その年、海の民と呼ばれる民族の中でも特に獰猛な連中がトルク王国に侵略戦争を仕掛けた。
 トルク王国は孤立した地域に存在していたので、大きな戦乱とは無縁であり、すっかり平和慣れしていた。
 一方、海の民は戦いを好む民族であり、その戦士達には傭兵経験などのある者が多く、いずれも実戦慣れしていた。
 トルク王国に海の民を食い止める力は存在せず、海の民の戦士達はあっさりと王都トルク以外の地域を完全に制圧した。
 しかし、王都トルク攻略戦の初日はトルク王国側に有利に展開した。
 トルク王国の志願兵達は皇太子アネス王子の指揮の下で密集陣形を組み、城門を開いて奇襲攻撃を仕掛け、海の民の総大将ベネシス率いる精鋭部隊に多大な損害を与えたのである。
 しかも、海の民側の援軍が到着する前に、王都トルクの城壁の中に逃げ戻っていたのである。
 相手の不注意に助けられたとは言え、見事な勝利と言えた。
 海の民は出鼻をくじかれ、アネス王子達は有利な条件での講和条約への第一歩を歩み始めた。
 
 
 
「アネス! アネス! アネス!」

 王都トルク防衛戦の初戦を勝利で飾ったアネスは市民達の熱狂的な連呼で迎えられた。
 返り血で濡れそぼった外套がアネス王子の武勇の証となり、市民達は声をそろえてアネス王子を賞賛した。
 戦いが始まる前には絶望していた彼らの目に、今は確かな希望の光が宿っていた。

「(なんか…恥ずかしい…って言うか、照れくさいなあ。それに、今日はマグレ勝ちできたから良いけど、明日は何て言われるか…。)」

 アネスはそのように感じていたが、市民達の士気を維持するために、英雄面をして市民達の歓呼に応じた。
 こうした行為は本来のアネス王子には向かない事であるが、今はそんな事を言っている余裕はなかった。
 軟弱王子の名を欲しいままにしていたアネスこそが、市民達にとっての心の支えになったからである。
 アネス王子は作戦会議を行うために、狩人出身の者達から編成された弓兵部隊を城門に残し、自身は王宮に向かった。
 そのアネスに付き添うのは、アネス王子の叔父たる王弟ディリオ、ディリオの子息ユリシス王子、遥かなる異国アルハン王国から来た騎士アルマード…と言った面々であった。
 戦いが始まる前に比べ、一同の顔には誇らしげな光があった。
 
 
 
「ディリオ様! 僕の兄…セレニオがどこに行ったか知りませんか?」

 弓兵の一人であるセルネリオが王宮に参上し、兄の安否を尋ねた。
 セルネリオは弱冠15歳の少年であったが、この日の戦いでは弓兵部隊の要として活躍していた。
 一方、セルネリオの兄セレニオは弓兵部隊には加わらず、王弟ディリオ率いる歩兵部隊に参加していた。

「セレニオ? ああ、あの目つきの悪い若者だな。あの男なら、私の隣りで戦っていた。私が5人倒した時、彼は3人倒していた。まあまあの手並みであったわ。」

 王弟ディリオは的外れな返事をした。
 セルネリオが苛立ちの表情を浮かべると、アネス王子が近寄って来た。

「叔父上、セレニオは無事なのですか? この少年はその事を質問したはずです。」

 アネスが叔父ディリオに問い質した。
 ディリオは困惑した表情を浮かべた。

「セレニオとは、はぐれた。だが、あれだけ己の勇気のほどを証明したのだ。彼も満足だったろう。」

 ディリオが自分の価値観に従って返答した。
 すると、 突然、戸口の方から声が掛かった。

「勝手に決め付けられては迷惑ですね。」

 その声の方向に一同が振り向くと、そこにはセレニオの姿があった。
 そして、セレニオの腕には重傷を負った少女が抱えられていた。
 この少女はセルネリオ達と同郷の出身で、その名前をサランドラと言い、彼女は口八百長を得意としていたが、今回の戦いでは剣と槍を手に参戦していた。

