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2018 年 1月

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2018.01.16(火) 閑話「人気」

昨朝の月  気温-6℃

昨朝、4日つづけて三日月を撮ることができました。ただし気温は-6℃の厳しさ。次に顔を見せるのは19日です。


◆認知症介護施設へのボラは自宅からマイカーで30分余。活動時間は10時から1時間~1時間半と決めています。当初は大変長く感じましたが、今は「あれ・・・もう時間だ」と思うのが毎度のこと。

みなさん朝食が終わると、それぞれができる軽作業にかかります。食器洗を洗う人、洗濯物をたたむ人、ぼんやりとテレビ画面を見ている人・・・・最後に血圧・脈拍測定をして終了。皆さんの手が空くのは10時頃、お茶の時間です。そのタイミングに訪問しているわけです。

ボラのオープニングは唱歌の「故郷」合唱。それから簡単なゲームやみんなが知っている歌を合唱したりといろいろ。曲は童謡・唱歌・懐かしい歌謡曲etc。もちろん伴奏はなし。数えたことはありまもせんが150曲ほどPCでプリントしてあり、その中から誰でも歌える「人気」のあった曲や、季節にふさわしい曲などをその場で選定します。

        *******************************************
◆寝ぎわ「人気」の読みは【にんき・ひとけ】ふたとおりあるがその違いはと考えているうちに眠ってしまいました。翌日広辞苑を引いてみると
にんき・・・①人間の意気  ②世間一般の気うけ、評判  ③その地方の気風
ひとけ・・・①人のいる気配 ②人間らしいこと

一応?それで納得しました。

2018.01.15() 教養・教育

 昨朝の月 気温-6℃

3日つづけて三日月が撮れました。とにかく寒い。手袋だとシャッターボタンが押せない・・・つき刺す寒さに手の指がジンジンと痛いほど。

◆「一日10人と会話を」・・・ボケ予防としてよく言われること。しかしこれを実践できる老人がどれほどいるか。いわんや後期高齢者と言われる75才以上の老人にとっては、もう夢のような話。

そのほかにも「きょうよう」と「きょういく」。これを「教養」・「教育」と訳す人は失格。正しくは「今日用事がある」と「今日行くところがある」と訳す人は認知症予防を真剣に考えている人。

◆毎日のように出かける用事があり、行くところがある人がうらやましい。平爺の日常をから類推して、もしも10人中8人も9人もがそれを満たしているのが普通なら、平爺は生きる気力を失ってしまいそう。

◆先週を振り返る。
    日-なし  月-(ボラ活動に使う資料作り)  火-ボラ訪問  水-ボラ訪問
    木-眼科医・ホームセンター  金-歯科医院・水彩展鑑賞  土-ボラ活動に使う資料作り・書店

◆毎日欠かさないのがウォーキングとよもやま日記。書く材料を物色し起稿―平均30分~1時間くらいかな~ 寒さ厳しい未明の時間帯はウォーキング同好の士と会うこともなく挨拶や立ち話をする人もいない。

◆会話の相手は話好きの妻オンリー。しゃべらせておけば何時間でも。平爺は聞き役に徹している・・・が、半分は上の空で生返事というのが実態かな。ときには「今私が何と言ったか言ってみて」という矢が飛んできたりする。もちろん「え~とう・・・???・・・」 分かっちゃいるけど夫婦はやめられない(笑)

2018.01.14(日) 「8020

ほぼ1年ぶりの歯医者。自覚症状はありませんが、自発的定期検診のようなもので、歯石除去など大掃除をしてもらうだけ。

昨朝の月―8℃

◆80才で自前の歯を20本残そう・・・それが「8020運動」、昨年2月に難なく達成。まだ26本残っているらしい。たいしたものだ・・・と自画自賛するほどのことでもありませんね。

ネットで6年ごとに発表される8020達成率の統計(%)
 199310.9 199915.3 201524.1 201138.3  201650.2

「達成率50.2%」、8020が当たり前の領域に近づきつつあり、自慢できるほどのことではなさそう。胸を張っているのは当の本人だけ・・・なんていう話は、ほかにもいろいろとありそう。身を慎まねば・・・と思いますが、実はその普通が何より大切なんですね。(何を言いたいのかわからなくなってきました―(笑)―)

【追記】昨今歯周病と認知症の関係が指摘されているという。「歯周病が認知症を悪化させる」云々。たかが8020ではなく、されど8020と認識すべきかもしれませんネ。

2018.01.13(
) ????

