遍路道中記―7 (31日目〜36日目)
31日目 |
雲辺寺への登り口まで白地荘の車で送ってもらう。しょっぱなから遍路道シールを見落としてウロウロ。 ≪66番雲辺寺≫
標高900メートルの雲辺寺まで1時間50分の山登り。八十八札所のうちいちばん高所にある寺院。 購入したサポーターの効果か、痛みはいくぶん和らいだ気がする。このまま快方に向かえば文句ないが。 高低差600m余を痛む足で何とか登りきった。しかし先を行くお遍路の姿を目にすると『いつもの私ならあっという間に追い越して行くのになあ・・・・』と思ってしまう。 雲辺寺は愛媛と香川県の県境、いよいよ最後の讃岐国香川県へ入る。
巨大な毘沙門天像の立つ927mピークと、ドコモ電波塔のある911m二等三角点のピークがある。金網に囲まれて三角点は確認できない。 雲辺寺からの長い下りは足が踏ん張れずつらかった。ふだんなら半分以下の時間で下ってしまうところだ。登りより下りがこたえる。やはり快方へと期待するのは甘い。
大興寺を出たあと、足痛に気を取られていたこともあって、また道を間違えてしまった。痛みに耐えながら余分な遠回り、何ということだ。 ≪68番神恵院≫ ≪69番観音寺≫ 観音寺市の市街に入ってから、足の痛みに気を取られてまた遍路道シールを見落としてしまう。いつの間にか68番神恵院とは反対方向の69番本山寺へ向って歩いていた。さらに食料の買出しで四つ辻にあるスーパーへ入ったが、出るときに同じ出入り口と勘違いして出てしまい別の道をとことこ歩いていた。信用金庫に入って尋ねたり、街路樹手入れのおじさんに聞いたりしてようやく神恵院へ到着、痛む足で4キロ以上無駄足を踏んでしまったようだ。集中力が切れかかっているのも原因。 無駄足の取り返しに、観音寺から観音寺駅前のホテルまで1キロそこそこの距離をタクシーにした。 中敷きを抜き、靴ひもを外したりしたのに、さらに足の甲の締め付けは解消しない。ますます腫れがひどくなっている証拠。だが遍路を中断しようという気は起こらない。 片足歩行遍路、いつまでつづくのか。一日の歩行距離も激減。88番まで歩き続けられるだろうか。この遍路に出た動機に『修行』という要素は皆無だった。ところが何ともつらいこの足痛、これが修行でなくて何なんだ・・・・そんな気にもなってきた
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32日目 |
行動時間 6時20分〜14時35分(8時間15分 26km) 天候=曇のち雨
≪70番本山寺≫
財田川左岸の道を本山寺へ。昨日間違えて歩いた道だ。 納経一番乗り、境内は掃除のおばさん一人だけで静まりかえっている。納経も気持よくできた。おばさんにお菓子の袋詰めをお接待される。メモが入っていた。『お疲れ様です 少欲知足 ご無事で結願されます様に』。ありがたいことだ。
聞いてはいたが、痛む足には残酷なほどの長い石段に泣かされる。横向きになって一段一段登るのがやっと。800段という人もいた。下りはさらにつらい。
足の痛みに、71番弥谷寺からのたった3.5Kがとてつもなく遠かった。 ≪73番出釈迦寺≫ ここも坂道、つらい。ギシギシと痛む。 ≪74番甲山寺≫ へんろ道も平坦、寺も平地にあってありがたい。お大師さま、ありがとうございます。 ≪75番善通寺≫
善通寺も街中、平地にある。驚くような大規模寺院。高野山、京都東寺とともに弘法大師の三大霊場だという。
本日最後の善通寺で急な雨、雨具を着るのも億劫で善通寺駅前ホテルまで1キロ半をタクシー。
脚痛はさらに悪い。薬局で症状を説明し、相談すると漢方の鎮痛剤を試してみたらと言われて購入。 |
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33日目 |
行動時間 6時20分〜14時45分 37524歩 (9時間25分 26km) 天候=雨のち曇
≪76番金倉寺≫
朝からの雨。足は痛くても歩けるうちは歩く気だが、どこまでこの足がもつかわからない。11K先の丸亀駅前ビジネスホテルに予約を入れておいた。 善通寺駅前ホテルから金倉寺までは40分、寺の様子や納経のことなどまったく記憶に残っていない。写真を見ても思い出せないが、納経帳にはちゃんと墨書朱印が残っている。
≪77番道隆寺≫ 道隆寺納経後、降りやまぬ雨の中を足を引きずって歩いていると後ろから「お遍路さ〜ん」と呼び止められた。「趣味で作ったものです、もらってください」と陶器の5センチほどのお地蔵さんを渡された。「この先どうぞ気をつけて」というと、駆けるようにして去って行った。走り去る後ろ姿に合掌しながら手を合わせ「南無大師遍照金剛」を唱えた。
