トルク王国は孤立した地域に位置していたので、侵略される危険が少なく、軍隊の必要がない国であった。
 中央政府の権力も弱かったが、町や村の自治機構が発達していたので、大きな問題は生じていなかった。
 他国との文化の交流が少なく、進んだ文明の利器とは無縁の生活が営まれていたが、それでも人々は平和に暮らしていた。
 この年、そのトルク王国に「海の民」と呼ばれる古代民族の一団が侵入して来た。
 海の民は精力的かつ屈強な戦士であり、トルク王国は瞬く間にその領土の大半を制圧された。
 しかし、最後の砦である王都トルクの防衛戦で、トルクの戦士達は若き皇太子アネスの指揮の下で善戦した。
 初日の戦いでは奇襲により勝利を収め、二日目の戦いでは多数の将兵を失いながらも、海の民の副将セリューミランを捕虜とする事に成功したのである。
 
 
 
 朝が来て、アネスは目を覚ました。
 疲労と負傷のためか、右腕が持ち上がらない。
 起き上がろうとすると、全身に痛みが走る。
 それでも、アネスは転がるようにして寝台を抜け出した。
 そして、アネスはゆっくりと立ち上がった。
 身長180cm、知的な顔立ち、黒い瞳、さらりとした黒い髪…アネスは魅力的な風貌を持つ19歳の若者である。
 また、その物腰には確かな気品と威厳があり、それらは彼に大人びた雰囲気を与えていた。
 アネスは着替えもそこそこに寝室から出て、叔父である王弟ディリオの居室に向かった。
 ディリオはトルク軍を支える勇猛な将軍であったが、先日の戦いで重傷を負っていた。
 先日、敵将セリューミランが単騎で王都トルクの城壁の中に突入して来た時、トルク軍の左翼は海の民の副将セリューミラン一人の手で崩壊寸前に追い込まれ、さらに海の民の戦士達がセリューミランと合流してトルク軍を一挙に壊滅させようとした。
 危機を察知したトルクの戦士達は城門を閉じるために海の民を押し戻そうとし、その時の戦いで司令官ディリオが重傷を負い、その部下セレニオも城門を閉じるための時間稼ぎの囮(おとり)として、門の外に討って出て行ったきりである。
 結果としてセリューミランを孤立させて生け捕りにする事ができたが、トルク軍の被害も甚大であった。

「あ、アネスお兄様! 駄目じゃないですか、寝てなきゃ。」

 ディリオの娘アイリアがアネスを出迎えた。
 アイリアは年の頃は14歳ほどで、灰色の瞳と栗色の髪が印象的な愛らしい少女であった。
 アネスはこの従妹アイリアに心労を掛けさせたくなかった。

「アイリア、叔父上の容態はどうかな?」

 アネスはアイリアの頭をなでながら尋ねた。
 アイリアはそのままアネスの胸に抱き着いて来た。
 身長154cmの華奢な身体が従兄アネスの腕の中で震えている。
 彼女の父ディリオはすでに死を待つだけの身なのである。
 アネスがディリオの居室の奥に入って行くと、そこには寝台に寝かされた王弟ディリオと、その子息ユリシスがいた。
 また、アネスの父親である国王クレオ、王妃エストラ、先代王テュニスと言った面々も集まって来ていた。
 ユリシスはアネスを見ると椅子からゆっくりと立ち上がった。

「アネス兄様…。」

 普段のユリシスは気丈な若者であった。
 身長178cmのがっしりした体格、冷たい眼光を放つ灰色の瞳、燃えるように赤い髪…ユリシスはその外見通りの益荒男(ますらお)であったはずである。
 しかし、今はそのユリシスも不安の色を隠せないでいた。
 アネスが黙ってユリシスの肩に手を掛けると、その肩は微かに震えていた。
 そして、その目にも、いつもの輝きがない。