昨朝  気温-6℃

深夜2時、なぜか目が覚めてしまった。おしっこでもないし・・・夜中、尿意で目を覚ますことはまずありません。眠らなくてはと焦っていると、脈絡もなくどっちでもいいことが頭に浮かんでは消えていく。勉強のことを「勉強」と書くのはどうしてだろうか。 “強く勉める“・・・・??? 考えると余計眠れなくなるのは三球・照代の「地下鉄はどこから入れたの・・」と同じ。

◆後日、広辞苑を引いてみると ①精を出して勉めること ②学問に身を入れること ③商品を安く売ること

Webの「語源由来辞典」をのぞくと以下の記述あり。
◍「勉強とは学問や技芸を学ぶこと。経験を積んで学ぶこと。商品を値引きして安く売ること。精を出すこと。努力すること。
◍語源・由来――勉強は「勉め強いる」で、本来は気の進まないことを仕方なくする意であった。 (中略) 商人が頑張って値引きする意味の勉強は、明治以降、知識を得るために努力することが美徳とされるようになったことから、「勉強」は「学習」と同じ意味で使われるようなり、一般に学習を意味するようになった。  ふ~ん????? 

それにしてもwebの世界はすごい、キーボードをたたけば寸時に疑問に答えてくれる。考えることも、記憶することも必要ない時代へと変わりつつあるのでしょうか。そして人間の脳は退化して行く・・・のでしょうか?


2018.01.12
(金) 必死で生き抜くスズメたち

一週間ほど先は「大寒」。自然界の生き物にとってはいちばん過酷な時、食べ物探しも容易ではないでしょう。

我が家へ来訪のスズメ君たちも、また数が増えたような気がします。さりとて人が可愛さだけでエサを与え過ぎるのも禁物。スズメに限らず自分の力で生き抜く力を失わせるようなことはできません。心を鬼にしてその掟を守っています―(少々オーバー)

エサを与える時間は、朝7時少し前と夕暮れの近づく3時半過ぎ。その時間になると何十という数が屋根や木の枝にとまり、時よ来たらん!、今か今かと待ちかまえています。エサ台にエサを置き、屋内に戻ったのを見さだめると一斉に殺到。まさにお祭り騒ぎの押すな押すな。飼い犬ならぬ飼いスズメのようないとおしさを感じます。10分もしないうちに食べつくし、しばらくは未練がましくチーチー囀りながら騒いでいますが、ボスでしょうか、一羽が空に舞いあがると一斉に空の彼方へと消えていきます。

塒(ねぐら)はいずこ、「また明日の朝おいで、おやすみ・・・」そして西の空が茜に染まっていきます。

2018.01.11(木) 物を大切にするのはケチとは違う

一昨日、昨日と二日続けて認知症介護施設のボランティア事始め。施設は二つのグルーブに分れているのでそれぞれ別の日に出勤?

氷柱――先月の写真です

◆雑煮の餅は、関東は角餅で関西は丸餅など、どっちでも良い話から、昔は食べ物を大切にしたという話に。西日本出身のBさんは丸餅が懐かしいようです。
施設のお年寄りたちは、今朝食べたものを思い出せなくても、数十年以上昔のことをよく憶えていたりしてびっくりさせれることがしばしば。上手く水を向けると、昔の話がいろいろ出てきます。

◆近ごろ物を大事にしなくなったよネーというと・・・99才のA子さん。昔は「米一粒も大事にした。
井戸端で米を研いだあと、一粒でも落ちていたりすると、あの嫁は何ていう勿体ないことを」・・・と非難された。浴衣は何回も洗っては仕立て直し、着られなくなると、オムツに使い、最後は雑巾に・・という話など。

