真珠湾攻撃の背景


連合艦隊司令長官山本五十六大将(左)と真珠湾攻撃司令長官南雲忠一中将(右)

日本のアジア進出

 近代の日本は日清、日露戦争を勝利し国際法上正当な権益をアジアに得た。韓国に対し日韓併合条約をむすびさらに中国北東部の満州に「多民族共和、王道楽同」の理想を掲げ満州国建国を援助した。日本がアジアに権益をもち欧米列強国に遅れてアジア進出を始めた国家になった事で、既にアジアに植民地を持っていたイギリス(インド)、アメリカ(フィリピン)、オランダ(インドネシア)に日本は大顰蹙(ひんしゅく)を買い、列強国による日本追い出しが始まった。 これに対し日本はアメリカを仮想敵国とし建艦競争をはじめ軍備拡張に乗り出した。アメリカはワシントン会議で日本の軍備及びアジアにおける勢力拡張を阻止を行った。さらに日米通商条約を破棄し日本に対し石油等資源の輸出を前面禁止し、資産凍結等の経済制裁を加え、中国からの撤退を求めてきた。近衛内閣は交渉に乗り出したがをまとめる事が出来ず辞職、当時陸軍大臣だった東条英機が内閣総理大臣となり東条内閣が成立、再度交渉をまとめにかかったが、アメリカは「ハルノート」に実現不可能な要求を日本に対し突きつけ、戦争開始へと日本は追い込まれてしまった。遂に日本は大東亜共栄圏(欧米諸国からアジア民族の開放)を主張し、これを大儀名文としアメリカ、イギリス、オランダに宣戦布告してしまいました。

なぜ真珠湾なのか?

 なぜ、日本はハワイに宣戦布告となる攻撃をしかけたのか?
石油等の資源が輸禁で完全アメリカから入らなくなった日本は、自国の安全保障の為、資源を確保に東南アジアの油田等を確保に動いた。資源を安全に確保するにはまずフィリピンに極東軍司令部を持つアメリカ軍を叩かねばならない。その本部である太平洋艦隊の基地がハワイオアフ島パールハーバーにあり、ここを完全に封鎖し安全に東南アジア進出を狙い、同時にアメリカに宣戦布告するという作戦を連合艦隊司令長官山本五十六大将が考案した。

日本軍は宣戦布告と同時にフィリピンのアメリカ極東軍ら東南アジア方面を襲うと見せかけ、極秘に南雲忠一中将を真珠湾攻撃司令長官とする攻撃艦隊を日本から真珠湾向け出航させ奇襲攻撃を仕掛けたのです。



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