少年は森を駆け回っていた。
 この森には少年の兄が隠れている。
 早く探し出さなくてはならない、残忍な海の民や冷酷なアネス王子よりも早く。

「(兄ちゃん! どこだ!)」

 叫ぶ事すら許されない。
 兄は戦争犯罪人であり、自分がその身内である事を海の民に知られる訳には行かない。
 
 
 
 この年、平和であったトルク王国に「海の民」と呼ばれる好戦的な民族が侵略して来た。
 トルク王国に海の民を食い止める力はなく、その領土の大半は海の民によって一週間ほどで制圧された。
 しかし、トルク王国最後の砦である王都トルク防衛戦では、トルク側の戦士は皇太子アネスの指揮の下、海の民を相手に善戦した。
 そして、2日目の戦いでは海の民の副将が捕虜となり、それ以来、海の民は王都トルクに攻撃を仕掛けられなくなった。
 副将を人質に取られてからの1ヶ月間、海の民は南の森に逃げ込んだ一人のトルク兵を追跡していた。
 このトルク兵こそが王都トルクの城門を守り切り、海の民の副将を孤立させる要因を作った張本人であるから。
 しかも、そのトルク兵は馬を奪って逃走していた。
 海の民は名も知られぬトルク兵を探し続けた。
 しかし、相手は予想されたより手強く、この1ヶ月間で50人以上の海の民が命を落とした。
 すでに確実な優位を手に入れていた海の民は、トルク側から提案されていた和平の申し出を受ける事にした。
 その条件として海の民の総大将が要求したのは、それまでの分捕り品と、海の民の副将セリューミランの身柄、そして逃亡中のトルク兵1人の身柄…それだけである。
 それは和平交渉の使者でもあったアネス王子が不気味に思うほどの無欲さであった。
 そして、その要求をアネス王子は受け入れ、自らの手でかつての部下を捕らえるべく王都トルクを出発した。
 
 
 
 馬に乗って出かけて行ったアネス王子に遅れる事3時間、少年はやっと森に辿り着いた。
 走り続けたので口の中がすっかり乾き、足の筋肉が痙攣しかけている。
 しかし、少年は休もうとせず、共同で戦争犯罪人狩りを行う海の民との挨拶もそこそこに森の中に入った。
 早死にしてしまった父親、冷淡だった母親…兄だけが家族だった。
 しかし、その兄さえも今はいなくなろうとしている…あの嘘つき王子のせいで。
 少年は走り続けた。
 夏の暑い盛りであったが、森の中は意外と涼しい。
 しかも、少年は狩人なので、木々の間を走るのには慣れている。
 それに…兄とは15年間一緒だったのだ。
 アネス王子に先を越される理由がない。

「セルネリオ!」

 不意に、女性の声が少年の名を呼んだ…今は少しかすれているが、聞き慣れた若い女性の声。
 しかし、振り返っている暇はない。

「セルネリオ!」

 再びの呼び声と共に、長身の女性が駆け寄って来た。
 彼女も走り続けて来たようで、その額には玉のような汗が浮かんでいる。
 この素朴な風貌の女性の名をセルネリオは知っている。

「メリア姉…。」

 少年セルネリオも相手の女性の呼び名を口にした。
 ただし、「メリア姉」とはこの女性フォクメリアの愛称であり、その呼び名を口にする者はセルネリオかその兄セレニオ、あるいはその他数人のごく親しい友人だけである。
 そして、この時もメリア姉はいつものそれと変わらぬ親しげな口調で語り掛けた。

「セレニオ、見つからないね。」

 口調こそ優しいが、メリア姉もかつての弟分セレニオを狩りに来ている。
 それを思うと、セルネリオの胸に冷たい怒りが込み上がって来る。

「見つけたらどうするの?」

 セルネリオは落ち着いた口調で尋ねた。
 その様子には威厳さえ感じられる。
 フォクメリアは口を閉ざして相手セルネリオの姿を眺めた。

「(異国の王族…ね。)」

 フォクメリアはかつてセレニオから打ち明けられた話を思い出した…セルネリオは旅人から託された子供であり、異国の王族であるらしいとの話を。
 今のセルネリオを見ていると、セレニオの話が真実であるように思えてならない。

