王都トルクに向かって走る道の脇に畑が見えた。
 しかし、その畑も今は無人である。
 農夫達は侵略者達を恐れて王都トルクの城壁の中に閉じこもっていた。
 今、王都トルクに向かって三人の人物が歩を進めていた。
 それは異国の男一人と現地人の男女であり、いずれも厳しい表情を浮かべていた。
 異国の男の名前はアルマード。
 彼は西の大陸からやって来た。
 年齢32歳、身長176cm、黒い瞳、黒い髪…そうした点ではアルマードはこの地方の人間と大差がないが、その体つきの屈強さはこの国の男達に見られるものではない。
 それは明らかに、厳しい戦闘訓練で鍛えられた戦士の肉体であった。
 また、この地方では珍しい頭巾付きの外套を羽織り、頬には黒々とした髭をのばし、鋼鉄製の三日月刀を肩から掛けた剣帯に吊っている事も彼が異邦人である事を示していた。
 一方、現地人の女は名前をフォクメリアと言い、侵略者である海の民に滅ぼされた村を守護していた守人であった。
 年齢24歳、身長173cm、アルマードには遠く及ばないが鍛え込まれた体格…フォクメリアも戦士として無能ではなく、守人としての種々の術も心得ていたが、それでも自分の村を守り切れなかった。
 強靱な意志を秘めたフォクメリアの黒い瞳も今は苦悩に満ちている。
 また、現地人の男は名前をセレニオと言い、フォクメリアの村の生き残りであった。
 年齢18歳、身長170cm…と年齢も身長もフォクメリアより下であったが、セレニオは狩人として生計を営んでいて、武器の使い方を多少なりと心得ていた。
 海の民に村が襲撃された際、セレニオも村人達を逃がす時間稼ぎとしてフォクメリア共々戦ったが、それでも村人達の大半は海の民に虐殺され、セレニオ達自身はフォクメリアの飛翔の魔術で逃げ延びていた。
 海の民に対する復讐でも誓っているのか、セレニオの鳶色の瞳は冷たい光を放っているようであった。
 ちなみに、彼ら現地人の服装はチュニック(上半身から腰までを覆う衣服)を基本とした簡素な物で、正装ではトーガ(全身を包む上着)や袴を身に着ける。
 また、靴は草履が一般的であるが、セレニオのように野外活動をする者の中には革靴を履く者も多い。
 
 
 
「やっと着いたね。」

 王都トルクの城門を目前にしてフォクメリアが言った。
 アルマードは「うむ。」と言ったが、セレニオは黙ってうなずくだけであった。
 フォクメリアが話し続ける。

「アルマードさん、ここが王都トルクよ。どう? なかなかの都でしょう?」

 フォクメリアの言う通り、王都トルクの城壁はアルマードの目から見てもなかなかの規模であった。
 城門に向かって歩きながらフォクメリアは解説を続ける。

「トルク王国建国4000年、その建国と共に建設されたのが王都トルク。」

 フォクメリアが誇らしげに言った。
 よく見ると、王都トルクの城壁は4000年の時間にさらされ古びていた。
 この城壁には500年以上前の内乱を思い起こさせる損傷も見られたが、修復の跡は見られなかった。
 実際、ここ500年以上トルク王国は大きな戦いとは無縁だったので、城壁の修繕などは無用であったのである。

「むう…いささか古めかしいが、彼奴らとの戦いには心強い砦になりそうですな。」

 アルマードは世辞を言った。
 フォクメリアはその世辞を真に受けて、誇らしげに胸を張る。
 セレニオは黙り込んでいる。
 それに気付いたフォクメリアがセレニオに話し掛ける。