「(ユリシス…君はどんな事だって、いつも無理して耐えてるのに…。)」

 アネスは従弟ユリシスに何と言って良いか解からなかった。
 そのままユリシスを椅子に座らせ、ディリオの顔をのぞき込んだ。

「叔父上、貴方の甥アネスにございます。」

 アネスは会釈しながら王弟ディリオに呼び掛けた。
 ディリオが微かに目を開け、アネスに視線を向ける。

「遅かったな。お前には頼みたい事が山ほどあるというのに…。まあ、私が死ぬ前に来てくれたんだ。その事だけでも感謝しよう。」

 ディリオは話し始めた。
 アネスは遅れた事を詫びようとするが、ディリオはそれを遮って言葉を続けた。

「私に詫びる必要はない。…なあ、アネス、私を不幸と思うか? 不埒とは思うが、私は幸せだ。戦士として戦って死ねるのだからな…。だが、生き残った連中もこれ以上戦う訳には行くまいよ。勝ち目がないのだからな。…だから、アネス…和平交渉とやら、何とか成功させてくれ。私にも、兄者にも、父上にも、誰にもできない…お前にしかできない…だから…。」

 ディリオの表情も口調も、実に落ち着いた物であった。
 しかし、心臓血管系の損傷と肺気腫が確実にディリオの命を削り続けている。
 アネスは叔父ディリオの大きな右手を両手で握った。

「仰せ承りました。勇敢なディリオ将軍の仰せに従い、海の民との和平を実現させる事を、我アネス・リル・クレオ・トルクの名によって誓います。」

 アネスの返事にディリオは満足げな表情を浮かべた。
 しかし、その顔はすでに青白い。
 それでもディリオは笑みを浮かべたままアネスに向かって言った。

「はは、ありがとうよ。お前がいてくれて良かったよ。…今みたいな時代にはな…。なあ、アネス、図々しいとは思うが、もう一つ頼めるか? …ユリシスとアイリア…私の子供らの事だ…。」

 ディリオの目がこれまでになく真剣な物となる。
 アネスも真剣にうなずく。

「無論です。今後は私が二人の父となり、兄となり、行く末を見守りましょう。叔父上が心配なさる必要はありません。」

 アネスは叔父ディリオに誓いながら、従兄妹達の境遇を思い返していた。
 ディリオの妻はアイリア出産の時に亡くなっていて、ユリシスとアイリアは従兄アネスと共に育てられいた。
 今さら誓いなど必要ない…頼まれなくても二人を守り抜く。

「アネス…お前はいつも私や子供らに尽くしてくれた。それに…私にとって最高の死に場所まで用意してくれた。感謝する。…ただ、私は多くの戦士を死なせた…。その事だけが心残りだ。」

 ディリオはそこで言葉を終えた…顔面蒼白となり、呼吸もにわかに苦しげな物となる。
 勇将ディリオの死は間近に迫っている。

「父上!」

「お父様!」

 ユリシスとアイリアが悲鳴を上げる。
 アネスは二人にディリオの手を握らせた。
 そして、アネスは冷徹な表情を浮かべて引き下がり、叔父ディリオの最期を待った…本当は自分も泣き出したかった。
 2時間後、トルク王国の王弟ディリオは静かに息を引き取った。
 その死に顔は安らかであった。
 
 
 
 悲しみに暮れる一族をその場に残し、アネスは城壁に向かった。
 副将セリューミランを人質に取られている海の民であるが、奇襲攻撃を仕掛けて来ないとも限らない。

「アネス様、お怪我の具合はいいんですか?」

 弓兵の一人セルネリオがアネスに話し掛けて来た。
 年齢15歳、身長168cmの敏捷そうな体格、貫くような眼差しの黒い瞳、ふわりとした黒い髪…セルネリオは若木を思わせる美少年であった。
 また、彼は弓の腕が立ち、並々ならぬ気品をも備えているので、年若くして弓兵部隊の要となっていた。

「怪我? 傷が重かったら休めるんだけど、見ての通り軽傷だよ。」

 アネスは嘘をついた…本当は、右手を満足に動かす事もできない。
 しかし、ここで兵士達の士気を鈍らせるような言葉を口にする訳には行かない。

「なら、いいですけど…。ディリオ様は?」

 セルネリオの言葉に、アネスの心臓が一瞬止まった。
 しかし、次の瞬間には、アネスはいつもの微笑みを浮かべていた。

「叔父上? うん、少し加減が悪いみたいだね。だから、当分の間は、中軍の指揮は僕が執るんだ。」

 アネスは再び嘘をついた。
 しかし、将軍ディリオの死が知れれば、トルク軍の士気に重大な悪影響が出る事になる。
 アネスはディリオの死を隠さねばならなかった。

「それより、君の兄上…セレニオには感謝しないといけないね。彼がいなければ、僕らは全滅していたろうからね。」

 アネスは話題を変えた。セルネリオの兄セレニオは先日の戦いで、城門を閉じるための時間稼ぎの囮(おとり)として討って出て行った。
 そして、セレニオの犠牲により、トルク軍は壊滅の危機から救われたのである。

