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2016年11月

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2017.11.21()  昨日の「生きていた熟語」のつづき
                           70年ぶりに謎が判明?

凍ったフロントガラス

連日最低気温がマイナス。雪だけは少ない年でありますように。脊椎圧迫骨折の身に、雪かきはつらい作業です

◆読み進めている小説に次のような一文あり。舞台は台湾、八徳という地名があるようです。字の通り八つの「徳」で、あの人は「徳がある」とか言いますね。善行とか品性とか・・・広辞苑にはいろいろ出ています。

 『八徳、すなわち 忠・孝・仁・愛・信・義・和・平』。
    日本では 『仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌 となる。』 
    (悌とは年長者に対して従順なこと)

このくだりを目にして、ハタとひらめきました。
◆平爺が小学生のとき(当時は国民学校)、1学年が6組あり、1組50人ほど。組の名前が何と「智・仁・勇・義・信・忠」だったのです。これは八徳ではないか・・・知らなかった。

子供ながらに智仁勇義・・・変な組の名前だな~と感じていました。「はい、智組はこの列、仁組は・・・」などと言っていたのを思い出します。智組は白、仁は赤、勇は青、義は黄・・・あとはなんだっけな~?」小4までは義組で女先生、5・6年は智組で男先生でした。

◆八徳に勇組の「勇」がないものの、小さかった時の疑問が70年ぶりに解明されました。八徳にない「勇」が入ったのは、戦時色が日ごとに増す中、軍国意識向上として「勇」が入ったのではないか、そう推測します。

2017.11.2
0() 五木の子守歌

昨朝は-1℃、小雪が舞い、霜も降りていよいよ冬。早朝6時間半・・・と言っても日課のウォーキングを済ませてからですが町内の公園掃除。落葉が多く、指先が寒さでジンジン。周囲の山々も雪化粧しました。

◆ウォーキング中、ラジオで耳にし、これは日記のネタに。そう思って単語をメモするが、日にちが経てば何のことかわからなくなっているのが常。メモをめくっていると「かくれざと」。何の話だったっけ?多分「隠れ里」

Webで「隠れ里」を検索すると『①人目を避けた人たちがひそかに住む村里』 『②人里遠く離れた所にあるという理想郷』 『③ 江戸時代、公認されない遊里。岡場所』

◆ここ信州にも秘境、隠れ里と言われる山里がいくつかあります。
   信越国境の「秋山郷」 ②伊那谷山間、平重盛ゆかりの「浦」 ③小諸市山間の「鴇久保」 このほかにもまだあると思います。
◆全国的には平家落人の五家荘や五木、高知県祖谷などか浮かびます。祖谷は登山の折に立ち寄ったことがありす。

webを参考に五木の子守唄のことを少し。
「子守唄」というが、実は子守娘の「守り子唄」と言われるようです。古関裕而編曲の「五木の子守歌」が、NHKで放送され広く知られるようになった。落人の村は貧しく、女の子は幼くして子守奉公に出され、歌にその悲しみがこめられている。

 ♪おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ヤおらんど 盆が早よ来りヤ 早よもどる
   『盆が来れば家に戻れる、盆よ早く来い』
 ♪おどまかんじんかんじん あん人達アよか衆 よか衆よか帯 よか着物 
     『私は施しを受けるような貧乏な娘 あの人達は裕福 よい帯とよい着物』 
 ♪おどんがうっちんだちゅうって 誰が泣いちやくりゅきゃ 裏の松山 蝉が鳴く

     『おらが死んても誰も泣いてくれない。裏山の蝉が鳴いてくれるだけ』
 ♪蝉じゃごんせぬ 妹でござる 妹なくなよ 気にかかる 
    『蝉じゃない、泣いているのは妹だ 泣くな妹よ 泣けば気にかかる』
 ♪おどんが打死んだなら 道ばたいけろ 人の通るごち 花あげる 
     『自分が死んだら道ばたにいけてくれ 道行く人が花をそなえてくれるだろう』