「それより、治療の魔術を使える者を呼んで下さい。他にも重傷者がいますので。」

 淡々と話すセレニオであったが、よく見ると、彼自身も負傷していた。
 彼の鎧や兜も二度と使えないほどに傷んでいる。

「セレニオ…何があったの?」

 アネスがおずおずと尋ねた。
 セレニオはアネスが話し終えるのを待ってから口を開いた。

「不覚を取っただけです。盾で殴り付けられて、気を失い…。目が覚めた時には、私達は城壁の外に取り残されていました。そして、城壁を登って戻って来ました。」

 そう淡々と語るセレニオの爪は痛々しく剥がれていた。
 ちなみに、破壊された武具についての説明はない。

「負傷者の回収は我が姉フォクメリアの隊が進めています。ですから、怪我人を受け入れる準備をしておいて下さい。」

 セレニオはそれだけ言い残すと、サランドラを王宮に残し、急ぎ足で立ち去った。
 セルネリオも兄セレニオを追って王宮を出て行く。
 アネスがサランドラの容態を調べると、すでに十分な応急処置が施されており、重篤な状態ではない事が解かった。

「水の司殿、この娘の傷を治してやって下さい。でないと、セレニオが機嫌を悪くするからね。」

 アネスは水の司と呼ばれる術者の一人にサランドラの治療を命じ、次に指揮者達を集めて今後の防衛計画についての話し合いを始めた。
 作戦会議が終わると、アネスとディリオは城門に向かった。
 
 
 
 一方、海の民陣営でも参謀格である主教セリューミランが馬を駆って方々の陣地に出向き、今後の作戦を指示していた。
 トルク王国軍は当初の予想より遥かに統制されていたので、作戦の変更が必要になったのである。
 作戦の選択肢としては、突入か包囲、その2つがあった。
 傭兵経験の豊かな指揮者トビアスは包囲戦を提唱したが、それは好戦的な海の民全体の意向に反していた。
 よって、セリューミランは王都トルクを一気に攻め落とす作戦を考える事となった。
 総大将ベネシス率いる部隊を中軍(軍勢の中央)に配置し、丸太を削って作った破城槌による城門の破壊を任せ、トビアスの部隊を左翼、セリューミラン自身の部隊を右翼に配置し、討って出て来たトルク軍に攻撃を仕掛ける…それがセリューミランの考えであった。
 もし、トルク軍が討って出て来ないようであれば、セリューミランとしては自分の指揮下にある騎兵200名に突入を命じるまでである。
 
 
 
 翌日の早朝、海の民達はセリューミランの号令の下、王都トルクの城門に向かって進軍を開始した。
 それに気付いたトルクの弓兵部隊が城壁の上から矢を射掛けるが、海の民達は全く動じず、盾を掲げたまま進軍を続けた。
 海の民の急激な進軍に、トルク側の総指揮者アネスは焦りを感じた。
 しかし、その焦りを表面に出せば、味方の士気が低下する。
 アネスは素早く考えをまとめた。
 実戦経験が皆無に等しいので、兵法書から得た知識だけが頼りであった。

「敵は城門を破るつもりだ! 岩と煮え湯の準備を急げ! 歩兵部隊は城門に集まれ! 迎撃の準備をするのだ!」

 アネス王子が通りの良い声で命令し、その声をトルクの女魔術師フォクメリアが魔術を用いて拡大した。
 そして、側近衆に細々とした指示を出しながら、アネスは急いで青銅製の甲冑を着込み、海の民を迎え撃つべく馬に乗った。

「遅いぞ、アネス!」

 アネスが甲冑を着込んでいる間に、王弟ディリオ率いる歩兵部隊は戦闘準備を整え終えていた。
 その陣形は、城門を破って突入して来るであろう海の民を包囲する形であった。
 その士気は高く、海の民を今や遅しと待ち構えていた。
 アネスは、ユリシス王子やアルマードら騎兵をも城門に呼び集め、海の民の突入に備えた。
 これで、全ての兵力を城門付近に集めた訳である。

「門を開けて、我らの陣形を海の民どもに見せてやれ! 数では我らが勝るのだ!」

 突然、アネス王子が開門を命じた。
 これはアネスの独断であり、他の指揮者達は驚きおののいた。
 しかし、アネスの命令は今のトルク軍にとっては絶対的な物であり、王都トルクの城門は血気盛んな兵士達の手で開かれた。
 城門が開くと、アネス王子は城壁の外に馬を走らせた。

「海の民の長ベネシス閣下に、トルク王国皇太子アネスより一言申し上げる!」

 アネスは城壁の外に出ると、海の民の面前で声高に呼ばわった。
 海の民達も進軍を中止し、アネス王子の言葉を待った。

「我が軍は貴公の軍を迎え撃つ準備を終えている! このまま戦えば、両軍とも甚大なる痛手を被る事になろう! されば、我アネスは講和を希望する! 民の生命と生活の保証さえいただければ、何なりと差し出そう!」

