葉を待った。
 セルネリオはアネスの目を見た。
 先ほどまでの誘惑者ではなく、威厳のある王族がそこにいた。

「アネス様…僕の兄はあいつらに殺されました。村のみんなも殺されました。だから、その仇を討ちたいです。…でも、アネス様は…。」

 セルネリオは素直に言いたい事を言った。
 アネスは静かにうなずいた。

「剣とか槍じゃ戦わないよ。僕には別の武器がある。」

 アネスはきっぱりと言った。
 すると、サランドラは即座に答えた。

「まさか、海の民を色仕掛けで落とそうって言うんじゃないんでしょうね。」

 サランドラが憶測を口にしていた。
 アネスは寂しげな笑みを浮かべた。

「ご想像におまかせするかな。」

 アネスは笑っていたが、明らかに本気であった。
 飾りとは言えアネスは王族であり、国民から租税を受け取って生きて来た以上、彼らを守る義務があった。
 そして、トルク王国滅亡が確実である以上、アネスには一人でも多くの国民を生かす義務があり、このアネスの最大の武器がその妖艶な「媚び」にあるのは初対面のサランドラ達にも察せられた。
 アネス王子とて海の民に身を差し出すのは嫌であるが、それが最も有効な手段に思えた。

「それとも、僕では不足かな?」

 アネスはそこで話を打ち切った。
 アネスは笑っていた…内心の恐怖も全て捨てた…皆には笑って見送られたいと思う。
 アネス達三人は他愛もない会話を続けながら王都トルクの城門をくぐった。
 門を守る衛兵はいなかったが、町の人達はアネス王子の姿を見ると集まって来た。

「やあ、戻ったよ。」

 アネス王子は手短に挨拶した。
 町の人達も口々に挨拶を返す。
 セルネリオ達は緊張して黙り込んだまま、アネスに手を引かれて歩き続けた。
 
 
 
 王都トルクは立派な町並みと4000年の歴史を誇っていたが、その人口はわずか20000人ほどであった。
 それは静かで物悲しい雰囲気の漂う町であった。

「寂しいですね。」

 セルネリオが素直な感想を口にした。
 それについて、アネスも同じ事を感じていた。

「僕も時々そう思うよ。この町も人口が減ってるからね。」

 アネスがセルネリオの感想に答えて言う。
 今のアネスは憂いを含んだ笑みを浮かべている。

「本当に寂しいなんて思うの? あんなに、みんなから好かれてるのに。」

 今度はサランドラが意見を口にした。
 すると、アネスが肯いて返答する。

「そう。サランドラ君は正しい。でも、本当に寂しいって感じる事があるんだ。それは事実だよ。」

 それがアネスの返事であった。
 それは理論的には不十分な言葉ではあったが、サランドラにも反論できなかった。
 アネスはサランドラの顔を眺め、またしても謎めいた笑みを浮かべた。

「それより、少し話題を変えようか。サランドラ君の言葉は理論的には正しい。それに、剣のように鋭い。その点では僕より上だ。その点ではね。」

 そのアネスの言葉を聞き、サランドラはアネスの顔を睨んだ。
 一方、セルネリオにとっては興味の対象外の話であった。

「アネス様、今はそんな事を言っている暇はないでしょう。戦いの準備をするんです。僕だって、そのために貴方に付いて行くんです。」

 セルネリオははっきりと言った。
 セルネリオは決して夜伽(よとぎ)の相手を勤めに行く訳ではない。
 これはセルネリオにとっては最後の抵抗であった。

「今、僕についてくる、と言ったね? こんな可愛い男の子に迫られて、お姉さん(この時、アネスは自分をそう呼んだ)、ちょっと動揺しちゃうかな。」

 アネスが再び特有の笑みを浮かべて言う。
 そして、アネス王子はセルネリオとサランドラの言葉を視線で同時に封じ込む。
 先程の時と同じ状況に戻ってしまった。
 アネス達三人は先程と同じく他愛ない会話を続けながら王宮に入った。
 
 
 
 王宮も町と同じく物寂しい雰囲気に包まれていた。
 軍隊はすでにまともな形すら残しておらず、王宮にも兵士の姿は見られなかった。
 しかし、今の王宮は完全な無人ではなく、難民の姿が時折見受けられた。
 王宮にはわずかではあるが、食糧が備蓄されているのである。
 
