2000年8月〜2001年6月まで
ふふふ〜ん。ホームシアター用のフロントスピーカー衝動買い。物欲魔人と呼んでくれ。
先週も勢いあまって、叔父さんにパソコン買わせたし。ゲートウェイの私が欲しかったやつ。
5月に、ツタヤでDVDの20%OFFセールをやっていて、限定クリアケースがもらえるというので「チャーリーズエンジェル」も買った。
これはタダ券もらって映画館で見たときからのお気に入りだからである。なぜか。
私が大きなバイクに乗っていて、たまに長距離を走るという話をした男性。
その全員に「ヘルメットを取ったら流れ落ちるロングヘア、そして髪をかき上げる仕草」っていいよな!と言われた。
いまのところ全員である。一人の例外もない。
なにやらあの一連の動作は男性にとってはもう、しんぼーたまらん類のものらしい。
「チャーリーズ〜」では思わずもその境地を心ゆくまで堪能した。
オープニングのアレックス(ルーシー・リュー)。パーティのシーンのナタリー(キャメロン・ディアス)。
あのスローモーションがよい。くどい。くどいが好きだ。特にアレックス。何回頭を振るんだか。
アクションシーンも見所。武道をやったこともなかった女優さん達があんなに型を決められるようになる。
しほみえつこ(例によって漢字がわからん)もびっくりだ。
それに、ロープで吊されるのは想像以上に痛くてバランスを取るのがつらいようだ。それをこなす。うーん、かっこいい。
でも、一番好きなのはディラン(ドリュー・バリモア)の浮き輪を前にして走ってくるシーンだったりして。
なんというのか、バッカな映画でラストはハッピーエンドでほんわりと終わる。
エンディングにNGシーンを入れる。また違った笑いが出る。
作りが好きですねえ。こういうのは。からくりが見えてかえってスクリーンの中が私たちの世界に近いような。
昔のアメリカのホームドラマって皆こんな感じだったろうか。強烈な懐かしさを感じる。あの「観客の笑い声」はなかったけれど。
うちわ受けって言ったらそれまでなんだけど。でも、これも確かに画面の向こうへ観客を引っ張る一手段だなあ。
好き好き大好き、こんな映画。見てて元気になれる。
今度は唾液腺が腫れかけました。下顎と歯茎が猛烈に痛だるく、懐かしのおたふく風邪を思い出させます。
抗生物質ってよく効くなあ。
2,3年前から変に器用な妹に髪の毛を切ってもらっていた。
利点は金がかからないこと。欠点は気の向いたときにしか切ってくれないのと、自分の好きなようにしかしてくれないことだ。
で、結果的に前は刈りあげに近かった私の髪はどんどん伸びていった。
やってみると、ロングはショートよりも手が掛からなくていい、と思っていたのだが、最近そうも言ってられなくなった。
バイクに乗ってヘルメットをかぶると、髪の毛が出る。風にさらされて、痛み放題である。巷に流れるシャンプーの宣伝に心動かされるようになってきた。
貧血の治療に、薬を飲み始めてから肌の調子も極悪だ。なにかつけた方がよいのだろうか。
なんだか最近、いわゆる女性心理なるものがわかるような気がする。気がするだけだが。
女の風呂が長いのは当然である。
なにしろ、長い髪の毛は洗うだけでも相当時間がかかる。シャンプーは何度かに分けてつけないと全体に行き渡らないし、まんべんなく洗おうと思ったら、なんとなくわしわし手を動かすだけではいけないのである。丹念にここはやったか、あそこはまだかと探りつつ洗わなければならない。
しかも、その後にリンス、もしくはコンディショナー、ときにはパックという大仕事が待っている。
うちは今、湯船につかる習慣がないので(お湯を張るのが面倒なだけだが)、パックなどした日にはそのまま20分なにもせずに待っていなければいけない。その間身体を洗えばいい?髪にお湯がかかるので不可なのだそうだ。
その他、顔を洗うにも特別の石鹸を使ったり、こんにゃく繊維のスポンジを使ったり、塩で身体をもんだり・・・いろいろ考えるなあ。