 アネスは降服を申し出た。
 トルクの軍勢のあちこちから不満の声が上がるが、アネスは全く動じなかった。
 トルク勢に実戦慣れした者はいない。
 勇猛な王弟ディリオすら、単に武芸の腕が立つだけなのである。
 幸いにも先日の戦いは僥倖により勝利を収めていたので、今のうちなら多少なりと有利な講和条約が期待できる。
 
 
 
「ベネシス殿、あの申し出を受けましょう。私達はすでにこの国の大半を占領しました。この和平は私達にとりましても不利な物とはならないでしょう。それに、戦利品だけでも莫大な量です。今さら、王都トルクを攻め落とす意味はございません。」

 セリューミランが馬を下り、総大将ベネシスに進言した。
 この侵略戦争にはベネシスの要望で仕方なしに参加していたが、ここで和平が結ばれれば問題はなくなる。
 しかし、それはベネシスの望む所ではなかった。

「戦利品や土地に意味があると? 同じ水の理法を説く者の言葉とは思えぬ。弱者は強者に淘汰され、さらに強者は力衰えて次の強者に淘汰される。その循環の中に我ら海の民は生きてきた。」

 それがベネシスの返答であった。
 敵を皆殺しにするか、あるいは自分自身が戦場で倒れるか…ベネシスが考える戦いとはその様な物であった。

「アネス王子よ! 我々が望みはそなた達、堕落したトルクの民の血全てを大地に捧げることである! 異議あらば、己が力で我らの血を大地に捧げて見せよ!」

 ベネシスはそのように叫び、自分の部隊に進軍の合図を出した。
 すると、セリューミランが槍を取って馬に飛び乗り、ベネシスを追った。

「セリューミラン殿、説教なら聞かないぞ。」

 ベネシスが口の端を歪めて言う。
 セリューミランの説教癖はいつもの事である。
 しかし、今のセリューミランはベネシスを止めても無駄であるのを理解していた。

「違います。私が先に行く、と言っているのですよ。」

 セリューミランは意外な返事をし、ベネシスの反応を待たず、敵将アネスめがけて馬を走らせた。
 
 
 
「覚悟なさい!」

 セリューミランは馬の鞍と自分の右腿の間に置いていた槍を手に取り、その槍を両手で構えながらアネスに迫った。
 その一連の動作に無駄は見られない。
 しかも、達人セリューミランは足さばきと体重移動だけで馬を操っている。

「(逃げようか…さっさと降参しようか…。)」

 アネスは恐怖に震えながら対策を考えた。
 周りの状況を見ると、トルク軍は助太刀に来ようとはせず、海の民も進軍を中止している。
 両軍とも、アネスがセリューミランと一騎討ちするものと決めてかかっているのであった。

「セリューミラン主教! アルハン王国の守護者、イオノスの地の調停者、我ら水の理法を奉じる者達の後見人たる御方よ! 我々は貴女の庇護の下にあるはずです!」

 アネスは武器を構えずに叫んだ。
 このアネスの言葉は事実であり、これらの情報を先日セリューミランと遭遇したアルハン王国出身のアルマードから聞いていた。
 しかし、セリューミランは苦しげな表情を浮かべつつも、槍を手から離さなかった。

「トルクの人間まで守ると誓った記憶はありません!」

 セリューミランは激しい自己嫌悪を覚えながら叫び、アネスめがけて槍を繰り出した。
 アネスは身をひねってその相手の槍をかわし、自分も手にしていた槍を構えた。
 もはや、お互い口の聞ける状況ではなくなった。
 セリューミランが槍を突き出すと、アネスはそれを摺り上げて受け流した。
 アネスも槍を突き返すが、セリューミランはそれを難なく払いのけた。
 そして、戦いの始めの頃は両者とも遠慮がちではあったが、次第に激しい攻防を繰り広げるようになった。
 アネスの兜飾りがちぎれて落ちる。

「(さすが、伝説上の人物。)」

 アネスは吟遊詩人の伝承に語られるセリューミランの伝説を思い出しながら、当のセリューミラン本人と槍を交えていた。
 何故セリューミランが海の民に加勢しているのかは判らないが、そのおかげでアネスは伝説上の人物と戦えるのである。
 そう考えると、アネスは幸福感を覚えた。
 アネスの繰り出した槍がセリューミランの左肩をかすめる。