「(セルネリオにも教えた方が良いのかしら?)」

 フォクメリアはセルネリオの黒い瞳を見つめながら思案した。
 セルネリオはセレニオの本当の弟ではない。
 その事はセルネリオ自身も薄々気付いているであろうし、今のセルネリオには真実を受け止められる強さがありそうであった。
 …その様な事をフォクメリアが考えていると、セルネリオは再び声を掛けて来る。

「メリア姉、急にどうしたの?」

 温和でありながらも貫くようなセルネリオの眼差し。
 この少年ならどんな辛い事にも耐えられるであろう。
 フォクメリアは決心して口を開いた。

「セルネリオ…あなたは…」

 フォクメリアはためらいながらも話し始め、言い難そうにしながらも言葉を続けた。

「セレニオの、本当の…」

 ここまで聞いた時、セルネリオはフォクメリアの言葉を遮った。
 メリア姉に無意味な言葉を延々と言わせている訳には行かない。
 セルネリオはメリア姉の力強い右腕を揺さぶりながら叫んだ。

「メリア姉! 僕はメリア姉とは血はつながってないけど、メリア姉を本当の姉貴だと思ってる。」

 セルネリオはそれしか言わなかったが、本当に言いたい事はフォクメリアにも伝わった。
 今さら血のつながりなど要らない。
 セルネリオはセレニオの弟だ。
 それを否定できるものか。
 フォクメリアは黙り込んでセルネリオの顔を見つめた。
 あの頼りなげだった子供がよくここまで育ったものだ。
 しかし、どこか痛々しい…セルネリオをフォクメリアは抱きしめていた。
 フォクメリアの腕の中でセルネリオは微かに震えていた。
 やがて、セルネリオはフォクメリアから身体を離し、フォクメリアの右手を両手でそっと包み込む。

「メリア姉の手、大きいね…。」

 この大きな手、働き者の手…セルネリオは大好きだった。
 幼い頃からメリア姉の手はセルネリオを守ってくれた。
 メリア姉もセルネリオの家族だ。

「兄ちゃんもメリア姉の手が大好きだったんだ…。」

 セルネリオは呟いた。
 兄セレニオもメリア姉に守られて大きくなった。

「兄ちゃんに剣を教えたのって、メリア姉でしょ?」

 このセルネリオの言葉にフォクメリアは黙ってうなずいた。
 かつてセレニオは喧嘩では弱かったが、弟セルネリオが喧嘩に巻き込まれると必死になってセルネリオをかばい、いつも傷だらけになっていた。
 時には自分の親の暴力からもセルネリオをかばい、生傷が絶える事がなかった。
 …そして、ある日、セレニオは幼い頃から色々と世話してくれていたフォクメリアに頼み込んだ、「戦い方を教えて下さい」と。
 村の次期指導者を自認していたフォクメリアは確かにセレニオに戦い方を少し教えた。
 しかし、守人であるフォクメリアの家に伝わる武芸は秘伝とされていたので、とうとう精神論しか教えられなかった。
 …結局、セレニオは戦い方を自己流で学ぶしかなかった。
 しかも、それでいてセレニオは「戦える人間」として最前線で戦う義務を負う事になった。
 そして、セレニオはフォクメリアの教え通り勇敢に戦い、敵である海の民の恨みを買い、かつての味方からも追われている。
 その上、今やフォクメリアまでもがセレニオを捕らえようとしている。

「セレニオ…何も悪くないよ…。」

 セレニオはいつもフォクメリアに忠実であった。
 しかし、その結果としてフォクメリアはセレニオを敵に引き渡さねばならない。
 それは皮肉な運命であった。
 しかも、その運命を招いたのは他ならぬフォクメリア自身である。

「本当は…私が悪いのに…。」

 結局、フォクメリアはセレニオに何一つ良い事をしてやれなかった。
 今まで気付かなかったが、セレニオに冷徹な性格を植え付けたのは他ならぬフォクメリア自身であった。
 フォクメリアを心から信じていたために、セレニオは自分の心を殺す事を覚えてしまった。
 …しかし、彼ら二人をずっと近くから見続けていたセルネリオの意見は違う。

「メリア姉は悪くない。…多分、誰も悪くない。」

 セルネリオは知っている。
 兄セレニオは自分の意志でメリア姉に従う事を選んだ。
 結果としてセレニオは困難な状況に立たされたが、それもセレニオ自身が選んだ道であった。
 それについて、セルネリオにメリア姉を責める意志はない。