心ゆくまで仕事をすると、1時間単位で時間が過ぎているという次第。
出がけの支度に時間がかかるのは必然である。
私も以前から基礎化粧はしていた。いや、以前は。最近ちょっとしてないが。風呂上がりに化粧水と寝る前に少し乳液つけるくらい。
今は風呂上がりにオードムー○くらいしかつけていない。肌が荒れているので、下手なものはつけられないのだ(本当は面倒だからだが)
看護婦ご推薦、強力殺菌効果オー○ムーゲ。さっぱりして気持ちいいのは疑いない。
以前ごたいそうな乳液をつけていた頃、どうしても作業が終わるまでに5分かかった。
まず、瓶を捜す。適量を手に取る。うすーく顔につけていく。豆粒大の液体を顔にのばすのだ。うっかりつけると顔4分の1で終わってしまいそうなので手早く、丁寧に。といっても指で塗るので知れている。
その後まともに化粧をしようとしてごらんなさい。後つけるものが最低でも2種類(ファンデーションと口紅)、多ければ6種類以上(下地とかその他諸々)あり、その上には髪のセットに相当時間を費やすのである。
ここまで書いて、横から見ていた妹に殴られた。
たった5分でなにをガタガタ言っているのだ、ということらしい。
だって、周りの女性にこの話をすると約1名を除いてみんな怒るんだから、ここで書くぐらいはいいじゃないかー。
それにその約1名と違って、私はフォーマルな格好をするときにはちゃんと化粧してるぞ。あ、彼女もしてるか。
女性だけがフォーマルのときに化粧しなきゃいけないのがどうのこうの言いたい訳じゃないが、(いや多少は言いたい)めんどくさいんだよ!
しかし、ポリシーを持ってるわけではないし、もちろん綺麗なおねえさんは好きだし、周りがキメキメな中で自分一人がむさくるしく見えるよりは、多少塗りものをして悪目立ちをしないようにするぐらいの知恵はあるので、それ自体を否定するものではないです。ええ。
前の段にも書きましたが、ただ面倒なだけで。ええ。
うう。いつも仮面をつけていれば、こんなことは考えなくてすむのに。
普段用。お祝い用。弔事用。
いいぞ!仕事中に寝ててもわからない!
・・・バカなこと言ってないで、お風呂入って寝よ。
風邪でほぼ一週間職場を休みましたー。先週の出勤時間は一日と5時間ですー。
実はまだ喘息は治っていませんがー。これ以上休むと有給がもったいないし病休使うとボーナスに響くしー。
それでも休めるところでよかったなー。
ハンニバル見てきました。
風邪で先行オールナイトに行けずに悔し涙でしたが、まあいいでしょう。この映画の見所は。
1.ジョディ・フォスターの作ったイメージを壊さずに頑張っておいしいところ取っていきましたね「ジュリアン・ムーア」
2.特殊メイクで顔つぶれてクレジットに名前出ないけど、過去のシーンでモロバレらしいです、プリティな役作り「ゲイリー・オールドマン」
3.渋い!渋い!渋い!いやーん、おじさま素敵ー。イタリアの腹の出てないくたびれた中年の魅力「ジャンカルロ・ジャンニーニ」
この三人、よかったと思います。
細かいところを上げれば、オープニングの処理とかパッツィの奥さん役フランチェスカ・ネリの脚の美しさとか拘禁中のレクター博士に顔に噛みつかれた看護婦の悲鳴とかもなかなか。
・・・レクター博士はよかったですよ、うん。演技は期待通りだったと思うし。
ただ・・・ただ、できればもうちょっとダイエットしていただきたかったなああ!(泣)
メリーゴーラウンドでのシーン、彼は目立たないように野球帽みたいなの被ってるんですが、その姿は。
コップ酒の似合う近所にいそうなオヤジ!
ああ、なんてワンカップ○関が似合いそうなんだろう・・・ペトリュスじゃない!シャトーディケムじゃないわ!
ジロンド産の牡蠣じゃなくて、あたりめ食ってそう・・・
いや!フィレンツェのシーンとか、最後の晩餐のシーンは決まっていたわ!あれはいいのよ、あれは!