「(このアネスと言う若者、なかなか。)」

 セリューミランは芸術家が優れた芸術作品を鑑賞するように、アネスとの戦いを楽しみ始めた。
 セリューミランは教師として多数の戦士を世に送り出したが、最近では自分の命を賭けて手合わせする事が少なくなっていた…この相手は他人に譲れない。
 二人の戦いの雰囲気が変わり、両者は情熱的な舞踊を踊るような激しさで槍を交えるようになった。
 二人は何度も馬を馳せ違っては互い槍を打ち合わし、青銅のかけらと木屑が飛ぶ。
 セリューミランの脇腹から血が吹き出ると、アネスの首筋からも血がほとばしる。
 腕前では乗馬に慣れたセリューミランが優勢であったが、アネスも簡単には打ち負かされない。
 彼らの伯仲した勝負に、トルク軍も海の民も固唾を飲んで見守った。
 
 
 
 二人の戦いは10分間ほど続いたが、ついにアネスが落馬しそうになり、槍を取り落とした。
 自分の負けを悟ったアネスは素早く馬首を巡らし、城壁の中を目指して逃げ出した。
 セリューミランは槍を自分の右腿の下に戻し、鞍の右前に取り付けられた袋から弓を取り出してアネスを追った。
 城壁の上からセリューミランを狙って矢が射掛けられるので、彼女は自分の弓に矢を番えないまま城門の中に馬を駆け込ませた。
 主君であるアネスを守るべく、トルクの歩兵がセリューミランに殺到した。
 包囲されたセリューミランは冷静に矢を番えた弓の弦を親指で耳元まで引き絞り、歩兵を1人ずつ的確に射殺し始めた。
 トルク歩兵の投げる槍が何本かセリューミランに当たりそうになるが、いずれも弓で払い除けられるか、紙一重で避けられた。
 セリューミランの矢筒が空になる頃には、10人以上のトルクの戦士達が射殺されていた。
 セリューミランは弓を袋の中に戻し、再び槍を手にしてトルク軍の向かって右側に馬を進めた。
 そして、彼女は馬上から槍を繰り出し、さらに何人ものトルク戦士の命を奪った。
 トルク軍の左翼は早くも崩壊の色を見せ始めた。
 歩兵部隊の指揮を執る王弟ディリオが怒りの声を上げ、セリューミランに向かって行こうとした。
 しかし、海の民の軍勢が押し寄せて来るのを見て、ディリオが率いる歩兵部隊はそちらの方に備えなければならなくなった。

「セレニオ! あの女を殺して来い!」

 ディリオはとっさにセレニオを指名した。
 指名を受けたセレニオは盾と槍を地面に置き、右肩に掛けていた弓矢を手に持ち替えながら駆け出した。
 
 
 
 セレニオは味方の間をすり抜けながらセリューミランに接近し、セリューミランから30mほどの距離まで近付き、矢を番えた弓の弦を人差し指と中指の二本で口元まで引き絞り、そこから矢を放った。
 セレニオの放った矢はセリューミランが乗っている馬の左臀部に当たり、その痛みに馬は暴れ出した。
 馬を押さえようとして、セリューミランが手綱を引くのに手一杯となる。
 その瞬間を狙って、セレニオは2本目の矢を放った。
 セレニオの2本目の矢はセリューミランの左脇腹に突き刺さった。
 しかし、鎖帷子に食い止められ、これは致命傷とはならなかった。
 セレニオが3本目の矢を放つ前に、セリューミランは馬をなだめ終えていた。

「卑怯者!」

 セリューミランはそう叫びながら、セレニオのいる方向に馬を向けた。
 セレニオの周りの歩兵達が左右に逃げ惑う。
 セレニオは孤立し、その手は力なく垂れ下がっている。
 セリューミランはその機を逃さず、セレニオめがけて馬を一気に走らせた。
 しかし、セリューミランが槍を繰り出そうとした瞬間、セレニオはセリューミランの馬の首に抱き着いた。
 セリューミランの槍がセレニオの左脇腹をかすめるが、セレニオは馬の首にしがみ付く事に成功した。
 そして、セレニオは馬の首に脚を絡めて自分の身体を固定し、刃渡り60cmほどの青銅製の剣をその体勢で鞘から抜き、その剣を馬の首に突き刺した。
 馬は頚髄を分断され、自発的な運動能力を失った…即死に近い。
 馬が激しく痙攣を起こして立ち上がる。
 セレニオは素早く自分の脚を馬の首から外して飛び降り、膝を突いて着地した。
 セリューミランも急いで鐙(あぶみ)を外して馬から飛び降りた。
 二人はほぼ同時に向き合った。

