.

  
    
2018年5月

 前月へ     『がん・人工肛門からの出発』トップヘ  『山岳巡礼』トップ

2018.05.27() 炎上おさまらないアメフト事件

昨日の問題の答・・・全部自粛用語です。参照 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4845/odio/kinku.html


ウォーキングの途中でキツネと遭遇 

新聞・テレビ・ネット・・・大炎上の1週間でした。火元は日大×関学アメフト試合での怪我人を出す重大なルール違反事件。
世間の目は、憎っくき相手は日大。就中、病院へトンずらした監督と、監督にハチ公のように忠実なコーチ。この二人が舞台の主役?。
ケガを負わせた日大選手の潔よさと誠実さの印象が強く、その対比で監督・コーチへの反発がいっそう強くならざるを得ないという面もあると思う。

上意下達、一階級でも違ったら口答えは一切許さない、監督・コーチの声は神の声。黙って従うしかないという典型が昔の日本軍隊。平爺は体育系の部活経験はないのでわかりませんが、根性を鍛え直すという名の下に、今も軍隊然としたしごきのようなことが行われているのでしょうか。白を黒と言わされても、抗うことを許されないタテ社会がつづいているのでしょうか。
「人を育てる」教育の現場での出来ごと、どう決着をつけるのか。衆目の目は成り行きを厳しく見ているようです。

2018年度10大ニュースに選ばれそうな炎上ぶりです。一方ほくそ笑んでいるのは森友・加計問題の深みに追い込まれて大忙しの政府と与党、皆さん、日大アメフトの方だけ見ていてくださ~い。

2018.05.26(
) 今日の日記はお暇な方だけお読みください

存在感のある花ですね

実は平爺の頭は「ハゲチャビン」、めったに無帽の写真は公開しませんから初耳かも(笑)それは生まれつきではありません、昔は黒くてふさふさとした毛が余るほど生えていました。兆候は40台初頭、以来「ハゲ」の劣等感から抜け出すのに費やした勇気の量は・・・?

◆古い話ですみません。豊田某という元女性代議士、秘書の男に「このハゲ~・・・違うだろ~~」と罵詈雑言を浴びせたとき、平爺は「ハゲではいけないのか!!それは差別だゾ」と憤怒に駆られたのを思い出します。あのおばさん、恥ずかしくて外にも出られない日々を送っているのかな~自業自得。

◆以前は差別、不快感などを理由にした放送禁止用語というのがあったらしい。今はテレビ・ラジオ。・新聞などのマスメディアが「自粛用語」を定めているようです。侮蔑・差別あるいは不快感を与えないようにということらしい。

「このハゲッ」は、明らかに侮蔑の用法ですが、自粛用語集には入っていない。お願いです、平爺のためにも是非入れて(笑)

◆以下のうち、自粛用語となっているものはどれ?答えは明日の日記で。
  
特殊学校 めくら つんぼ 植物人間 気ちがい沙汰 土建屋 百姓 芸人 女中 日雇い
  町医者 めくら印 支那そば
 バカチョンカメラ ほんぼし あて馬 足を洗う 姦通 首切り
これはあくまでメディアの自粛用語ということで、言葉自体が消えてなくなるということではありません

2018.05.25() —その2―

焼けぼっくいに火がついた森友疑惑。
疑惑を晴らすにしても、疑惑を証明するにしても、昭恵総理夫人や夫人付きの谷氏の証人喚問は不可欠。大半の国民がそうすべきだと思っているにちがいない。
それをまたもや「その必要なし」と政府・与党は一蹴。
誰が見ても「叩けば埃の出るのは避けられない」、だから喚問に応ずるわけにはいかない。真相が明らかになるのを恐れているのではないのか。国民の不信感を置き去りにして、疑惑は深まるばかり。

2018.05.25() 魑魅魍魎

希望の光 いずこ

「魑魅魍魎」・・・字面を見ているだけで、得体のしれないおぞましい裏の裏の世界を連想します。読み方は「ちみもうりょう」
 魑——山川の精、人魂など
 
 魅——もののけ
 魍——自然界の精気から出る怪物
 魎——化け物

◆森友・加計疑惑。くすぶっていた火種がまた炎を噴き上げ燃え出したようです。
疑惑に関連して名前の挙がった当事者はのらりくらりと逃げ回り、それを追い詰められない追っ手もふがいない。未決着の加計疑惑に加えて、しばらく鳴りを潜めていた森友学園が再び炎上の気配。

いったい政府は、そして公僕たる高級官僚たちは何を考えているのか。まさに政府・官僚の癒着体質はどこまで腐っているのか、底がしれない。一般国民には覗き見ることさえ出来ない別世界。これぞ「魑魅魍魎」の世界と言うべき。

◆その根っこを探れば、ほんの一時期を除いて自民党一党独裁政治が余りにも長く続いた産物ではないのか。さらにその根っこを掘り下げれば、一党独裁政治を支持してきた国民の政治認識に行き着くのではないかと思う。

国民もそろそろ惰眠から目を覚まし、腐った現実に目を向ける時がきているように思える。
しめしめ国民の目は日大アメフト問題に奪われている、おかげで政治疑惑への風当たりは薄まる・・・などと思ったら大間違い。