飲み会の余興などで何気なく歌ったことがありますが、歌詞の意味を知ると余興に歌うのが憚れる歌でした。


2017.11.19(
) 生きていた熟語・・・


読み始めた文庫本小説、「流(りゅう)」、2015年直木賞受賞、東山彰良著。
舞台は中国大陸から台湾へ。次々と登場する中国人の名前が頭に入らず、なかなか前へ進まない。半分放り出したい気分。加齢のせいもあってか、面倒なことが苦手になってもいる。

例によって布団に入ってから続きを読み始める。最近ではあまりお目にかからない文字・熟語が次々出てくる。懐かしいというのか・・・まだそんな言葉が生きていたのだという感慨?いくつか拾いだすと

◍石女-うまずめ  ◍恭しく-うやうやしく  ◍悪戯-わるさ・いたずら  ◍木霊-こだま ◍傀儡-かいらい◍耳朶-じだ  ◍殲滅-せんめつ 
◍面従腹背-めんじゅうふくはい ◍怒髪天をつく-どはつてんをつく 
◍間諜-かんちょう ◍滔々-とうとう  ◍臥薪嘗胆-がしんしょうたん 
    ◍蛇蠍-だかつ ◍辛酸-しんさん 忌憚-きたん 打擲-ちょうちゃく 酔生夢死―すいせいむし 
    ◍肝胆相照らす-かんたんあいてらす  ◍無為徒食―むいとしょく etc.

何十年も前の作品ならいざ知らず、2015年直木賞作品です。 (全部に振り仮名があるわけではありません)
中国の人名が多くて読みにくい上に、「あ、こんな言葉があったよな~懐かしい」などと気をとられていると、なかなか先へ進まない。気がつくとストーリーの方がわからなくなって活字を追っているだけ・・・
500ページの小説だが、読み終わるのに何日かかることやら。

2017.11.18(
) この道や 行人なしに 秋の暮・・・芭蕉

和歌・俳句をたしなむ力はありませんが、無聊(ぶりょう)をかこつ夕べ、興味本位でときどきネットを見て楽しんでいます。とりわけ秋の歌や句が好きです。
人恋しさ故か、酒と孤独、放浪の歌人・俳人の牧水や山頭火・芭蕉など・・。

◍放浪の歌人若山牧水辞世の歌
   『つれづれや 天井をはふ百足の子 秋の夜や のそのそと人の入りて来つ』 
  辞世の歌ではありませんが平爺が好きなのは

    『幾山河 越えさり行かば 寂しさの 
          はてなむ国ぞ 今日も旅ゆく』

◍放浪の俳人種田山頭火は季語や形式を無視した自由人       
  『徳利から徳利へ秋の夜の酒』
  『分け入っても分け入っても青い山』

  『うしろすがたの しぐれていくか』

◍芭蕉は好んで深酒するようなことはなかったと。
  『月花も なくて酒のむ 独り哉』

  『秋深き隣は何をする人ぞ』
  『旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る』・・・芭蕉辞世の句

◍啄木に秋の歌はないかと探してみると「一握の砂」にありました。
 『目になれし 山にはあれど秋来れば 神や住まむと かしこみて見る』
一握の砂と言えば『東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたはむる』ですね。

読書・風流の季節もそろそろ終わりです。

2017.11.17() 快眠・快便・快食・・・健康バロメーターのうち 「快眠の裏技?」

寝つきの良いバタンキュー型、その逆でなかなか寝付けない人、さまざまだと思います。特に加齢に伴い寝つきが悪くなる年寄りは多いと聞きます。昼寝をすることも原因? 平爺には裏技があります。布団に入って本を読む。眠気がさしてきたと思うタイミングで読書は切り上げ、ここからが「技」です。
  ◍般若心経を声は出さずに唱えながら276文字を指先で書く
  ◍漢字の部首、「きへん」とか「りっしんべん」のつく漢字を出来る限りたくさん思い出して指先で書く。
   不思議なほど効き目があります。中には頭が冴えてよけいに眠れなくなる人もいるかも(笑)

今夜は1000字もあるという「ごんべん」でいくか・談・話・講・議・訴・訟・語・詞・詩・譲・諏・訪・・さらさらと50字書けたら、たいしたものだと思いますよ。 知らぬ間にスヤスヤ夢路に。