「へ、兵隊は?」

 セルネリオがアネスに尋ねた。
 アネスはまだ微笑んでいる。

「軍隊は3年に1度だけ臨時で集められるんだよ。」

 アネスは嬉しそうに答えた。
 このような国が500年以上も平和を維持できた事は誇らしい事である。
 今まで中央政府の実態を知らなかったセルネリオ達が呆れていると、王家に儀礼的に仕える家臣がアネス王子に近付いて来た。
 その家臣は60歳を過ぎて久しい老人であった。

「お帰りなさいませ、アネス様。外の様子はいかがでしたか?」

 家臣の口調には多少なりと切迫した所があった。
 アネスはそれに応じて真顔になった。

「状況について、これから説明する。皆を呼び集めてくれ。…それから、酒を持ってきて欲しい。」

 アネスが彼らしからぬ毅然とした口調で言った。
 家臣が驚く。

「ア、アネス様…。は…承知しました…。そして、お酒…でございますね?」

 家臣は驚いていた。
 今のように毅然としたアネス王子を見るのは初めてであったし、また、アネス王子は酒が嫌いだったはずである。

「その通り。末期の酒宴だ。王族、家臣、難民、とにかく主立った人間を集めてくれ。」

 アネスは普段の彼からは考えられぬほど冷たい声で命令した。
 事態の重大さを悟った家臣がアネスの命令に従い、その場を離れて行く。
 不意に、アネスはサランドラの方を振り向いた。
 今のアネスは悩ましげな顔つきをしていた。
 サランドラが一瞬ながら息を詰まらせる。

「サランドラ君、政治に駆け引きは必要だと思う?」

 アネスがサランドラに問うた。
 サランドラ達も気を引き締めた。

「当然です。駆け引きの勝者こそが真の王者です。」

 サランドラがはっきりと答えた。
 アネスがうなずく。

「今まではそうじゃなかった。でも、これからはそうなるんだろうね。僕は駆け引きが苦手だ。だから、サランドラ君の力を借りたいんだ。今日、作戦会議を開くから、その席で僕の意見が通るように取り計らって欲しい。」

 アネスがサランドラに本心を話した。
 サランドラの顔に意地悪そうな笑顔が浮かぶ。

「で、報酬は?」

 このサランドラの要求に、アネスは素早く反応した。
 答えるアネスの顔からは普段の笑みが消えている。

「武具一揃いに、馬1頭、羊3頭、銀10斤、それが限界だね。」

 アネスは事務的に即答した…そして、その表情は冷たい。
 サランドラは気まずさを感じた。
 アネスは慌てて笑みを浮かべた。

「とにかく力を借りたいんだ。セルネリオ君、君も僕を応援してくれるね?」

 アネスは二人に笑みを見せながら食堂に向かった。
 この食堂で会議が開かれる。
 
 
 
 アネス達三人が食堂で席に着いて待っていると、食事が運ばれて来た。
 それは陸稲と羊の乳の粥だけであったが、煎り麦よりは遙かに美味な料理である。
 アネスは粥をさも美味そうに食べ始めた。
 サランドラ達も飢えていたので粥を貪るように食べた。
 三人が食事を終えた頃、トルク王国の国王クレオ・トルク陛下が食堂に入って来た。
 クレオ陛下はアネス王子の父親であり、息子以上に軟弱さを感じさせる美男子であった。
 次に、王妃エストラ陛下が入って来た。
 このエストラ陛下も覇気に欠ける人物であった。
 続いて、王弟ディリオ殿下、その御子息ユリシス、御息女アイリア等が入って来た。
 やはり、王族の中では皇太子アネス王子と王弟ディリオの二人が群を抜いて覇気に溢れている。
 また、難民達の中でも、村や町の長だった者や、名の通った戦士と言った面々が入って来た。
 ただし、ここに居合わせた難民達の中にセルネリオ達の知人はいなかった。
 一方、アネス王子は一同が揃ったのを見計らって立ち上がった。

「よくぞ集まってくれました。私アネス・トルクはトルク王国の北部を偵察して参りました。北部は完全に海の民に制圧されておりました。そして、こちらの二名の者は西部の村から逃れて来ました。また、南からも難民達が流れてきております。つまり、トルク王国は王都トルクを除いて完全に征服された訳です。」