◆ゴミの集積所。十分に使えそうな玩具や家具家電製品、ポンコツ自転車、石油ストーブ、布団から着るもの。まさに使い捨て文化の象徴現場です。我が家だって大きなコトは言えません。
認知症になっても、物を大切にするという気持ちだけは健在、骨の髄まで叩き込まれているようです。

2018.01.10(水) 沖縄の人々の気持ちになれば・・・

沖縄において、またも米軍ヘリの事故ニュース。県民だけが不条理に大騒ぎしているわけではありません。沖縄県内における米軍基地は33施設、県全体の面積の10.1%、この数字からも沖縄県民がいかに重い負担を背負わされているかが想像に難くありません。http://fukunawa.com/okinawaword002参照

北アルプス遠望

◆昨朝、季節外れの小雨降る中をウォーキング。ラジオ深夜便・今日は何の日で「195319日は―映画・ひめゆりの塔が封切られた日」。平爺が16才の頃です。ストーリーなどの細かいところは覚えていませんが、強烈な印象だった記憶だけは残っています。web検索すると出演は 津島恵子・岡田英次・信欣三・香川京子・岩崎加根子・渡辺美佐子 など、往年の銀幕スターたち。

◆先の太平洋戦争末期、米軍は沖縄に上陸、日本はこの時点て戦闘能力を失っていたにもかかわらず、軍・政府の命令で、新聞・ラジオは「我が国は優勢に戦っている」と伝え、国民を鼓舞していた。そんな状況下、1519歳の沖縄県内中学~高校の女生徒で構成された「ひめゆり学徒隊」が作られ、負傷兵の介護などに従事させられた。その数は生徒・教師合わせて240人。
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3634/1.html参照

◆日本軍の戦闘能力を失った中、ひめゆり学徒隊は軍命により解散、戦場のただ中へ放り出され、240名のうち200名ほどが亡くなったと言われます。映画「ひめゆりの塔」の中には、女生徒たちが海岸の絶壁から海に身を投げて集団自決するシーンがあったような気がします。

●本土に住む私たちには、沖縄の人々の戦争への嫌悪感の強さは想像できません。たかがヘリが一機落ちただけ・・・ではすまないことを想像することが必要だと思います。世界へ目を向ければ、いまだ戦争の愚かさに気づいていないかのように見えます。

【追記】ひめゆりの悲劇の前年、沖縄の児童たちを乗せ、疎開途中の対馬丸が米軍の攻撃を受けて沈没、1476名という大きな犠牲がありました。

2018.01.09
(火)日本一値段の高い日本酒は?

年末年始来宅した息子の手土産は「日本酒」、銘柄は聞いたこともない「獺祭」、産地は山口県岩国市で高級酒らしい。産地が山口と言うのが気に入らないが・・・まあいいか。(理由はお分かりですよね)

「獺祭」・・・大半の方は読めないのでは?
ところで高級酒で頭に浮かぶのは越後米の越乃寒梅・久保田・八海山など。ここ信州の隣県という親しみもあります。

◆さて読み方ですが・・・「DASSAI」、「ダサい」ではありません。けもの扁に頼、獣扁ということは動物だろう・・・わかるのはそこまで。あとは辞書。イタチ科の『カワウソ』だそうです。へ~、どうして酒の名前に・・・それは昔近くの川に獺が棲んでいたかららしい。

山口県には変わり者が一人いますが、酒の銘が「獺祭」とは変わっている。ところが味の方は実にまろやかで、ついつい飲み過ぎてしまいそう。ネットで調べると三つほど等級があって 1升 32400円  16200円  7560円。
桁ちがいではありません。平爺が自腹で飲める酒でないことだけは確か。

◆「日本で一番高い日本酒」でネット検索したところ
「超高級日本酒―死ぬまでに一度は飲みたい至極の日本酒!」がヒットしました。銘柄は『獺祭』でした。これで死んでもいい?

2018.01.08
(月) 余生

昨日は門松を片づけ、七草粥をいただきました。
「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし 一茶」
この句が思わず脳裏に浮かぶのは八十路の下りにかかった平爺のひがみ?