◆ところで部首のうち、一番所属文字が多いのは何だと思いますか?Webを検索するとこんなことでもずばり出ています。すごいですネ。
以下はhttp://kanjibunka.com/kanji-faq/old-faq/q0072/より引用

草もみじ

『大漢和辞典』50305字を調べた結果
  1位 艸(くさかんむり)    2173
  2位 水(みず・さんずい)   1816
  3位 木(き・きへん)     1617
  4位 口(くち・くちへん)   1475
  5位 手(て・てへん)     1322
  6位 心(こころ・りっしんべん)1274
  7位 虫(むし・むしへん)   1181
  8位 竹(たけ・たけかんむり) 1025
  9位 人(ひと・にんべん)   1008
  9位 言(いう・ごんべん)   1008

上位3位までは自然に関係する部首。寝つきの悪い方は試してみてくたさい。ちなみに平爺がよくやる部首は
   菊―くさかんむり 快-りっしんべん 答-たけかんむり 語-ごんべん 空-うかんむり  絹-いとへん 
  姉-おんなへん  階-こざとへん 金-かねへん  など
です

2017.11.16(
)  何か勘違いしていませんか?

1週間ほど前の蟷螂(カマキリ)、命を次の世代へとつないたあと、土に帰っていったと思います。

昨日のメディアは大相撲希望の党で大賑わい。

◆実は相撲についてはほとんど何も知りませんし、関心もなくテレビ観戦もしていないのでまったくの無知です。ただ平爺の描くイメージは、がんじがらめの閉鎖階級社会で何でもあり・・・(何も知りませんが、そん印象を持っています)
一般社会では見逃せないような問題がときどがときどき起きてきたような気がします。大相撲界だけに通用する常識が別にあるということかもしれません。門外漢がぐだぐだいう問題ではないのかもしれませんが、相撲人気のかげりを案ずるフアンも多いようです。

ウィキペディアから一部抜粋すると『大相撲は、日本古来の奉納相撲を起源とし、江戸時代から続く職業的な最高位の力士たちによって行われる神事や武道、または興行としての相撲である。加えてその母体となる力士・関係者の集団・社会を指す』とありましたが、神事というにはちょっとネ―。

◆希望の党・・・あれはいったい何だったのでしょう。生身の小池代表に接したわけではありませんが、テレビなどで観る感じ(お人がら)は、いつも人を喰ったような尊大な口きき、その極が「排除します」。人心は彼女から波が引くように離れてしまった。たった一言といえども、言葉の重みを世に知らしめた功績は立派?なものですが・・・。
  人を食う --人を小ばかにしたような態度、尊大・ずうずうしい態度などを形容する表現。

2017.11.15() 日ごと深まる秋

数日前に書いたばかりの歌ですが今日もまた。
 『白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり』
酒を愛した放浪の歌人“若山牧水”の歌だったことを忘れていました。

白玉の・・・の他に、知られているのが
   『白鳥は かなしからずや 空の青
        海のあをにも 染まずただよふ』
なぜか昔からこの歌が好きでした。覚えやすいとうこともあるかもしれませんが、いかにも放浪歌人という雰囲気漂う歌だと思うのです。

◆冷えてきた秋の夜長一人静かに味わう酒、寂しさと一緒に五臓六腑に染みわたっていくよう。
ところでその五臓六腑とは「肺臓・心臓・肝臓・腎臓・膵臓かな? これは不正解。調べると膵臓でなく脾臓でした。

では六腑は・・・わからない。調べてみると「胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦」 えっ?三焦って何だ、初耳 !そんな部品が体の中にあるのか。
webを見ると『生命を燃やす三つの場所という意味で、上焦、中焦、下焦』の三つに分けられていると。
 ・上焦は、気を取り入れ、邪気を排出する働きがあり、心や肺が燃えるところ。
 ・中焦は、食べ物を血(栄養)に変える働きがあり、胃や脾、肝などが燃えるところ。 
 ・下焦は、不要になったものを排出する働きがあり、大腸や膀胱が燃えるところ。

それだったら心臓や肝臓などと同じではないか・・・?「大腸や膀胱が燃える」ってどういう意味。やめておこう、考えたって理解できないし、一銭にもならないから(笑)秋の夜長のたわごとでした。

