信陽舎(8/8)

  このバイトを何度か経験をしているうち、ダンス・ホールの空気が加熱し、膨張し続け、 どっと自分に押し攻めてくるような気配が感じられるようになった。そんな時気が付くと、 私はまるでじっとしていられないかのようで、 目の前の人に合わせてステップを踏み出していたのであった。 これこそ「門前の小僧・・・・」とでも言うべきものであろうか。

 このダンス・ホールの中では、人それぞれ目標は違っていたとしても、 学生であった私にとって、見たものは果たして「サラリーマンの放課後」の様子であった。

  追記になるが、これまで、色々なテーマでいくつかのエッセイを綴って来た私は、 ロンドンへの出張の折々に機内でこれらエッセイを記すのが、習慣化してしまっていた。

  9月の出張は、JAL401の機内で、役所広司、草刈民代、主演、原日出子、竹中直人、 共演の「シャル・ウイ・ダンス?」という日本映画に出っくわす事となった。

  ちょうど、このエッセイを書いている最中であったので、大変懐かしく、 また楽しく鑑賞する事が出来た。

  人生とは、まったく味な物である。

(1996年9月)

  

あとがき

  今日から数えて、30年ほど前になろうか。 記憶だけを頼りに「30年前の目」で追ってみた。

  その時期以降は、間違いなく自分は変わっていない。

  もともと、今の生き方の基礎を築いた時期である。変わってないが、 一つだけ仮定を許されるのであれば、あのころの自分に今の知恵が授かっていたら、 世界はちがっていただろうか、と考えることがある。

  無理な注文である。その知恵は、年月と実行の結果である。あの頃は、年月不足である。 あと30年もすれば寿命である。「過去の30年」、「将来の30年」をともに見定めて、 歩を進めたい。

1998年1月2日、
尾月の自宅にて
浅沼 弘愛

 

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