2018.05.24(
) 閑話——日本列島

リュウキンカ 戸隠にて

日記用メモに「島国」という走り書き。いつ、なぜメモったのか記憶なし。
日本列島というだけあって日本は島国。Webで調べてみたら、島の数は・・・見当がつきますか。

世界的には、オーストラリアより小さいものを島と呼び、最大の島はグリーンランドとのこと。日本列島には周囲100m以上の島が6,852あるらしい。
大きい順に並べると

①本州 ②北海道 ③九州 ④四国 ⑤択捉島 ⑥国後島 ⑦沖縄 ⑧佐渡
⑨奄美大島 ⑩対馬 ⑪淡路島 ⑫天草下島
以下 屋久島 種子島 福江島 西表島 徳之島 色丹島・・・・

人の住むのは437、残り6415が無人島とのこと。沖縄県西表島近くの外離島はたった1人(2012年現在)。どんな暮らし?興味津々、知りたいな~。竹富島へ行ったとき、目と鼻の先の外離島を眺めたのかもしれない。

◆「島国根性」という言葉があります。これもwebで検索すると「農耕民的島国根性は、偏狭、狭量、閉鎖的といった意味を持つが、反面、緻密、正確、協調といった日本民族が誇るプラスの諸特性をも兼備している」との解説ありました。

2018.05.23()  戸隠森林植物園を散策

ミズバショウ

先日訪れた戸隠森林植物園、好天・日曜日ということで大勢の人で賑い、広い園内も人影が途絶えない。絵の具を溶いたような蒼穹の空がどこまでも高く広がり、背丈の高い落葉樹の林では、萌黄色の新芽を陽光が透過、眼が洗われるように爽やかさでした。
園の入口には「クマ出没・注意」という物騒な看板。注意していても出てくるときは出てきますよネ。そのときは戦うのみ?
幾たびとなく訪れた植物園、今回もミズバショウの期待があったが、全盛期は過ぎていたのが残念。それでも咲き残った株はまだ鑑賞に値する程度には残っていました。

入場して最初に目に入ったのはひと群れのイワカガミ、立ち止まってじっくりと鑑賞。
次々に現れるミズバョウに脚が止まる。この園は野鳥の宝庫でもあり、望遠カメラを持ったバードウオッチングのグループも何組か。姿は見えぬも、何種類かの野鳥の囀りは途切れることがない。
エンレイソウ、リュウキンカ、ラショウモンカズラ、タチツボスミレ、・・・とりわけ湿地や小さな流れ沿いは可憐なニリンソウが行列を作って咲き乱れている。
1時間30分ほどの園内遊歩、リラックスできました。

◆戸隠と言えば当然「戸隠そば」、いわゆる十割そばというボロボロに切れてしまうような蕎麦を味わってきました。

2018.05.22() マイカ―セレナ ありがとうセレモニー

お神酒で労をねぎらい お別れ

毎日セレナのことばかりですみません。
一昨日は五月晴れの下、妻と愛車セレナで戸隠高原へお別れドライブ。買い替える必要性を全く感じないような快適な走り・・・二人で「もったいないネ―」とついつい愚痴なような未練のような言葉が口に。
標高1200mの高原は春まっ盛り。爽やかな風、芽吹いたばかりの新緑。眼も肺も洗われるよう。セレナも気持ちよさそうに走ってくれました。

ボディも室内もきれいに洗車。最後にボンネットにお神酒をかけて「セレナ、長いことご苦労さん、ありがとう」と声をかけるのが買い替え時の恒例のセレモニー。
そしてディラーへ持ち込むまでの10数分が最後の運転でした。

■追記― 以前買い替えの時にこの最後のセレモニーを見ていたディラーの営業マンが、「このようなお客さんは初めて」と、朝礼のときに話したそうです。

蛍の光を歌いたい気分で別れてきました。-(笑)-

2018.05.21(
) 愛車お別れドライブ

残雪の山は北ア後山立山連峰—戸隠高原にて
雪と岩の対比がいちばん美しく見える季節です

昨日、13年間付き合った愛車セレナとお別れ。名残りに妻と戸隠高原へドライブ、ちょっぴりセンチな気分。北アルプスを背景に思い出の写真を1枚。
全国をまたにかけた登山遠征では、セレナは走るだけでなくホテル代わりにも。何10泊、いや100泊か200泊か・・・車内泊は数えきれず愛着もひとしお。

◆テレビ・新聞などで高齢者運転事故のニース、「またか・・・」と思うほど。80才を超えれば「高齢者」であることを納得せざるを得ない。何かにつけて家族には心配の種のようです。

◆車検切れが天のおぼしめし、免許証返納を・・・だが未練が大きすぎる。マイカーがまだ一般的ではないころにハンドルを握るようになり、以来50年。一時期を除いて都合6台の車を買い替え運転してきました。セレナの走行距離11万㎞余。年月・距離とも一番長く乗った車です。

◆自分で「免許定年」と決めている85歳まで3年余り、それまではマイカーをそばに置きたい。家族を納得させて中古車・新車などをあたり、結局最低クラスの新車を購入することに決めました。ただし寝泊まりは無理です。
  ・安全装備のついた車 ・交通ルール厳守の運転
という二つの条件を満たすことを条件に家族の了解を得ました。