2017.11.14(
) おばあちゃんの原宿

みずかけ不動尊

おばあちゃんの原宿・・・えっ、それ何?と思う方がいるかも。
山手線巣鴨駅からとげぬき地蔵で知られる高岩寺への門前通りのことです。

「とげぬき地蔵」の名で親しまれる高岩寺境内へ入ると、お炊き上げの煙がもうもう・・・それを浴びると悪いところが治ると信じられているようです。
境内の一隅には菩薩像。柄杓でその像に水をかけ、自分の悪いところを洗い、タオルで拭くと治してもらえると信じられ、いつ行ってもおばあちゃんは勿論、さまざまな人が祈願に訪れ、順番待ちの長い列ができています。

◆平爺は、ボケ予防とケガの快癒を願って、頭と背中を丁寧に洗い、拭ってきました。
門前通りにはおばあちゃんの好きそうな店がひとめくように並び、どこもかしこおばあちゃんだらけ。不思議に爺さんはほとんど見かけません・・・まさにおばあちゃんの原宿。異文化の国へ迷い混んだ感じです。名物の塩大福を買って帰りました。

2017.11.13(
) 夜空のウォーキングも乙なもの

オリオン座がよく見えます。
今朝は放射冷却が効いて気温0℃、薄手の手袋では指先が痛いほどでした。

夜明けが遅くなり、ウォーキングのスタートも夏場の4時前後から、今は5時ころになっています。
5時でも外は真っ暗、星がきれいです。名前のわかる星はごくわずかしかありませんが、寒空に輝く星を仰ぎながら暗い道をたった一人歩くのも乙なものです。

以前に写した月

東の天空に輝く新月は、ちょうど円を二つ切りしたような感じ、オリオン座は南から少し西へ寄ったあたり。月の明かりもあまり邪魔にはなりません。足元と星を交互に見ながら足を進めます。気温はかなり低そう、帰宅(6時20分)して寒暖計を見ると3℃でした。

◆野の花や千曲の流れは見えませんが、鼻歌が出そうな気分。
   ♪上を向いて歩こう にじんだ星をかぞえて
       思い出す 夏の日 一人ぽっちの夜
   ♪
幸せは 雲の上に  幸せは 空の上に
       上を向いて歩こう 涙がこぼれないように
          泣きながら 歩く 一人ぽっちの夜

◆知らずに使っていますが、「乙なもの」の乙にはどんな意味があるのでしょう。広辞苑を引くと次のような記述が見つかりました。
  粋なこと 味なこと 奇なこと 異なこと 風変わりなこと  さて上記で使った「乙なもの」はどれに該当?

2017.11.12() 与謝野晶子

何日か前のラジオ深夜便 “明治の群像” のテーマは歌人与謝野晶子でした。
何年ぶりかで与謝野晶子の名前を耳にしたような気がして、後日情熱の歌人与謝野晶子に関するwebをいくつかアクセスしてみました。

◆定かではありませんが、「乱れ髪」とか「君死にたもうことなかれ」という詩集を習ったのは高校生の国語の授業だったような気がします。反射的に頭に浮かぶのは
  「その子二十 櫛にながるる黒髪の おごりの春の うつくしきかな」
若かりし頃、憧れに似た魅力を感じたことを思い出しました。

◆七語調の詩 “君死にたもうことなかれ“ は一部分のうろ覚え程度。そこでWebで全文を読んでみました。

深まる秋

あゝをとうとよ、君を泣く
   君死にたまふことなかれ
   末に生れし君なれば
   親のなさけはまさりしも
   親は刃(やいば)をにぎらせて
   人を殺せとをしへしや
   人を殺して死ねよとて
   二十四までをそだてしや  以下略
  (中国旅順口包圍軍の中に在る弟を歎きて   与謝野 晶子)

反戦歌と言われる所以とも言われる詩です。全文は以下URLでどうぞ。http://www.geocities.jp/the_longest_letter1920/kimi_shinitamou_koto_nakare.html


2017.11.11(
) 10年日記

書店に来年度の日記帳が並ぶ時期になりました。

10年日記を使い始めて今年で10年。内容はランニング・ウォーキングの時間のほか食べる・寝る以外で何かあったらひと言メモる程度のものです。
この日記帳は亡き知人A子さんが10年前に下さったもの。サイズB5、重さ約1kg、1日分が4行。残りはあと1カ月半ほどになりました。新しいのを買おうかどうしようか・・・思案していますが、10年先もこの世にいる可能性を考えると?

