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2020 年 3月

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2020.03.31() 人間ドッグの結果

夜明けが早くなりました
冠雪の妙高山

滞りなく?ドッグを受診してきました。詳しい結果は後日郵送されますが、当日の口頭説明では、二人とも特に指摘されるような異変はありませんでした。まずは無事の乾杯をしなくては(笑)!

冬の置き土産のような昨日の雪、今冬いちばんの積雪と言っても15センチ程度。降ってもすぐにとけてしまうこの時期の雪を春の淡雪(あわゆき)と言うようですまた「春の雪」ということも。気温が高くなって水を含んで大粒のベタ雪、「牡丹雪(ぼたん)とも言われて重たい。


◆昨日のドッグ、特に指摘された事項もなく歳相応、合格と受け止めています。
ドッグ料金は市の補助金制度がありますが、妻と二人で自己負担約8万円、決して軽いといえるような額ではありません。ドッグを希望しても経済的な理由で受診できない人もいると思います。費用がせめて半分くらいになるといいのですがネ~

16年前、平爺の前立腺がんが見つかったのもドックのおかげでした。


2020.03.30(
) 人間ドッグへ

野に咲くスミレ=菫
その種類は100数十もあるとか

例年の恒例行事?人間ドッグへ行ってきます。病気探しとは・・・変なものが流行ったものです。軽いとは言えない費用負担、目に見えない病いを見つけてもらってありがたがる・・・考えてみると実におかしな話です。

一日たりとも休むことなく83年間使い続けてきた体、十分にガタがきていて不思議はない。何があっても驚きませんが、何もなければお祝いの祝杯?(ドッグを前にして、やや控え目にしていた晩酌の量・・。今晩からまた恒例の晩酌にcomeback・・・うれしい)

そういえば、前立腺ガンが見つかったのも人間ドッグでした。ドッグの受診を受けなかったらどうなっていたか・・・今頃はあの世で・・・?

登山こそ断腸の思いで卒業したものの、日課のウォーキングはこの1年も休日なしで続けてきました。それに免じて変な病気が見つからないことを願いながらドッグへ・・・結果は明日の日記で・・・。

◆田んぼの広がるあぜ道に、スミレが一輪咲いていました。
登山でもスミレの花を目にすると癒されたのを思い出します。
・キバナノコマノツメ ・タカネスミレ ・タチツボスミレ ・ミヤマスミレ ・オオバキスミレ ・エゾキスミレ・・・etc.


202003.29() 失笑の歴史?

昨日もラジオ・おはよう日本を聴きながらの早朝ウォーキング。「今日は何の日」コーナーでは

菜の花


1940年(昭和15年)328日、 戦時下の芸人たちのカタカナ芸名を改めさせるおふれが出た日。 

えっ? 何のこと?と思いますよね
「カタカナ」は敵性を連想させるから良くなとの発想から出された政府令らしい。それが「愛国心」的発想と錯覚したのかもしれません。
たとえば歌手のディック・ミネ、ミス・コロンビア、漫才のミス・ワカナ・・・そしてプロ野球のスタルヒンも須田博と改名させられとのこと。実に漫画チックなお話し、笑っちゃいますが、政・軍の要人たちが大真面目で考えたにしては何とも幼稚で失笑もの。当時の日本はそれほど狂っていたということでしょうか・・・。



◆名前以外にもカタカナ語に変えたことばの例・・・笑えますネ~!!

  野球 「ストライク」→「よし」  「ボール」→「だめ」
  食品 「ドーナツ」→「砂糖天麩羅」(さとうてんぷら)
  楽器 「ピアノ」→「洋琴」(ようきん)
 その他 「パーマ」→「電髪」(でんぱつ)
  「マッチ」→「当て擦り」あてこすり?
など、日本語らしい名前を考えるのもさぞや大変だったと思います。

カタカナ語が蔓延している現在、もしこれを使用禁止にしたらコロナ以上のパニックが起きるかも・・・シーズン、サービス、インテリ、ヒュッテ、サラリーマン、ビルディング、チャンス、ビジネス、ネットワーク、プログラム・・・・・・ETC. 身の回りに、あまりにも外来語が定着していて、もやは日本語と言っても過言ではなさそう・・・・。
何十年かのちには、言語が相互に溶け合って、世界一言語の時代がくるかも?