便利だが一つ間違えばとんでもない凶器、以前から言われている言葉。肝に銘じて車とかかわっていきます。
50年余年の運転歴で交通違反の切符を切られたのは2回。一度は紀伊半島で罠にはまるような追い越し違反。追い越した車が何と交通取り締まり車両。もう一回は佐渡ケ島での速度超過。狭い峠道から解放された長い下り坂―20㎞近いオーバーでネズミ捕りにかかってしまいました。記憶ではこれだけ?です。
事故は数年前に一度だけ。片側一斜線、住宅街の十字路。十字路を減速直進、突然左から突っ込んできた車両が我が車の側面へ衝突。信号機は無く相手方に一時停止の標識・・・これを無視して突っ込んできたもの。相手方の男は「一時停止しなかったんだろう・・・」とケータイを見ながら食ってかかってきた。標識を指さしたらようやく納得。

相手が悪くてもケガでもしたら大変。家族の心配する気持ちはよくわかります。

2018.05.20(
) 顔=相

湯ノ丸山にて
スミレの種類はあまりにも多くて ?

今朝は季節が戻ったような気温。手袋をしてウォーキング。

関・日戦ラクビーの意図的暴行プレイ。監督曰く「そんな指示はしていない選手が勝手にそう受けとったのだろう」と。
監督の語り口は「ルール違反でもやれ」と忖度せざるを得ないような言い方だったと推測。ああ・・・なんと「忖度」が流行る日本。これでいいのか。政治・政権から伝播して、今度は日本大学へ。何と忖度の好きな日本人。

◆昨日の日記で「顔」のことを書きました。ハンサムとか美人とかは関係ない話です。

30年、40年、50年と生きてくると、それぞれの生き方や培われた性格がそのまま人相となって顔に現れる・・・そんなことを耳にした記憶があります。

憎まれるような顔で生まれてくる赤ちゃんはいません。幼稚園、小学生・・・みんな無垢で良い顔をしています。成長して邪悪なものがこころに潜むようになると、それが『相』となって現れてくる――これは根拠のない平爺の勝手な想像ですが。

たまたまですが、昨朝のラジオ深夜便で定年後の生き方アドバイザー楠木新さん(経験を生かして第二の人生としてコンサルト業を起こして活躍中)がこんな話を。「生き生きと目標を持って生きている人は良い顔をしている」と語り、たとえば淀川長治、サカナ君、藤田まこと・・・などの名前をあげていました。言われてみれば、この方たちの顔や語り方に灰汁(あく)のようなものを感じませんね。後ろめたいところがなく、生き生きとした毎日を送っていれば、顔もまた良い顔になる・・・さて平爺の顔は?
(平爺、また自ら墓穴を掘るような話を・・・いいのです、本当にそうだから-(笑)-)

2018.05.19(
) 意気地なしと呼ばれてもいい

チシマザクラ?・湯ノ丸山にて

ついこの間は、女子レスリング伊調選手へのパワハラ問題が世間の関心と非難を浴びました。渦中の主人公だった人の名前は忘れましたが、何とか大学の女性学長。あれはどういう結末だったのか、いつの間にか収まってしまった?
今度の舞台?は関学・日大のラグビー対校戦。犯罪にもあたるように見えるルール違反問題。こちらは弁解の余地もない万余の人の目に焼き付くできごと、弁明のしようもないようです。

女子レス、ラクビーとも、テレビに映された指導者の顔や話し方。先入観はいけないと思いつつも性格は顔に出るという言葉が浮かびます。テレビにアップされた顔を見て「ああ、やっぱりな~・・・・」と変に納得。

◆それとは関係ありませんが、平爺は格闘技系のスポーツを好みません。特にプロレス・ボクシングなどはかけらも見たくありません。お金をもらっても見にいかないと思います。お好きな方には申し訳ありません。そうそうNHKの相撲も見ません。
ラグビーも昔から格闘技というとらえ方で、見たこともないしルールもまったくわかりません。テレビの解説で「ああ、あれか違反なんだ」と知る程度。

平爺は子供のころから取っ組みあいのケンカをした記憶がありません。きっと臆病者なんだと思いす。臆病でもいい、平爺は暴力や暴行というものとは遠いところに立っていたい。

17日の烏帽子岳・湯ノ丸山の山行記録をアップしました。

2018.05.18() 愛車とのお別れ登山

登山口近くの地蔵峠駐車場にて

愛車セレナが満13年。走行距離は115533㎞。北海道から四国まで、全国の山々をセレナとともに訪ね歩きました。

走るには支障ありませんが、車検切れを機に思いきって処分することにしました。平爺にとってはまさに「愛車」と呼ぶべき存在、心残りですがいつかは別れるさだめ(オーバー過ぎるかな)、仕方ありません。
愛着は一入ですがいよいよ明後日がお別れ日。昨日はお別れ登山に行ってきました。もちろんセレナは登山口の駐車場まで。山を歩くのは平爺一人ですよ(笑)

昨日登った山は、以前にも2回登ったことのある長野・群馬県境付近の烏帽子岳(2066m)と湯の丸山(2101)です。
1年半ほど前の圧迫骨折以来、いちばん体力を使った山だと思います-それは錯覚で、体力低下が真相?。