◍スタートした最初の1ページ1行目-2008年元旦は『早朝雪かき。孫一家来宅。神社初詣。孫と雪ダルマを作る。夜のテレビ・はじめてのお使い。久々に賑やかな一日を過ごした』

    ****************************

日記帳をめくると次のようなこともわかります。
◍2010年の日記--長野市民病院ガンサロン代表辞任し、認知症介護施設のボランティア活動開始
◍2011年12月の日記--長年続けてきた早朝ランニングだが四国遍路の準備としてウォーキングに変更。
◍2012年4月の日記--四国遍路結願後、ランニングとウォーキング混在。次第にウォーキングのみに
 シフトしていった様子がわかる。

◍2012年9月、5年間通った水彩画教室をやめる。  etc.

特別な記入はありませんが、ざっと見るだけで、さまざまな節目のあったことが一覧的にわかって面白いです。

◆今日11月11日は記念日が31もあるそうです。365日のうち第二位とか。
   参照-
https://youpouch.com/2015/11/11/314489/

201711.10(
) 晩秋

今朝は快晴、中空に浮かぶ半月も冷え冷え。気温1℃。
日ごとに秋が深まり、冷たい風は初冬。

曲がり角とか、街路樹の並ぶ通り、建物の引っ込んだポケット状の空間などに・・・赤・茶・黄・薄緑などの落葉が無造作に積もり溜まっています。風が吹くと軽い音を奏でながら、少し場所を移します。ところによっては、こんもりと小さな山になっていたり、暗がりの足の下でカサカサと軽く奏でるような音が聞こえたりもします。
大きな袋に落ち葉を集めている老夫婦の影も好ましく映ります。

落ち葉の味わいを感じながらのウォーキングも悪くはありません。

「落葉」の詩が浮かびます。

   秋の日の ヴィオロンのためいきの
   身にしみて ひたぶるに うら悲し
    鐘のおとに 胸ふたぎ
     色かへて 涙ぐむ 過ぎし日の  おもひでや
      げにわれは うらぶれて  ここかしこ さだめなく
       とび散らふ 落葉かな  
                        (ヴェルレーヌ  上田敏訳)

2017.11.09(
) 今月の教えのことば


『一度きりの尊い道を今歩いている』 ウォーキングコース途中にある寺院掲示板の今月ことばです

“人生は一度きり”というのはよく耳にする言葉ですが、真剣に考える機会はあまりありません。たとえば平爺の場合、48才で直腸がんが見つかり「余命は1年くらいかも・・・」と知った時には動揺し命について真剣に考えましたが。

「誰しもいつかは死がやってくるから後悔しないように生きよ」というのがこの言葉の意味するところのようです。しかし「死」は考えまい、他人ごとにでもしておかないと生きていられない・・・というのも事実だと思います。
    **************************************

以下はwebからの引用です。
仏教は死から離れようとする私たちに静かに死を見据えることができる道を与えてくれる。死と共に生きているのだと教えられれば、こうして生きていることは不思議であり、私の思いを超えた事実であると気付かされる。その事実を受け止めてみれば、どれほど得がたい今を生きているかが見えてくる。今、ここにこうして生きているのは当たり前のことではない。思いや計らいを超えた尊い事実の中で生かさせていただいているのだ。
    **************************************

「その日」はいつかわからないが、誰しも必ずやってくる。そう思うと生き方も自ずと変わってくるのもしれませんが、そこまでは平爺の心は澄みきっていません。「せめて人生は一度だけ」をときどきは思い起こしながら日々を過ごせたらと思いますが、昨日も抑えきれない心の乱れがありました。

2017.11.08(
) 東京日帰り
 

墓所霊園にあったものです

昨日は所用で上京。
主な用事は巣鴨駅から徒歩10分ほどのところにある義母の墓参りでした。96歳という長寿で逝きましたが、人の気持ち汲み取ることが人一倍の人でした。
弘法大師の般若心経を唱えさせてもらいました。

