「ファンタジー」と呼ばれる言葉は、辞書などを引きますと、「幻想」と言う意味であるそうです。
 また、音楽の世界でも、形式よりも幻想を重視した曲をファンタジー(幻想曲)と呼ぶそうです。
 しかし、日本でファンタジーと言えば、広義には「人間が想像力を駆使して造り上げた世界観に基づく作品」、狭義には「剣と魔法が重要視される中世ヨーロッパのような世界で展開される作品」を指すようです。
 また、「剣と魔法の世界+α」と言う意味で用いられる場合もあります。
 
 
 
 私が今回お話するのは、そうしたファンタジーの一つであるフェアリー・テール(妖精物語)についてです。
 民話や童話、それに昔話もフェアリー・テールに分類されます。
 こうしたフェアリー・テールでは時々、人間の理解を超えた不思議な事件が展開されます。
 アイルランドのアンシーリー・コート(祝福されていない妖精)、日本の化け狐、ギリシア神話のニンフ・・・様々な妖精達が私達人間にアプローチしています。
 どこの国にいても、彼ら(あるいは彼女達)は私達の近くにいるのです。
 
 グリムやアンデルセンの童話は、皆さんもお読みになった事があるかも知れません。
 こうした童話(特にグリム童話)は各地の民話を集めて作られました。
 その民話の代表がアラビアの「千一夜物語」と、アイルランドなどに伝わる妖精物語でした。
 また、英雄伝である「アーサー王伝説」も妖精物語の影響を強く受けています。
 
 昔、アイルランド、そしてブリテン島にはケルトと呼ばれる民族が住んでいました。
 古代ローマのユリウス・カエサルと戦ったガリア人の事です。
 ガリア人、彼ら自身の言葉ではケルタエ人は発達した宗教と神々を持っていて、その神話が今で言う「ケルト神話」です。
 しかし、キリスト教の伝来により、ケルトの神々は信仰されなくなりました。
 キリスト教の教会はケルトの神々を「悪魔」として弾圧したのです。
 しかし、それでもケルトの神々や英雄の霊魂達は「妖精」として人々の心の中で生き続けました。
 そして生まれたのがアイルランドなどに伝わる妖精物語です。
 
 「インプかエルフとお呼びなら、よくよく気をつけてくださいな、
  フェアリーと私をお呼びなら、色々邪魔してあげましょう、
  良いお嬢さんとお呼びなら、あなたの良いお嬢さんになりましょう、
  だけど素敵なシーリーとお呼びなら、昼も夜も良い友達になりましょう。」
       (ロバート・チェインバーズ著「スコットランド民謡集」より)
 
 妖精達はスコットランドにも赴き、その地で妖精達は自分達をシーリー・コート(祝福された妖精)と呼び、「あたし達もキリストの許可を得て存在しているのよ!」とアピールしました。
 そして、人々は妖精達をグッド・フェロー、グッド・ピープル、ピープル・オブ・ピースと言った縁起の良い呼び名で呼びました。
 
 しかし、妖精達は人間の隣人ではあっても、常に人間にとって都合の好い事をする訳ではありません。
 子供をさらって自分達の子供と取り換えたり(チェンジ・リング)、雌牛から牛乳を盗んだり、気に入った人間を自分達の仲間にしたりする(アザラシになった男の伝説があります。彼は雌アザラシと共に人間の世界を離れて行きました。)のです。
 その場合、人々は妖精達をアンシーリー・コート(祝福されていない妖精)と呼んで毛嫌いします。
 ですが、実は濡れ衣であったケースも多いのです。
 例えば、自分達の気に入らないような子供が生まれた時には・・・。
 
 良い事も悪い事もする隣人、それが妖精達です。
 しかし、妖精達に近付き過ぎる事は危険な事でもあります。
 妖精に見込まれたある漁師は次第に人間嫌いになり、ついにはアザラシに変身して、雌アザラシ(彼女が妖精なのかどうかは不明ですが)と共に海の世界に行ってしまいました。
 また、妖精達の国ティル・ナ・ノグに行き、3年間過ごした後に帰って来ると、人間の世界では300年経っていた(「浦島太郎」を思い出して下さい)と言う話もあります。
 
 ですが、妖精と親しくなった英雄もいます。
 アーサー王伝説の騎士達の中には「湖の淑女」と呼ばれる妖精達から武具を授かった者が多く、かのアーサー王のエクスカリバー(古代ブリテン語で「鋼を断つ」の意味)も湖の淑女の一人から貸し与えられた物でした。
 また、神話時代の英雄フィン・マックール(自身も神の血を引く)も妖精達(フィンの遠縁だと思われます)の依頼で戦場に赴いた逸話が残されています。
 
 妖精達を友としたのは英雄ばかりではありません。
 「妖精学者」と呼ばれる人達は妖精から様々な薬草の知識などを授かっていました。
 また、普通の人でも持ち前の陽気さを妖精達に気に入られ、贈り物などを与えられる事もあったそうです(日本の昔話「こぶ取り爺さん」を思い出して下さい)。
 
 人々に幸福、不幸、狂気、と言った様々な物を与えていた妖精達ですが、近代社会において「迷信」の名の下に葬り去られました。
 ケルト民族も方々に散らばり、妖精達の姿は今や失われる一方です。
 
 今のところ、海の王マナナン・マクリール、光の神ルー、戦士ク・ホリン、騎士フィン・マックール・・・彼らの名前はまだ人々の記憶に残っているかも知れません。
 彼らの名は物語の中に残されていますから。
 しかし、忘れないで下さい。
 名も知られぬ小さな妖精達とて私達のすぐ近くにいるのかも知れません。
 不意に吹きつける風、古い家具のきしむ音、春らしい草の匂い、雪が降ると銀色になる木の枝・・・案外、妖精達が私達を誘ってくれているのかも知れません。
 
 
 
参考文献
・ 「妖精 Who‘s Who」キャサリン・ブリッグズ著、ちくま文庫
・ 「ケルトの神話」井村君江著、ちくま文庫
・ 「ケルト民話集」フィオナ・マクラウド著、ちくま文庫
・ 「ケルト幻想物語」W・B・イエイツ著、ちくま文庫
・ 「完訳グリム童話集」ヤコブ&ヴィルヘルム・グリム著、岩波書店


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