啓 蟄
by Nina(1998.8.31)
最初に答えたのは、やはり、単純明快の金剛。
「俺は好きだぜ。人間の生きようとしているその強さがよ、すげーと思うぜ。」
「僕は嫌いだよ。傲慢で醜くて、欲に満ちた人の世なんか。」
水滸が大切にしている自然そのものを、汚れて、命を縮めた元凶。
続いたのは、風の色を持つその人。
「俺?好きだよ。」
人嫌いがもっとも有名というのに、ひねくれた当人がいったのは、その正反対。回りから、疑われた目で見られるのも、仕方ないことだろう。
「馬鹿な奴等さ。たかが名利なんかに、共食いしている。実に面白い。何時か自滅しているのか、見るのも、退屈しないな。」
嫌いなら嫌いと言いきった水滸より、こっちの方が、質が悪いだろう。
人のためには。
焦点は、ずっと沈黙し続けた、寡黙な彼に集中する。天を仰んでいて、光輪の色の薄い長い髪が揺らいでいる。その目の向こうには、なにが見えているのか、知る人は、いない。
「私は...別に好きでも、嫌いでも、ない。....だが...」
「だが?」
「何故かひかれている。」
それっきり、沈黙に帰った。
一人は、反対。二人は、賛成。今一人は、保留。
決めるのは、要である烈火。
───助けるのを引き受けるか、滅ぼすのに手を貸すか、このまま、流れに任せるか、と。
「烈火?」
......だが、運命は、すでに、結末を決めて、いた。
────啓蟄の章────
「ひまだぜ。年に一日の集まりなのによ。」
最初から、ぶつぶつ文句をたらしている金剛に、この居城の主が切れた。
「だから、どうしろというのさ!」
いつも、どんな状況にいても、穏やかで居続けられると、誇っている彼は、実に、いったん切れると、誰よりも恐ろしいということも、よく知られっている。
もっとも、神経の太さが評判である金剛には、あまり効いていないかもしれないが。
「だってさ、一日お茶飲んでてさ、何もしていないじゃねえか?」
「仕方ないじゃないか?面子は、これだけじゃね。」
水滸は、もしかして、金剛と、共感していたのかもしれない。年に一日というのに、出席しているのは、五人の中の二人だけ、という現状。
「光輪なんかな〜、珍しいじゃねーか?もしかして、なにかあったのか?」
律義な彼、らしくもない、欠席。
「来てもすることがないと分かったからかもしれないね。それに、光輪は、ちゃんと欠席と、使いをよこして、断ったよ。どっかの放蕩な奴と違って。」
「俺もな、旅に出ようと思うぜ。どっかの放蕩野郎じゃないけどさ。退屈で死にそうだぜ。それによ、旅ってのは、結構好きだぜ。」
「行きたいなら、行けばいいだろう。僕に言わなくてもさ。どうせ僕は、出不精なんだよ!」
腐っている水滸は、確かに、ほかの人と比べたら、出かけるのが少ないが、出不精ってほどではない。つまり、売り言葉に買い言葉、単なる八つ当たりである。
「お前の水鏡で、烈火の居城を見ることが出来ねえか?」
これこそ、水滸が居城に止まる原因である。烈火の状態がわかる前に、出るに出られない心境である。いつでも、何よりも、仲間大事な水滸らしい。
「無茶言わないでくれよ。僕の水鏡でも、あの結界の中を見るのは、無理だと知っているくせに!」
知っていても、聞かずにいられないほど、金剛も、仲間を大切にしている。
「...光輪がいれば、二人の力で、何とかなるかもしれないけどね...」
光輪が来ない本当の原因は、いったい何なんだろう。
「でもよ、烈火になにかあれば、俺達にわからないはずがないだろう。少なくとも、無事にいるぜ。」
これも、まだ真実。さもなければ、いくらなんでも、のんびりにお茶なんか、していられない。
「烈火...」
今度、彼が、彼自身の居城を封印したのは、なぜだろう。
* * *
周りを包んでいるのは、静寂。
この居城の主のように、この居城もまだ、静寂が一番似合っている。真っ白い、眩しい光の中で、ほかの色は、一切、色を褪せているのように。