でも、あのオヤジ姿を見た後は、それ以外のイメージがなくなってしまったのは何故なのだろう。
すべてを吹っ飛ばす映像のインパクト。私にとって、それはメリーゴーラウンドでございました。
なんかプロデューサーのディノ・デ・ラウレンティスが3作目は舞台が日本かも、なんて寝言ふいてましたが、冗談じゃありません。
浴衣なんか着られた日にゃー、下町叙情ものになってしまうに決まってる!オリジナル3作目反対!
・・・立ち直るのに時間かかりそうだなあ。
映画「ハンニバル」の本が新潮社から出たので買ってみた。
シナリオを読んでみると、やはりかなり原作と違う。あたりまえね。別物として楽しむことにしよう。
レクター博士はあくまで「怪物」として表現されて、彼のトラウマに関する物事は一切カットされている。
賢いなあ。この映画で、観客がなにを一番楽しむのかを考えると、こういう扱いがいいんだろうな。
「吸血鬼の花嫁もの」路線より「スプラッタ・ピカレスクロマン」(どないやねん)に重きを置いたとでも。役者の演技を見てないので、先走りしすぎかしら。
しかし、パッツィの宙づりシーンと晩餐のシーンは原作通りに大変エグくなりそうで期待が持てます。メイスンがゲイリー・オールドマンだというのもすごいですが。
ところで、ハンニバルの公式サイトでクイズに正解すればレクター邸に入ることができます。
ガレージやワインセラーがあったりするけど、地下室に入るにはさらに10問のクイズに正解しなくてはいけません。作品に関する質問はすらすら答えましたが、たまに関連問題があったりして、結構時間を食ってしまいました。
で、地下室にはなんか画像があるのかと思ったら、あるのはゲストブックだけ!こら!食ったものの後始末方法とか書いておいてくれれば面白いのに。クレンドラーは最後、どうなったのかな?原作みたいにクロスボウでさくっと始末してないみたいだけど。
ジーザスのところに行けるぞ、「いい子にしてれば!」
かつてレクター博士が収監されていた最重要警戒病棟跡で、手がかりを探すクラリスは気配を感じふり向く。誰もいないはずのそこには、博士の隣の房にいた男が欠けた皿を手に立っていた。彼は問う。
「あんたジーザか?」
「ハンニバル」できゃー!こわいー!などと言いつつ読んでいたシーンだが、クラリスってどこか神経が切れているというか、いわゆる有能な警察官や医者というのはこういう場面で恐怖心を前面に出してこないんですな。職業意識訓練の賜物だとは思うが、それができればたいしたもの。私はこんな訓練をしたくないので警察官にはなろうと思いませんでしたが。
ところで、ハンニバルを朗読するという試みがラジオでされるそうなのだが、クラリスを安達祐美が演じるらしい。
いまだに「ぐ」とか思い出すのだが、彼女もいい娘さん(どうもおやじだなあ)なのだからして、そんな役もくるだろう。レ・ミゼラブルのコゼット役でもびっくりしたが。あの音程の超高い歌を歌えたのだろうか?今度は30代の役かあ。これもチャレンジャーだなー。
安達祐美は結構好きなので活躍して欲しいが、私は好きなら当然チェックすべき彼女の写真集を見ていない。いけてたのだろうか。宮沢りえは写真集より動いている方がよかったと思うが、彼女はどうか。
いっそアラーキーにでも撮ってもらった方が・・・あれ?