◆あわせて浮かぶは「余生」の二文字。
余生を広辞苑で引くと 『残りの人生』 『老後の生涯』 と出ています。
イメージとしてはこんなものでしょう。特に異議はありません。webには「盛りの時期を過ぎた残りの生涯。残された人生」という記述もあります。

どっちにしても「何歳から」とう決まりがあるわけではないし、人それぞれの考え方次第。80の下り坂をとぼとぼと歩き始めた身には『余生』が似合っているような気もします・・・が、『余生』という言葉のイメージは「余りの人生」、つまりあってもなくても誰も苦にしない、そんな響きが感じられます。

だから「読書でもしながら静かに余生を」とか「消えかかったローソクの灯のように静かに」のような願望は、今のところありません。つまり「余り」の人生ではありたくないということですが、『ままならぬが浮世の常』ともいいますし・・・余生を考えることはやめよう。日々やりたいことを精いっぱいやれればそれでいいじゃないか・・・そう思い直すことにします。

◆「粥」と言うと、多くの方が芥川龍之介の「芋粥」を思い起こすかもしれません。うろ覚えの記憶しかありませんが、芋粥に目のない冴えない役人の自虐的な話だったような気がするが?平爺と重なるところがあるような無いような・・・・機会があったら読み直してみようか。

201.01.07
(日)―(Ⅱ)

昨日(1月6日)、ラジオ深夜便の「今日は何の日」は、『1941年、アメリカ・ルーズベルト大統領が民主主義の原則として「4つの自由」を提起した日』

知らなかったのでネット検索してみました。

 ◍表現の自由
 ◍信仰の自由
 ◍欠乏からの自由―(平和的生活を保障する経済上の相互理解)
 ◍恐怖からの自由(軍縮による侵略手段の除去)

77年も前のことですが、いまだ陳腐化するとなく、世界の人々が持ち続けなくてはならない普遍の原則だと思います。トランプ大統領も、金正恩主席も、そして安倍総理もこの民主主義の理念を尊重してほしいと思います。
ヒトラー、ムソリーニ、東条英樹・・・4つの自由が理解できていたら、あの悲惨な太平洋戦争も原爆被害もなかったはず。近ごろ、教育勅語復活や軍備拡張・平和憲法改正への一部勢力の動きに不安を感じる国民も多いのではないでしょうか。政治家たる者、もう一度この理念を思い起こしてほしいと感じました。
参照したホームーページhttp://blog.livedoor.jp/hakurakusha1988-tetsuwokoeru/archives/35483749.html

2018.01.07
(日) クラシックをじっくり聞くのも良いもの

テレビのお笑い、ドタバタ番組をバラエティと言うのでしょうか。お高くとまっているつもりはありませんが、そうした番組はまず見ません。とりわけ正月のテレビ番組は、目を通しても見たいものがほとんどない。

恒例として毎年見るのは箱根駅伝とウィーンフィル・ニューイヤー・コンサートくらいのもの。
なぜか今年の箱根はあまり面白くなかった。白熱場面が少なかったからかも。いや、歳のせいかな?

ウィーンフィルの方は、ウィーンから全世界へ向けてのライブ放送だが、録画を観たのは元旦ではなく4日と5日。孫たちがいるとじっくり楽しむという雰囲気にはならないから。

演奏は勿論だが、絢爛豪華ウィーン楽友協会大ホール(黄金のホール)の様子、飾り付けた生花・・・それに観覧する人々の何ともリッチな雰囲気。和服でそれとわかる日本人女性もちらっと映っていた。

貧乏人の平爺の頭をかすめるのはチケット代金。ネットで調べてみました。
◍一番高い席4800ユーロ ◍立ち見席・・・350ユーロ
  (1ユーロは≒135円 円換算はご自分でやってみてきださい)

