「BE BLUE」

天羽りんと


prologue


 オレは、作られたクローン。
 たいした目的もなく、退屈しのぎに作られたらしい。
 ほんの余興の一つだと、主人は云った。
 オレの主人の名は、羽柴当麻。
 そのずば抜けた頭脳を使って、オレを作ったという。外見は、殆どオレと変わらない。髪の色も、瞳の色もオレと同じ。
 綺麗な綺麗な空の色。
 違いといえば、オレの方が2cmだけ背が低い、というその一点のみ。
 俺の仕事は殆ど主人の面倒な雑用、有り体に云えば家事一般。それと、たまには主人の代わりに大学に行ったりすることもある。そして、なんだか主人の代わりにデートに行かされたりすることもある。
 オレはかなり忙しい日々を過ごしているが、それでもオレは結構この主人を気に入っている。皮肉気な眼差し、薄い唇に時折浮かぶ微笑み。たまにみせる彼の表情に、ほっとする。そう、悪い気分じゃない。
 こんなのも、悪くない。



SCENE1


「トーマ。ちょっとこの入力やってよ、そっちで」
「了解」
 後ろに目でもついているのか、とクローントーマが思ってしまったぐらい良いタイミングで、当麻は声を掛けた。トーマがちょうど掃除を終えたその瞬間のことだった。当麻の仕事部屋には、2台のパソコンがある。その片方に腰掛けて、トーマは休まず云われた入力を始めた。
 特殊クローンであるトーマに、疲れは無い。眠ることも出来るけれど、睡眠は必ずしも必要なものではないのだ。この眠りの機能があることを最初、トーマは疑問に思っていた。クローンに眠りの機能など必要ない。日頃ならば無駄な事を嫌う当麻の意図が判らなかった。けれど、当麻の生活を見ているうちに、その謎は自然と解けた。
 当麻は、かなり睡眠に重きを置いた生活を送っている。仕事が忙しい時などは徹夜続きだが、眠る時は徹底して眠る。用事が無い時も眠っている。その事をトーマが云うと、当麻は一言『感情を休める機能があったっていいだろ?』と、笑った。一緒に笑いながらも、何となくトーマは嬉しかった。例え、当麻自身が眠ることが好きだからだったとしても。
 そんなことを思い出しながらも、トーマのキーを打つスピードは、変わらず速い。
「当麻、終わったけど、転送する?」
「ああ、こっちに」
 入力したデータを当麻のコンピュータに転送する。
「サンキュ」
「次は?」
「うん。ちょっと休めよ、お前。朝から働きっぱなしだよな、悪い」
 ちょっとだけキーボードを打つ手を休めて、当麻はトーマを振り返った。
「いや、オレは大丈夫だ。当麻こそ昨日から寝てないんだろう? 手伝うぜ」
「悪いな、トーマは仕事が速いからついつい使いすぎちゃって」
 すまなそうな眼差を向ける当麻に、トーマは苦笑した。当麻は妙な所で真面目というかある意味で誠実な所があると、トーマは思う。普通、クローン相手に気遣いはしないよな、などと思いながら、トーマは口を開いた。
「自分で作ったんだから、気兼ねなく使っていいと思うぞ?」
「そんな事云ってると、もっとこき使っちゃうぜ?」
 当麻は冗談めかして綺麗に笑った。こんなふうに笑う時の当麻の顔が、トーマは結構気に入っている。滅多に見せない分、綺麗な笑顔は貴重だ。
「いいぜ。こき使えるように出来てるんだろ? オレはさ」
「まぁ、物理的にはな。でも、お前には感情もあるからね、あんまり重労働させると可哀相かなぁと思って」
「当麻って本当に変な奴だな」
 トーマは呆れて呟いた。当麻はトーマを一個人として見ていて、人間として扱う。それはトーマにとって本当に嬉しいことだけれど、他人に対しては、時として冷酷で一切の容赦のない当麻が、こんな事を云うなんて皆知らない。それが、少しだけ悲しく思えた。
「つまりはお前も変って事だな」
「……そうか」
 そうなるよな、と呟いたトーマを見て当麻は爆笑した。
「トーマ、お茶にしよう。コーヒー入れてよ、お前の分も忘れんなよ」