そういえば、瀬戸内寂聴とアラーキーの交換日記形式の本を買うのを忘れた。新潮文庫だっただろうか。
映画「ユー・ガット・メール」をDVDで借りて観た。
どこかで聞いた話と思ったら、やっぱりミュージカルで聞いたことがあるのだ。日本でも何年か前に涼風真世と市村正親主演でやっていた。
こちらはペンパルクラブで文通して、同じ靴屋の店員だったかな。
どちらもかわいいお話である。
それにしても、メグ・ライアンが可愛かった。’98年当時30代後半の女性をつかまえて言うのも何だが、キュートという昨今は陳腐に響きがちな単語がまことによく似合う。この人のショートカットはいいなあ。衛星放送で観た「めぐり逢えたら」より可愛い。思わず「恋人達の予感」まで借りてきてしまったわ。次は「シティ・オブ・エンジェル」だな。
のほほん茶のCMもビデオに撮っとけばよかった。
トム・ハンクスは・・・うまいと思うんだけど、どうでもいいぞ。いや、上手いから、かなあ。自然だわ。
名古屋を中心に深夜ラジオで人気があった(今もあるのか)ツボイノリオという人物が歌っていたと思う。金太の大冒険の姉妹版である。
しみじみとした節回しで私はこちらの方が好きである。
良い形、というものについて昔から一高二まんなどと言われているようだが、どうも言葉の表す意味が分からない。
数の子だの俵締めだのはまあ、感覚としてなにが言いたいかわかるのだが、こちらはどうにも。
辞書に載っているものとも思えないが・・・俗語辞典なんかを探してみようか。
知っている方、情報を求む。
去年はヨハン・背バスちゃん(ATOK13はこのように変換なさいました)・バッハ没後250年ということで、関連コンサートがあちらこちらで開催されたらしい。年の瀬は小澤征爾の振るミサ曲を聞いて過ごした。もちろんNHKテレビである。聴きに行けたらいいんだけどね。
年が明けたら2000年のショパンコンクールの様子もやっていたし、いいぞ。NHK!
なぜ民放もコンサートの類をやってくれないのか、と思ったらCM入れなきゃいけないという問題があったわ、そういえば。
もうちょっと視聴料が安くなったら入るぞ、衛生放送各社!もっと下げやがれ!
一時期有名になった、出演者が男も女もオールヌードになるという舞台の題名である。
昔、友人がニューヨークに行ったときに話題になっていたとかで、「蜘蛛女のキス」とどちらを見ようか悩んだあげくにこちらを観た、と言っていた。英語があまり分からなくても楽しめるだろう、と。
感想は?「・・・そうですか、て感じやな」
ふむ。ストリップじゃないんだからそんなものか。振り付けもクレームが来ないように考えているだろう。
さて、その友人(訂正:実際にオーカルカッタを観た人は別の人だったようだ)が半年ほど前に今度はアメリカ出張から帰ったときに私に土産をくれた。
プレイガール、という雑誌だった。
かの有名なプレイボーイ誌の性別をひっくり返したようなものだと思っていただければよいのではなかろうか。
そう、載っているのは大変立派な体を持つ男性達のヌードである。一糸まとわず、もちろん無修正だ。
私の好みはどちらかといえばがっしりした身体。スレンダーも筋肉がついていればいいが(ダンサーとかアスリートとか)、吹けば飛ぶよな見かけはいただけない。
しかし、実はビルダーの体も好きではない。私には筋肉が病的に膨張しているように見えてしまうからである。
唯一の例外はシュワルツェネッガーだ。どうしようもないぐらい彼の顔が好みなので、気にならない。(なんだそりゃ)
件の雑誌はビルダーっぽい体型が多いようだが、そうでないモデルもちょこちょこ。
鑑賞の対象として、美しい女性の体同様、美しい男性の体を見るのは好きである。
程良く盛り上がった胸筋、絶妙なカーブを描く僧冒筋、すっと伸びたノーブルな背中のライン、色々な方向に動く筋肉が組み合わさって骨盤につながっていく腰のライン。
そこに、それあるがためにすべてが滑稽に見えてしまう男性器。
あんなに他の部分は鍛えられ、躍動感にあふれているのにそこだけ妙に無防備。
なぜその部分だけベクトルが違う様に見えるのだろう。やる気な状態の時でも90度から100度くらい方向違うし。
違う生き物がくっついてるみたい、とはよく言ったものだな。
それにしても不思議だなあ。アメリカの人って何であんなにおっきいのかなー。進化論上、どんな理屈がつけられるのか非常に興味をそそられるところだなー。そういえば、なにかの本で他の動物と比較すると、対身体の割合が大きいのはなぜか、という話があったのに読めなかったのを思いだしますな。万年発情期の理由も併せて、読んでみたかった本ですな・・・
すべてが見えてしまうと情緒がなくなる、と今のところ思っているわけです。
ニューヨークというとこれを思い出すんだけど、違う街の話だっけ?