◆ウィーンフィルの比較対象ではありませんが、一昨日、上田市サントミューゼホールで行われた「ウインナ―ワルツ・オーケストラ」の『NEW YEAR宮殿祝賀コンサート』を鑑賞してきました。なじみの曲が多く、バレーや女性歌手の登場もあり、雰囲気も和やかで、つい釣り込まれて鑑賞してきました。ちなみにチケットは5500円(ユール換算€40曲目の幾つかを紹介しますと
      ◍ピチカートポルカ  ◍ウィーンの森の物語  ◍ハンガリー舞曲  ◍雷鳥と稲妻
    ◍美しく青木ドナウ  etc. 約2時間の公演を堪能しました。


2018.01.06(土) 今月のことば

今朝の気温-8℃、頬を刺す寒さは「寒中」。屈伸で指先の痛いほどの寒さをかばいながら1時間半のウォーキングで一日がスタート。

◆寺院門前掲示板  今月のことば

   人生やり直しはできないが
   見直すことはできる

平爺の記憶では、何かの折に「その気になれば、これからだってやり直しができるのだから・・・」と聞いたようにも思うのですが定かではありません。
「人生やり直しはできない」と決めつけられると、一歩あやまれば人生それで終わりのよう気もしてくる。果たしてどう解釈するのが正しいのか・・。

ただ、「失った時間は取り返せない」いうのなら理解できます。
神様か仏様のような偉い人が述べられた言葉でしょうから、もう少し詳しく説教を受けたらその蘊蓄がわかるのかもしれません。


2019.01.05
(金) どうしようかな~

ここ数日が夜明けのいちばん遅い時期で、長野市の日の出は7時。一方日没のいちばん早かったのは125日前後でしたが、今は5分ほど遅くなっています。この程度ではまだ実感するところまではいきません。スズメがエサ台に集まるのも7時少し前です。


出品は2010年作 4号

◆水彩教室を退会してから数年以上たちましたが、今年も当時の仲間から水彩展への出品お誘いの声がかかりました。
ところが作品の大半はすでに断捨離―廃棄してしまいました。何点か残っている中から出品させてもらうことにしました。

思えば、水彩画を始めた動機は、いずれ登山も出来なくなるのは目に見えている、その時に「濡れ落ち葉」、「粗大ごみ」、「ワシも族」、「産業廃棄物」など邪魔者扱いされないようにと思って取り組んだのが水彩画。

肝心のその時がついに目の前となったにもかかわらず絵筆とは無縁の日々。そろそろ惰眠を吹っ切るべく初志を思い起こして描いてみようかな・・・・という気がないではありませんが、いざやるとなればそれなりの気概・気力も必要。ただのお遊びや暇つぶしのためならやらない方がまし。どうしようかな~悩める平爺さんです(笑)



2018.010.04
(木) 願いは世界の平和

76億人を乗せた地球号。だれしもいけないことと分かっているのに、戦争の火種の消えることはない。未来永劫に戦争放棄宣言した日本も、このまま進めばどうなるか・・・気配はかなり怪しくなってきた気がします。
これまでも平和憲法改正の声は恐る恐るながら無かったわけではない。しかしここにきて一気にそれが声高に語られるようになってきた。大丈夫でしょうか。最愛の子孫のために戦争だけはない世が続いてほしい。平爺の年頭の願いです。

◆平和のシンボルと言えば「鳩」・・・仲の良い鳥なのだろうか?
実はその理由を平爺は知らなかったことに気がつきました。

先日、広々とした県営運動公園の陽だまりに、仲良くエサをさがしている鳩たち。平和な光景です。遅ればせながら「鳩・平和」のキーワードweb検索してみました。

◆『平和の象徴=鳩+オリーブ 』

旧約聖書時代のこと、神様は争いなどがつづく堕落した人間たちに怒りを覚えて大洪水を起こしました。大洪水に遭ったノアとその家族は箱舟に乗って生き残った。次の難題は箱舟からの脱出。何度か鳩を放ちます。3度目の鳩がオリーブの葉を持ち帰りました。そして4度目の鳩は帰って来ませんでした。平和で安住の地が近くにあるに違いない・・・・以下省略