居城の中心にいる彼も、まだこれ以上もないほど、静けさを必要としている。仕えの人を遠くへ遣わせて、結界を張って、ようやくできるのこの技。感覚が強すぎる分、普段は、限界まで、押さえねば、とても、耐えられない、この能力。それでも伝わってくる、彼だけが見える、真実。
「!」
一瞬、大気の重圧に神経を焼かれる。崩れた彼の体が、地に落ちる前に、力強い腕に、支えられている。
「だから、ここまで、能力を全開するな、といったのに。いくら言っても聞かないから。」
「誰の..せい..だ..」
口を利くのも億刧であるのに、それでも反論しなければ、気が進まない。技のため、無防備にいる彼の精神への、無遠慮までの、侵略。誰かが、断りなく、結界の中に入った、結果。
「自業自得、だろう。結界を張っても主が見てないじゃなければ、いくら俺でも、入るわけないだろう。」
「...」
たとえ主が見ていないとはいえ、最強と誇った光輪の結界に侵入できるのは、風の王である彼だけだということを棚に上げて、ひたすら人のせいにしている、際限なく、身勝手な天空。たが、これ以上を何かを言うのには、体が悲鳴をあがっている。光輪は、やむなく反論をやめた。
「しばらく、眠っていろ。」
ふわりっと体が、空に浮かれたのが、わかる。これまた無断で自分を抱き上げた奴の腕の中で、光輪の意識は、闇の中に落ちた。
早 蕨
この日に知り得たのは、いかに分かり合いたいと願っても、叶えない時がある、ということだけだった。
────早蕨の章────
目覚めた矢先に感じたのは、男の暖かい体温だった。どうやら、自分は、ずっと、彼の腕の中にいたらしい。それだけでも、気が引けるのに、さらに、対象が対象だけで、自分が意識を失った時に、彼が何もしていないという保証が、これっぽちもないことを考えれば、実に不本意この上ない。
「何をしに来た。」
体調が回復した代わりに、機嫌が低下している。光の主の睨みによって、周囲の気温がぐんと下がっている。
が、その睨みを直に浴びる相手は、あまり堪えていない。
このあたりの事情は、もしかして、水と地の関係と似ているかもしれない。相反している二つの性格。似通っている一つの対応。
残る一人。烈火は、誰とももっとも近いであって、誰とももっとも遠くである位置を占めている。一人、同質の光輪を除いて。
「お前こそ、どこを見ていた。」
答えないのは、答える必要がないからである。天空が光輪の元へ、何事をするでもなく、ふらふらしてくるのは、これが最初ではなかったし、多分、最後でもないだろう。
「お前に関係なかろう。」
つい先のことを思い出されて、無性に怒鳴りたかったことを、自制力の最大限で押さえる。
「ふん。俺に言えないところなのか。」
この尊大さは、どうにかできないものであろうか、と、すでにあきれている光輪である。
「いちいちお前に言う必要は、どこにある。」
これは、半分が真実。
「今日は、確かに年に一度の集まりの日だったな。それを振ってしまうまで、どこを覗いた。」
これこそ、天空の関心を集めた問題である。いつでも、光輪の心を捉えたのは、何か、ということよりも、知りたいことは、なかった。
「お前とて、行ってはいなかっただろう。人のことが言えるのか?」
「俺はいつものことだろう。だが、光輪であるお前には、珍しいじゃないか?」
「...行っても詮方ないことであろう。」
光輪は、ため息を付いた。
ただそれだけの言葉だが、通じない天空ではない。
「...やはり、烈火のことか?」
「私がいてもいなくても、変わりがない。」
烈火に、何かをしてやれるでもない。
「だが、少なくとも、烈火の状況を知ることができるのではないか。」
鋭い天空の質問。指揮を取るのが面倒くさがっていても、軍師であることには違いない。各々の能力を一番把握しているのは、やはり、天空である。
「光輪、烈火はどうした。」
同質である故、伝わってくることができるかもしれない。
「お前こそ、知りたければ、自分で調べればよかろう。」
光輪の結界でさえも、物せずに侵入できる天空。烈火の結界に入るのも、お手の物であるに違いない。
天空は沈黙した。