昔に一回見たきりなのでよくわからない。話の筋もおぼえていない。
私にとってはミュージカル映画って大抵そんな感じだなあ。あんまり数を見ていないけど。覚えているのはダンスだけ。
ま、とりあえず旅行が終わったので、その日記などをこちらに上げました。
白い御飯も好きだが、私はパン食も好きだ。前世はイタリア人ではなかろうかと思っている。
オリーブのピクルスが好きで、つまみにしてなんぼでも飲めそう。ライ麦パンがあればさらなり。
サラダ菜とパプリカにオリーブオイルと塩だけを振りかけるのもよろしい。それにおいしいコンビーフだ。(ちゃんとした肉のかたまりになってるやつ)
時間の融通が利くうちに北イタリア周遊をすることに決めている。連れになるのは同じく自称「前世は北イタリアの農婦だった」母であろう。
パンとワインと塩漬け肉の旅にしたいが、たぶんツアーで行くので食事はついてくるだろうな。まあよろしい。そこら辺は自分で仕入れよう。
でも、バチカン市国にももう一度行きたいし、青の洞窟でスパゲッティ(パスタではない)を食べてみたいし、ベニスでゴンドラに乗ってみたいし、ミラノで革製品の掘り出し物を探してもみたい。すべて回ると何日間のツアーに行かなければならないかな?
ああ、だから貯金しなければいけないのに新しいパソコンを買ったりしているしもう。
・・・ふふふ。とうとうモバイルもWindows98になったぞ。Meじゃないのがちょっぴり貧乏人だ。2,7sの重さもまあギリギリでいいとしよう。
IBMのThinkPad i1200、名前は「仁左衛門」、通称「にざちゃん」である。
シブい仕事をしてくれることを望む。うむ。
大阪公演がポシャったと思ったら、仙台でやるらしい。
劇団四季「オペラ座の怪人」である。一度行ってみたかった街だ。観にいこうかな。
怪人が出てくるときの第一声が好きで好きでしょうがない。
自分がレッスンを重ねて育て、プリマドンナとして通用するようにした女にコナをかけてくる男が!
彼は若く、地位や財産があり、なにより端正な容貌を持っている。しかも彼女の幼なじみだ!
怪人さんは邪魔者が中座したところで鏡の仕掛けの後ろから「Insolent
boy!」とやるわけだが、役者によって
「お若いの、やる気かな?」タイプ
「コラそこのチンピラ、おのれはどこから湧いて出やがったドロボー!」(鏡の裏で二人の様子を窺うご当人にこそ言えるかも)タイプ
「ふふん、君なんか私のあーしもと(足元)にも及ばないねえ。お家に帰って出直しておいで」タイプ
等の台詞回しが楽しめるのだ。
私は怪人びいきなので、このシーンでその日の舞台を楽しめるかどうかがわかる。他の調子が悪くても彼さえよければおおむねは許す。
ところで、仙台公演は私の好きな役者さんが四季を辞めてしまって出ないらしい。
不安だ・・・あの日本語詞の上に・・・言っちゃなんだが、今回のトップの役者さんは外見的に陳大人がよく似合うタイプだ!声はいいけど。
前回見たときは演技に包容力がありすぎて天才及びキ○ガイに見えなかった。
しかし、舞台や役者は日々変わるものだから、期待して待っておこうか。できれば日本語詞もマシになっていることを願って。
国のためにスポーツをしないからってなんだというのだ。
オリンピックに臨むに当たって、かなりの援助が出る体制については恵まれている認識を持つべきだろう。(種目によるらしいけど)そのお金がどこから出るかは選手にも考えてもらいたい。
もちろん、大義名分を背負いたい人は背負えばいい。
しかし、政治家としてああいう発言をするのは国の予算を使ってるからか?国家のためにスポーツする人にしか国は金を出さないとでも言う気かな、あのオッサンは。
自覚を持てって?なんのためにやるかってのは人の勝手でしょう。自分の国をどう捉えるかとは別だ。自分なりの動機のない人が選考会に勝ち抜いて日本の代表になることはないと思うのだが。国の予算を使う以上、私たちの期待に責任を持てという人が国民の多数を占めるのなら、そういう配分規定でも作っとけってんだ。悲壮感に浸ること=武士道って訳じゃあるまいに。ええい、武士道という言葉が汚れるわ!
