起こるべくして起こった狂牛病
一昨年の9月以来、話題になっている狂牛病。狂牛病はスラングであって、正しくはBSEといいます。BSEは
私を含め、多くの獣医師は日本では発生しないと思っていました。それなのに、どうして起こってしまったので
しょうか?ここではBSEの発病機序だとか疫学だとか、学者が好みそうな内容は説明しません。社会的
・倫理的背景を話題にしたいと思います。そしてから、皆さん、じっくりと日本人の肉食について考えてみて
下さい。
1.どうして日本にBSEが入ってきたか
日本にはBSEなどありませんでした。それなのに2001年9月に発生してしまったのは言うまでもなく、BSEが発
生した外国からその病原体が日本に入ってきてしまったからです。当初の農林水産省の言葉を信じていた我々末
端の獣医師初め日本人は、よもや自国でBSEが発生するなどとは夢にも思いませんでした。でも、日本で発生して
しまったのです。
農林水産省がBSEの発生原因となる肉骨粉の輸入について指導を行いました。今では「なぜ、指導などとい
う甘い規制にしかしなかったのか。」という議論がされていますが、私に言わせれば理由は簡単です。有
力代議員と恐喝的手段で政治に物を言わせる力が絡んでいたことは間違いないでしょう。BSE
が肉骨粉にあるかも知れないと日本政府が認識した時、普通の人間であればそれを日本に入れないような措置をと
るのが当たり前です。が、彼らはできなかった。それは外からの圧力に気を遣ったためであることは疑
いようがありません。公務員の仕事がいくら「お役所仕事」と馬鹿にされているにしても、公務員だって人の
子・人の親です。自分たちの生活を脅かすほどの圧力がかからない限りは滅多に一般の人たちの健康被害を予測
するような怠慢はしません。もちろん、一つの規制をかけるということは、それに関係する企業の経済活動を抑
え、そこで働く人たちの生活に大きな影響を及ぼすことになりますから、慎重にされねばなりません。しかし、
行政機関に身をおく者には、利権を狙った組織から時にとんでもない圧力がかかります。脅し一つで2,000万円も
の教育費を税金から出させてしまう組織があります。職員が「ここから出る時には手足が立たない身体にしてし
まうぞ!」「お前が責任取るんか!」などと脅されることがあるのです。そんな脅しを実際に受けた職員が精神
的に参り、挙げ句には「お前では話にならない。上司を出せ!」と権限を握る立場の者に直接話をしにいく。上
司だって一個の生身の人間です。一対大勢で脅迫紛いの圧力をかけられたら身の危険を感じ、その精神的な影響
が職務上の判断を左右しないわけがありません。そうして、そのような業界に気を使い過ぎた結果、その後もっ
と広範囲で多大な経済的損失と健康被害をもたらしてしまう事態に至ってしまうのです。鈴木宗男議員(逮捕後
もなぜ1,000万円を超える歳費が税金を使って支払われることが現在の日本で法的に許容されるのでしょう?)
や日本道路公団のワンマントップなどに絡む一連の事象により、日本の政治経済の「流れ方」が多くの人にもだ
んだん分かってきたのではないかと思いますが、恫喝と潜在的脅迫方法、職権乱用により特定の人にしか利益が
いかない、そんな日本の政治の影の部分が現在まで大きく影響しているように思います。そして、このBSE騒動。
どうしてこうなってしまったか、皆さんも想像つきませんか?