2018.01.03() 新しい年に新しい日記帳

1月2日のフルムーン

昨朝5時過ぎ、西の山稜へ落ちていく、みごとな真ん丸お月さんが雲間に。あとで調べてみたら「フルムーン」でした。

◆笑わすセンス抜群の明るい中三の孫娘。笑いの絶えない年末年始でした。

『来てよし帰ってよし』は的を得た言い様ですが、帰ったあとの家の中は火の消えたごとし。ほっとすると同時に、まるで空っぽの中にいるような気分になるのも事実。勝手なものです。

年末まで使っていた10年日記は、元旦から5年日記に。重さは《1050gから450g》へ、サイズは《19㎝×26㎝から15㎝×21㎝へ》と軽量化?大変扱いやすくなりました。
目標は、何とか向こう5年間空欄を作らないよう、たとえ1行でも書き続けられること。この目標を欲張り過ぎととるか、はたまた謙虚ととるか・・・本人にも他人にも判じかねるところです。
あと5年生きるのが先決、とにかくスタートしました。

(実は日記帳の一日分記入スペースはごくわずか。その日あったことを五つケ条書きしたらおしまい。それすら埋めるのは大変・・・・「特記」なしの無きようがんばらなくちゃー)

2017.01.02(
) 雪山賛歌

善光寺平を囲繞する山々は白と黒とのモノトーンの世界。妙高山や高妻山。そして遠く北アルプスの連嶺はクリームを塗りつけたような眩しい白銀に輝いています。
「雪山」と言えばどなたもご存知の「雪山賛歌」が浮かびます。

◆この歌は90年ほど前、京大山岳部の仲間たちが、大雪のため群馬県鹿沢温泉で足止めを喰っていた際、退屈しのぎに詩を書き、アメリカ民謡『いとしのクレメンタイン』のメロディーに載せたという話は、登山愛好家の多くが知るところ。平爺もこの歌が好きです。

 ①雪よ岩よ われ等が宿り

  俺たちゃ街には住めないからに

 ②シール外してパイプの煙

  輝く尾根に春風そよぐ

 ③煙い小屋でも 黄金の御殿

  早く行こうよ谷間の小屋へ

 ④テントの中でも 月見はできる

  雨が降ったら濡れればいいさ

 ⑤吹雪の日には 本当に辛い

  ピッケル握る手が凍えるよ

 ⑥荒れて狂うは 吹雪か雪崩れ

  俺たちゃそんなもの恐れはせぬぞ

 ⑦雪の間に間にキラキラ光る

  明日は登ろうよあの頂に

 ⑧朝日に輝く 新雪踏んで

  今日も行こうよあの山越えて

 ⑨山よさよなら ご機嫌宜しゅう

  また来る時にも笑っておくれ

奥志賀焼額山スキー場の樹氷 菅平ダボススキー場

◆30、31日は来宅中の孫娘とパパでスキー。30日は菅平高原。大晦日の一昨日は奥志賀高原のスキー場。ケガが後を引いていることは否めませんが、それより運動神経・体力(脚力と腰)の劣化により思うように滑れません。
脳裏をよぎったのは「もしかするとこれが最後のスキーかも」ということ。言いたくありませんが「歳には勝てない」という思い。元旦にはふさわしくないと思い、2日の日記にしました。

孫たちは4泊して今朝早い時間に帰って行き、またいつもの爺さん婆さん二人だけの静かな日常に戻りました。


2018.01.01(月) 元旦

明けましておめでとうございます  
 独断と偏見の❝よもやま日記❞に
   毎度お立ち寄り下さっている皆様方に
     あらためましてお礼申し上げます
       本年が良き年となりますよう
             お祈り申し上げます
  写真は1994年12月24日、厳寒の中央アルプス伊那前岳(2883m)からの撮影
  南アルプス連嶺のシルエットとその背後の富士山頂真上に昇るダイヤのような太陽 

新年も早朝ウォーキング(1時間25分)からスタートしました

昨年は胸骨圧迫骨折のために不本意な1年を余儀なくしました
登山あっての平爺。以前のようにはいきませんが、一座でも多く登れればと願っています。

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