「セレニオ、何か言ったら? 凄いでしょ? 王都トルクは。」

 フォクメリアには、セレニオを社交的にするよう指導する責任がある。
 一方、セレニオは渋々口を開いた。

「私は好かないな。」

 セレニオはそれしか答えなかった。
 フォクメリアがセレニオを睨む。
 すると、セレニオはフォクメリアの方を振り向きもせず再び話し始めた。

「メリア姉、この壁の中に閉じこもっていては逃げ場がない。それに、私は森や山での戦い方しか知らない。そう言う手合いは私だけではないと思う。」

 セレニオは説明した。
 アルマードが話に乗ってくる。

「左様。戦士は己の生まれ育った環境でこそ全力を出せる。例えば、我が祖国アルハンの強者達は砂漠に生まれ…」

 アルマードが故郷の自慢話を始める。
 それをフォクメリアは聞き流すが、セレニオは黙って聞いていた。
 やがて、アルマードが語り終えると、セレニオが口を開く。

「海の民は隊列をしっかり並べて戦う。しかし、ここ…トルク、の戦士と言えば私のような狩人がほとんどだ。相手のやり方に合わせては勝ち目がない。アルマードさんなら私よりよく判っているはずだ。勇敢なだけの戦士は正式な軍隊には敵わない。」

 セレニオが吐き出すかのように言った…それは有無を言わせぬ冷たい口調であった。
 言いたい事を言い終わるとセレニオは再び黙り込んだ。
 一同を気まずい沈黙が覆うが、セレニオは全く意に介していないようであった。
 彼らは黙り込んだまま王都トルクの城門に向かった。
 
 
 
 今の王都トルクの城門には数人の衛兵が配置されていた。
 これは現在が非常事態である事を匂わせている。

「私はエウリュメニアの村の守人フォクメリア・リル・ファドニオ・フォイディウスです。」

 フォクメリアが正式な名乗りを上げた。
 これはフォクメリア自身忘れかけていた正式名称であったが、彼女は何とか無事に名乗り終えた。
 衛兵の隊長が進み出る。
 その隊長は笑みを浮かべていた。

「ようこそ、メニアの村のフォクメリア殿。」

 隊長はそう言うと青銅製の兜を外した。
 彼はかなりの美丈夫であった。
 その黒い髪と黒い瞳も独特の魅力を奏でている。
 年齢は20歳より少し前であろうか、どことなくあどけない若者であった。

「僕をお忘れですか? 3年前にお会いしたはずですが。」

 隊長はそう言いながら近付いてきた。
 その背は高く、身長180cmほどであった。
 隊長はアルマードに申し訳なさそうに敬礼した。

「大変申し訳ありませんが、しばしお待ち下さい、異国のお方。何分、久しぶりの再会なものですから。」

 隊長がアルマードに謝罪する。
 すると、アルマードは慇懃に敬礼を返した。

「いや、お構いなく。急ぎの用事ではありませぬ故。」

 アルマードは笑みを浮かべて答えた。
 アルマードが数歩引き下がり、フォクメリアとセレニオを促すように隊長の方に押し出す。
 フォクメリアが隊長の顔を眺め…再び口を開く。

「もしかして…アネス殿下!?」

 フォクメリアは少し考え込んでから答えた。
 隊長アネスは嬉しそうにうなずいた。
 ちなみに、このアネスこそはこのトルク王国の皇太子であった。

「アネス殿下…少し見ない間にご立派になられて…背もお伸びになったんじゃありませんか? あの小生意気な悪童がこんな立派な若者に…。」

 フォクメリアは感動を抑えられず、その瞳を潤ませる。
 アネスは照れ笑いを浮かべながら言葉を返した。

「今回は大変でしたね。でも、貴女が生き残ってて良かった。メニアの村から他にも2人ほど難民が来ていました。」

 アネスは少し深刻な表情を浮かべて言った。
 アネスの言葉にフォクメリアが反応する。

「アネス殿下! フォスタリオは無事でしょうか!?」

 フォクメリアは取り乱して尋ねた。
 ちなみに、フォスタリオとはフォクメリアの弟であり、村人達と共に避難したはずであった。
 しかし、アネスは己の知っている事実を答えた。

「残念ながら…。名前はサランドラとセルネリオ、その二人だけでした。」

 アネスが首を振りながら答える。
 そのアネスの返事に、フォクメリアよりもセレニオが強く反応する。
 「セルネリオ」とはセレニオの弟の名前である。

「セルネリオは今どうしてますか?」

 セレニオは逸る気持ちを抑えつつ尋ねた。
 アネスがセレニオを観察し始める。

「海の民と戦う準備をしているよ。まあ、皆の精神的支柱だろうね。セルネリオ君の意気込みは相当なもんだよ。何でも、兄上を海の民に殺されたとか。」

 アネスは正直に答えた。
 そして、アネスはセレニオの観察を続けた。
 少し角張った顔立ち、冷たい目つき…セレニオはセルネリオには似ていない。
 アネスが見知っているセルネリオは優しげな目を持つ美少年であった。
 それでも、セレニオの表情の微かな変化からアネスは確信した。