2.「食物を作っている」という意識がない全農、農政、畜産農家
牛がのんびりと草を食べる農村風景...、酪農を初めとする畜産の風景を思い浮かべる時、誰しもそんなのんび
りとしたのどかな光景を想像するのではないでしょうか。私もそうでした。でも、中を見てみてみたら、私のそん
な子供の頃の想像は一気にかき消されました。勿論、そういう風景の農村もあるでしょう。けれど、私が見た多く
の畜産風景というものは、小さい牛舎で与えられるビタミンのコントロールにより失明するまで肥育される黒毛和
牛(失明するほど肥育が良いためです)、限界ギリギリまで種付けをされて乳を搾り取られるだけ搾り取られ、ガ
リガリに痩せた末に廃用牛として屠畜場に出される乳用牛(ミンチ肉はガリガリの経産牛の肉です。抗生物質の休
薬期間を守らず出荷される場合もあります。ガリガリの乳用牛を屠畜場では”ミンチ”と呼んでます)、狭い豚舎
で子供を生ませるだけの区画に閉じこめられた母豚に自分たちの糞でドロドロの肥育豚舎に入れられた肥育豚(豚
足には糞のエキスがこびり付いていると反射的に想像していまいます)、狭いオリに2羽ずつ入れられ防蝿剤を食
べさせられた鶏が産み落とす鶏卵(防蝿剤が卵に残留するという意識がない)...、残念なことにそんな農家がとて
も目に付きました。勿論、安全な食物を作ろうと本当に努力してやっているみえるところもあります。が、日本の
畜産業を含めた農政は助成金に頼り過ぎ(事実、厚生労働省と農水省の予算には莫大な開きがあり、その使い方も
全く異なります)、その結果、生産効率第一・経営第一で、消費者への責任感が二の次になっています。BSEが発生
した時も農家は牛が売れないことだけを恨み、屠畜場が牛の受け入れをしないことを不満に思っていましたが、消
費者がどうして買わないのかということを意識した意見は現場では聞かれませんでした。そんな行政、民間を含め
た体質がいけないのだと思います。その体質が治るまで、私は動物性食品の消費に貢献したくありません(信頼で
きる農家の友人のところのはありがたくいただくとしても)。
かっての私の屠畜場・食鳥処理場仲間や私のことをとても可愛がってくれたおっちゃん、おば
ちゃん達、私が飢えた時に愛すべき男たちが私のために狩ってきて私の前に差し出してくれた
お肉、食べる物もなく貧困であえいでいる国に私が行った時の畜産物を私は喜んで食べましょ
う。しかし、今の日本で作られた肉は食べる気がしません。愛情よりも、何かしら鈴木宗男の
ような利己主義の金の亡者の財界を仕切るタヌキ親父たちが「国民の栄養状態の改善のため」
という大義名分を利用し、裏でほくそ笑んでいる姿しか見えてこないからです。まじめに取り組ん
でいる若い人たちには本当に気の毒だと思いますが、日本には残念ながらBSEが起こって然るべき土壌があったの
だろうと思います。
3.獣医師、農家、そして農政とのもたれ合い
2000年代になってから、それまで何年も、あるいは今までに日本国内では発生していなかった家畜の感染症が日
本国内で次々と発生しました。口蹄疫、BSE、豚コレラ、鳥インフルエンザ…。それぞれ一番疑われる可能性は口
蹄疫の中国産の稲ワラ、BSEの欧州からの肉骨粉、豚コレラの未承認ワクチンの使用、鳥インフルエンザの渡り鳥
らの感染です。これらのうち、中国産の稲ワラについては日本だけでは防ぎきれなかったとしても、他の3要因に
ついては、何かしら国内での人為的な要因が背後にあります。欧州からの肉骨粉の輸入について強制力を持った規
制を掛けられなかったのはなぜか?未承認ワクチンを使用した企業の体質はどのようなものか?野鳥が鶏舎に侵入
しないような対策については家畜保健所が絶えず指導している事項であるのに、今さら新ためて言わなければなら
ないことなのか?
私が農政に所属した時、最も驚いたのは農政および地域の臨床獣医師と農家のもたれ合いでした。「和を以て尊
しとなす」「義理人情」を重んじる日本人特有のものでしょうか。同じ行政獣医師でも公衆衛生部の方で食品関連
業者を指導する立場である同僚たちは「業者」という言葉を使っていましたが、農政では家畜衛生について農家を
指導する立場である同僚と臨床獣医師たちは「農家さん」とさん付けでした。この違いが全てを物語っているよう
に思います。農政では農家は自分たちも飯を喰わせて貰っている大事なお得意様なのです。「農家がなくなれば、
自分たちも要らなくなる。」という言葉を頻繁に口にする獣医師がいました。これは「患者がなくなれば、自分た
ちも要らなくなる。」と医者が口にするようなものではないのか?最も医者の患者に対する立場の場合、人間が存
在する限りは続きますし、獣医師の農家に対する立場の場合、万が一日本から第一次産業がなくなってしまえば自