2020.03.28(
) ?

春うららリンゴ畑

ネットサーフィンで、偶然「字面がカッコいい都道府県ランキング・・・」というサイトが目に留まりました。はたして当長野県の順位は?
一位から順に都道府県名を追っていく・・・長野県が出てこない。42番目にようやく長野の名前が。どうと言うことはないものの、下から数えて6番目。たかが県名の話、でもちょっと残念だな~。

1位-神奈川 2位-愛媛 3位-京都 4位―北海道 5位―宮城
(ちなみに総投票数はたったの1065)

◆新コロナウイルス旋風の雲行きが、日本の中枢東京都にも襲いかかり、緊迫の度を増してきたようです。豪華客船が東京湾に寄港したとき、このような展開を予想した人はいたでしょうか。ここ長野県では判明した患者数4名、少ないとは言えいつ爆発するかわかりません。平爺も認知症介護施設のボラに行くときは忘れずにマスクを着装、ボラ介護施設に入るとき、帰宅したときは念入りに手洗いを励行しています。

◆津波被害で原発が被害をこうむり、冷却汚染水が海へ流れ出すという不安と混乱の中、5 輪誘致に名乗りを上げた東京、こちらも延期せざるを得ない事態に追い込まれました。延期すれば、また経費増嵩は必定です。
2020年はコロナに始まりコロナで暮れる。今年の流行語は「コロナ」に決定?


2020.03.27(
)  歌は世につれ・・・・

用水路で獲物をねらうシラサギ

昨日は“ガード下の靴磨き”のことを書きました。歌詞や曲を調べるのに YouTubeで検索。ついでに、その当時の懐かしい歌謡曲をいくつか検索してみました。

◆日本が世界を相手に仕掛けた太平洋戦争、国土が廃墟と化すほどにたたきのめされました。はたして日本という国家が存続できるのか・・・危ぶんだ国民も多かったと思います。敗戦は平爺が8歳のときでした。

衣食住すべてが欠乏、夢も希望もなく、飢餓と忍耐の日々。不安のどん底にあえぎ、戦後10年ほどを思い出すとつら過ぎます。ぞっとします。“ガード下の靴磨き”はまさにそな世相を切り取った暗い歌、混乱のあの時代だからこそ流行った歌だったと思います。
ほかにも“ガード下の靴磨き”のような、夢や希望からほど遠く、自虐的な歌がなかったか・・・そこで頭に浮んだのは

  星の流れに  カスバの女  異国の丘   江の島エレジー  かえり船  泣くな小鳩よ
  夜のプラットホーム  湯の街エレジー  夢淡き東京 
etc

ピント外れだったらごめんなさい。「うたは世につれ 世はうたにつれ」 この言葉、ずいぶん昔からありますが、誰が作った言葉でしょうかネ?

2020.03.26(
) ♪ガード下の靴磨き-宮城まり子さん逝く

宮城まり子さんが、去る21日に亡くなったとのニュース。享年93、惜しい人をなくしました。平爺と同年代の者には、深く記憶に残る方でした。
障害を持つ子供たちのために私財と時間を投じて養護施設「ねむの木学園」を設立、同時に障碍者への理解を深める社会活動家としても広く知られる方でした。宮城まり子さんは女優・歌手という肩書もあり、世情の関心もひと際強く、平爺の頭には、条件反射のように「♪ガード下の靴磨き」が浮かびます。

【♪ ガード下の靴磨き】

赤い夕日が ガードを染めて ビルの向こうに沈んだら
   街にゃネオンの花が咲く おいら貧しい靴磨き
   ああ 夜になっても帰れない

墨によごれた ポケットのぞきゃ 今日も小さなお札だけ
   風の寒さやひもじさにゃ 馴れているから 泣かないが
   ああ 夢のない身が つらいのさ

誰も買ってはくれない花を 抱いてあの子が泣いていく
   可哀相だよお月さん なんでこの世の幸せは
   ああ みんなそっぽを向くんだろう

空襲で家を焼かれ、親を失った子供たちが、東京の街角で靴磨きをしながらわずかばかりの稼ぎで飢えをしのいでいた悲しい光景が目に浮かびます。

昨日は認知症介護施設ボラの日。『♪ガード下の靴磨き』を利用者のお年寄りたちと一緒に歌ってきました。

2020.03.25(
) 自動車処分

昨朝の雪・・名残り雪?