 笑いを納めて当麻は云った。
「判った」
 と、その時。玄関のチャイムが鳴った。
 いきなり鳴ったチャイムに当麻は首を傾げた。
「誰だ?」
「珍しい、というか、オレの記憶にある限り、勧誘、セールス以外に人が来たことはないな」
 祝日の昼下がりなどにセールスマンが来るとも思えず、トーマも小さく首を傾げた。
「もしもし?」
 当麻がインターフォンに話しかけると、向こうからは落ち着いた声が返った。
「当麻か? 私だ」
「征士? どうした?」
「いや、近頃音沙汰が無いのでどうしているかと思ってな。忙しいようなら帰るが」
 当麻の都合を確かめる征士に、当麻は即答した。
「いや、昨日まで忙しかったんだが、あと30分もすればカタつくな。入れよ」
「ああ、では少々御邪魔させて頂く」
「ちょっと待ってろ。今鍵を開ける」
 そう云ってインターフォンのスイッチを切った当麻に、トーマが声を掛けた。
「当麻、オレここで仕事片付けとくぜ?」
 来客に気を効かせたトーマに、ふっ、と質の悪い笑みを浮かべて、当麻は告げた。
「いや、いい。お前顔出してよ」
「は?」
「俺が仕事片付ける間、征士の相手を頼む」
「バラすつもりなのか?」
「ああ、後からね」
「判ったよ」
 当麻の意図を読んで、トーマは苦笑しつつ居間を通り、玄関に向かった。
「いいか?」
 奥の仕事部屋に向かって、トーマが声を掛ける。
「ああ、しばらく頼むよ」
 どこか楽しそうな響きを持って返ってきた当麻の声に、トーマは呆れたように玄関の鍵を開けた。
「征士、久し振りだな」
 トーマはインプットされている当麻の記憶を辿り、最後に征士と会ったのは、夏だったと確認して、笑い掛けた。
「ああ、元気そうだな。どうしているかと思ってな」
「はは、ちょっと忙しくてさ。ま、上がれよ」
「ああ、では御邪魔するぞ」
「そこのソファーに座れよ。コーヒーでいいか?」
 居間のソファーを指し示して、トーマはキッチンに立った。
「ああ、すまんな。私も手伝おう」
 云うなりキッチンへと征士も足を運ぶ。
「いいよ、コーヒー淹れるだけなんだから」
「だが、まだ仕事が残っているのであろう?」
「すぐ終わるからいいんだよ。ホントに座ってろって」
 征士の肩に軽く触れて、座るように促す。
 すぐ近くに来た当麻の瞳を見て、征士は僅かに首を傾げた。
 その仕草を問いと見て、トーマは尋ねた。
「何?」
「お前、背が縮んだか?」
 征士は変わらぬ真面目な顔で、本来ならば爆笑されそうなことを真面目に問い掛ける。
「えっ?」
 流石にトーマもこれには、驚いたように問い返した。隣の部屋で楽し気に聞き耳を立てていた当麻も、おっ、と呟いて居間の様子を微かな隙間から除く。
「いや、目線が少しだけいつもより低い気がしたのだが。お前、徹夜でもしているか?」
「あ? ああ、まぁ、ここんとこあんまり寝てないけど」
「そのせいかもしれんな」
 一人で納得している征士に、トーマは、あ?、と気抜けた声で返した。その様子に、当麻は必死で笑いを噛み殺した。
「ふむ。しかし、夜になると背が僅かに縮むというが、本当なのだな。私と目線が変わらないということは、2cmくらいいつもより低いのではないか? まぁ良い。それよりカップは何処だ? 温めておこう」
「ああ」
 思わぬ形で納得されてしまって、些か戸惑いつつ、トーマはカップの場所を教えて、自分はコーヒーを淹れた。三人分。
 征士の言動に内心驚きつつも、トーマは征士と差し向かいで珈琲を飲んだ。当麻が何時出てくるのかを気にしながら。
「どうした?」
「いや」
 ぼうっとしたトーマを、征士は心配気に見つめる。
「疲れているのか?」
「ちょっとは、ね」
 本当はクローンであるトーマに疲れなどない。けれど、当麻本人が疲れていることを考慮して、曖昧に笑ってみせた。
「ああ。そのせいかもしれぬな」