13年、11万㎞をつきあってくれた感謝をこめ、中も外もきれいにして送り出すつもりです。セレナよありがとう、そしてさようなら・・・

2018.05.17()  今月のことば

毎月更新される寺院門前に掲示板。今月のことばは

   『さとりとは 賢くなることではない

愚かさに気づくことである』

深い意味も考えずに“悟りの境地”なんだよな~などと気軽に使ったりしますが、実はもっともっと深い意味があるのろうと思います。平爺も何となく「達観」したような気分で軽く口にすることがままあります。

◆広辞苑で「悟り」を牽いてみました。
理解すること、知ること、気づくこと、感ずること・・・などの他に仏教用語として『迷いが解けて真理を会得すること』と出ていました。

Webに以下のような記述がありました。
『さとりは仏教の究極目的であり、悟るためにさまざまな修行が説かれ実践される・・・』云々
出家するつもりもありませんし、自分は愚かな人間と認識しているだけでいいのかもしれません。

2018.05.16() 人を見たら疑え !

気になっていた新潟県の子供のニュース。

◆新潟県阿賀町の山で、ハイキングに出かけた親子が行方不明になってから10日ほどになりますが、未だに父子とも見つかっていないようです。以前、平爺が登ったことのある山域でのことで気になっていました。
何日か寒い日がありました。生き延びるには厳しい状況にあったと推測します。子供にとっては、大きくなっても楽しい思い出となるはずの登山だったのではないか・・・そう思うと可哀想でなりません。
もしかすると熊に襲われ、藪のようなところへ引きずりこまれたのでは・・・そんな想像もしています。ただ奇跡を祈るのみです。


◆こちらは言葉もない残酷な事件。

1週間ほど前に発生した新潟県での女児誘拐殺人。列車に轢かせるという残酷さ。一週間後の昨日、容疑者が絞り込まれて逮捕にいたったとのこと。
それにしてもむご過ぎる事件。ご両親をはじめ、ご家族は気が狂うほどの悲嘆に暮れていることと推測します。
大きな夢や希望、どんな素晴らしい人生が待っていたかもしれないお嬢さん。可哀想で可哀想でなりません。


●昨年でしたか、千葉県で通学途上の女児が、登下校見守りの男による誘拐・殺人という事件があったのを思い出しました。 人を見たらドロボーと思え・・・人の善意さえも疑わなくてはなにらないとはなんと情けないことでしょうか。

201805.15(
) 母の日に思う

風薫る5月も、もう半分が過ぎてしまいました。早いな~、まさに光陰矢の如し。

先日の「母の日」、平爺と同年齢の方々は、ほとんどが母親をあの世へ見送っていると思います。私の母もカミさんの母も、すでに鬼籍の人となっています。それぞれ9396才でした。長寿を全うした両人とも、苦しむこともなく眠るように静かに息を引き取りました。まさに大往生だったと思います。

子育てのさ中が戦中戦後の混乱期。その苦労も並大抵ではなかったと思います。髪ふり乱し、身を削るようにして私たち子供を育ててくれた姿が目に浮かびます。

  『孝行したいときには親は無し』
  『海より深い母の愛』
  『♪根雪をとかす大地のような ぼくの母親』・・・四季の歌

人間という生き物はダメな生き物。亡くしてからそのありがたみがしみじみとわかってくるのです。

我が家には仏壇はありません。床ノ間の棚に二人の写真が飾ってあります。母の日には、ウォーキングのときに採ってきた野の花を供え、感謝をこめて般若心経を唱えました。
母の歳まで長生きできるとしても残りは10年そこそこ。悔いの残らないように生きたいものです。

2018.05.14() お月さま

平爺のウォーキングに、「お月さま」はこの上ない良き道連れです。
夜明けの早いこの時期、次々と草花が咲き自然の変化が気持ちを和ませてくれますが、寒さの冬は月と星とラジオ放送だけ。

◆ふと気になって「月」の字の入る熟語を探して見ました。あるはあるは・・

5月12日 薄明の月

月影 月額 月刊 月経 月齢 月例 月光 月次 月賦 月餅 月末 雨月
月見草 月桂樹 月見草 観月会 居待月 月刊誌 月の雫 月の舟 月下氷人
月下美人 月下老人 花天月地 花鳥風月 日進月歩
 花鳥風月  日進月歩

◆お月さま、大きさはどのくらい?

◍直径は3,474㎞。地球はその3.67倍。
 ◍日本最北端宗谷岬~鹿児島市は1,833㎞。この長さから想像してください。

 ◍月の表面積は3,793平方㎞、地球はその13倍ほど。日本の面積の約100

月は美しい。科学の目で見るのも良いが、日ごとにその顔を変えていく様子を情緒的に見るのも楽しいもの。


★そういえば「五月雨」と書いて読み方は「さみだれ」、「五月蠅い」は「うるさい」 不思議です?