彼岸が過ぎたのに昨朝は本降りの雪。路面を白く覆った雪を踏んで1時間のウォーキングでした。

◆運転免許証返納から1ケ月半。運転できなくなったことで、困ったり、とんでもなく不自由をかこったりすることもなく、みれんもなく以前と同じような毎日が過ぎています。

平爺用の普通車と、妻用の軽自動車をそれぞれが自分の車として使用してきましたが、妻が普通車の運転に慣れてきたところで、妻専用の軽自動車を昨日業者に引き取ってもらいました。駐車スペースが一台分空いて広々した感じです。空いたスペースは電動自転車用に転用。電動自転車はかなり重いので、広いスペースだと出し入れが楽です。

考えてみれば、夫婦それぞれに専用車?を持つこと自体が不遜ですが、これにはわけがあります。
18年前、奈良から長野市へ転居した際、足の便が悪く不自由するだろうと思って妻専用の軽自動車を購入したという経緯があります。平爺は一年中、登山で自動車を使っていたという事情もありました。免許返納した今、妻が普通車の運転にも慣れてきたところで、このたび軽自動車の方を処分しました。

友だち付き合いや、コーラスなど趣味の仲間との交友など、平爺とは逆で社交的で外出も多い妻。車を使う頻度は平爺よりはるかに多かったのが実情。これからは、平爺はちょっとした用事は自転車、少し距離のある所へは妻に乗せてもらう・・・頭が上がらなくなりそうです(笑)

追記 免許を返納してから1ケ月あまり、車のない生活にも慣れて痛痒は感じません。電動自転車は毎日一度は漕ぐのが日課、おかげでだいぶ慣れてきて、そのうちにわが身の分身になる日も近いかも・・・・。

2020.03.24(火) 断捨離-写真整理

◆老いが進んでからの写真整理は、誰しも味わう宿命的難題。アルバムが3冊や5冊なら悩むほどのことはありません。ところが現実にはアルパムなしで、段ボール箱や引出に放り込んであるだけという家庭も多かろうと推測します。それに比べたらアルパムにしてあるだけ平爺は少しはましかもしれません。

◆アルバム何十冊という写真の山。ゴミとして捨てるには忍びない。さりとて整理となると・・・気が遠くなりそう。妻との交際期の思い出、夫婦の旅や親子旅行、子供の成長の記録・・・まさに写真・写真・写真・・・アルバムの山。それでも平爺は曲がりなりにも整理はよくやってきた方だと自負しています・・・が、なにしろその量が多すぎる。もちろん登山関係の写真は別です。


整理ポイントの第一は「この写真はほんとうに残しておきたいのか」が基準。

   私たち夫婦の旅記録など、二人で生きた証の思い出写真 ②息子二人、それぞれに別冊アルバムに貼り替えて当人に渡したい写真 ③親子が一つの家族として過ごした証の写真 ④そして可愛い孫の幼少期の写真・・etc.

◆終活の一環として昨年から手がけてきた写真整理は、ようやく終盤を迎えています。あと3年も放置していたら、きっと手をつける気力も失せていたかもしれません。昨年、整理の決断をしてよかったと思います。「整理とは捨てることなり」段ボール箱に入っていた50冊を超えるアルバムから11枚剥がして選別、貼り替えをし、10冊ほどにまとめました。なるべく早く息子や孫に渡すアルバム、もうしばらく手元に持っていたい写真・・・。しかし、いずれは手元から消えて行く運命です。

写真整理とは「思い切り」・・・捨てる勇気・・・ようやく大きな荷を下ろした気分です。
気取って言えば、写真整理とは残したいという未練と戦う作業。もう写真は1枚たりとも増やさない・・・そんな覚悟。思い出は頭の中に記憶として残そう・・・・と言っても今現在のことを忘れてしまう頭ではネー。。
      

昨日の2字熟語解答は下記の通りです。いかがでしたか・・・簡単すぎて手ごたえなし。それは何よりでした。

紺青 黙認 蒼穹 久遠 忍耐 桔梗 罰則 窓際 開催 勇猛

2020.03.23(
)  頭の体操・・・認知症予防「脳トレ」

平爺にとって、目下いちばんの切迫懸念、それは認知証。何か失念、間違えたりすると女房から飛んでくる直球は「また進んだわね」・・どこまでがウソで、どこまでが本当か?