「……何が?」
「いや、お前が、いつもと何処か違う気がしてな」
 征士は、一瞬微かに首を傾げるようにして、すぐに元に戻した。
「そうか?」
「いや、つまらぬことを云ってすまんな」
 征士は苦笑して、軽く頭を下げる。
「つまらんことでも、ないぞ?」
 征士の背後から、いきなりその声は掛けられた。
「なっ!?」
 即座に振り向きながら立ち上がった征士の瞳に、当麻の姿が映る。楽しそうに笑いながら征士を見つめる当麻の気は、確かに征士の知る当麻のものだ。
「…………」
 呆気にとられる征士に、笑いながらトーマが声を掛けた。
「驚いた?」
「……全く。近頃音沙汰が無く、これでも心配してきたのだがな。何をしているのかと思えば……」
 当麻が二人いるという異常な状態だというのに、征士は大きく騒ぐこともせず、呆れたようにソファーに座った。
「おや? もっと驚いてくれるかと思ったんだがな」
「流石、征士。長年光輪やってないよな」
 当麻とトーマが口々に云うのを聞いて、征士は疲れたように肩を落とした。当麻との付き合いは一年や二年ではない。だから征士には、ある程度行動パターンが判っている。それゆえ、当麻が二人という事態にも、何となく、その理由について予想はついたのだった。
「当麻、二人に前後で話されては適わん。お前も座れ」
「はいはい」
 くすりと笑って、当麻は征士の隣に腰掛けた。それを見てトーマが立上がり、キッチンに残してあった当麻の分のコーヒーを温め直す。
「髄分と、楽しそうではないか?」
 征士にしては皮肉めいた口調で、後から姿を現した張本人を軽く睨んだ。
「ああ、ここんとこ忙しくてな。退屈しなくていいよ」
 当麻は、悪びれもせずに、のうのうと云ってのける。征士が何かを云いかけたところへちょうどトーマが戻り、当麻の前にコーヒーを置いた。
「当麻、」
「サンキュ、トーマ」
「いや」
 同じ名を呼び合う光景というのは、傍目にはおかしなものだ。征士は苦笑交じりに尋ねた。
「……おい、お前達はそれでよいかもしれぬが、私はどう呼べばいいんだ?」
「そうだな。まぁ、でも判るさ」
「ああ、征士のトーンが判らない筈ないな」
 同じ顔で頷き合う図を前に、征士は頭痛がするのを感じた。
「全く、本当に退屈しなくて良いな。鏡に映したようによく似ている」
「だろ。苦節5ヶ月の傑作だぜ?」
「お前が『苦節』などと云うな。白々しいぞ」
 征士は容赦なく当麻に告げた。
「ひでーな」
「だけど、征士、ホント美人だなぁ。当麻の記憶の中よりも更に美人
 苦笑する当麻を横目に、トーマは唐突に嬉しそうに征士を見つめて笑った。
「は?」
「だろ?」
 征士がいきなりのことに唖然と問い返すのと、トーマと同じく嬉しそうに当麻が同意したのは同時だった。
「ああ、いい目の保養」
「おい……」
 トーマの発言に征士は大きく溜息を吐いて、少し強めの語調で当麻に向かって云った。
「当麻。云っておくが、お前のような性格の人間など、一人で充分だ。クローンに妙な洗脳までするでないぞ」
「征士、それにはちょっと遅かったかもしれんな……」
「それは無理だな。殆ど俺そのものだからな、コイツ。今まで身代わりがバレたことないしさ。ちょっとでも変に思ったのだって征士が初めてだぜ」
 感心したような当麻に、征士も渋々頷く。
「……それは、そうであろうな。私とてすぐには判らなかった。気配まで、よく似ている」
「そんなに似ているなら、」
 そこで一息ついて、トーマは楽しそうに笑って続けた。
「当麻、今度は征士のクローンを作ろうぜ。一体いれば、仕事がはかどりそうだしな。観賞用にさ
「いいなぁ。よし、次のターゲットは伊達征士だ
 楽し気に頷き合う二人に、征士は不機嫌そうに怒鳴った。
「馬鹿者。人の了解も得ずに妙なものなど作るでないぞっ」
「いーじゃん、征士みたいな綺麗なクローンなら、何体いてもOK」