「......知らないほうがいいことも、ある。」
「そうだな。」
何をしなくても、いつか、烈火は、答えを顕にするだろう。
今は、そのことより、もっと心に占めることが、ある。
...それは、まだ、予兆にすぎないが。
陽 炎
一人でできることは、あまりないかもしれない。一人の力で世の流れを変えないかもしれない。
力はあるとしても、万能ではない故。
「それは、分かっているつもりだ。」
そう答えたのは、人の世に見守る責を負う迦雄須一族の長だった。
もっとも、それは自分に当てはならないかもしれない。自分そのものの、ではなく、自分と繋がっている、いくつかの糸、ゆえ。
「それでも、願うであろう。」
吉になるか、凶になるか、わからないというのに。確かなる未来なんか、誰も知らないというのに。...光輪でさえ、未来の断片でしか、見えない。
......それでも、願えずにいられないと言うのか。
「私たちにできるのは、祈るだけだ。」
───陽炎の章───
そう決意したまでは、あまり時間かからなかった。元々、烈火の存在は人間のために運命付けられるものだから。
結界を張って、下準備をすんなりにできてから、ためらいを感じた。
もしかして、自分は一番卑怯な道を選んだのかもしれない。天空あたりなら、あっさりそうだ、と言ってくれるのではないだろうか。
時間稼ぎに、結界は、出来るだけ、細かくて、しなやかにしておく。光輪の結界ほど強くはないが、五人の結界の中では、烈火の結界だけ、攻撃性を持っている。
結界というのは、守るためにいるもの。何かを守る度に張っていくもの。それが、自分だったり、他人だったり、ものだったり、して。
隠すために張っているものではない。ましては、傷つけるために張っていいものなどでは、決してないというのに。
...傷つけたいとは思わないし、守ってやりたいとは思っているが。
それでも、誰かが、傷つけていくであろう。
体に、ではなく。心に。
それは、一番望んでないことだけれども。
......祈るだけしかない。
天地の理を司る五人の一人であっても、自分がその要であっても、誰に当てたらいいのか分からなくても。
やはり、祈るしか出来ないかも。
彼らが、あまり痛まないように。越えるほど、強くていられるように。いつか、幸せになれるように。
───たとえ、自分がいなくて、も。
そして、自分のためにも祈っておこう。再び、会えるその瞬間まで。
蘆 荻
影は潜めるもの。押さえられるもの。消えることが出来ないもの。
────蘆荻の章────
「あああ、何やっているんだ!僕は。」
何時もとおりの手順でお茶を点てるだけだと言うのに。
「せっかくのお茶が、台無しじゃないか!」
春先に採れた、またとない極品だったというのに。手元が狂ったことで、分量が間違ったなど。
水滸は、流石に落ち込んた。
常人になら、飲んでも分からないくらいの些細なミスでしかないのだが、舌が肥った水滸にとっては、すでに「飲めるものではない」といったものに成り下がっている。
「僕ともあろうものとしては、らしくない失敗だったね。これが天空ならともかく。真っ昼間に寝ぼける趣味なんか僕にはないと言うのに。」
言っている言葉はすでに意味を失っているにもかかわらず、しっかり毒舌だけは健在というのは、やはり、水滸は水滸でしかないとしか言いようがない。
「仕方がない、推肥になってもらおうか。」
快適に調度された茶室には、主の苦しい声だけが、いつまでも残っていた。
* * *
「げぇー、まじ!!!」
素頓狂な声を上げるのは、金剛その人だった。
手にしているのは、砂塗れになった苦労して調理したものだった。この地に特有な酸味な果物に、肉とスパイスを加えて小火で煮る。絶品だと言われるほどの料理。当地の者が火加減を間違ったら大変だと思っていたからこそ、何時間もかけて自ら作ったというのに。よもや、食べる前に落っことすとは。
しかも、よりによって、砂塗れに。
これが、風で飛んじゃったとか、水の中に落ちたとかなら、まだ八つ当たりのしようもあるのに。地に関わったとなれば、まったく救いがない。