「セルネリオ君…今なら泣いていいよ。悲しい時に泣けない事は、もっと悲しい事なんだから。」

 アネスは優しげな笑みを浮かべながら言った…セルネリオの苦しみを受け止めてやりたい。
 本当はセルネリオだって悲しいのだろうから。
 …が、当のセルネリオは平然と答えた。

「兄ちゃんなら大丈夫です。門が閉じた後、馬を奪って逃げましたから。それに、メリア姉が言ってましたけど、海の民が何かを探しているみたいなんです。きっと、逃げ延びた兄ちゃんを探してるんですよ。」

 このセルネリオの返事は意外な物ではあったが、多少なりとアネスの悲しみを和らげた。
 今はとにかく明るい話題が欲しい。

「それを聞いて安心したよ。何しろ、セレニオには僕の馬術の奥義を授けたからね。」

 アネスは無邪気な笑みを浮かべて言った。
 しかし、その内心は不安であった。
 確かにアネスはセレニオに馬術の基礎を教えたが、海の民の軍勢を突破できるほどには教えられなかった。

「あー、アネス様…僕の兄ちゃん、疑ってるんだぁ。大丈夫だよ。だって…ほら、陣取ってる海の民がかなり少ないじゃない。」

 セルネリオがアネスの内心の不安を悟り、口を尖らせて言う。
 アネスはいつもと変わらぬセルネリオの様子に心からの笑みを浮かべた。
 しかし、同時に心が無防備になり、一滴の涙がアネスの目からこぼれ落ちた。
 アネスは慌てて海の民の軍勢の方を向いた。

「本当だね。…でも、それだけ多くの海の民がセレニオを探している…。だったら、早く助けないと。」

 アネスは次第に口調を真剣にしながら言った。もし可能性があるなら助けたい。
 
 
 
 その後の数日間、海の民は一度も攻撃を仕掛けて来なかった。
 これは獰猛な彼らの性質から考えれば異例の事であり、不気味な沈黙であった。
 その間にアネス王子達は王弟ディリオの密葬を済ませていた。
 ディリオの死は市民達には知らされず、一族だけの寂しい葬儀が営まれた。
 そして、アネス王子も悲しみに暮れている訳には行かなかった。

「海の民が仕掛けて来ない事から考えますと、今なら人質のセリューミラン主教を材料に和平交渉ができると思われます。和議申し出の使者に立候補なさる方は進み出ていただきたい。」

 和平交渉の使者として出向く人間を求める…アネスは一族の者に呼び掛けた。
 アネス個人としては、最年長者である先代王テュニスを推薦したいのであるが、本人から申し出てくれた方が都合が好い。

「アネス兄様、俺に行かせて下さい!」

 勇敢なユリシスが真っ先に立候補する。
 しかし、将来性のある彼を危険な目に合わせる訳には行かない。

「駄目だ。それより、テュニス先代王か、クレオ国王陛下が適任だと、僕は思う。」

 アネスはあっさりと祖父と父の二人を指名した。
 二人は顔面蒼白になる。

「ア、アネス! 私は引退した身ですぞ! 本来なら、このような席に加わる事すらないはず。その私の名前をどうして出すのですかな?」

 名誉職である国王の座を退いて農夫として生活しているテュニス先代王は優雅な雰囲気あふれる白髪の紳士であったが、勇気と言う点では孫達に著しく劣っていた。
 そして、そのテュニス先代王の臆病さはその長男である現国王クレオにも遺伝していた。