遍路の途次、お接待をはじめとして道を尋ねたりとさまざまな親切を受けた。その都度両手を揃えて深々と頭を下げてお礼をいうように心がけた。このようなお礼のしかたは普段したことがない。遍路とはそういうものだと思う。つまり現実世界から離れて、別の世界を漂っているのかもしれない。 気づくと足の痛みがいくらか緩和している。お地蔵様が痛みを少し分かちあってくれたのかもしれない。丸亀に着いたのは9時過ぎ、この時間でチェックインとはいかない。 ホテルに荷物を預けて讃岐富士と呼ばれる飯野山へ登ることにしてタクシーで登山口へ。
≪飯野山=讃岐富士422m三等三角点≫・・・四国百名山、日本の山1000
以前、四国の山を登り歩いた時、気になりながら登り損ねてしまった山の一つが讃岐富士。緩やかな巻道ルートを選んで登る。山頂からの下りがつらかったが何とか登頂。往復1時間30分。ふだんなら1時間でもお釣りがくる山だ。 坂出市側の登山口へ下山。タクシーの迎えを頼むが、現在地の説明ができない。畑仕事のおばさんが見かねて電話を代わって説明してくれた。さらにわかりやすいという場所まで、数分以上歩いて案内してくれた。この遍路でこれに勝るお接待はなかった。ただただ感謝。出来ればもう一度会って礼を言いたい。おばさんほんとうにありがとう。旅先での親切は忘れないというがまったくその通りだ。せめて住所・名前を聞いておけばよかった。
まだ歩けそうな気がして78番郷照寺へ足を延ばす。 本堂前には20名以上の団体さん、般若心経の大合唱。圧倒されて個人遍路としては読経しにくい。何もあそこまで大声で合唱しなくても・・・と思う。 ≪79番高照院=天皇寺≫ みごとな庭園が印象に残る。 休養日にしてもいいと思いながら、結局一日歩いてしまった。高照院に近いJR八十場駅から丸亀駅へ戻り、荷物を預けたホテルへチェックイン。 頑張ればあと3日か4日で終ることができそうだ。はたして頑張れるか・・・?
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34日目 |
丸亀駅から電車で八十場駅へ。昨日の続きからスタート。
≪80番国分寺≫ 境内は掃除する人の姿だけ。静寂。 焼香台の灰もきれいに整えられていて気持ちいい。
≪白峰400m≫
国分寺からしばらくは住宅の建ち並ぶ上り勾配の車道。山道へ入って高低差400m近い登りとなる。足の痛みは相変わらず強い。はがゆいようなスローペースで登って行く。 白峰寺から根香寺一帯を五色台というようだ。顕著なピークはなく、起伏する突起の一つが標高400mの最高点で、遍路道(車道)のすぐ脇に四等三角点があるはず。意識して歩いたのに、どこやら場所を断じ得ぬまま通過していたらしい。
≪81番白峰寺≫ 白峰寺は大きな寺、石段がつらい。卯年生まれの人が境内の文殊堂にお参りするとご利益あらたかのようだ。卯年の孫娘のために心をこめて参拝する。 ≪青峰山・449m四等三角点≫
根香寺を目ざしていたのに、足の痛みに気をとられて青峰へ登ってしまった。もともと登ろうと思っていた山、工事の人に「ここは青峰だよ、根香寺はずっと下だ」と教えられ「どっと疲れが出ました」というと、皆で大笑いしていた。工事の人には疲れはてたボロ雑巾のような爺さんに見えただろう。 ≪82番根香寺≫
根香寺の号は“青峰山”、たいした石段ではないが、それでも一段一段がきつい。 納経を終って里への下り道から眺める瀬戸内海が美しい。 下り道なのに、足痛のためはかどらない。何もなければ駆けるように下ってしまうところだ。“これも修行”などと悟る気にはなれない。限界を感じながら一歩一歩下っていく。見るからに脚の遅いおばさんにまで追い越される。
≪83番一宮寺≫ 平地に降りてやれやれと気が抜けたこともあってか、ここから本日最後の札所一宮寺までがとてつもなく遠かった。足痛はかなりひどく、一宮寺に着くともう歩く気力も失せてしまった。 電車(仏生山駅〜瓦町駅約6キロ)で高松市中心部のホテルにチェックインしたら、もう身動きもしたくなかった。片足歩行に近い歩きによる疲労は大きい。1日中登ったり下りたりの行程もきつかった。 この状態で良く歩いた。結願への執念だけが支え。そしてあと3日ほどで帰宅できるという先の見えてきた状況が励みになっているのだ。(足痛は昨日、今日が最悪だった)
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35日目 |
行動時間 6時20分〜15時30分 36636歩 (9時間10分 26km) 天候=曇 琴電瓦町駅から潟元駅まで電車(約5キロ) 這ってでも結願だけは果たしたい。潟元駅から歩き始める。 ≪84番屋島寺≫ 高低差200数十メートルの登り。雨の中、境内には大勢の参拝者。早々に参拝をすませる。あと4寺だ。
屋島寺のすぐ南方にある一等三角点“屋島南嶺”へ。痛くても素通りはできない。国地院地図で見当をつけ、樹林の中へ入ると三角点に向けて赤布がつけられていて、すぐに到達することができた。訪れる人も少ないのか、きれいな標石だった。
≪85番八栗寺≫