「あ〜腹減ったよ〜。」
ぶつぶつ何度も何度も繰り返して独り言を言っているあたりから見れば、金剛が立ち直るのは、まだしばらくかかりそうだった。
* * *
天を司るのが自分ではなければ、誰かの嫌がらせだろうと信じたくなるほど、天空は、唖然に目を見張った。この天色から見れば、夜明けになるのは、まだまだ先のことだろう。何事もないと言うのに、こうも早い起きたのは、記憶の中にないことだった。
「さては、光輪のたたりか?」
夜明けとともに、起き出す彼の人のことを考えてみるが、いかに光輪とはいえ、自分を起こすのは、一苦労はするはずだった。
「せっかく俺のことを考えてくれるのに、簡単で起きてやれるものか。」
この様な思いがあることが光輪に知られれば、雷の一つや二つ、落ちかねないだろうが。
何事も、光輪と結びられたら、これ以上の幸せはないのだが、今のこれは、多分自分の願望だけだろう。祟りをするような心狭い人ではない。そもそも、祟りって単語が奴の意識にあるかどうかさえ怪しい。
何事もないと言うのに、自然に起きたなど。
何事もないと言うのに、もう眠れられないなど。
「...天変地異の前触れか。」
天空は、呟いた。
* * *
色が違った。
白は白であってほかの何色にも染まるはずがないように、光も光でしかない。
なのに、こうも、いつもと違うように見えるのは?
珍しく、迷いを感じている光輪。見える方と、見えない方と比べれば、どっちが幸せなのだろうか?
「...烈火...」
今の烈火にとっては、どっちの方が望まれるのであろうか?
躑 躅
一瞬、光が居城を閃き渡った。無意識にの、主の感情への共鳴。
「...修業が、まだ足りぬようだな。」
予想しているにもかかわらず、こうも顕に反応した。
光輪は、苦い笑みを浮かべた。
────躑躅の章────
「何の用だ。」
「光輪!」
驚いたのは、天空の方だった。天空は、気配を殺すのが得意なはず。いつもなら、気づかれるよりも先に、光輪の気配を感じるというのに。天空が、何かを言おうとした前に、もう一つ、慣れた気が近づくのを感じた。
「光輪」
入ったのは、水滸その人。
「力を貸して...!天空!君もいたのか?」
天空が光輪のところにいるのは、良くあることというのに、今日は、何故か嫌な感じがした。天空が、ここにいてはいけない、と。
「水滸か」
無表情さはいつものこと。なのに、いつもなら、感じ取れる、光輪から伝われる歓迎する温かさは、なかった。
おまけに、水滸が出現したから、天空が浮かべたその険しい表情は、何だ?
「あれ、何でみんないるんだ?」
いきなり後ろからした声に、水滸は、絶句した。金剛は、確かに、旅に出たというのに。金剛も、ここにいてはいけないのに。
「金剛?」
水滸の鋭い声は、疑問より、審問に近い。
「なんつっか、ずーっと地鳴りがしてーよ、つっも、聞こえるのは、俺だけだろーが。光輪ならなにかを知っているじゃねーかと思ってな。」
乾いた声で、金剛は、とりあえずの解説をした。いつもの元気がないのは、明らかだった。
期せずの対面に、しばらく、広間に、沈黙が漂った。
期せず?いや、予兆は、確かに、あった。
「...烈火?」
震える声で、呟いたのは、誰だったか、それとも、全員だったか。すべての目光が、ここの主に集中した。
光輪は、なにも言わなかった。
「光輪、烈火はどうした!」
叫んだのは、水滸。いつかの、天空の疑問と同じ。だが、含めた思いの強さは、その比ではなかった。
「烈火は、もうここにはいない。」
光輪は、らしくなく目を伏せたが、答えだけは、場違いほど、冷静だった。
「いないって!!」
水滸と金剛の絶叫が重なった。
「いないって、どういうこと?どこに?どうして?なにが、あったの?烈火は、何を、したんだ?」
次から次への疑問は、すでに意味をなさない。
「人間界に、か。」
答えたのは、光輪じゃなくて、天空だった。
「...いや、多分、まだ。」
分かってしまったのは、自分の能力ゆえか、烈火とのつながりゆえか、いまでも分からない。
