公衆衛生学的見地から見た狂犬病予防
このページのタイトルは他のページに比べると少し固いと思われることでしょうが、それは内容が内容だけに
読まれた人に不必要な不安や恐怖を植え付けないように配慮してのことです。先に断っておきますが、出所のわ
からない他の動物と接触する機会がない、ご自分のコンパニオンアニマルを可愛がっている分には決して狂犬病
には罹りません。
1.狂犬病とはどんな病気か
ヒトを含めて全ての哺乳類がかかる病気で、鳥類にも感受性があるようですが、伝播方法が主として感染動物
に噛まれることによるために「噛みつく動物」としてヒトに最も親しい動物の一つであるイヌが有名になってし
まいました。病原体はウイルスです。「噛まれて罹る」というのは、そのウイルスが感染動物の唾液に含まれて
いて、噛まれた傷の近くにあった末梢神経からだんだんさかのぼって脳の一カ所である小脳や延髄などに辿り着
き、神経症状を来すということです。また海外の症例では、感染したコウモリ(ご存じのとおりコウモリも哺乳
類なのだ)が棲む洞窟に入った人が感染した例があり、ウイルスが含まれている唾液が飛沫になって鼻や口から
入り、空気感染が成立したという報告もあります。発症すれば、致死率はほぼ100%ですが、噛まれてからすぐに
抗血清を投与すれば、発症は防ぐことができます(しかし、肝腎な抗血清は日本にはあるの?)。予防法は動物
に対するワクチン接種と感染が疑われる動物に近付かないようにすることです。
2.日本ではどうなの?
日本では昭和31年のイヌでの発生を最後に、国内を発生源とする狂犬病の報告はありません。昭和25年に
狂犬病予防法という法律が制定されまして、この法律の下に予防措置がとられています。飼い犬の登録と狂犬病
予防注射の義務化、徘徊犬の抑留、および輸入動物に対する検疫です。具体的にお話しすると、生後91日以上
の犬を飼っている人は市町村役場に届け出て登録をしなくてはいけませんし、登録後は狂犬病予防注射の案内や
督促状が届きますので、それに従って狂犬病予防注射を毎年犬に射たなければなりません。徘徊犬の抑留につい
ては、その辺をうろうろしている飼い主が判明しない犬については保健所が捕獲して3日間だけ飼い主が現れる
のを待ち、その後は殺処分になります。殺処分になるのは明らかに狂犬病に罹っていないと診定された犬だけで、
もしも狂犬病を疑わせる症状(敏感、行動異常、その他神経症状)があれば、その犬は狂犬病に罹っていないか
どうか更に詳しく検査されることになります。また、ヒトを噛んだイヌについては保健所ですぐには引き取れず、
咬傷届と狂犬病に罹っていないことを診るために最低2週間はイヌの経過観察を行わなければいけません。
さて最後になりますが、検疫について次項でじっくりとお話ししていきましょう。そしてその問題点について
皆さんじっくりと考えてみて下さい。
※2007年5月に厚生労働省から自治体に対し、”狂犬病予防法による処分には譲渡することも含める”という旨
の通達が出ました。これ以後、3日間の抑留期限を過ぎたイヌを殺処分するか否かは各自治体の予算、職員数、
動物収容能力により異なります。住民としてこの通達の実施状況を見守り、更なる改善の要望があれば国や自治
体に出していっていただけたらと思います。
3.日本国の検疫、大丈夫?
動物検疫という言葉、耳にされたことはありますか?それは海外から日本に輸入される動物について、その動
物や動物由来製品が病原体を持っていないかチェックするための制度で、主な港町に置かれている動物検疫所と
いう国の機関がその検査にあたります。動物検疫所が取り扱う法律は狂犬病予防法だけではありません。以下の
表にしてみました。
法律 | 目的 | 主な検疫対象物 | 検疫対象疾病 |
家畜伝染病予防法(農林水産省管轄) | 畜産振興のため、家畜の伝染病の予防 | 牛・豚など偶蹄類、馬、鶏などの家禽とその卵、ウサギ、みつばち、イヌ、これらの動物の骨・肉・皮・毛など、ハムなど食肉製品、ワラや乾草 | 家畜伝染病、届出伝染病 |
狂犬病予防法(厚生労働省管轄) | 人間の公衆衛生のため、狂犬病の予防 | イヌ、猫、アライグマ、きつね、スカンク | 狂犬病 |
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(厚生労働省管轄) | 人間の公衆衛生のため、感染症の予防 | サル、プレーリードック | エボラ出血熱、マールブルグ病、ペスト |
さてさてさて…、上の表から考えられる問題点。経済的な問題となる家畜伝染病については牛や豚からみつば
ち、果ては獣毛や草までえらく対象物が広くて厳しいのに対して、直接人の健康被害をもたらす狂犬病や他の感
染症に関してはたったの7種類の動物が対象ですか。ちょっと待った、逆じゃあないの?だって、狂犬病は全て
の哺乳類が罹るんでしょ?なんで5種類なの?あとの哺乳類はノーチェックでどんどん日本に入ってくるわけで
す。勘弁して下さいよ。これじゃあ、いくら良識ある犬の飼い主さんが毎年きちんと狂犬病ワクチンを受けてく
れたとしても、いつ狂犬病が日本に入ってくるかわからないじゃあないですか。犬の飼い主さんは、そんな法律
の抜け穴を担保するために狂犬病ワクチンを受けさせられているの?
輸入動物については感染症以外にもさまざまな問題があります。身近なところではブラックバス、アライグマ、
ヌートリアなど本来日本にいなかった動物たちが国内で野生化し、在来種と交雑したり、在来種を絶滅に追いや
る危険性があることは誰しも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。日本は動物の輸入について、なあ
なあになっているのではないでしょうか。
薬品、食品添加物や最近では農薬について、その使用、販売、輸入は予め定められた種類しか許されておらず、
それ以外のものについては全て法律違反になります。これをポジティブリスト制といいます。残留農薬や違法農
薬について問題になった頃、農薬はまだこのポジティブリスト制ではなくて、法律で禁止されたもの以外は申請
すれば何でも許可されたネガティブリスト制でした。それが2003年の春から法律が改正されてポジティブリスト
制になったのです。このポジティブリスト制になったことで、規制は強化され、一国民にとっては安全性が高ま
ったことになります。さて、輸入動物についてはどうでしょう?さまざまな人畜共通伝染病を持ち込んで国民に
健康被害をもたらす恐れがあるというのに、その規制はいかにも緩いのではないでしょうか。輸入動物について
は以前としてネガティブリスト制です。薬品、食品添加物、農薬に続いて、人の健康を守るという公衆衛生学的
見地に立った場合、次は輸入動物についてもポジティブリスト制を導入するのが立法・行政の役目ではないでし
ょうか?もはや輸入動物の問題は「かわいい、珍しい動物をペットとして飼う」だけの問題では決してないので
す。危機感を持っている人間が少なすぎると憂うのは私だけでしょうか。
日本にまさか入ってくるとは思わなかったBSEの次に日本に入ってくる感染症は何か分かりませんが、何にし
ても、末端の人間が、消費者であろうが別の立場の人間であろうが、追い詰められて自らの命を絶ってしまう…
そんな不幸が起こることだけは真っ平ご免被りたいのです。エキゾチックアニマルは飼うべきではない。私の結
論です。