「そーだよな、世のため、人のため、俺の観賞のためさ
 二人の当麻の軽い調子に、征士は怒る気も失せて苦笑した。
「全く、どうも今日は調子が狂うな」
「へーえ、お前でもそんなことあるんだ」
「珍しいな」
「全くだ。危うくここへ来た目的すら忘れる所であった」
 苦笑しながら征士は、持ってきた紙袋を手元に引き寄せた。
「何? 目的って」
「お前に、これをやろうと思ってな、」
 紙袋から両手に乗るぐらいの細長い包みを取り出して、征士は当麻にそれを手渡した。
「誕生日おめでとう、当麻」
 ふわりと綺麗に微笑した征士に、当麻二人が一瞬止まる。
「……ああ、そういやそうか、10日か今日は。ありがとう、征士」
 当麻はすっかり忘れていた様子で、嬉しそうに征士に礼を云う。
「へーえ、今日って当麻の誕生日だったんだ」
「そう、お前にはインプットしてなかったな、そういえば」
 当麻は、トーマの製作過程を思いだすように顎に手を当てる。
「だから、オレは知らないんだな」
 納得したトーマを見てから、当麻は征士に視線を向けた。
「征士、開けていい?」
 小さな子供のような瞳を向けた当麻に、征士は苦笑しながら頷く。いつもはどこまでも冷静で、冷たい感じすらする当麻の瞳。その冷たさが今は微塵も見当たらない。そしてこんな時、当麻の碧玉の瞳は、その青を深めて真夜中の青になる。その透明さに、征士は思わず微笑していた。
 トーマはその微笑に見惚れながら、当麻の手元を覗き込んだ。
 包装紙の中からでてきたのは、真っ黒な腕時計だった。
「おっ、サンキュ。助かるなぁ、俺、丁度お気に入りの時計を壊したとこだったんだよな」
 嬉しそうに早速左腕に時計を着けながら、当麻は云った。
「しかし、珍しいな、物欲のないお前が、時計なんて」
 ふっと微笑した当麻に、征士も少々照れながら口を開いた。
「いや、まぁ呼ばれてな」
「……時計に?」
 独特の征士の表現に当麻は、一瞬の間をおいて問う。
「ああ。滅多にあることではないのでな、迷わず買ってきてしまったのだ。お前、夏にお気に入りの時計が壊れたと嘆いていただろう? 気に入らなければ取り換えてくるとよい。店の主人には話してある」
「そっか、話したっけか」
 二人が夏休みに柳生邸で会った時に、当麻は時計を壊した話をしていたのだった。とは云っても、ほんの一言か二言程度のもので、大袈裟に騒いでいたわけではなく、云った本人すら忘れていたぐらいの会話であったのだが。
「ひょっとして、ペア?」
 黙って二人の会話を聞いていたトーマが、ふいに征士のワイシャツの袖口からのぞく時計をちらりと見て問い掛けた。
「ふむ。そうだ」
「え? 何? ひょっとして、この時計、征士とペア!?」
 珍しく上擦った声で征士の顔を覗き込む当麻に、征士は多少の照れもあってか、黙って頷いた。
「うっ、嬉しい。俺はかつてない喜びを全身で感じているぞーっ。夢だったらどーしよ。トーマ痛い?」
 当麻は、片手を伸ばしてトーマの頬を抓る。
「……当麻、嬉しいのは判ったから。自分の頬をつねろよ……」
「全く、大袈裟な奴だ。で、気に入ってくれたのか?」
「征士、聞くまでもないぞ」
 嬉しそうに時計だけを見つめている当麻を見て、トーマが答える。
「いや、しかしお前の好みは私とは違うこともあるであろうから」
 身に着ける物の類いの好みは、結構似ているとは思うが、同じ人間ではないのだから、と征士は続けたがあまりに嬉しそうな当麻を見て口を噤んだ。
「いいなぁ……。当麻、たまにはオレにも貸してよ」
「駄目。俺は当分この時計と一心同体なの」
 完全に子供と化した当麻につられたかのように、トーマの言動もそれに似たものになっていく。
「ずるいなぁ」
「……ああ、それもそうだな。当麻、トーマの誕生日はいつなのだ?」
 すぐ横の喧騒をものともせずに、征士は突然問い掛けた。
「え? ああ、」
 ふっ、と真顔に戻って当麻は僅かに首を捻った。
