● 釣り糸の力学  

「クロダイ釣りの科学」の道糸とハリスの引っ張り強度に関する実験に触発され,かねてから考えていた釣り糸の伸びに関する考察を行いました. おそらく以下に書かれていることは,これまで釣具メーカ資料や釣り雑誌などではほとんど触れられていないことだろうと思います. 釣り糸を力学的に捉えるとこういうことなんだ,と新しい発見があるかと思います.
是非,ご一読ください.
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「基礎理論」
といっても,それほど大げさなものではない. イロハである.
( 数式,数表アレルギーのある方は,最後のまとめへどうぞ)

釣り糸の伸びは弾性変形であり,等価的にばねに置き換えて考えてもいい.
ばね定数k,伸び xとすると,よく知られているように,

距離xを伸ばす力は f=kx
ここまで伸ばすエネルギーは E= 1/2・k・x^2
(ばね定数は伸びやすいほど小さい数値になる)

「伸び率とバネ定数の関係」
糸の伸び量は糸の長さによって変わる.長さ Lの糸がΔL伸びたとすると,伸び率とバネ定数の関係は,

伸び率 ε=ΔL/L
ばね定数 k=f/ΔL =f/(εL)

(伸び率は一定だが,バネ定数は糸の長さの関数となり,長いほど小さい)

「糸の伸びとエネルギーの関係」
魚が力 f の力で糸を引いたとして,エネルギーを伸び量で記述してみよう.

E = 1/2・k・X^2 = 1/2・k ・ΔL^2= 1/2・(f/ΔL)・ΔL^2 = 1/2・f ・ΔL

⇒糸を伸ばしながら 力 fで引っ張るエネルギーは,その伸びの長さに比例する.
⇒伸びが大きい糸のほうが,魚の引きを吸収する効果が大きい.

「道糸とハリスの組み合わせ]
道糸とハリスは,バネを2つ繋げたものと考えていい. 黒鯛が糸を引っ張ると,道糸とハリスが伸びる.
この両者の伸びを見てみよう.
道糸とハリスには同じ力 f が加わるから, それぞれ独立に伸びを算出することができる.
魚の引く力 f ,道糸の長さ L ,ハリスの長さ hとして,実際のデータに基づいて算出すると,

 
道糸
(フロートラインEX 3号)
ハリス(ナイロン)
(スペクロロンハイパー 1.5号)
ハリス(フロロカーボン)
(シーガーグランドマックス 1.5号)
最大引っ張り強度
4.6kg
3.8kg
3.1kg
糸を引く力
糸の長さ
L
h
h
伸び率(最大負荷時)
0.18
0.23
0.14
伸び
L・0.18・f/4.6
h・0.23・f/3.8
h・0.14・f/3.1
エネルギーE
1/2・f ・
(L・0.18・f/4.6)
1/2・ f ・
(h・0.23・f/3.8)
1/2・ f ・
(h・0.14・f/3.1)
総エネルギー
(道糸とハリスのEを足したもの)
1/2・f ・(L・0.18・f/4.6+h・0.23・f/3.8) using ナイロンハリス
1/2・f ・(L・0.18・f/4.6+h・0.14・f/3.2) using フロロカーボン

注)上記3種の糸データは「クロダイ釣りの科学」 の ラインの強度測定 から引用させていただきました.

注)伸びの測定値精度に関して

  • ラインの伸びに対してラインの固定に使用したワイヤーのサポートの伸びが大きく,長さ測定に物差しを使用したことなどから,若干の誤差を含んでいる.
  • 伸び率は断線ギリギリでの値であるため塑性変形している可能性があり,弾性変形範囲では数値が若干異なるかも知れない.

「Case Study]
以上の分析指標を使って,実際にやり取りの最中に,黒鯛が f=3kgf で引くものとして,
釣り糸の果たす役割を分析してみよう.

CASE1 L=20m, h=2m....磯竿5mで 沖15m付近でのやり取りの状態を想定.
 
道糸
ハリス(ナイロン)
ハリス(フロロカーボン)
糸の長さ
2000cm
200cm
200cm
伸び
234cm
36cm
27cm
エネルギー
1/2・f ・(234cm)
1/2・ f ・(36cm)
1/2・ f ・(27cm)
総エネルギー
1/2・f ・(270cm) using ナイロンハリス
1/2・f ・(261cm) using フロロカーボン

 

CASE2 L=7m, h=2m.....磯竿5mで 取り込み寸前の状態を想定.
 