2018.05.13(
)  元気で長生きを

菖蒲-アヤメ

人生下り坂にさしかかる歳になると「人に迷惑をかけずに静かに終われれば、・・・」と願うのは誰しも同じだと思います。そして誰しもその時は必ず訪れます。

◆日本人の三大死因を知っていますか?webで調べてみると
  1・悪性新生物(癌)
   2・心疾患(狭心症、心筋梗塞等)
  3
・肺炎・・・増加傾向
以前は2位と3位が逆だったようです。

1位のガンのうち、いちばん多いのは 男-肺 女-大腸。かつて死因1位だった脳血管疾患は、医療技術の進歩等によって減少傾向が続いているらしい。

◆ついでにラジオで耳にした健康長寿の秘薬
   人との付きあいが多い→結果として「いきがい」につながる
  
②自律性→自分をコントロールする。農漁業などの現役従事者など
  
③生きがい→趣味、サークル活動、ボランティアなどとのかかわり

 あなたはどれか当てはまりますか。お互い元気で長生きできるといいですね。

◆平爺が直腸がんのために全摘手術。余命1年を仄めかされて動揺。ガン患者対象の生きがい療法研究会の講演会に参加。そこで耳にした「生きがいを持つ」ことの大切さが今も頭に残っています。
。「生きがい」は自然治癒力を高め、ガン克服に役立つ・・・追跡調査などによりそれが実証されているとのことでした。30年前のあの話を思い出します


2018.05.12(
) ウォーキングで始まる一日

清々しい夜明け 5月11日 am4:40

朝晩季節が戻ったような寒さ。昨朝は5℃、片付けたストーブを出してくる始末。未明4時前、目覚まし時計のように目を覚ますが、温い布団から出にくい。
厚手のトレーナーに着替え、タオルを首に巻き、手袋も用意。「よっしゃー行くぞ」気合を入れ、寒そうな三日月を見上げてウォーキング出発。

◆こんな日常が永年続くと、「今日はやめておこう・・・・」という気はまったく起きないから不思議。習慣とは恐ろしい。
夜明けの遅い真冬はほとんど人には会わないが、今は自宅に帰り着くころに何人かのウォーカーと出会う。元気よく『おはようございます』の挨拶。認知症予防の《1日10人と話をする》というレベルではありませんが、挨拶だけでも何人かと通じあえるものを感じれば、老化防止には何ミリか役にたっているかもしれない。

◆昨年9月、一日も休まず1000日連続ウォーキングを達成しましたが、その後も休みなし。今日で1224日、まだガンバれるぞー。いいえ、別に力まなくても平爺にとっては、無意識に呼吸しているのと同じレベルの話です。
ちなみに先月(4月)のウォーキング合計54時間11分(一日平均1時間56分)・・・ただし登山の2日は除いています。


2018.05.11(
)  月に群雲

5月2日の満月 

月に叢雲、花に風  《つきにむらくも、はなにかぜ》 耳障りがよくて風情ある言葉だと思います。

お月さまを道連れにして、ウォーキングを楽しむことの多い平爺。10日ほど前の夜明け、西に傾いた満月に雲が絡んだ様が何とも言えない風情。これぞ「月に叢雲」。急いでカメラのシャッターを切りました。タイミングも良く、なかなかの写り映え?
2~3分後には雲が消え、煌々たる満月に変身してしまいました。

広辞苑を牽くと、群雲とは「むらがりたつ雲、月に叢雲、花に風」と載っていました。

◆ちなみに《月に叢雲、花に風》の意味は、よいことには邪魔が入りやすく、長続きしないものだというたとえのようです。「群雲」とも書き、群がり集まった雲のことをいうそうです。

2018.05.10(木) 何とか無事で・・・・

新潟県阿賀町の山で、ハイキングに出かけた親子が行方不明とのニュース。平爺は4年前に同じ山域の山を歩いたことかあります(http://www.joy.hi-ho.ne.jp/h-nebashi/hkk-1459.htm)。迷うような山ではありませんでした。道に迷ったというより、もしかすると熊にでも襲われたのではないか。そんな気もしてきます。

古い話ですが、志賀高原の山で行方不明になった人が、相当期間過ぎたころ山菜取りで藪の中へ分け入った人がその不明者を偶然見つけたということがありました。冬季の雪山登攀ならそれなりの覚悟をもっての入山ということもあると思いますが、まさか普通のハイキングコースでの遭難とは。言葉もありません。何とか無事に救出されることを祈るばかりです。

2018.05.10(
) 緑の黒髪・・・「緑」 「碧」 「翠」

先日登った山の名前は「碧岩」、みどりいわと読むようです。

◆広辞苑では「碧」と「緑」は同一語として扱われています。
「緑の黒髪」というように、黒くてつやのある女性の美しい髪の表現とか。「みどり」は、元々色ではなくて「若々しい」などの意味があるようです。

◍ところで平爺の好きな歌の一つ  ≪♪惜別の歌♪≫・・・島崎藤村作詞「高楼」

平爺は転勤族のサラリーマン上がり、往時同僚の転勤送別会には必ず惜別の歌を唄う人がいました。

  ♪遠き別れにたえかねて この高殿に登るかな

     悲しむなかれ我が友よ 旅の衣をととのえよ

   ♪別れといえば昔より この人の世の常なるを
     流るる水を眺(なが)むれば 夢はずかしき涙かな

   ♪君がさやけき目の色も 君くれないのくちびるも
      君がみどりの黒髪も またいつか見んこの別れ


この歌は中央大学校歌・学生歌として歌い継がれているということです

【情熱の歌人と言われる与謝野晶子の歌集「みだれ髪」から2首】

「その子二十 櫛にながるる黒髪の おごりの春の うつくしきかな」

くろ髪の 千すじの髪のみだれ髪 かつおもひみだれ  おもいみだるる」

【追記】広辞苑・・・「緑・翠」の項目はあるが「碧」の項目はなく、「青い・蒼い」の説明文の中に「緑・藍・蒼・碧に通じ・・」云々とあります。
分ったような分からないようなことを書きましたが、これだけ書くのにけっこう時間がかかりました。(笑)