オリンピックを見るたびにこの手の話題で不機嫌になる。オリンピックが嫌いだという人の気持ちも分からないではない。
IOCの組織自体、得体が知れないし。環境破壊や金の無駄遣いの問題もある。それにしても、サマランチって何年会長やってるんだ?
それでも、あらゆる競技の最高水準を集中してみられる機会があることが嬉しい。選手を絞るのに国単位になるのは仕方ないかと思う。
なんだかんだで勝負の世界であるから、汚い駆け引きやドーピング問題もでてくる。そもそもオリンピック史の最初から思想や国家の思惑が絡む。
でも、私は人間の動きの美しさを大事に思う。実際に身体と技と心を鍛えた個人の名誉を競うためにスポーツマンシップという言葉が使われるといいなと思う。背景だけではその演技、競技はできないのだから。主役は、選手だ。私も礼儀知らずは嫌いだけどね。
ピエールとカトリーヌ〜
ああ、良い歌だ。良い歌だ。CDを探そう。
歌ってる人の名前がわからんのが手間だが。
この間のゲーム以来、常に私の頭の中でなにがしかの音楽が流れて困っている。癖がついたのか。
一つには私の目覚まし用CDを妹がCoccoに変えてしまったのが原因と思われる。
朝いっぱつ目が「けもの道」では暗示にかかってしまって、起きるときに上目遣いにもなろうというものだ。
もう一つの原因は、ただいま私内セーラームーンリバイバル期間中だということだ。
きっかけは幾○監督のコスプレである。なにしてくれんだか、あの方は。
彼の劇場監督作品第一作だった「セーラームーンR」を見に映画館へ通ったのは、何年前か。
綺麗な画面だった。彼は花にこだわっていた様に見えた。一回目見て泣いた。三石さんの職人的演技が好きだった。
ホモロリレズショタなんでもあり、とアニメ誌等で言われ、確かにそういったサービス精神も旺盛な映画だったが、戦闘シーンの動きの良さ、作画の綺麗さだけでも私には値打ちがあった。映画でしかできないことをやってくれた。LD買いましたとも。カラオケ用機材で見ていましたよ。社会人になってからウテナにすっころんでプレイヤーを買うまでは。
まあ、セーラームーンのために働いていた、というぐらい好きだった時期があるのである。
そして、監督のコスプレによって、なぜかその当時の感情が呼び起こされてしまった。(本当になんでかわからん)
で、どうなるか。
頭の中に「けもの道」とセーラームーンの変身シーンの音楽が交互に流れるのである。
しかも変身シーンは映像付き。(あいたー)
これは正にアッパーとダウナーを一度にやっているに等しい。私の交感神経がもたない。
未だに仕事中もこの状態が続いている。どうにかならないか。なにか落ち着くような材料はないか。ハードな仕事が来てもいい!
誰かこの歌を止めてくれー!
職場の人にエルフの「リフレインブルー」を借りた。
ビジュアルノベルタイプの18禁ゲームだ。
YU−NOが好きだ、と口を滑らせたら貸してくれたのだ。不覚・・・しかしありがたい。
攻略できる女の子は6人いるが、真のエンドは他の5人を攻略した後に出てくる最後の一人のやつだけ。マルチエンドではなく、一本筋のお話である。七夕伝説をモチーフに使っている。
主人公が自覚なしにパラレルワールドをさまよっている、というあたりの設定は好きだ。ある人との辛すぎる思いでを抱えてパラレル世界の袋小路に入ってしまった主人公が織姫の導きによって自分に似た運命を持つ女の子を攻略していき、その人とのつながりを取り戻し、本来の世界へ帰っていく・・・まあすごい。織姫は最後のシナリオの前に他の5人との恋愛を「運命の仮止めの糸」「もう必要ない」とか言うし。
気になる点はテキストのテンポが淡々としすぎて眠くなるのと、最後のヒロインのシナリオが途中「朝はやっぱりおみおつけ」などという前時代的ホームドラマになってしまい、しかもだるい(描写がすごく長い)ところだ。・・・パラレル世界を強調するためにわざとやってるのだろうか?