「うーん、完成したのは九月の半ば。でも元ができたのは五月くらいだったな。最初は遊び半分だったから、結構時間掛かったんだよな」
「正確な日は判らぬのか?」
「調べりゃ判るけど、何で?」
「これの誕生日とて、祝ってやりたいだろう?」
 ふっと、どこか皮肉気な微笑が、その端正な征士の顔に浮かぶ。その視線は、トーマへと向けられていた。
「そうだな」
 征士の言葉に、ふわりと当麻も笑って、立ち上がった。
「お前の記憶には入ってないよな?」
「ああ、完全に完成して動きだした日なら判るけど、元の日付までは判らんな」
 淡々と答えたトーマに、当麻は軽く頷いて奥の仕事部屋に向かった。
「じゃあ、ちょっと調べてみるな」
 居間と奥の部屋をつなぐ扉を開け放しておいて、当麻はコンピュータの前に座った。
「征士、コーヒー淹れ直そうか?」
 ソファーで、トーマと征士は向かい合った形で座っている。殆ど口を付けていないうちに、すっかり冷めてしまったコーヒーに気付いて、トーマが問う。
「いや、よい。何だかどたばたとしていて、忘れていたな」
 征士は苦笑交じりに、テーブルの上のカップを見つめた。
「そうだな。じゃあ、今度は緑茶か抹茶でも淹れてこようか?」
 征士は日本茶が好きだったよな、と笑ったトーマに、征士は感心したような視線を向けた。
「しかし、同じ当麻と云っても、お前は、随分とマメだな」
「家事一般が仕事だからなぁ……。普通、苦労して高性能クローン作って家政婦にはしないんだがな」
 呆れた口調のトーマのその発言に、征士は笑いだした。
「確かにな。そんな勿体ないことをするのは当麻ぐらいのものだ」
「だろう? まぁ、身代わりでいい思いすることもあるけどね」
 ふっと甘く笑ったトーマの瞳は、本当に当麻のものとよく似ている。その仕草や笑い方も彼のものと変わらない。そのことに感心しながらトーマを見ていた征士は、ふいに口元を綻ばせた。
「何?」
「いや、本当によく似ているのだな。お前は」
「そうかもな、」
 何かを考える時の仕草を一瞬見せて、トーマは冗談めかして続けた。
「なぁ、征士の家には家政婦いらないか?」
 その口調が妙にかわいく思えて、征士はくすりと微笑した。
「考えておこう」
「ほんと?」
 トーマは、嬉しそうに僅かに身を乗り出した。そこへ、隣の部屋から冗談めかした声が向かってきた。
「おーい、俺のいない間に、征士口説くなよー」
 調べ終わったらしい当麻は、居間に戻ってきて再び征士の隣に座った。
「いいじゃないか。オレが征士の家の家政婦やって、当麻は今度は征士のクローンを家政婦にすれば」
「だから、どうしてそこで私のクローンを作るのだ?」
 呆れる征士とは対称的に、真剣な顔付きで当麻は呟いた。
「……うーむ。それもいいけど、身代わりがいないと困るよなぁ。トーマと、征士のクローンと両方いるのがいいなぁ、やっぱり」
「贅沢だなぁ」
「やっぱり? でも俺が苦労して作ったんだから」
 延々と続きそうな会話を、征士が止めた。
「当麻、それで誕生日はいつだったのだ?」
「ああ、もとが生まれたのは、丁度四ヶ月前の五月十日だ」
「そうか。……だそうだぞ? トーマ」
 自分へと向けられた征士の綺麗な紫水晶に見惚れながら、トーマは呟いた。
「へぇ、初めて知った」
「じゃあ、お前の時も覚えてなきゃな」
 ふっと笑った当麻に、トーマは呆れたように告げた。
「しかし、征士の誕生日の記憶はしっかり入ってるのに、自分のを忘れているんだからな」
「征士の方を忘れるよりいいだろ?」
「確かにな」
 くすりと笑って、トーマは深々と頷いた。

 その後もたわいもないことを話しながら、こうして、当麻の誕生日の午後は、あっという間に過ぎていったのだった。

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