写真の花は今庭で咲いています。十二単=ジュウニヒトエかアシュガ(西洋十二単)か分かりません。

2018.05.07(
) 『平穏死のすすめ-口から食べられなくなったらどうしますか』

特別養護老人ホーム常勤配置医・石飛幸三さんの著書の題名です。一読しましたが、もう一度読み直してから感想らしきものを書いてみたいと思いますが、印象に残ったことを一つ二つ・・・

   

これ何? 栗の花です

きっかけはウォーキング中ラジオでの「平穏死」の一言。耳新しく気になることばだったので「平穏死」とメモ。
ネットで調べて掲題の書を購入し大雑把に素読。「老化に伴い身体が弱っていく自然な状態を経て、平穏に最期を迎える死に方」がテーマ。

◆老衰、認知症の終末期、その他の病気で助かる見込みもなく、自力での飲食などが不可能となったとき、人工呼吸器や胃瘻などで無理やり延命するのではなく、自然な状態で静かに死んでいくこと、それが平穏死。10年ほど前に尊厳死協会の講演を聞いたときの話とよく似ている気がしました。

 ◍人は、死ぬ間際には脱水に近い状態となり、空腹や喉の渇きを
  知覚することもなく、必要なエネルギーもごくわずかで苦痛も
  感じない。これが「死期」で、そのまま亡くなれば「老衰死」

 ◍死期を迎えたとき、延命だけを目的(ただ生かすだけ)とした医療的
  措置は一切
行わず、安らかに死を迎えるのを「平穏死」と呼ぶようです。

平爺も「平穏死」に共感を覚えます。エンディングノートに書き記さなくては。
(再読が終わったら、この続きをもう少し書き足したいと思っています)

今朝のウォーキングは冷たい雨の中、傘と長靴で1時間15分。普段の60%ほどで切り上げ。傘を持つ手が冷たかったです。

2018.05.08
 ことば―「障害者」

ハルジオン

平爺は48歳のときガンにより直腸全摘。以来33年間人工肛門による「身体障がい者-第2種4級」の手帳を持つ身。

◆以前は身体等不自由な人をすべて「障者」と表現。役所へ提出する書類なども同様でした。
『害』というのは、いかにも世の中の『害悪』、害を及ぼす邪魔者との偏見からか、身障者に対して差別的な風潮があったのだと思います。

そこで表記を改めるべく検討段階で「碍」の字をあてることが検討されたが当用漢字になく、「障がい者」という表記になったとか。

◆細かいことに拘らない平爺は気にしませんが、言われてみ見れば「害」のイメージは確かに良いとは言えない、この感覚は健常者には分かりにくいかもしれませんね。言ってみれば「言葉による差別」と感じる障がい者もいるわけです。
こんな些細なことと思っても、当人は傷つくこともあり得る微妙なところ。世の中とはそういうものかもしれません。ここには書けませんが、昔は障がい者に対する差別用語がたくさんあったのを覚えています。

◆今はメディアや出版物などで「障害者」という字を目にしません。広辞苑を牽くと、「障害」と「障碍」は同一の言葉として扱っていますが、「害」と「碍」には微妙なニュアンスの相違が記述されています。
 「害」・・・そこなうこと、悪くすること
 「碍」・・・さまたげる、邪魔をする
やはり「がい」という平仮名表記しかなさそうです。障害物競争or障碍物競争・・・これはどっちが正解?

2018.05.07() 名前は一生もの・・・キラキラネーム

2018.07.06 暁光

キラキラネーム?何のことかご存知でしょうか?平爺はつい最近知りました。『一般常識からは著しく外れている珍奇な名前』
何回か書かせてもらいましたが、平爺は自分の名前にコンプレックス・・・でも二本線で消して書き直すわけにはいかないのが困りもの。
さてどんなキラキラネームがあるのか、早速web検索。結果は驚くべき珍名さんたち。生涯この名前から逃げられないご本人にはご愁傷さまとしか言いようがない。それにつけても親のいい加減さ・・・・。


◆さて実在するというそのお名前を下記に。愛情と勘違い。あるいは目立ちがり屋でしょうか。率直に言って可愛くも何ともない、生まれたときから不幸を背負わせたようなもの。ご同情。赤字
は女です

  ◍唯一神(ゆいか)歩木鈴(ぽこりん) 詩羽楊(じばにゃん)月姫(らめ)覇安威(はあい)
  ◍弥有二(みゅうつー)
凛空(りすか)羽々亜(うはあ) 生愛(りばい) 姫守(ひも)