「今だ! 今なら倒せるぞ!」

 セレニオはそう叫んで逃げ出した。
 セレニオに与えられた仕事はセリューミランを死に追い込む事であって、セリューミラン討ち取りの手柄を立てる事ではない。
 今や、セリューミランを討ち取るのは素人にも可能な事であり、セレニオが介入する必要はなくなった。

「戻って来なさい! 卑怯者!」

 セリューミランは群がる兵士と戦いながら、セレニオに向かって叫んだ…槍を投げつけてやりたい所であるが、今はその暇はない。
 トルクの戦士達はセリューミランが馬を失った事に奮起し、功名心に燃えて殺到した。
 
 
 
「門を閉じろ! 主教を生け捕るのだ!」

 状況を見守っていたアネスが命令した…門を閉じてセリューミランを孤立させ、その上で生け捕ろうと考えたのである。
 名高いセリューミランを人質に取れば交渉材料になる。
 城門付近の兵士達はすぐさま門を閉め始めるが、海の民の騎兵隊が主人であるセリューミランを救出しようとして突入して来た。
 ディリオが率いる歩兵部隊が前進し、城門付近の部隊と合流して、海の民の騎兵隊を相手に戦い始める。
 トルク王国の歩兵達は槍を並べて密集陣形を組んで踏み止まり、海の民の騎兵隊の突入を阻止した。
 何人かの騎兵が突入に成功するが、彼らはいずれも異境の騎士アルマードや勇猛なユリシス王子の槍に倒された。
 しかし、次から次へと海の民が突入して来るので、トルク軍は城門を閉じる事ができなかった。
 しかも、屈強な海の民1人を倒すまでに、トルク側は2、3人ずつ倒されていた。
 勇敢なディリオも敵の槍を胸や肩に受けて重傷を負う。
 業を煮やしたセレニオが弓矢を手に取り、海の民の騎兵の顔面を射抜いた。
 そしてセレニオは密集陣形から前に突出しながら、さらに2人の海の民を射殺し、そのまま城門の外に出て行く。
 海の民の主力部隊が目前に見える。

「急いで門を閉じろ! 私が時間を稼ぐ!」

 セレニオは弓を射る手を一瞬止めて叫んだ。
 敵も味方もセレニオに注目する。
 その隙にトルクの兵士達は城門を閉じ、閂(かんぬき)を掛けた。
 
 
 
 一方、退路を断たれたセリューミランではあったが、多くのトルク戦士を槍で突き殺し続けた。
 すでに数にして30体を超える死体が彼女の周りに転がっている。
 しかし、セリューミランの武運はそこまでであった。
 彼女の槍が相手の身体に刺さったまま抜けなくなったのである。
 槍を相手の死体から引き抜くのが遅かったため、その槍が硬直した筋肉にくわえ込まれたのであった。
 セリューミランは苦笑いを浮かべながら、刃渡り80cmほどの鋼剣を左腰に吊られた鞘から抜いた。
 その時、城壁の上から声が響いた。

「海の民達よ、私達はセリューミラン主教を生け捕りにしました。彼女の命が惜しければ、軍を退きなさい。」

 トルク側の女魔術師フォクメリアが城壁の上から海の民に呼び掛けていた。
 その声は当のセリューミランの耳にも届く。
 そして、アネスが騎馬のままセリューミランに近付いた。

「セリューミラン様、そこまでです。それとも、まだ戦いを望まれますか?」

 アネスが馬上からセリューミランに呼び掛けた。
 すると、セリューミランは意外とあっさり剣を捨てた。
 敗れたとは言え、ベネシスとの盟約は十分に果たした。

「いいえ。敗戦はむしろ望む所ですわ。もう、戦わずに済むのですから。」

 セリューミランははっきりと言った。その顔には安堵の表情すら浮かんでいる。
 アネスの命令を受けたトルク軍の女性兵士がセリューミランに近付くと、セリューミランは自ら進んで連行されて行った。