前回の東京五輪で大きく変わった東京は、2年後のオリンピックを控えてまた大きく変わるのでしょうね。
昔懐かしい神宮外苑イチョウ並木の黄葉はどうだろうか・・・と立ち寄ってみましたが、まだ少し早すぎたようです。ちなみに都道府県には「県木がありますが、東京はイチョウです。

(迷悟 己れにあり 弘法大師
 ものごとの良し悪しを決めるのは 私たちの心の持ちよう次第です 一切苦の毎日ですが 苦しみも心の栄養に思えることが 生活の第一歩です)


2017.11.07(火) 『白玉の 歯にしみとほる秋の夜の  酒はしづかに飲むべかりけり』

水彩画を習い始めたころの作品(2006年)

暦の上では今日が立冬、寒さには強い方の平爺も、加齢にともなって寒いのは嫌い。これから所用で上京しますが東京の寒さはたいしたことはないでしょう。

神宮外苑のイチョウ並木は、そろそろ黄葉が始まっているかな~。平爺が就職上京、住んだのは千駄ヶ谷駅前、東京都体育館と向かい合わせの独身寮で、イチョウ並木が黄葉した風景が目に焼きついています。60年も昔のことです。黄葉が始まっているようなら、昔をしのんで立ち寄ってみようかな。

◆ところで昨日の日記は「義理とふんどしは欠かさない」話。平爺が欠かさなことと言えば、それは「晩酌」。量は日本酒で1合未満程度、大酒飲みでもアル中でもありません。一杯の晩酌で「ああ、今日も無事に終わったな~」一日の締めくくりの儀式のようなもの、秋の夜はことさらです。

◆酒を飲む・・・「飲む」と「呑む」のどっちが正しい?
酒は「呑む」、ビールは「飲む」が似合う感じ。器のぐいのみは「ぐい吞み」らしい。

webで検索してみました。

のみ込むものによって違う? たとえば固体と液体・・・
飲む】――液体は「飲む」
        「息を飲む」「がぶ飲み」「飲み放題」も「飲む」
         ただし、酒をがぶがぶのむときは「呑む」が感覚的に通じるかな~
【呑む】――普通は飲まないようなものを丸ごと飲みこむときは

        「蛇が蛙を呑む」など。 固形の薬は「飲む」or「呑む」?

「要求を呑む」「涙を呑む」「固唾を呑む」「鵜吞み」などの比喩的表現
「立ち飲み」は?・・・もう思考混乱状態、どっちでもいいや、意味が通じればいいんでしょう・・・これが平爺の得た最終結論(笑)


追記--「呑」という銘柄の日本酒をコンビニで見た記憶があります。確か黄桜酒造?
どっちでもいい話を、「白たまの・・」で思いつき長々とすみません、3歩いたら忘れてください(笑)

2017.11.06
(月)義理と人情

11月4日 寒空の満月

今朝6時、寒暖計は-2℃、手の指先が凍えるほどでした。

◆一昨日の日記で《人の親切・人情が身に染みた一日でした》と書きましたが、人情と言うと「義理と人情」が連想されます。これはヤクザの世界というイメージが濃厚。刺青をしたお兄さんやおっさんがもろ肌脱いで啖呵でも切りそう(笑)

◆「欠いてはいけないのは義理と褌(フンドシ)」最近でこそ褌と言ってもぴんと来ない若者も多いと思います。これは昔からの言葉で、褌とは簡単に言えば下着のキン隠し。なぜ越中フンドシと言うのでしょう?
褌にもいろいろあって、6尺褌というのは結び紐を使わず、さらし布だけで腰に巻き付けるらしいが実物は実際には知りません。越中褌はその半分ほどの長さ、布が少なくてすみ、紐がついていて簡単に結ぶだけ。これは平爺が小中学生の頃に使っていた気がします。

男にとって大事なところを保護する下着(パンツ)、人とのつながり・義理はそれと同等に大切にしなくてはいけないというのが先人の言葉・・・という解釈でいいでしょうか?