分たちも要らなくなる(診療すべき動物≒ペットがいなくなれば、小動物病院も要らなくなります)わけですから、
確率的には獣医師の存在の危機の方が高いことは確かです。しかし、自分たちの仕事がなくなることはどの職種の
人であれ抱えている究極の不安であり、それだけを考えてもたれ合うものではないと思います。もたれ合い、甘く
なった結果、未承認ワクチンを使用する業者が現れ、鳥インフルエンザの蔓延が危惧されてから養鶏農家はカラス
の防除ネットを張り付ける…何とも情けない結果になってしまいました。
住宅金融公庫や他の金融機関再生のための税金の投入など「一企業になぜ税金を使うのか。」という批判が必ず
あります。破綻した場合、影響が大きく、連鎖倒産が相次ぐことによって失業率の増加は不況など深刻な経済的影
響を回避するための苦肉の策です。そんなことよりも、恒常的に税金を使って助けられている企業があるのです。
BSEが発生後に行われた牛肉の買い上げ措置、口蹄疫、鳥インフルエンザ発生後の畜産農家への緊急支援措置につ
いて、誰も「どうして税金を使うのか?」と疑問を投げかけないのはどうしてでしょうか?マスコミも敢えて取り
上げないのではないでしょうか?第一次産業は国にとって大切な産業です。食料が自給できなくなれば、その国は
他国に依存した弱く不安定な国となってしまうでしょう。しかし、その措置方法は第一次産業基盤を強化するため
というよりは、露骨な助成金行政でもって余計に脆くしているものではないでしょうか?そして、その中に獣医師
が含まれています。「農家さん」のために、抗生物質投与後の出荷禁止期間を誤魔化して診断書を作成し食肉処理
場へ出荷したことを平然と臆することなく私の目の前で笑いながら酒の肴にする獣医師の姿を見た時、あまりの常
識のなさに唖然として言葉が出てきませんでした。因みに私はそれより以前に食肉処理場でそんな臨床獣医師が作
成した診断書を見て抗生物質投与後の期間を確認し、更に肉になった後に残留抗生物質の検査をし、違法に薬剤が
肉から検出されてしまった場合は、急いで業者に当該肉の回収と出荷の差し止めと廃棄を命令する業務に携わって
いたことがありました。目の前でそんな私の働きを馬鹿にしている同じ職種の人間について、怒り心頭であったこ
とは言うまでもありません。
4.止まぬ圧力
食肉検査員として屠畜場で働いていた頃、興味深いことがありました。同僚が「全身性の高度筋水腫」と診断
して全部廃棄措置を執ったところ、その肉の持ち主が怒り狂って私たちの職場の所長のみならず、かつてそこに
勤務していて顔見知りではあるもののその時は本庁に栄転していた上役にまで電話を掛け、結局、その肉は部分
廃棄として一部は市場に出回ってしまいました。食肉検査員である現場の獣医師がどのような診断を下してどの
ような措置を執ったとしても、そのようにして肉は売られていることがあるのです。勿論、全ての肉ではありま
せん。あくまでも一部の屠畜場での話です。が、ひとたび消費者としてスーパーで買い物をする側に回ってしま
えば、そこの店頭に並んでいる肉がどこで処理されたものなのかは分かりません。私がその肉を買ったならば、
その払ったお金がもしかするとそんな検査を受けているフリをして実は自分たちのいいように売っている者の懐
に入るのかと思うと、やはり買う気がしません。全国の食肉検査員が集まった機会に、ある地方の食肉検査員が
「私たちは心臓を開かせてもらえません。」とこぼしていたそうです。心臓の検査は、それによって全部廃棄処
置を執らねばならないかも知れないほど、重要な検査です。細菌が全身血流にまわる敗血症という病気に罹った
動物は心臓内にイボのようなものを形成していることが多いのですが、そのイボの有無は外観からは分かりませ
ん。その地域の肉は外側から手で触診検査しただけの肉が今でも出回っているのでしょうか?それとも少しは改
善されていれば良いのですが。
参考までに、私は全部廃棄対象のものを流通に乗せたことはありません。自慢ではありません。それが普通で
す。が、そんな普通が通用しない「圧力」がかかり、慣例により、それに屈せざるを得ない行政職員がいるので
す。私は肉は食しませんが、食べる人は信用のおけるところから買いましょう。「信用って何?」と言われても
困らざるを得ないのがまた残念ですが…。屠畜検査員をしている獣医師がいたら、こっそり尋ねてみて、その人
を正直な人だと思えるなら、そこから出荷されているものを買う…、そんなところでしょうか。
ところで行政職員に圧力をかけることが好きな人たちは今どこでどうやって圧力をかけているのでしょうか?
圧力かけた者の勝ち=ゴネ得が日本社会であるのが残念です。それから、そういう力を利用して議員をやってき
た人たちが二度と再選されぬことを願うばかりです。