引用サイト https://ailovei.com/?p=29872

2018.05.06(
) 祝祭日のこと

日ごろ仕事に精出している皆さん、GWで英気を養えたでしょうか。連休あとのあの虚脱感、今も思い出すな~。

開花した庭のツツジ

ところで、国民の祝日が年間9日だったころの昔人間には、GWの祝日と休日がややこしくてよくわかりません。平爺の頭はいまだに何十年も前のまま。

◆往時、天皇誕生日・憲法記念日・こどもの日・・・それが土日とどうつながるかが関心事でした。
現在は 4/29-昭和の日  5/3-憲法記念日  5/4-みどりの日  5/5-こどもの日。
黙っていても5月3~5日は必ず3連休。この3連休にうまいこと土日がつながると5連休?。

◆「国民の祝日」が制定された当初、祝日は下記の9日、今は13日?
平爺の頭の中は9日時代のまま、しっかりと脳裏に刻みついています。

 ◍1/1-元旦 ◍1/15―成人の日 ◍3月―春分の日 ◍4/29―天皇誕生日
 ◍53日-憲法記念日 ◍55日-こどもの日 ◍9月―秋分の日
 ◍13日-文化の日 ◍1123日―勤労感謝の日


昨朝、飯縄山を見るとスキー場のゲレンデが雪化粧。夜間に積もったのでしょう。早朝ウォーキングは手袋が必要でした。「八十八夜の別れ霜」という言葉があるそうです。立春から88日目(5月初頭)、このころが最後の霜と言われ、農作業の目途にしていたとのことです。
  【別れ霜 ありしと聞くや 牡丹の芽 】   虚子】
  
【別れ霜 庭はく男 老にけり】       子規】

2018.05.05(土) スズメ・ウサギ・ツバメ

 アカツメクサを貪る兎ちゃん
砂浴びに夢中の雀ちゃん

◆我が家の庭は、連日スズメの来訪で大賑わい。でも野生のスズメは臆病で警戒心が強く、部屋からそっとのぞくだけ。それでも我が家へ来るスズメには、ほかのスズメより愛着が湧くから不思議です。スズメ用のエサが底をつき追加で購入。クズ米30kg  6000円、これでまた半年は大丈夫です。

今年も緑のカーテン=ゴーヤを植えるための土を用意。ウリ・ナス・トマトなどと同じで連作障害に弱く、同じ土を使うと出来がよくない。そこでブルーシートの上に土を広げて日光消毒。スズメが早速目をつけて「砂浴び」に利用。混雑するプールを「芋を洗うようだ」と言いますが、まさにそれに似た混雑。場所取りが大変です。土の上には径10cmほどのくぼみがびっしり。その様子を見ていると癒されます。

◆草の枯れた冬場はウサギちゃんへのエサやりは休業。急に陽気が良くなり、好物のアカツメクサがぐんぐん伸びて、ようやくウサギちゃんへ届けることが出来るようになりました。待ちかねたようにムシャムシャ・・・。これもまた可愛いが、仕事か一つ増えました。

◆数日前からツバメの姿が。畑や民家の上を、低空で切れ味よく飛び回っいます。その飛翔ぶりは実に美しい。可愛いがダサイ雀とは大違い。あのスマートさはまさに貴公子の風格。

2018.05.04() 平爺の歌?  

庭のスズラン

◆音痴を自認する平爺、昔から歌は苦手。サラリーマン現役のころ取引先との親交の席、△△さんも一つどうぞ・・・とカラオケのマイクを差し出されたりしたとき、前奏から歌に入るタイミングが分からない。中居さんが出だしのタイミングで「ハイ」と背中をたたいて合図、あわてて歌い出すという音痴ぶりでした

◆風呂で気持ちよく歌うという趣味?もありませんが、グループホームのボラを始めてから、浴槽に浸かりながら憚ることなく声を上げて歌っています。風呂で歌うと湿度が高く音がよく伝わり、上手く聞こえると聞いたような気がしますが、それって本当でしょうか?風呂で歌うのは唱歌や懐メロやロシヤ民謡・・・・など。思い切って歌ってみるとストレス解消に効きますね。

◆社会人になりたてのころは歌声喫茶全盛期、新宿あたりの歌声喫茶へ一人立ち寄り、調子っぱずれの蛮声を張り上げていたこともありました。ロシア民謡はそのころ覚えて好きになりました。『ともしび』という歌声喫茶は何となく覚えています。『山小屋』とか『カチューシャ』という店も?・・・記憶は不確か。

◆グルーブホームのボラでは、なるべく季節に合った歌を中心に、適当に選曲して歌っています。最近よく歌った曲は
   おぼろ月夜  荒城の月  春の小川  早春賦  月の砂漠  鐘の鳴る丘  山小屋の灯
   君の名は  青い山脈  あざみの歌  リンゴの唄 鐘の鳴る丘 人生の並木道 etc

見栄も外聞も捨て、調子外れも何のその、風呂の中で大きな声で歌っている平爺の姿、想像すると抱腹絶倒するのではないでしょうか。本人はそれなりに気持ちよく真面目に歌っている・・・と知ればなおさら絶倒ですね。大きな声で歌うのは、心身の健康にも良いと聞いたことがあります。平爺の歌は健康法?まさか

追記――グループホーム用に1枚4曲入りの歌詞ペーパーを27種類作ってあります。曲数にしたら100曲をかなり上回ると思います。ペーパーを配って皆さんと一緒に歌います。お年寄りたちは歌が大好き。
(この際ことわっておきますが、平爺は生まれてこの方、カラオケ屋の経験ゼロという化石人間です)