道糸
ハリス(ナイロン)
ハリス(フロロカーボン)
糸の長さ
700cm
200cm
200cm
伸び
82cm
36cm
27cm
エネルギー
1/2・f ・(82cm)
1/2・ f ・(36cm)
1/2・ f ・(27cm)
総エネルギー
1/2・f ・(118cm) using ナイロンハリス
1/2・f ・(109cm)using フロロカーボン

 

CASE3 L=3m, h=1m.....短竿/落とし込みを想定.
 
道糸
ハリス(ナイロン)
ハリス(フロロカーボン)
糸の長さ
300cm
100cm
100cm
伸び
35cm
18cm
14cm
エネルギー
1/2・f ・(35cm)
1/2・ f ・(18cm)
1/2・ f ・(14cm)
総エネルギー
1/2・f ・( 53cm) with ナイロンハリス
1/2・f ・(49cm) with フロロカーボン

「まとめ」
● 道糸とハリスの役割分担

釣り糸の伸びが黒鯛の力を吸収してくれるが,
この役割を担うのはハリスというより大部分,道糸が受け持っている.

⇒磯竿5mでの沖でのやり取りでは,道糸の吸収するエネルギーはハリスの7〜8倍も大きい.
⇒磯竿5mでの際でのやり取りでも,道糸のほうが2〜3倍も大きい.
⇒短竿の場合でも道糸のほうが約2倍も大きい.
魚のエネルギーを吸収するのは主に道糸であることから,
ハリスに必要な特性は伸びよりむしろ,結節強度や根擦れ強度などを 優先させるべきであろう.
(ナイロンハリスの伸びの効果をフロロカーボンと比較すると,その差は全体エネルギーの1割程度しかない)

●沖でやりとりする効果(CASE1とCASE2の比較)
釣り糸が長いほど,黒鯛のエネルギを吸収する総エネルギーは大きい.
15m沖と際とを比較すると, 沖の方が糸の総エネルギーは2〜3倍も大きい.

沖の方が根などの危険ゾーンが少ないからという理由だけでない.
15m沖での糸の伸びは最大で2.3mにもおよび,常にテンションを与えているから,
暴れもがいても簡単には針が外れることもないだろうし,疲れて浮いてくれるのも早いわけだ.
”沖で浮かせたほうがいい”というのは,このように力学的にもいえることである.

●短竿の落とし込みでは,
短竿のヘチ釣りでは,糸が短いので伸びが小さく吸収エネルギーは磯竿より1/2〜1/5も小さくなる.
実際に短竿落とし込みは,磯竿の場合より明らかにバラシが多い.
比較的太い針を使い,合わせもどうしも弱いから(スナップが効かない),
針の刺さりが悪いことも原因しているだろうが,
ばらしやすい原因はこの糸の伸びが小さいことも大きな原因のひとつだと考えられる.
やはり道糸もハリスも1ランク上のものを使う方が無難である.

細ハリス,長ハリスの人は要注意.
上表ではハリスの長さを2mとしたが,もっとハリスを長くすると,ハリスの受け持つ比率が大きくなる.
さらにハリスが細いと,伸びが小さく吸収エネルギーが小さくなる.
ハリスの分担比率が大きくなった上に,吸収エネルギーが小さくなることから,条件はダブルで悪化する.
細いハリスを2ヒロ以上と長くとる人は要注意である.長ハリスではナイロンの方が有利といえるだろう.

●PEラインについて
最近インナーガイド竿や落とし込みでも 道糸にPEラインが使われるようになってきた.
しかし,黒鯛釣りでPEラインをつかうのは???である.
伸びが極端に小さく,エネルギー吸収効果が極端に小さくなってしまう.
黒鯛は数字の上からも,数分の1のエネルギーでハリスを切ることができてしまう.
ハリスへの負担は非常に大きいものになる.
もちろん,黒鯛のエネルギーを吸収するのは釣り糸だけではなく,竿のしなりやリール操作でも
吸収可能だが,ここぞというところでは,最後は糸のエネルギーに頼わざるをえないだろう.

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最後に.
道糸/ハリスの号数,ハリスの長さなどの条件で,上表の数値,比率は変わります.
是非,ご自分の仕掛けをここで述べた力学的視点で見直してみたら如何かと思います.