日課の早朝ウォーキング、5時過ぎにスタート。帰宅すると腕時計を確認 “今朝は1時間30分か・・・” そして朝食後ウォーキング時間を記録しようとすると「あれっ・・・今朝は何時にスタートしたっけ・・・?。それが思い出せないことがしばしば。やっぱり認知症かな~?

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3/21 薄明の三ケ月

下記に漢字が20あります。これを使って2字熟語を10作ってみてください。特殊な熟語はないつもりです。時間制限はなし、夜通し朝まで考えてもかまいません()
漢字は全部使わなくてもよいし、2回使ってもかまいませんが、いちおう同じ漢字は2度使わないつもりでやってみてください。5個できたら認知症の心配はまずありません(平爺の勝手な診断です)

 青 黙 穹 遠 耐 桔 窓 罰 際 開

 忍 久 認 勇 則 紺 催 蒼 猛 梗

2020.03.22()

桜の花見時期に梅の話題とはピンポケですが、北信濃は今が梅の季節、家々の庭や、畑の片隅、公園などで楚々と咲く紅梅・白梅が見頃です。

  梅は咲いたか 桜はまだかいな 柳ャなよなよ風次第・・・・これは「江戸端唄」の有名な一節とか。

梅で頭に浮かぶのは

 白梅--3/21早朝 ウォーキングの途次

●平安時代、菅原道真は政争に敗れ、遠い大宰府へと流されることとなり、愛でていた梅の木との別れを惜しんで詠んだというのが

 
「東風ふかば にほひをこせよ  梅の花
           あるじなしとて  春なわすれそ」

●「梅の名所」をweb検索すると
綾部山梅林(兵庫県)郷梅林(群馬県)
熱海梅園(静岡県)
羽根木公園(東京都)偕楽園(茨城県)大阪城公園(大阪府)
月ヶ瀬梅渓(奈良県)などが挙げられていました。この中で平爺が梅の時期に訪れたのは月ヶ瀬だけ、そんなに良かったかな~加齢にともない記憶は薄れるばかり。

小畑実・市丸の歌った「湯島の白梅」という流行歌もありました。
  ♪湯島とおれば思い出す お蔦主税の心意気
  ♪知るや白梅玉垣に のこる二人の影法師

●俳句
  梅一輪 いちりんほどの 暖かさ  服部嵐雪
  梅咲けど 鴬なけど 一人かな   一茶
   しばらくは 花の上なる 月夜かな 芭蕉

2020.03.19(
) 日が長くなりました

 自然の造形美。10日ほど前の冷え込んだ朝
水たまりに張った氷模様に足が止まりました

 彼岸のお中日、日が長くなりました。
 日の出時刻  11日  7:00   321日 5:50
 日の入時刻 12316;31   321日 18.00

 日の出は1時間10分早くなり、日没は1時間29分も遅く
 なっています。

 庭に訪れるスズメのエサやりも夕刻4時半ころだった
 のが、今は6時過ぎ。スズメにとっては、自然界でのエサ
 探しがいちばん困難な時期だと思います。



◆早朝ウォーキングに出かける5時過ぎには、東の空がもう明るさを兆してまいす。春だな~
ただし10日ほど前は、朝の気温-6℃、寒中に戻ったような寒さで。ボタン雪が解けてそれが凍り、路面はツルツル、足元に気をつけながらウォーキングでした。

◆今は梅の花がきれいです。我が家の梅は、あまりにも害虫がつくので、何年か前に伐採してしまいました。
川の堤や公園など、桜のつぼみが少し膨らんできました。例年よりだいぶ早く咲きそうです。寒さとの戦いだったウォーキングも、これからは楽しみのランランウォーキング気分です。


2020.03.20(
) 「春分」は・・・祝日?それとも 祭日?

今日は春分の日、昼と夜の時間がほぼ同じになる日、秋にもありますがこちらは秋分の日。あらためてここに書くと「お前バカか・・・知ってるよ」と言われそうです。平爺と同年代の者には春の彼岸、秋の彼岸と言う方がピンときます。この前後3日間を含めた7日間がお彼岸で、その真ん中が「彼岸のお中日」。ところで春分の日・秋分の日は休日ですが、これは「祭日」それとも「祝日」・・・?