「アネスよ! 予はそなたの父であり、この国の国王だ! その予を危険にさらそうなどと、不謹慎とは思わぬか!?」

 そう語る美男子クレオの声も震えていた…予想通りの反応である。
 アネスの顔に乾いた笑みが浮かぶ。

「一瞬でも期待した僕が馬鹿でした。もう、いいです。僕が行きます。」

 アネスはそれだけ言い残して立ち去った。
 ユリシスとアイリアだけがアネスを引き留めようとしたが、アネスは止まらず出て行った。
 
 
 
「誰か、サランドラ君を呼んでおくれ!」

 アネスはサランドラと呼ばれる少女を探した。サランドラは希代のペテン師であり、今回のような場合には大きな力になる。

「お呼びですか? アネス様。」

 サランドラがアネスの声を聞き付けてやって来た。
 身長162cm、切れ者らしく鋭い眼光を放つ鳶色の瞳…サランドラはとうてい17歳とは思えない風格を漂わせている。
 アネスはこのサランドラの非凡な才能を見抜いているので、それを活用する機会を今まで模索していた。

「これから和平交渉をしに行くのだけど、付いて来てくれないかな?」

 アネスはサランドラに助力を頼んだ。
 サランドラが我が意を得たりと言わんばかりに笑う。

「いいでしょう。ただし、報酬は高いですよ。」

 サランドラが姿勢を正して言う…正当な仕事に対して正当な報酬を要求しようと言うのである。
 今のサランドラなら信頼できる。

「任せてよ。何だったら、先代王テュニスの私有財産を没収したっていいんだ。」

 アネスは無邪気に笑いながら言った。
 これは半ば本気の発言である。
 
 
 
 アネスとサランドラは徒歩で海の民の陣地に向かった。
 王都トルクの城門が開いた時に海の民達は一瞬緊張したものの、出て来たのが二人だけであるのを見てすぐに静まった。
 アネス達は海の民の中軍に足を向けた。
 そして、海の民の中軍に辿り着くと、海の民の戦士達が剣や槍を構えて集まって来た。

「止まれ! 貴様らの用向きを聞こう。」

 海の民の士官がアネス達の前に立ちふさがった。
 貝殻で補強された革鎧がアネス達の目を引く。
 この鎧は海の民特有の物で、優れた運動性と防御効果を併せ持っている。

「私達はトルク王国の国王クレオから和議の使者として派遣された者です。どうか、戦場の慣習に従い、使者たる私達の安全を保証して下さい。」

 アネスが深々と頭を下げて言った。
 すると、海の民の士官も小さく会釈を返した

「承知した。貴君らの安全は保証しよう。付いて来られよ。」

 海の民の士官はアネスがトルク軍の総大将であると気付かず、安全を保証し、海の民の総大将ベネシスの陣屋へ案内した。
 
 
 
 アネス達が陣屋の中に入った時、海の民の総大将ベネシスは瞑目していた。
 身長191cm、黒いの瞳、銀色の髪…ベネシスは堂々たる風貌をしていたが、それ以上に、異様な威圧感を感じさせた。

「トルクの皇太子アネス・トルクその人と見た。城内に戻り戦の準備をするがよかろう。」

 渋々と目を開けると、ベネシスは無愛想に言った。
 それは礼節の欠片(かけら)すら感じられない応対であった。
 しかし、アネス王子はこのベネシスを相手に交渉しなくてはならない。

「単刀直入に言いましょう。これ以上の戦いは無意味です。ですから、早急に兵を退いて下さい。このトルク王国の領土も4分の3までなら割譲しましょう。」

 アネスはとりあえず和議を申し立てた。
 …が、海の民にとって有利な条件を最初から提示したのはアネスの失策である。
 サランドラがその点を小声で指摘する。

「いきなり相手に譲ってどうするんです? どうせなら、4分の1から交渉を始めるべきでしたよ。」

 サランドラに指摘されて、アネスは自分の失策に気付いた。
 やはり、アネスはこうした駆け引きは苦手である。

「お聞きの様に、私達は限界の条件を提示しました。御異存はありませんね?」

 トルク王国にとって不利な条件を提示してしまったが、戦いが終わると思えば安い物である。
 アネスは自信ありげな笑みを浮かべて言った。
 しかし、交渉の相手はベネシスであった。