「もしかして、セレニオ君? セルネリオ君から話は聞かされているよ。」

 アネスはセレニオが何か答えようとした瞬間を狙って発言した。
 セレニオの顔に動揺の色が一瞬浮かぶ。

「アネス様、アルマード殿がお待ちかねです。」

 セレニオは感情を殺した声で返事をした。その表情は冷たい。
 傍らで聞いていたアルマードが憮然とした表情を浮かべる。

「セレニオ、質問に答えぬか! わしの事など後回しでいい!」

 アルマードがセレニオを叱る。
 セレニオは何も答えず、王都トルクの市門とは逆の方向に歩き出す。

「セレニオ! どうしたの?」

 フォクメリアがセレニオの手をつかんで引き留める。
 野良仕事で鍛えられたフォクメリアの手に比べ、セレニオの手は華奢に感じられた。

「メリア姉、私はセルネリオに会いたくない。」

 このセレニオの返事を聞いた次の瞬間、フォクメリアの頭に血が上った。
 フォクメリアの左拳がセレニオの右頬に叩き込まれる。
 殴られたセレニオは冷たい目でフォクメリアを睨み返した。

「メリア姉、私達が村の人間を守れていなかったことがはっきりした。それなのに、自分達だけ生き延びてしまった。…恥ずかしいし、自分達の生命の使い方を考え直さなくてはならないとぽ思う。」

 セレニオは冷たい表情のまま言葉を続けた。
 フォクメリアが再びセレニオを殴るが、それでもセレニオの表情は変化しなかった。

「セレニオ、あんたね…恥をかくくらいが、そんなに怖いの?」

 フォクメリアはセレニオの胸倉を揺さぶりながら訴えた。
 この時になって、今まで黙って見ていたアネス王子が口を挟んだ。

「セレニオ、セルネリオ君に会うんだ。そして、我々の軍に参加しなさい。戦える人間は一人でも欲しいからね。」

 アネスはセレニオの目をのぞき込みながら言った。
 セレニオが気まずそうに目をそらす。
 セレニオはアネスに対して苦手意識を感じ始めていた。

「それは…命令ですか…?」

 セレニオは力無く呟いた。
 一方、アネスはどこか憎めない笑みを浮かべていた。

「命令だよ。」

 アネスは笑いながら宣言した。
 セレニオが黙ってうなだれる。

「じゃ、フォクメリア殿、セレニオ君を王宮に連れて行ってもらいましょうか。セルネリオ君達もそこにいます。」

 アネスはフォクメリアに言い渡した。
 フォクメリアはアネスの言葉に従って、セレニオを王都トルクの町中に連れて行く。
 セレニオはもはや抵抗せず、黙ってフォクメリアに手を引かれて行った。
 
 
 
 アネスはフォクメリア達を見送ってから、アルマードに深々と頭を下げた。他国からの使者であるかも知れないアルマードを待たせてしまった。

「長らくお待たせしました。もはや、私達の国には他国の使者を正当に扱う余裕すらないのです。許しは乞いません。ただ、嘲笑ってやって下さい。」

 アネスが弁明の言葉を口にする。
 しかし、アルマードはすでにアネスやトルク王国の曝されている苦難を理解していた。

「アネス殿下、自分は人捜しに参ったのみ。かようなお言葉は無用にございます。」

 アルマードがアネスの言葉を遮って言う。
 アネスはアルマードの言葉の続きを待つ。
 アルマードは一度頷いてから話し続けた。

「自分はアルハン王国の騎士アルマード・ケトーと申す者。貴国には、さる人物を捜す目的で伺いました。」

 アルマードはそこで言葉を切り、アネスの返事を待った。
 アネスは頷いてから返答した。

「なるほど。ですが、海の民が迫っておりますので、急いで東の町に向かわれた方が良いでしょう。東の町の港には船があります。その船で脱出なさって下さい。」

 アネスはアルマードに脱出を勧告した。
 トルク王国の滅亡に他国の人間を巻き込む訳には行かない。
 しかし、アルマードは不満げな表情を浮かべた。
 アネスはそのアルマードの表情を見ながら言葉を続けた。

