風花の中に散った流星 名馬テンポイント
久しぶりに地元の図書館から借りたビデオを紹介してしまいます。テンポイント。 トウショウボーイ、グリーングラスと名勝負を闘い、有馬記念を制した翌年、海外遠征を前にした日経新春杯で故障、闘病の末に死亡した馬。私は勿論この時代の競馬をリアルタイムでは見ておりません。(覚えている一番古いレースはカツラノハイセイコの天皇賞なんですけど)しかし、この時代は競馬に現在よりもドラマがあったような気がして、少しうらやましく感じるのです。
この作品は、テンポイントの華やかなレースのシーンよりも、闘病の姿や彼の出生にまつわるドラマに焦点を当てています。寺山修司が構成協力と詩を寄せ、俳優の緒方拳(彼は馬が大好きだ)が淡々としながらも心に染みるナレーションを聴かせてくれています。そして森田公一のテーマ音楽が泣かせます。
テンポイントは亡霊の孫と言われた。テンポイントの祖母クモワカは伝染性貧血症と診断され殺処分を受けたのだが、殺したと偽って彼女を連れて北の果てに逃げた男がいた。その男の優しさだったのか、気まぐれだったのか、その男がいなければテンポイントは競馬の世界には存在しなかったのである。ワカクモは数頭の仔を産んだのだが一度死んだはずの馬の仔ということで競走馬の登録を当然拒否される。しかし11年に及ぶ裁判の末ワカクモの仔は競走馬として出走権を得た。その中に後に桜花賞を制する娘、クモワカがいた。「亡霊の仔、騒ぐ母の血、無念を晴らす」。この馬が後のテンポイントの母である。この出生の因縁と額の白い流星、テンポイントには何かしら宿命づけられたベールをまとっていた、しかし貴公子然とした華のあるスターホースだった。
幾つかのレースが収められており、実況は杉本清である。20年前も彼の実況は全然変わっていないが、最近の少し狙ったような、けれんのある言葉使いよりも生々しく熱い叫びがあります。以下に少し紹介。
1975(昭和50)年12月 阪神3歳S
テンポイントが先頭だ。テンポイント先頭。さあここから差が開く。また独走になった、独走になった。
見てくれこの脚、見てくれこの脚。これが関西の期待テンポイントだ、テンポイントだ。強いぞ、強いぞ。テンポイント1着。
…強い強い、テンポイント三連勝です!
1976(昭和51)年11月 菊花賞
テンポイントが先頭に立っている!テンポイントが先頭だ。 内からグリーングラス、内からグリーングラス!
さあテンポイントが先頭だ。テンポイントだ、テンポイントだ、テンポイントだ。それ行けテンポイント、鞭など要らぬ。
(聞き取り不明)テンポイント。 内からグリーングラス、内からグリーングラス。テンポイントかグリーングラスか。グリーングラスが先頭だ。
グリーングラス!グリーングラス1着、テンポイントは2着!グリーングラスです。
内を通ってグリーングラス、テンポイントは2着。
1977(昭和52)年4月 天皇賞・春
テンポイントが先頭だ。今日は外のほうが怖いぞ。しかしテンポイント!これが夢に見た栄光のゴールだ。
テンポイント1着、テンポイント1着!テンポイントです。
待ちに待った栄光のゴール板。大歓声に送られまして、見たかテンポイント、栄光のゴールを通過しました。
ついにやりました。ついに春が訪れました、テンポイント!
1977(昭和52)年12月 有馬記念
これは世紀の一戦だ。テンポイント交わすか、交わしてしまったのか、テンポイント交わしたか、テンポイント交わしたか。
トウショウボーイか、テンポイント交わした、テンポイント交わした。テンポイント先頭。テンポイントが先頭だ。
外からグリーングラス、外からグリーングラスが来る、外からグリーングラスが来た!テンポイント先頭。外から怖い怖いグリーングラス。テンポイント、テンポイント先頭、テンポイントが先頭だ、テンポイントが先頭だ。
内からまたトウショウボーイ差し返す!テンポイントが先頭だ。先頭はテンポイント。
テンポイントだ、テンポイントだ。テンポイント!!
中山の直線を、中山の直線を、 流星が走りました。
テンポイントです。
最後のレース日経新春杯は止めときましょう。
どのレースも素晴らしい勝負なのですが、タレント山田雅人が事あるごとにいう77年の有馬記念は、やはり物凄いレースですわ。最初から3頭で競馬してるようなものだし。仕掛けた勝負を真っ向から受ける、ライバル馬同士が意地とプライドをぶつけ合う、清々しい勝負です。
そして杉本さん、テンポイントに肩入れしすぎ。でも、それ程までに彼を、そしてファンを惹きつけた馬だったのだろう。リアルタイムで見られた人には、まさに羨ましいと言うしかないです。
詩的にいえば、人はテンポイントの流星に希望の星を見た。馬たちのレースに、その一生に自らの人生を見た。 そして今、俺たちは、何を感じるのか。
紹介される感動的な昔のレースも競走馬たちも、また今俺たちが愛しているものも競馬だ、競馬なのだ。今日、愛している競馬の歴史にあらゆるドラマがあることに、胸が痛みつつも嬉しく思った。そして俺はこれからも、繰り返される悲劇や喜劇に涙し、喜ぶことだろう。あらゆる自分のドラマを見出して、下手な脚本を書いていくことだろう。
素晴らしいレースを見たのと同じくらいに、競馬についての素晴らしい作品に出会える度に、私は、競馬があること、出会えたこと、見られることを幸せに思うのだ。書いてみてちょっと恥ずいな(笑)。
99.3.3
それでは、作品の最後に朗読された寺山修司の詩を紹介しておきます。
もし朝が来たら
もし朝が来たら グリーングラスは 霧の中で調教を開始するつもりだった
今度こそテンポイントに代わって 日本一のサラブレッドになるために
もし朝が来たら 印刷工の少年は テンポイント活字で「闘志」の2字を拾うつもりだった
それをいつもポケットに入れて 弱い自分の励ましにするために
もし朝が来たら カメラマンは昨日撮った写真を社に持っていくつもりだった
テンポイントの最後の元気な姿で 誌面を飾るために
もし朝が来たら 老人は養老院を出てもう一度自分の仕事を探しに行くつもりだった
苦しみは変わらない 変わるのは希望だけだという言葉のために
だがもう朝は来ない
人は誰もテンポイントのいななきを もう2度と聴くことは出来ないのだ
さらばテンポイント
目を瞑ると何もかもが見える
ロンシャン競馬場の満員のスタンドの 喝采に送られて出ていくお前の姿が
故郷の牧場の青草にいななく お前の姿が
そして 人生の空き地で聴いた 希望という名の汽笛の響きが
だが目を開けても 朝はもう来ない
テンポイントよ お前はもうただの思い出に過ぎないのだ
さらば
さらばテンポイント
北の牧場には きっと 流れ星がよく似合うだろう