「そなたの正気を疑う。足元の明るいうちに帰って、戦の準備をしていればいい。」

 このベネシスの返答にアネス達は自分の耳を疑った。
 アネスやサランドラもその先祖は海の民であり、アネス達と海の民の精神構造は多少なりと類似しているはずであったが、その先入観は一瞬で崩壊した。

「それは海の民全員の意見なのですか?」

「意志を導くのが我が役目だ。」

 アネスとベネシスの間に会話は成立していない。
 アネスは切り札を出す事にした。

「セリューミラン様はどうなさるのです?」

「戦いに生きる者は戦いに敗れる時がいつか来る。セリューミラン主教にもその時が来ただけの話だ。敗者はそちらの好きにするがよかろう。」

 ベネシスは吐き出すかのように答えた。
 恐らく、ベネシス以外の海の民の大半が副将セリューミランの身を案じているのであろう。

「では、どうして攻めて来ないのです? お怪我でもなさいましたか?」

 アネスは一応尋ねてみた。
 このアネスの言葉にベネシスは敏感に反応した。
 よく見ると、ベネシスの頭に包帯が巻かれている。

「3秒以内に去らねば斬る。」

 ベネシスは一言つぶやくと、剣を抜くそぶりを見せた。
 アネス達は慌てて逃げ出した。
 
 
 
「使者殿、ベネシス主教のご機嫌はいかがでしたか?」

 海の民の若者がアネス達に近付いて来た。
 年齢24歳ほど、身長181cm、茶色の瞳、黒い髪…彼は海の民として典型的な風貌を持っていた。
 この若者は名前をソロミスと言い、海の民の後方部隊の指揮官である。

「おや? 君はいつぞやの…。」

 不意に、ソロミスはアネスの隣にいたサランドラの姿を見て話し掛けた。
 かつて、ソロミスは王都トルクを目指して落ち延びている最中のサランドラにペテンに掛けられた事があった。

「ソ、ソロミス隊長…。」

 サランドラはソロミスに対する弁明を考え始めた。
 自分の身の危険を感じたアネスは素早くサランドラの背後に回り込んで彼女の首に自分の腕を回し、そのまま頚動脈を締め上げる。
 10数秒間ほどでサランドラは口から涎(よだれ)を流しながら意識を失い、アネスはサランドラが死なない程度に腕の力を緩めてソロミスに笑い掛けた。

「お会いできて光栄です、ソロミス殿。この娘は私の部下です。以前この娘が貴方をペテンに掛けたのも私の責任です。お許し下さい。」

 アネスはサランドラにペテンを使わせず、正面から詫びの言葉を口にした。
 ソロミスが話の分かる人物であると言う事はサランドラから聞かされている。

「いえ、一向に構いませんよ。そのお嬢さんも必死だったようですから。…ところで、セリューミラン様はお元気ですか?」

 アネスとソロミスの間には会話が成立した。
 アネスは心から喜んで返答し始めた。

「無論です。我が軍の女性兵士に世話をさせておりますし、あの方御自身も和平を願っておられます。ここでベネシス殿さえ和平を考えて下されば…。ベネシス殿の頭のお怪我、相当重いようですね。」

 アネスは正直に答えた。
 すると、ソロミスが悲しげに首を振った。

「常人なら即死しています。そのほうが、そちらにとっては望ましかったでしょうに…。それでも、戦いを先延ばしにはできそうです。」

 ソロミスはそこまで答えて、慌てて口を閉じた…思わず機密事項を漏らしてしまった。
 アネスの顔に明るい笑みが浮かぶ…和平交渉には失敗したが、セルネリオに手土産を持って帰れそうだ。
 和平については後日考えれば良い。

「して、あなた方はベネシス殿に怪我を負わせた犯人を捜していらっしゃるのですね? 犯人はどうなりました?」

 アネスの言葉を聞きながら、ソロミスはアネスの顔をじっと眺めた。
 アネスとソロミスの視線が絡み合う。
 アネスが甘美な笑みを浮かべると、ソロミスは慌てて視線を逸らした。

「き、機密事項ですから…。」

 ソロミスは急いでその場を立ち去った。
 …が、そのソロミスの慌て方はアネスの推察の証明となった。
 アネスはサランドラを解放し、彼女の意識が回復するのを待ってから二人連れ立って王都トルクへ戻って行った。