懐かしの義理人情歌謡曲・・・♪人生劇場♪
    一、やると思えば どこまでやるさ  それが男の魂じゃないか
     義理がすたれば この世は闇だ  なまじとめるな 夜の雨
    二、あんな女に 未練はないが    なぜか涙が 流れてならぬ
      男ごころは 男でなけりゃ    わかるものかと あきらめた
   三、時世時節は 変わろとままよ   吉良の仁吉は 男じゃないか
     おれも生きたや 仁吉のように  義理と人情の この世界

義理・人情という言葉も使う機会は少なく、そのうちに死語となる運命かもしれません。

2017.11.05
(月) むべ(宜)なるかな

深まる秋-長野市運動公園

今朝の気温0℃、冬到来を感じる早朝ウォーキングでした。

◆趣味として本格的に登山を始めたのは直腸がん全摘手術を受けてから2年後、年齢は50才のときです。山の何たるかも知らずにいきなり日本百名山に挑戦、向こう見ずというのか我ながらあきれます。

3年で日本百名山を踏破。それ以来登山の虜になって30年が経ちます。よくも登り続けてきたものだと思います。中には下調べが不十分だったり、時間の制約などで山頂に立つことができず、再度出かけたケースに何回悔しがったことか。

先だってのこと、登る予定の山に登頂できずに敗退、あきらめて帰らざるを得ませんでした。たった1000mにも満たない低山、里山でのことです。

言い訳がましいですが、加齢による慎重さ、臆病、体力減衰、判断力の低下・・・上げれば理由(言い訳)はいくらでもありそうです。でもそれを言ってもせんないこと。以前だったらとっても悔しい思いに駆られたと思いますが、先日の敗退は悔しいという気分はほとんどありません。人間が枯れてきた証かしかもしれません。
衰えないかに見えた平爺の登山熱、立ち止まって考えれば、しょっちゅう案じている家内の気持ちもむべなるかな
と思うこのごろです。

先日の敗退登山-秋葉山・ゴシュウ山-の記録はこちらです。


2017.11.04(土) ありがたきは 人の親切と人情

一昨日、群馬県南牧村(西上州)の山へ行ってきましたが、とんでもないアクシデントが。

ケガをしてから1年近く、少しは山らしい山をと選んだのが秋葉山(861m)とその尾根続きのゴシュウ山(930m)です。655分、ネット情報を参考にして沢沿いの林道を進むと、ネットに載っていたコンクリートブロック造りの小社があり、この道で間違いなしだ。しかしこの先にあるはずの登山道入口の道標目がに入らないまま、30分以上・・・・おかしいと思いつつ、そのまま山の斜面へ取りついて適当に登って行く。

《 登り着いた無名峰の一つ

この山は国地院地図にも記載のない無名の山。地図と見比べても現在地が不明。とにかく高い方へと歩きやすいところを選んでピークらしいところでひと休み。ここまで約3時間、そして下山・・・登ってきたルートが特定できない。唯一頼るは感。そして降り立った車道はとんでもない所と知ることになる。

付近を1時間ほど探したが埒があかず、集落のあるところまで、てくてく歩いて車道を下る。畑におじさんの姿が。経過を話し、車のデボ地を推測してもらうがうまくいかない。とにかく車に乗って探そう・・・というご親切に、軽トラに同乗させてもらい、あっちこっち1時間半ほどかけてようやく車にたどり着いた。下山から3時間が経過していた。

「すみません、すみません・・・」を繰り返す平爺に「困ったときはお互いさまだよ、気にするな」ということば。人の親切とはこんなに嬉しく有難いものなんだ。改めてそう感じました。自分も困った人を見かけたら進んで親切にしなくては。それを強く感じた一日でした。住所お名前を聞いておきました。ささやかなお礼をお送りするために。

山は失敗でしたが、人の親切・人情が身に染みた一日でした。

2017.11.03
(金) 文化の日

10月末の月―ウサギが良く見えます

◆今日は祭日=文化の日。平爺が子供の頃、この日は明治節と言っていました。明治天皇の誕生日で全員登校、校長先生がうやうやしく「教育勅語」を読み上げたような記憶が残っています。
戦後、天皇制国家から国民主権の民主国家へと変わり「文化の日」となりました。
この日は日本国憲法が公布された日でもあります。実際に施行されたのは半年後の53日で「憲法記念日」となっています。