聞こえているのだ。人の願い、が。生きたいと、ずっと、強く。
そして、そのための、力がいる。
選ばれたのは、烈火だった。単なる偶然では、ない。烈火は人の為にいるからだった。水は、風は、地は、光でさえは、自然のすべてに公平に注ぐが、火は、人間だけのものだ。
少しずつだが、烈火は、人に引き寄せられた。強すぎる、その願いゆえ。
気づかせなかったのは、烈火の結界。そして、あまりにも緩慢なる変化ゆえ。
「その速度からして、いまは、天界と人界との狭間といったとこだな。」
天空は、判断した。
「多分」
光輪は、答えた。
「冗談ではない!」
水滸は、感情をあらわにして、叫んだ。
「人がどうなっても、人自身の責任だろう。何故烈火がいかなきゃならないんだ!」
たとえ、運命がそう決めても。
「烈火の運命は、烈火のものだ!僕達でさえそうであるというのにっ!」
要である烈火だけが自分のための運命を所有してないなんて。あまりのことに、水滸の喉が詰ませた。運命というのは、何故こうも理不尽なんだろう、何故いつも望まない方向に動くなんだろう。
答えられる人は、おそらく、この世に存在していないであろう。
「烈火は、人間のものじゃないというのに!」
強いて言えば、自分達のものといった方がまだ分かる。いや、自分達のものだった。そうじゃなければ、この繋がりは何だ。この痛みは何だ?
「取り戻す」
水滸は言った。それは、決意。
「取り戻してみせる」
人の世がどうなったって知るものか。元から、汚らわしい生き物だった。ならば、それにふさわしいところに送ってやろう。人間さえいなければ、狭間にいる烈火も、戻らざるを得ないだろう。
「ならば、私を倒してからにしておくのだな。」
凛とした声が、した。
「!」
水滸は、目の前にいるものが、信じられなかった。烈火のことを聞いた時でさえ、これほどの衝撃はあったのだろうか。
......光輪の手にあるのは、見慣れた光輪剣だった。しかし、その切先が、自分に向いているなんて!
しばらく、その場にいる誰でも、光輪剣の切先の眩しい光りだけしか、見えなかった。凍ったように、目が、外せなかった。
「なに、を、いって、い、る?」
水滸の驚愕は、感情に任せて、段々、怒りに代る。
「人を守るというのか、光輪!」
「そのつもりだ。」
こういう時でさえ、憎いほど冷静な光輪。
「戦うというのか、この僕と!」
光輪は、何も言わなかったが、手にある光輪剣ほど、明確な答えはなかった。
「望むところだ!!!」
水滸は怒った。烈火より、自分達より、人間を選ぶというのか、光輪は?裏切られたような思いがした。水滸は、すでに、怒りのために、ほかのなにも見えなかった。
水滸の答えを待って、光輪は、光輪剣を光に戻し、自分の居城から、離れようとした。
「待てよ!戦うって、誰と?!光輪とか?それとも、水滸とか?冗談ではない!!!俺は、どっちもすげぇー嫌だよ!!!!」
金剛は、絶叫した。
「俺達は、仲間だろう、なぜ戦わなきゃならないんだ!そうだろう?光輪?水滸?」
その筈だ。世界の最初から、揺るぎ無い繋がりをしてきたはずだった。だが、彼の予想に反して、光輪も、水滸も、答えなかった。
すでに、門のところまで歩いた光輪を、天空が、呼び止めた。
「光輪、お前がずっと見ていたのは、人間界、だったのか?」
これは、疑問というより、確認。
光輪の最後の微笑みは、何よりの答えだった。
伽 羅
その日から、風は、吹き荒らし始めた。
────伽羅の章────
「流石は光輪だね。」
最強を誇る光輪の結界。これほど形を整って隙も何もない結界も珍しい。しかも、これほどの範囲を。人界全てとは、流石にいかないが、人が生息する所の全てを含めて、いる。
「光を使ったな。」
天空は、そう評った。日には、日光、夜には、月光と星光。光りあるところになら、守りの力が届けるだろう、と。光輪がこれほど大掛かりな仕掛けをしたのも、初めてだった。
だが、いくら何でも、仮にも仲間に対して、手を抜いてくれてもよさそうなのに。と、天空は腐れかけた。