「人探しは私達にお任せ下さい。私達の全力を尽くして探しますし、きちんとアルハン王国までお届けしますので、その御方の特徴をお聞かせ下さい。」

 アネスは丁寧な口調で言った。
 アルマードの目にはアネスが商人に見えた。
 しかし、アネスには人を信用させる何かがあった。
 アルマードはアネスの目を見ながら決心した…人払いさえ頼まず話し始める。

「では、お話いたします。その人物とはアルハン王国の皇太子となるべき人物で、幼少の頃から行方不明となっております。一部では海を渡ってトルク王国へ連れ出されたとの憶測もあり、自分がこの地に参った次第。齢15歳、瞳や髪の色は黒曜石の黒。して、身の証の品として王家秘蔵の短剣を所持しておるはずにございます。」

 アルマードは話しながらアネス王子の顔を観察した。
 黒い瞳、黒い髪…当てはまっている条件はアネスにはある。
 二人の会話を立ち聞きしていた衛兵達が仲間内で話し始める。
 一方、アネス王子も自分の身内や知り合いについて思い起こした。

「…ええ、何人か知っていますよ…。ですが、それだけでは…。アルマード殿、お手数ですが、今夜はこのトルク王国に泊まって行って下さいませんか? 今、王宮には私の親族や王宮戦士だけでなく、各地から避難してきた村人の代表者も集まっていますから、情報も得やすいかと思います。」

 アネスが申し出た。
 この申し出はアルマードにとって願ってもない事であった。
 アルマードがアネスの手を握る。
 アネスの手は温かかった…しかも、白く、柔らかく、綺麗な手であった。
 それは武人らしく堅くて豆の多いアルマードの手とは対照的であった。

「ふふ、綺麗な手でしょう? でも、この手で剣とか槍だって使えるんですよ。」

 アネス王子はそう言ってアルマードに微笑み掛けた。
 それは戦士らしからぬ甘美で蠱惑的な笑みであった。
 アルマードは一瞬悩殺されかけた。

「さ、行きましょう。」

 アネスはそう言うと、他の衛兵達に見張りを任せ、アルマードの手を引いて王宮に向かった。
 
 
 
 アネス王子は王宮に着くと家臣の一人に言い付け、一族郎党を呼び集めた。王族ばかりでなく、難民や市民の中からも戦いに志願している者が集められた。
 現在、難民は400人ほど。そして、その内200人ほどが王宮の庭で槍術の訓練を受けており、アネスの叔父である王弟ディリオが彼らを指導していた。
 また、市民の中からも志願兵が集まって来ており、その人数は現在3000人ほどとなっていたが、王宮に呼ばれているのはその内30人ほどであった。
 アネス達が王宮の庭に入ると、セレニオと話し合っていたセルネリオが駆け寄って来た。
 年齢15歳の美少年、身長168cm、黒い瞳、黒い髪…このセルネリオもアルマードが探し求めている条件に該当する。

「アネス様に敬礼! 皆、海の民と戦う準備ができています!」

 セルネリオは元気よく言った。
 アルマードがセルネリオを観察するが今一つ確証が持てない…が、かと言って「違う」とも断言できない。
 アルマードが考え込み、アネスとセルネリオが他愛もない話をしていると、セレニオとフォクメリアも近付いて来た。
 また、フォクメリアは17歳くらいの少女を強引に引き連れて来た。
 この少女こそフォクメリア達と同郷のペテン師サランドラであり、フォクメリアの弟フォスタリオの身柄を海の民に差し出した女でもあった。

「アネス様、セルネリオを保護して下さった事に感謝します。」

 セレニオがアネス王子に頭を下げながら言った。
 その口調こそ事務的であるが、それでも冷たさは和らいでいる。

「セレニオ君、君は淡泊なんだな。まあ、そこが素敵な所でもあるんだけどね。」

 アネスはそう答えてセレニオに流し目を送った。
 セルネリオやアルマードすら落とされかけた誘惑の瞳である。
 しかし、セレニオは拒絶反応を起こしてアネスの頬を引っ叩いた。