 アネス王子がトルク王国の現状を説明した。
 一同が騒ぎ始める。

「お静かに!」

 アネス王子が一喝する。
 一同は沈黙してアネス王子に注目した。

「決定事項をお伝えします。もはや、我がトルク王国には戦力は存在しません。よって、王都トルクを無条件で海の民に明け渡します。」

 アネスの言葉に全員耳を疑った。
 アネスの叔父ディリオが立ち上がる。

「アネスよ、私の聞き間違いかな? 戦わずして民を見捨てる、と聞こえたのだが。」

 王弟ディリオは一族で最も勇敢な人物であり、アネスの言葉に対する反発も大きかった。
 しかし、アネスにも自分の意見がある。

「叔父上、戦えば多くの人間が確実に傷付きます。ですが、戦わずに降伏すれば傷付かないで済む可能性が生まれます。私はその可能性に賭けます。」

 アネスは反論した。
 ディリオもアネスに反論しようとするが、別の人間が割って入った。
 それはセルネリオであった。

「待って下さい! 決定事項ですって!? 国王を差し置いて、王子に過ぎない貴方が! それに、連中は征服じゃなくて殺戮をしに来てるんですよ!? 何が可能性ですか! アネス様がそんな腰抜けとは思いませんでした。僕一人でも戦います。貴方は勝手に降伏でもして下さい。」

 セルネリオがアネスに反発した。
 他の面々もセルネリオに同意する。
 サランドラまでもが「勝ち目無し」と見てアネスを見捨てる。

「アネス、予もその少年の言葉に従いたい。」

 国王クレオまでもがセルネリオの意見を採択した。
 アネスの表情に影が差す。
 ここぞとばかりにセルネリオが国王に進言する。

「王様、アネス様は御自分の身柄を海の民に引き渡す気ですけど、それだって無意味です。連中は殺戮を楽しんでいました。武力で抵抗するしかないと思います。」

 セルネリオが自分の意見をはっきりと進言した。
 アネスがセルネリオに「どうして裏切ったんだ」と言いたげな目を向ける。

「アネスお兄様、あたしも同感です。どうか剣を取って戦って下さい。」

 王族の少女アイリアもアネスに嘆願する。
 齢14歳の美少女アイリアはその愛らしく黒い目に涙を浮かべ、アネスに懇願した。
 しかし、それでもアネスは首を小さく横に振った。
 ここでアイリアの兄ユリシス王子がアネスの前に罷り出る。

「アネス兄様、俺からも頼みます。俺は戦う事しかできない不器用な男ですが、アネス兄様の盾となる覚悟です。」

 ユリシス王子はその父ディリオに似て勇猛な17歳ほどの若武者であった。
 そのユリシス王子もアネスに頭を下げて頼み込んだ。
 難民達も口々に戦いに加わる事を約束した。

「命と引き替えても、連中に思い知らせてやりたい。」

 それが彼らの言い分であった。
 しかし、アネスは反論を続けた。

「つまり、正義を通したいと言うのですね? ですが、考えて下さい、その正義につき合わされて死んで行く民衆の事を。」

 アネスは一同に厳しい視線を投げ掛けた。
 一同は威圧された。
 アネスこそがトルク王国の実質的国王であるのは間違いなかった。
 サランドラはここで自分が動かなければ、アネスの意見が通ってしまう事に気付いた。
 サランドラのペテン師としての自負心が疼く。

「失礼ですが、アネス様、あたしは貴方が正しいとは思いません。あたしは連中の陣地に忍び込んで来ました。その陣地の長ソロミスは恥を知る男でしたけど、その上のベネシスという者は殺戮を好むそうです。他の海の民もベネシスと似たり寄ったりの連中が多数派だと思います。相手がソロミスなら、アネス様は正しい。でも、現実は違うと言いたいんです。はっきりと言いましょう。あたしは海の民と直接話をしました。奴らの一人の振りをして、結構色んな情報を引き出しました。そのあたしがアネス様の策を無意味と判断するのです。アネス王子、それでもあたしに反論できますか?」

 ついにサランドラがアネスに全霊の詭弁を突き付けた。
 ここで王者の威厳を打ち破ってこそ、サランドラにはペテン師としての道が開けるのである。
 力量ではアネスがわずかに上回るが、状況はサランドラに有利である。
 …しかし、サランドラはアネスの力量を過小評価してしまっていた。

「でも、戦えば十割の確立で全滅する。だけど、降伏すれば全滅する確率は十割じゃない。それを否定できるかな?」

 アネスも詭弁を返していた。
 サランドラが黙り込む。
 しかし、今度はセルネリオが動いた。
 たとえ論破される運命であっても、自分の意見は表明しておきたい。

「アネス様、貴方がどんな理屈を言っても、僕は戦います。僕につき合う人だっているかも知れません。止めたって無駄です。で、貴方は助太刀してくれないんですか?」

 セルネリオが率直に言った。
 一同がセルネリオに同意すると、アネスも観念した表情を浮かべた。
 アネスは左腰に帯びていた鉄の剣を外すと、それをセルネリオに差し出した。