外国では独立記念日が日本の建国の日に相当するようです。世界では「独立記念日」が多いようです。

◆天皇に由来する祝日として2月11日、神武天皇が即位したとされる日を祝う「紀元節」がありましたが、今ではこの日が「建国の日」となっています。民主国家になったのに神話に由来するのは、国民の祝日としてさわしくないという論議が国会で繰り返さり、1966年に決まったことを覚えています。

11月23日に「新嘗祭=にいなめさい」という宮中行事(=天皇が新穀を天地の神に供え、食する祭事)の日が、今は勤労感謝の日となっています。


2017.11.02
(木) 『外国人がすごいと感じる日本のことば』

★昨日は天高く秋らしい日和。山登りに出かけました・・・・が目的を果たせずに完敗。おまけに車をデポした場所がわからなくなってしまうというハプニング。腰痛を気にしながらとんでもない一日となってしまいました。このとはた後日に。

ウォーキング中、ラジオで興味をそそられる話を耳にすると、これは日記のネタに良し・・・とメモを取る。カメラ・メモ・ペン・ストップウォッチ付時計、ケータイはウォーキングの必携品。
何カ月か前のメモに「外国人すごいことば」というミミズのはいずったような走り書き。日数がたつとメモった意味を思い出せないことがけっこう多い。

◆そこで『外国人 すごいことば』でweb検索するとヒット。webの世界ってすごいですね。メモは『外国人がすごいと感じる日本のことば』ということだったのです。
上位三位は『1位―畳語 2位―ヤバイ 3位―お疲れさま』

“畳語”という言葉は始めて知りました。「きらきら」「いろいろ」のように繰り返す言葉で、その数は非常に多く、畳語を使うことで微妙な表現も可能になる・・・と。

◆畳語表現には次の3つがある
  1.
物などが複数である
  2.動作などの反復、継続

   3.意味の強調
【例示】 人々、山々、国々・ 泣く泣く・休み休み・青々・寒々・奇々怪々・またまた・たまたま・わざわざ・一々・三々五々・いやいや・あらあら・ガタガタ・ゴロゴロ・ざわざわ・しとしと・ドキドキ・パチパチ・ポンポン・ギラギラ・ぐずぐず・さらさら・そよそよ・とぼとぼ・ふわふわ・ふらふら・あかあか・ありあり・いらいら・うすうす・さばさば・えんえん・ゆめゆめ・まずまず・・・・

◆日ごろ何気なく使っていますが、こうした言葉は特に考えなくても自然に出てくるものが多い。外国語にはこうした使い方は無いということでしょうかね~。


2017.11.01(水)ウサギ見つかる

今朝の空 気温2℃

2ヶ月めくりのカレンダー、今年も最後の1枚になりました。

◆半年以上付きあっていた?ウサギ君。喜んでアカツメクサを食べる様子が思い出され、ちょっぴり寂しさを感じていましたが、一昨日偶然に発見、歳も忘れてやや興奮気味。

以前は広い通りに面した空きスペースに置かれていた巣箱が、建物の反対側に移動していたのです。この建物(社屋)は表と裏の両方が道路に面していて、裏の通りはめったに通ることがありません。ところがたまたま裏通りをとおりかかると、金網を張ったきれいな箱が目に留まる。直観・・・ピーンときました。暗がりをそろりそろりと敷地へ入り込み、覗くといました、可愛いウサギちゃん。諦めていたのに1週間ぶりの再会、おお久しぶりだな~元気かい
巣箱は前と比べると3倍ほどの大きさ、運動もできるし清潔だし、ウサギちゃんもさぞ満足でしょう。

翌日は早速アカツメクサの差し入れ。待ちかねたようにガツガツ?と食べてくれました。ただ、戸の開け方が分からない、これまでのように触れることが出来ないが、網のすきまから指を差し込んで頭を触っても、いやがるそぶりはまったくなし。覚えていてくれたらしい。

ひと安心はいいが、これからアカツメクサが枯れてしまったらどうしよう・・・今度はそっちが心配。
          
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