「私に近寄るな!」

 セレニオは珍しく声を荒げた。
 そのセレニオの剣幕に、辺りは一瞬静まり返った。
 一方、アネスは困ったような表情を浮かべた。

「避けられると…かえって燃えちゃうかな。人間って不思議なものだね。」

 穏和なアネス王子は理を尽くしてセレニオをなだめた…その顔にはまだ笑みが浮かんでいる。
 そのアネスの笑みを見て、セレニオが落ち着きを取り戻す。

「殴った事はお詫びします。ですが、悪い事をしたとは思っていません。…サランドラ、お相手をして差し上げろ。」

 セレニオはそう言って、フォクメリアに捕まっていたサランドラを解放した。
 サランドラとセレニオがうなずき合う。
 よく見ると、二人とも鳶色の瞳を持っていた。
 サランドラとセレニオは多少なりと似ている。
 しかし、セルネリオとセレニオは全く似ていない。

「では、お相手しましょ。」

 サランドラはその言葉を皮切りに弁論術を披露し始めた。
 アネスも言葉を尽くして受けて立つ。
 技術はサランドラ、力はアネス、総合力ではアネスがわずかに勝るが決着は簡単には着かない。
 一同は二人をその場に残し、槍術の鍛錬を始めた。
 アルマードも鍛錬に加わる。
 やはり、アルマードにはトルク王国の人々を見捨てられない。
 
 
 
「落岩や煮え湯で戦うべきです。」

 海の民と戦った事のあるセレニオが提案する。
 独自の殺人技術を研究しているセレニオにとっても海の民を斬り殺すのは難しい事であり、海の民を相手に白兵戦を挑む事は愚かに感じられた。
 しかし、この王都トルクには湯を沸かすための木も、落として使えそうな巨岩も十分な量は蓄えられていなかった。
 また、食料の備蓄も十分とは言えない。
 しかも、矢や投げ槍も本数が少ない。
 これらの状況から、城壁を最大限に活用する事は不可能であった。

「無理だな…。」

 ユリシス王子がセレニオに王都トルクの現状を説明する。
 ちなみに、ユリシス王子は王弟ディリオの息子で、アネス王子の従弟に当たる。
 ユリシスは年齢17歳にして勇猛そうな王子であり、アネス王子とは対照的な人物であった。
 灰色の瞳と赤い髪…ユリシス王子はアルマードが探している人物ではない。
 ユリシス王子の説明をセレニオは黙って聞いていた。
 そして、説明を聞き終わった後も表情を変化させなかった。
 アネスとサランドラがセレニオに近寄る。

「セレニオ君、聞いての通りだ。どうするね?」

 アネスがセレニオの肩に手を掛けた。
 セレニオがアネスの顔を見る。

「…せめて、森か何かあれば…。」

 セレニオは吐き出すかのように呟いた。
 自分が余計な事を言ったと感じたセレニオは咳払いをした。

「草原で戦うか。それとも、さっさと降伏するか。…私は言われた通りに従います。」

 セレニオは感情を抑えた声で言葉を出した。
 アネスが首を横に振る。

「逃げてもいい。東の町に船がある。」

 アネスが突き放すような口調で言った。
 それはアネスらしからぬ冷たさであった。
 しかし、そのアネスの冷淡な態度はセレニオに影響を与えなかった。

「逃げろと命令されれば逃げます。戦えと命令されれば戦います。どうぞ、御随意に。」

 セレニオも冷たい返事を返した…そして、それ以上何も言わず、訓練を再開した。
 他の面々も訓練を続ける。
 アルマードやサランドラも戦うつもりで訓練に参加している。
 アネスも苦笑いを浮かべて槍を手に取った。

「(何も…僕の代に来なくたっていいのに…侵略者なんて…。)」

 アネス王子は内心弱音を吐いていた。
 しかし、それを外に出せば、皆が動揺する。
 指導者であるアネスは本音を言えない。
 アネスは自分の運命を呪っていた。