いや、手を抜くなら最初から戦おうとしない、か。光輪は。
「どうする、これ?僕の力もどちらかといえば、攻撃より防御に向いているよ。君もね、不意打ちならともかく、真っ正面から攻撃をかけるのは、不得手なんじゃないのかい?....金剛がいれば、いいのにね...」
金剛は、人間を守らない代わりに、手を加わるのも、拒んでいる。中立な立場を選んだ。それを責めるつもりはない。金剛も、自分を責めていない様に。道は別けたけど、お互いの気持ちは、悲しくなるほど分かってしまったから。
否。だからこそ、おかしいのかもしれない。お互いの気持ちがこうも分かってしまったというのに、何故道を別けなければならないのだろうか。
「...隙なら、あるぞ。光輪の結界は、確かに強いが、あいつは所詮先に立つ者だ。守りに回るのには慣れていない。そこを付け込めば...」
光輪同様、天空の色をしている蒼い瞳も、時々遠くわからない何かを見ている。
「とりあえず、定点攻撃だな。結界が大きいほど、力が分散している。一つのところにだけ攻めば。時間は...そうだな、夜明けの前が良いだろう。一番闇が深い時間、なんだから。」
策を立てる時の天空が非情で、無機質な顔をしている。
「そうだね。早く終わらせた方が、烈火のためになるね。」
水滸は、そう呟いた。
「一つ聞きたいけど、天空。君は、何故戦うの?」
誰でもなく、光輪と。戦いは、自分の方が引き起こしたことを棚において、水滸は、天空の薄情さに怒っている。いつも光輪と一緒にいる、天空、なのに。戦えるなんて、それだけの思いだったのか。
それに、「確かに、人間は、『好き』だと言わなかったっけ。」好きのところだけ刺が有るように聞こえるのは、水滸の性、というものだろう。
「ああ、確かに、好きだといった。」
それでもまったく表情を変えていない天空。もしかして、単に鈍いだけなのかもしれない。
「でも烈火の方が好きだし。それに、何より...」
天空は不敵に笑った。
「光輪の方が一番好きだ。あいつが人間に取られた前に、俺のところへ取り戻すのが筋であろう。」
何が取り戻すだ。光輪が天空のものだと彼の人から一言も聞かれたことないのに。水滸は、不覚にも呆れた。
「君ね。智将の割に、その単純な思考回路は、何とかしてくれないかい。」
心底からほっとしているのを天空に気づかせずにして、自分も勝手だな、と思わないあたり、水滸は、やはりただ者ではない。
「光輪は俺のものだよ。」
天空は、尊大にも宣言した。当人がいない所を良いことに、勝手な宣言して、既成事実を作ろうとしているのかも。
分かりやすくて、単純で。だからこそ、一番賢い道かもしれない。少なくとも、一番幸せな道に違わない。目的も、希望も、何もかも、一つにだけに決められ、一つのこと以外何も考えなくて済む。
なんて羨ましいことだろう。だが、今の自分には、そのような強さはない。早く終わらせて、烈火を取り戻して。そして、光輪をも。
そうだ。この戦いは、烈火の為ではない、みんながいつまでも、一緒にいられる為だった。烈火の代わりに、光輪を失う様なことになったら...?
ふっと、恐い考えに捕られた。光輪と戦おうといったのは、確かに自分だったが、本心から戦いたいというより、そうしなければならない立場に置かれただけだった。怒りと勢い、人間とならともかく、仲間を相手にし、自分に戦おうと言わせたのは、それだけだった。だが、光輪は、おそらく、違う。あの場にいても冷静を失っていなかった光輪は、何を考えていたのだろう...光輪にとっては、自分達は一体何なんだろう。
風がいっそ強くなった。すぐ隣にいる風の王は、相変わらず、どこか遠くを眺めている。天空も、光輪のことを考えているのだろうか。
───血よりも深い絆で結ばれた仲間なのに、たかが人間の為に、バラバラになっているなんて。
水滸は、心の痛みを、はっきり自覚した。
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