泣かせのパターンを踏襲したシナリオだけど組み立てに手が込んでいるので許してしまおう。
SFはなんとなく好きなので、こういう世界観はOK。
なにより、エンディングの歌が「北へ。」以来の頭に残ってしまう歌だったのだ。
特に好きな旋律でもないのに一日中幻聴に悩まされる類である。
妹にちょっとキロロの曲に似ていないか、といったら、こんな中途半端なメロディーよくわからん、と切り捨てられてしまった。
この手のゲームにしては良いと思うんだけどな。(結局気に入っている)
とうとう携帯でメールチェックできるようにした。
あまりに高い電話代に音を上げたのである。
これで私も若者の仲間入り。けえたいでメエルチェックを・・・(ああ、くどい)
ちくしょー、これでCE端末でチェックできなくなったぜ。公衆電話(それもグレ電)探してまで繋がないだろうな。
昔から2月と8月は水商売が暇な月と言われている。
で、それぞれの店で客寄せイベントを組むのであるが、最近はコスチュームプレイが多いらしい。
友人の店で今年もやるというので行ってきた。
自分が着るのはSMの女王様(テューダー朝のエリザベスみたいな女王様もイっちゃってて良いが)だというので手土産は蝋燭に。目の色がなにか違う遠い世界で生きてるような店員がいる店などで皮の拘束具を探したが、イメージ通りの品が見つからなかったので断念したのだ。・・・私の友人はこの上なく蝋燭が似合う。店の娘で蝋の熱さは試し済みだとか。お客さんにはしないそうだ。そりゃそうだな。それより自分で試しとけ、かわいそうに。
ともかく、あまりに皆さんかわいらしかったので・・・これ。
大阪ディープスペースをちょっと覗かしてもらってきた。一人じゃ行けないし。
グッズ&ビデオ屋参りである。
怖いもの見たさ、で飲む前から酒の勢い。
そして理解できないと言いつつあの手の雑誌を読む機会がついに訪れた。
題名「超熟ラプソディー」、新世界よりきたる。
飲み屋で連れと中を見てみるが、涙なしでは見られんページもあるような。
でも面白い。さ、飲め飲め。
・・・人として・・・終電後のサウナでちょっぴり物思いに耽ってみる。
「800円出すから」
この言葉に負けた。違う、それは自分へのいいわけである。実は読んでみたかったのだ。
しかしあまりにインパクトのある表紙と捨てるときの始末を考えて二の足を踏んでいたのだ。
昨日の案内人氏はこのようなとき、人の背中を押しまくるお方である。
今回も上の台詞で鉄壁のフォロー。うーん、悪魔のささやきを体現する人物だ。
家に持って帰ったら「いやだあー」と泣きが入りつつ妹も読んでいる。
この本使える使える。おっけーおっけー。
買うときにはだいぶ精神力を消耗したが。自分は本当にこの本が欲しいか否かで5秒間に10回ぐらい答えを出したり消したりしていた。
そして私はまた一つこのような世界があることを受け入れられたのだ!(←気が大きくなってる)
いや、まこと先達はあらまほしけれ。うまい酒でした。
夏のコミックマーケット、遠征終了ー。
それにしてもしつけの悪いちっちゃい子供嫌いだわ。身内であろうとなかろうと。好きな人はいないと思いますが。
公共の場所では静かにしてきれいに食え、あなたたち。
今回も企業ブースでいろいろな紙袋を配ってたようですが、一番目立っていたのは横の部分に
「うぐぅ」
というでかい文字が入っていたものでしょうか。そのソフトの有名な擬音語なのかしら。
「ふぐぅ」や「あぐぅ」ではダメなのね。
痛恨の一撃は榊原良子サークルが当日不参加だったこと。3日目雨が降って、ただでさえ湿気の高い男性向けゾーンが私にとって立ち入り不能レベルになったこと。(←さらに香り高くなってちょっと気分が。)体力低下がいよいよ目に見えるようになってきた。
1日目と2日目は合わせて3時間しか会場にいなかったし。
お買い物も的が絞れてきて無駄がなくなったゆえではあるのだが。
エリザベートのチケットが取れないとわかった時点でお財布緊縮モードに入って出歩かなかったし。