2018.05.03(木) 憲法記念日

今日は憲法記念日、改憲派、現憲法擁護派、それぞれがメディアなどで論戦を張っていました。
日本国憲法の三つの柱は ◉国民主権 ◉基本的人権の尊重 ◉平和主義・・・三大原理

【国家の意思決定権は国民にあり国民の自由と権利は最大限に保障され、戦争の放棄と武力の不保持による平和主義』 これで間違いないでしょうか。平爺は現憲法擁護派です。

憲法前文は暗記していたのですが、ここ何年か複唱することもなく、正確な暗誦はできなくなりました。実は高校時代に速記部に所属、練習前の手のトレーニングで憲法前文を使っているうちに暗記しました。時間と関心がおありでしたら読んでみてください。

(憲法前文)

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、 われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、 この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


2018.05.03(
) どうなる新しい元号

4月末から5月初めは「二十四節気七十二候」の『牡丹華=ぼたんはなさく』です。合わせるかのように3日ほど前に庭のボタンが大輪の花を開きました。2株だけですが存在感は十分です。このホダンは奈良に住んでいたころ、牡丹で知られる長谷寺参詣の折に苗木を購入、その後長野へ転居のときも荷物と一緒に運んできた思い出の花です。

◆平成天皇退位まであと一年。気になるのは「元号」。どんな元号になるかは関心なし。気になるのはこれまで通り役所関係などは不便を承知で元号を踏襲するのかどうか。平爺の持論は「原則は西暦」、ただし歴史の文化遺産として副次的に元号を使うことは妨げないが、公的な書類などはすべて西暦表示を義務付ける・・・とうのが平爺の支持するところです。
元号は一貫性がないから極めてわかりにくい。現況としては大手マスコミのうちNHKと産経新聞だけが元号を使っているが、海外ニュースを伝えるときのみ西暦とのこと。余計混乱するのでは・・・・。

ブログを検索すると政治も経済も国際化の進む中、「原則西暦派」が多いのは当然。誰が考えてもその方が利便性にも優れていることは明白。平爺の生まれは昭和12年、それを聞いて即座に何歳か言い当てられる人は特異な計算能力を持つ人以外にはいないはず。
天皇退位を機に、「原則西暦」を実現すべきだと思っています。

平爺のPCデスク左手壁には「年号→西暦変換表」が貼ってあります。ただし大正13年(1924年)以降分ですから、それ以前は算数に弱い頭で計算しなくてはなりません。

2018.05.02(
) 初夏  「♪夏の思い出」・・・終活写真整理

初夏と言えば「夏の思い出」が頭に浮かびます。

♪夏がくれば思い出す はるかな尾瀬遠い空
      ♪霧のなかにうかびくる やさしい影 野の小径
      ♪水芭蕉の花が咲いている 夢見て咲いている 水のほとり

        ♪石楠花色にたそがれる はるかな尾瀬 遠い空

平爺の好きな歌、お風呂でよく歌いますがグループホームでは歌えません(残念ながらみなさん知らないのです)

残雪の初夏から晩秋まで、尾瀬ケ原や囲繞する山々など、何回訪れたことか。尾瀬ケ原・三条の滝・燧ケ岳、至仏山・皿伏山・白尾山・笠ケ岳・景鶴山・裏燧なども含めて、訪れたのは10数回以上だと思います。何回行ってもそのたびに感動があります。山を歩ける体力の残っているうちに、もう一度訪れてみたいものです。

初めての尾瀬は50数年前。結婚前に妻と2泊3日で訪れた日のことははっきりと覚えています。終活で写真を整理していたら、その時の様子を克明に綴った記録と写真集が出てきました。 B4サイズで32ページ、すべて手書き、写真56枚とスケッチ12点・・・こんな時があったんだな~・・・平爺も、いつか思い出に生きる歳になりました(笑)

2018.05.01(
) 山笑う

一昨日 登山での新緑

月が変わって五月=さつき。さつきと言えば五月晴れともう一つ「盆栽のサツキ」。多忙に追われるサラリーマン現役時代、よくも100鉢以上のサツキを育てていたもの、我ながらあきれ返ります(笑)直腸がんを患い、手入れも不能となって足を洗いました。

俳句の季語に「山笑う」があります。
くすんだ色の山から雪も消え、新芽が伸び始めると木々の一本一本がそれぞれ塊となって丸みを帯びて目に映ります。最初は萌黄色、そして明るい緑へと変わっていく。柔らかくて、やさしくておおらかで、あたかも頬を膨らませて笑い出しそうな感じに見えるのです。勝手な印象ですがこれが「山笑う」、明るく長閑で好きな季節。

以前は「山笑う」という表現が理解できませんでした。ところが10年ほど前でしたか、車を運転していて、ふと目にした里山が、ふくよかに笑っているように見えたことがありました。この感じなんだ・・・。目からうろこが落ちた気がしたのを思い出します。

一昨日の登山-—新緑が目にしみ、この身も染みるような鮮やかさ、しばしうっとりと見とれました。。

 前月へ    『がん・人工肛門からの出発』トップヘ  『山岳巡礼』トップ
U]