「それよりメリア姉、フォス兄に会わなくていいの?」

 フォス兄…フォスタリオ…フォクメリアの実の弟の名前である。
 彼は今では海の民の捕虜となっているらしい。
 確かに会いたいとは思うが、捕虜のままでいてくれた方が安心できる。
 少なくとも、トルク王国の戦士達が抱えているような生命の危機は捕虜フォスタリオにはない。

「あたし…悪い女だよね。セレニオとかセルネリオには危ない目に合わせてるのに、自分の弟だけ安全な所に置いてるんだから…。あたし、最低だよね。」

 メリア姉の言葉だが、セルネリオはそうは思わない。
 メリア姉はいつもセルネリオ達を大切にしてくれた。
 両親から冷たくあしらわれて来たセルネリオ達兄弟が育つ事ができたのも、肉親のそれに劣らぬ愛情を以て接してくれたメリア姉の存在があったからに他ならない。

「メリア姉…僕はメリア姉の近くにいられる。それだけでも、生き延びてよかったと思う。本当だよ。」

 セルネリオはフォクメリアの頬にそっと触れた。
 …メリア姉の頬は涙で濡れていた。
 この涙は嘘ではない、それをセルネリオは確信した。

「でも、僕は兄ちゃんを逃がす。僕にとってはトルク王国なんかより兄ちゃんの方が大切だから。…みんなを守りたいって言うメリア姉の考えは立派だと思うけど、それでも僕は兄ちゃんの方を選ぶ。…さよなら。」

 セルネリオはフォクメリアからゆっくりと離れた。
 …かつては実の姉のように敬愛したメリア姉とも、今は別の道を歩まねばならない。
 
 
 
 セルネリオは兄を探して森の中を夕方近くまで走り回り続けた。
 兄のいそうな場所は全て探した…しかし、セレニオは見付からなかった。
 疲れ切ったセルネリオは木の根に腰を下ろした。
 もはや、ただ時間だけが流れて行く…。

「セルネリオ?」

 不意に何者かの声がした…聞き覚えのある若者の声。
 セルネリオが振り向くと、そこにはメリア姉によく似た若者がいた。
 彼こそはフォクメリアの実の弟フォスタリオである。

「フォス兄!」

 セルネリオはフォスタリオの事をフォス兄と呼んでいる…それにしても、久しぶりにフォス兄の姿を見た。
 その時、一人の海の民の青年が近付いて来た。
 彼こそはフォスタリオを捕虜としていた海の民の士官で、その名をソロミスと言った。

「それに、ソロミス隊長!」

 セルネリオはこのソロミスとも面識がある。
 ソロミスは信用できる男であった。
 フォスタリオの件についても、むしろ保護してくれたと言って良い。

「やあ、久しぶりだな、セルネリオ君。」

 ソロミスが挨拶をする…セルネリオの名前についてはフォス兄から聞いたのであろう。
 しかし、兄の名前を呼ばれた事でセルネリオはある危惧を覚えた。
 その危惧の確証を得るため、セルネリオは一応、尋ねた。

「フォス兄…もしかして、うちの兄ちゃんの事まで喋んなかった?」

 海の民側にセレニオに関する情報が漏れていれば一大事である。
 しかし、セルネリオは確信していた…口の軽いフォス兄が話していない訳がない。

「ごめん。」

 そのフォス兄からの言葉の続きを待たずに、セルネリオは右拳をフォス兄の鼻面に叩き込んでいた。
 脳震盪を起こしたフォス兄が膝を突いて倒れ込む。
 すると、ソロミスが慌ててセルネリオを止めに入る。

「待ってくれ! 確かに、フォスタリオ君は僕に打ち明けたけど、僕は誰にも話してない。」

 ソロミスがセルネリオをなだめようとする。
 その間に、フォスタリオが鼻を押さえながら立ち上がる。
 すると、セルネリオはソロミスの脇をすり抜けてフォスタリオに詰め寄った。

「フォス兄、僕達がどんな思いで海の民と戦ったと思う? しかも、ちゃんと戦ったせいで僕の兄ちゃんは命を狙われてる。それなのに、フォス兄は兄ちゃんの足を引っ張る。」

 セルネリオは燃えるような眼差しをフォスタリオに向けた。
 威圧されたフォスタリオは自責の念もあって、何も言い返せなかった。
 そして、またしてもソロミスがセルネリオを宥める。