挑戦予定だった新宿は体力気力が万全の時にいってみようと思います。
本当は友人へのプレゼント用拘束具を買いに行かなければならなかったのですが。
なにで代用しよう。なにもなしだと荷造り紐で縛られちゃうかも。きゃ。いいかも。(キャラ違い)
さて、腰を落ち着けて「POP CHASER」を見るぞ。
Jリーグも大変だ。京都にもチームがあったことをこの間久しぶりに思い出したぐらいだからなあ。
一般客がほとんど入らないのは問題あるぞ。景気がよくなってくれるといいのだが。
がんばれ、パー○ルサンガ。昔自分もサッカー部だった縁で応援しているぞ。この間まで忘れてたけど。
この大事な時期に胃腸炎などというものになって今日は職場を早退した。先週末の暴飲がたたったのだろうか。
2日に渡ってわりと大量のビールを飲んだ。一日1リットルぐらいは飲んだだろう。炭酸が苦手な身には珍しい。
「飲み放題」と聞くとがんばってしまうのは貧乏性なんだな。
で、うとうとしてるときに不意に思い出したのはなぜか「家庭科の宿題」である。
外で遊ぶ方が好きな子供の多数派はそうだったと思うが、私は家庭科が苦手だった。
男子は工作、女子は家庭科。うちが家具屋だったこともあって、ノコギリを使う方がミシンを使うより得意だった私は授業の選択権がないことを理不尽に感じたものだ。
今はジェンダーがどうとかで、そんなこともないらしい。
ともあれ、昔「編み物」の授業があった。
いきなりセーターとかは編めないので、20センチ幅で色々な編み方の見本をつくる、ということだった。
それぐらいなら私にも編める、と思っていたが、なぜか3段ぐらいをつくった頃から編み進めるのに異常に力がいるようになってきた。
とても一般的に女性のするといわれる作業と思えない。なぜか。編み物の得意だった妹に聞いてみた。
「力入れすぎ」
大変簡略な答えが返ってきた。そう、編み物はふんわり編むものである。間違っても梱包作業をするように要所要所で力を入れてはいけない。
そんなことをしてセーターなどをつくろうものなら編み目のぎっしり詰まったくさり帷子のような代物ができあがる。毛糸玉もいくついることやら。
ぎっちぎちに編み進めてしまった課題はもう、一度解いてしまうより他はない。針が通らないところまでいってしまっているのだ。
嫌いなことを長い間やっていられる性格でもないので、結局すぐに放り出して課題は妹に作ってもらった。
もし、あのままセーターをつくったらどんなものになるだろう。
古代にはキルトの帷子があったという。剣には無理があっても矢にはそれなりの効果があったようだ。
防御力がある重さ10キロの手編みセーター。それはちょっとすごい。
シルエットはちょっと十字軍っぽいかもしれない。いや、裾は長くできないか。(肩の部分が伸びて薄くなりそうだから)
誰かそんな阿呆なセーターつくってくれないかな。
AV業界ではやはり、ガングロ娘は人気がないようだ。色気があるか、といわれれば私には小便臭い小娘だとしか思えない。
要するに好みじゃないのだ。まあ、彼女たちは自分の楽しみのために化粧をするのであるから、文句を言う筋合いでもない。
かといって今度はおばさまがいいかというと、これはちょっと考えるものがある。
かたせ梨乃はOKだろう。だが、中村玉緒はいかんだろう。
しかし、何とも生活に疲れたようなおばさまが主役を張るビデオ、というものが存在するようである。
一ジャンルとして。昔はそんな本物のおばさまは出てこなかったんじゃないか?まともなビデオでは、だが。
需要が増えてきたんだろうか・・・それとも、前からそんな好みの人は多かったのか。どこらへんをイイと思うのだろうか。
私にはまるでわからないジャンルが一つ増えた。もう一つはスカトロである。遠くでやってくれる分には支障はない。
横でやらないで欲しいとは切実に思うが、お互いの趣味は尊重しましょう、というところだろう。
題は「いろんなところでやってみよう」というビデオが昔あったのを思い出した。それだけ。