民家前にユーモラスな木造人形
大工さんさんの家?
 墨痕は大工魂


ネット検索すると「祝日」となっていました。

   祭日とは・・「皇室祭祀令」で定められている儀式や祭典の日
   祝日とは・・「国が定めた祝の日」

◆「皇室祭祀令」による祭日が、戦後「祝日」と呼ぶように変わった
  のは以下の七つ(webより引用)

   11日 四方節⇒元旦     211日 紀元節⇒建国記念日
   3月 春季皇霊祭⇒春分の日   429日 天長節⇒昭和の日
  9
月 秋季皇霊祭⇒秋分の日    11 3日 明治節⇒文化の日
   1123日 新嘗祭⇒敬老感謝の日

つまり、祝祭日のほとんどは、戦前の皇室祭祀令をよりどころにしているということになるのでしょうね。

2020.03,19(
) いくつできましたか?

 

寒くないのかな~

  ①トクサ  ②アジサイ  ③サザンカ  ④シダ   ⑤ツワブキ
  ⑥アヤメ  ⑦シャクナゲ ⑧ケシ    ⑨ツツジ   シュロ
  ⑩カラマツ ⑫ツガ    ⑬オダマカ  ⑭クコ   ⑮キンポウゲ
  ⑯ススキ  ⑰キキョウ  ⑱スズカケ  ⑲オモト  ⑳センダン

  はい・・・ご苦労様でした。

◆認知症介護施設のボラは、その後も飽きることなく?元気で通っています。電車と徒歩の通勤にも慣れてきました。
新しく入った利用者の女性(仮にAさん)、このAさんは、ほんとにう認知症?と疑いたくなるほどしっかりしています。来る場所を間違えたのでは・・・?おかげで平爺は大助かりです。
記憶もしっかりしていますし、周りへの気働きも健常者と遜色を感じません。それに歌もお上手で、平爺のサポーター役になっているような錯覚をおこします。気働きや他人への忖度もできて、言動にも周囲の雰囲気を読んで行動しているようにも映ります。普通の家庭で十分に生活できそうな気がしますが、それなりの理由があるのでしょうね。このような方は始めてです。
一口に認知症と言っても千差万別、奥が深いことを認識しました。

2020.03,18(
) 頭の体操・・・いくつできますか?

昨日は朝から雪降り、雪かきをするほどではありませんでしたが、これが名残り雪となるのでしょうか。

●新聞か雑誌で「草木の読み方は難しい」という記述を目にして、webの草木・漢字でアクセスしてみました。以下の漢字と読みをつないでみてください。かなり難しい・・・平爺の場合、15正解なら上出来というところ。

近ごろは草・木・花・虫・魚などはカタカナで書くことが多く、漢字を読めなくても書けなくても不自由はありませんし、恥ずかしくもありません。全問正解でも賞品はありません・・・・(笑)    

   木賊  紫陽花  ③山茶花  ④羊歯 ⑤石蕗    すずかけ    しゃくなげ   しだ
 
 しゅろ
  おもと   あやめ     

  つつじ  からまつ    すすき    

  ききょう    せんだん    くこ   

  つが
  きんぽうげ  とくさ

   さざんか    つわぶき    けし

  あじさい  おだまき
   
      

   ⑥菖蒲  ⑦石楠花  ⑧芥子  ⑨躑躅    ⑩棕櫚
   ⑩落葉松 ⑫栂    ⑬苧環  ⑭枸杞  ⑮金鳳花
  ⑯薄   ⑰桔梗   ⑱鈴懸  ⑲万年青  ⑳栴檀

  
2020.03.17(
) ウォーキング

梅 三分咲き  3/16  

今の日課は早朝ウォーキング。高齢者には最適な運動と思っています。それ以前は早朝ランニングでした。ウォーキングとランニングでは負荷がまるっきり異なります。
74歳のとき、四国遍路のトレーニングとして10kgのザックを背負ってのウォーキングをしたのがきっかけとなり、爾来ウォーキングに宗旨替えとなりました。

四国遍路を終わってからも、再びランニングに戻ることはなく、早朝ウォーキングが現在までつづいています。特別な事情がない限り休みは認めません。自らに課した義務です。今は一日平均2時間前後のウォーキング。できるだけリズミカルに、テンポよく歩くように心がけていますが、加齢にともない以前より速度は落ち、体の切れも悪くなり、身体的負荷も軽めになっていると思います。先日、国道の距離標識を使って測定してみました。