「セルネリオ君、それくらいにしておくんだ。フォスタリオ君を責めても何も始まらない。」

 ソロミスに言われるまでもなく、セルネリオにもその事は判っている。
 その軽口な性格により過失を犯したフォスタリオを責めていた所で、状況は決して好転しない。
 しかし、どうすれば良いのかは判らない。

「とにかく、セレニオ殿を探そう。」

 ソロミスが二人に呼び掛ける。
 セルネリオもフォスタリオもその言葉に従う他なかった。
 
 
 
 セルネリオ達三人はセレニオの隠れ家のありそうな場所を探した。
 そして、夜が近くなった頃、三人は木の上に作られた隠れ家を見付けた。
 セルネリオ達は木に登り、隠れ家に入り込んだ。
 その隠れ家には小枝が敷き詰められ、その上に青銅製の武器が並べられていた。
 それらはいずれもセレニオが海の民から奪ったと思われる剣や短剣であり、いつでも使えるように手入れされていた。
 ちなみに、短剣の刀身を利用して槍を作ろうとした試作品が置かれていたが、槍の柄となる木材が手に入らなかったためか、まだ完成していなかった。
 また、兜が入れ物代わりとして置かれていて、中には水が入っていた…恐らく、露の雫を集めた水。
 しかも、その水に血などを混ぜて飲んでいた形跡があった。
 セレニオは生き延びるために何でも口にしていたのであろう。

「これは…人間の骨だ…。」

 ソロミスは海の民の骨を磨いて作られた鏃(やじり)を拾い上げた…他に材料が手に入らなかったのであろう。
 また、木の枝を削って作られた矢柄には、矢羽の代わりとして海の民の髪の束が取り付けられていた。
 粗悪な矢であったが、セレニオはこの矢で海の民と戦い続けていたらしい。
 セレニオには他に生き延びる手段がなかった。
 その他の日用雑貨…海の民から奪った衣服、手編みの藁布団、様々な薬草、何かの乾燥肉、果実を発酵させた酢…いずれも整っていた。
 セレニオは海の民から逃げ回りながら、手に入る材料を駆使してこれらを貯えたのであろう。

「どうして、ここまで?」

 ソロミスは圧倒された…セレニオの生存技術にではなく、生き延びようとした執念に。
 その時、フォスタリオが奇妙な物を発見した。

「これ…。」

 フォスタリオは隠れ家の隅に転がっていた木工細工を指差した。
 それは木像であった…あまり上手な細工ではないが、セルネリオ、アネス、フォクメリア、フォスタリオ、その他数人の木像…かつてセレニオの近くにいた者達の木像であった。

「セレニオ…帰りたかったんだ…。」

 フォスタリオが呟いた。
 かつてフォスタリオは無愛想なセレニオを毛嫌いしていたが、今となってはセレニオを誤解していたと思えて来た。
 少なくとも、セレニオはフォスタリオを嫌ってはいなかった。
 セルネリオが自分の木像を拾い上げると、その木像には文字が彫り込まれていた。
 セレニオはフォクメリアから読み書きを教えられていた。
 自分の心に浮かんだ事を「形」にする…その事がセレニオの正気を保っていたのであろう。

『私は暦を知っている。15年前の今日、お前は私の家に来た。…セルネリオ、今日はお前の15歳の誕生日だ。誕生日、おめでとう。…兄より。』

 セルネリオは奥歯を噛み締めた。
 フォスタリオは深刻な面持ちでセルネリオを見ていたが、やがて口を開いた。

「セルネリオ…背、伸びたね。」

 フォスタリオに言われてセルネリオ自身も気付いた。
 1ヶ月ほど前までは低かったセルネリオの身長も、今はフォスタリオのそれにかなり近付いている…もしかすると、大柄ではなかった兄セレニオのそれよりも高くなったかも知れない。

「少しここで待とう。セレニオ、来るかもしれない。」

 フォスタリオがその場に腰を下ろすと、セルネリオとソロミスも座った。
 今や、すっかり夜になっていた。
 木の葉を編んで作られた屋根を通して星空が見えた。
 それは引き込まれそうになるほど美しい星空であった。
 
 
 