屋島寺から下ったあと、また上り勾配の車道、平坦の道を歩きたい。 八栗寺からの舗装道も、駆け下りたいような道だったが、竹を拾って杖とし、足をかばう手助けにしてゆっくりと下る。威勢よく下って行くお遍路さんを見ると、痛みさえなければあの程度の歩きに遅れはとらないのに・・・つい愚痴っぽくなる。 志度湾に沿った平坦道は、海からの強風が正面から吹きつけて体力を消耗させる。
≪87番長尾寺≫
志度寺から長尾寺まで、わずか7Kの道のりが長かった。しかし平地を歩いていると足の痛みが少し軽くなった気がする。明日は山登り、少しでも痛みが軽くなりますように。 泊まりは長尾寺門前の旅館。明日で結願だ。時間をかけてゆっくりと参拝したあと、境内の茶屋できなこ餅を食べる。店主に88番大窪寺から与田寺への行き方などアドバイスを受ける。 |
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36日目 |
行動時間5時15分〜16時15分 44482歩 (11時間 28km) 天候=曇のち晴 足痛で時間のかかることを想定し、長尾の旅館を薄明に出発した。 出がけに宿のお女将さんから接待だと言ってオロナミンCと飴玉をいただく。さらにちょっと待ってと言って持ってきてくれたのは金色の納札。これは遍路50回以上の人の納札でご利益があると言われて誰もが欲しがるという。1枚は私自身が肌身離さず持つように、もう一枚は遍路祈願に入れていた身内の病人に渡すようにと下さったもの。なぜか女将さんに気に入られたのが嬉しかった。早朝にもかかわらず、また会いに来なさいと言いながら、玄関を出て角を曲がるまで手を振って見送ってくれた。涙が出るほどありがたい。(帰宅後、女将さん宛に礼状をお送りした) 金色の納札効果か、足痛発生以来いちばん痛みが軽い。これも我慢・辛抱で頑張ったことへのお大師様のおかげと思うことにした。
前山ダム堰堤からの遍路道を行く。思ったほど険しい山越えではなく、ごく普通の山道だ。3時間半で女体山のピークに立った。
足の痛みは軽くなり、スムーズに前に出る。女体山から直接88番大窪寺へ下らずに、予定通り一等三角点の矢筈山へ立ち寄るべく、いったん車道へ降りる。登山道の道標を確認して岩尾根を登り返すと20分ほどで一等三角点に登り着いた。
昨日までと比べて足の痛みをそれほど気にすることなく、急な山道を下って行くと88番大窪寺の境内だった。 実質的にはこの88番で結願と言っても差し支えないだろうが、湧き上がるような昂揚感もないし、爆発するような感動もない。“ああ、終ったなあ”という安堵感と、汐の引いていくような静かな思いだけ胸中に広がった。
最後にぜひとも納経しなくてなららないと思っていたのが薬師如来を本尊とする与田寺。88ケ寺すべての総奥ノ院と言われて、昔は88ケ寺を打ち終るとここに結願の報告をしたと何かに書いてあった。今も病気平癒や厄除け祈願に訪れる人々が年間を通して後を絶たないという。 帰宅を一日延ばして、大窪寺から歩く手もあったが、足痛のこと、何より明日のうちに帰宅したい、一日も早く帰宅したい、その思いが非常に強かった。贅沢とは思いつつ、大窪寺の納経を終るとすぐにタクシーを呼んだ。
これまでの各寺院祈願の総まとめとして、身内の病気平癒のこと、私たち夫婦の老後の安寧などを祈願し、納経帳にご朱印をいただいた。 与田寺からJR三本松駅まで徒歩。三本松駅から徳島駅経由で府中(こう)駅へ移動。府中駅から空白として残っていた2寺へ。 ≪16番観音寺≫ ≪17番井戸寺≫
2寺とも平地にある。 空白区間を埋めるべく井戸寺から徳島駅までの6キロ余を、ゆったりとした気分で歩く。不思議に足の痛みは忘れるほどに軽くなっていた。 徳島駅前ホテル泊。 |
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37日目 |
≪善光寺≫
善光寺は遍路出発前、無事結願できることを祈り参拝した地元の寺。 36日間で歩いた距離は概算1170km。靴底がかなり減っていた。。 |
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≪遍路を終って≫ ◆人工肛門に起因する体調異変発生、緊急に一時帰宅。忘れていた身障者としてのハンディを再認識。
『遍路とは歩くことなり』、まさに歩くことがすべて、頭を空っぽにして前へ進むことしか考えない時間もかなりありました。遍路で何があったのか、何が印象に残ったのか、大小様々なことごと、たとえば札所のことや、目にした風景や、袖擦り合わせた人々のことや、お接待されたことや、民宿のことや・・・36日間には多くのことがあったはずです。しかし鮮明な記憶として覚えている部分は意外に少ないのです。でもこの遍路をトータルで振り返れば、75年の人生で体験した中でも特別なものになりそうです。 菅笠と白衣はあの世への旅立ちに持たせてくれるよう、家族に頼みました。 |
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