 しばらく待っていたが、とうとうセレニオは姿を現さなかった。

「セルネリオ…もう帰ろう。場所は分かったんだ。明日、またここに来ればいい。」

 フォスタリオがセルネリオに呼び掛けた。
 それに対し、セルネリオは気乗りしない様子で、微かにうなずくだけであった。
 ソロミスもうなずくと話し始めた。

「僕もフォスタリオ君の意見に賛成だ。…それから、フォスタリオ君、そろそろ王都トルクに戻っても大丈夫だ。もう、我々は王都トルクに攻撃を仕掛けないはずだから。」

 ソロミスの口調には決然とした響きがあった。
 そして、ソロミスが話し続ける。

「戦いを続けたがっているのは主教のベネシス一人。セレニオ殿の身柄なんて要求したのもベネシス一人。…僕も少し前までは戦う事の愚かしさに気付いてなかったけど、今なら、みんな気付いているはずだ。…多分、ベネシス本人もね。」

 そう語るソロミスの話はさらに続いた。
 他の二人は黙って聞いていた。

「でも、あの人は自分が口にした事は曲げないんだ。…たとえ、どんなに自分が間違っていると気付いてもね。…でも、それは誰しも同じだと思う。だから、僕の見て来た国々では戦いが絶えなかったよ。…ここだけの話、あのアネス王子と言う人は自分の過ちを認められる人だ。ああいう人を指導者に持ちたかったよ。」

 ここでソロミスは話し終えた。
 三人は立ち上がってセレニオの隠れ家を出た。

「では、僕は陣地に戻っている。フォスタリオ君、セルネリオ君、また近いうちに。」

 ソロミスは一人で自分の陣地に戻って行った。
 セルネリオとフォスタリオの二人もソロミスに向かって別れの挨拶を口にする。

「ソロミス隊長もお元気で。」

「セレニオには気を付けて下さいね!」

 この二人の言葉にソロミスは手を振って応えた。
 
 
 
 夜風が吹いた…涼しげで心地好い風であった。
 そして、その心地好い風を思わせる女性の声が聞こえた。

「フォスタリオ?」

 その声に振り向くと、そこにはメリア姉が立っていた。
 フォスタリオの顔に驚きの表情が浮かび…やがてその目から涙が溢れ出す。

「姉さん!」

 フォスタリオはメリア姉に駆け寄った。
 そして、メリア姉がフォスタリオを抱き止める。
 フォスタリオはただ泣きじゃくった。
 メリア姉はセルネリオに申し訳なさそうな目を向けた。

「セルネリオ…本当にごめんね。」

 メリア姉はフォスタリオをあやしながらセルネリオに近付いた。
 セルネリオは心からの笑みをメリア姉に向けていた。

「ううん。だって、フォス兄だって僕にとっては家族だもの。」

 これもセルネリオの本音である。
 メリア姉は黙り込んだ。
 その黙り込んだメリア姉にセルネリオが尋ねる。

「メリア姉、フォス兄、僕が家族だったら迷惑?」

 セルネリオの言葉にメリア姉は首を横に振った。
 聞かれるまでもない質問である。

「家族よ…セルネリオも、セレニオも…あたしにとっては…。でも、今のあたしは…あたしはセレニオを…。」

 メリア姉の声は震えていた。
 その震える声にセルネリオは不吉な物を感じた。
 セルネリオは思わず尋ねていた。

「に…兄ちゃんは…?」

「まだ…見つからないけど…。」

 このメリア姉の返事を聞いてセルネリオは安心した。
 兄セレニオがメリア姉達に見付からなければ、問題は起こらない…もっとも、問題を先送りしているだけかも知れないが。

「帰ろ。」

 不安な未来の事で悩んでいても解決にはならない。
 セルネリオはメリア姉の手を取った。
 そして、メリア姉も、はにかんだ笑みを浮かべてうなずく。

「うん。」

 メリア姉はセルネリオに手を引かれるままに歩いた。
 セルネリオの手は力強かった。

「(本当は、セルネリオが一番不安なはずなのに…。)」

 メリア姉は手を引かれながら、セルネリオの後ろ頭を見つめた。
 少し前までは小さな子供だったはずなのに、今のセルネリオは大きく見えた…そして、寂しげでもあった。

「(セルネリオ…あたし、セレニオの事も何とかするね。)」

 メリア姉は声に出さず誓った…守人としては自分の村を守り切れなかったが、せめて、自分の家族くらいは守って見せる。
 多数のために少数を切り捨てる…それがアネス王子の選んだ道。
 しかし、フォクメリアは別の道を歩もうと決心した…たとえ、それが間違いであったとしても。