1km・・・歩数1150  タイム1120

3年ほど前に比べると歩数は50歩ほど多くなり、所用時間は1分近く増えました。身体機能が急カーブで劣化していることを認めざるをえません。これからさらに劣化が加速していくことと思います。

「ウォーキング」のキーワードでweb検索すると、さまざまな情報があふれています。それぞれ理のあることはわかりますが、難しいことは云わずに、趣味の延長線上で「楽しく歩ければ良し」・・・として続けていくつもりです。ウォーキングは筋力アップには効果ゼロとのこと、ショック?


2020.03.16(
) あれから7

いつもと同じ一日が終わり、ベッドに入ると読書。ほとんどが文庫本。軽いのがメリットですが、活字の小さいのは難点。適当なところで本を閉じて睡眠態勢・・・頭の中で般若心経―276文字―を空で唱える。その次は、漢字・・・たとえば「漢字の偏」をきめ、その偏の漢字を一文字づつ指先で書いていく・・・いつか知らない間に眠りの世界へはいっていきます。たとえば「行人偏」なら往・復・衝・徒・徹・得・・など。
寝つきの悪い方は一度お試しください。(四国巡礼のために暗記した般若心経は今でも空で唱えられます)

 
   お花見の輪に入れてくださった
   親切なご婦人グループ
 (土佐清水市)

◆四国お遍路に向け、長野を夜行バスで発ったのは7年前の3月14日。年齢75歳、大阪経由で四国へ渡り、一番札所霊山寺から八十八ケ所巡りが始まったのが7年前の今日―3月16日でした。

36日間で歩いた距離は1169km(途中、遍路沿いにある山19座に立ち寄ったりして、実際の距離はこれよりかなり多くなります)
一日平均32km。爆弾低気圧の嵐の中を歩いた日もありました。道を間違えてへなへなと座り込んだこと、あるときは通りすがりの青年からお布施をいただき、コンビニの若者が店から出てきてジュースを下さったこともありました。ミカン農家のおじさんからはミカンを、ある青年は木彫りの小さな仏像を下さったり・・・ご婦人グループの桜の花見の席に勧められ、車座の中に入ってご馳走をいただき、和んだのも良い思い出です。


巡礼ルートの三分の2ほどを過ぎたころ、突然足(くるぶし)の激痛に襲われ、途方にくれた数日、足を引きずり泣き出しそうな辛苦のつらい体験も忘れられません。八十八番札所『大窪寺』を打ち終わったときのあの感激は今でも昨日のことのように頭に浮かんできます。
そして最後のしめくくりは与田寺は、八十八ケ寺を無事打ち終わった報告とお礼詣で。ここで巡礼の旅は打ち終わりました。

あのころの気力・体力はどこへいってしまったのか。・・・思いだすと感慨がより一層強くよみがえってきます。
歩くこと自体が「修行」の四国遍路ですが、その後妻がぜひ四国編路詣でをしたいということで4回に分けてのマイカー遍路をしました。


2020.03.15(
) コロナ旋風に大揺れの「復興五輪」の行方・・・

3/12 am5;51

新型コロナウイルス感染症関連のニュースが世界を駆け巡り、パニックにも似た恐怖と話題で巷間の関心を席捲している感があります。平爺も外から帰ると「消毒液で手を洗って・・・」のカミさんの声がとんできます。

選抜高校野球が取りやめとなり、大相撲は観客なしでテレビ中継のみ、株式市場は劇的な世界同時乱高下。そして東京五輪の行方も大きく揺れているようです。延期か?取りやめか・・・さまざまな憶測が交錯。

◆思い出します。未曾有の甚大被害をもたらした東北大震災と原発事故。あるはずのなかった放射能汚染の脅威、チェルノブイリと重なって世界的にも注目を浴びました。その混乱の最中、確たる裏付けもなく、「原発汚染水の処理は完全にコントロールされている」と現実を無視した大見えをきり、五輪誘致を図ったのは安倍総理でした。当然のことながら世論の反発が大きかった記憶があります。『オリンピックどころではないだろう・・・』と。あっけにとられた国民も多かったはず。平爺も同様の感想を抱きました。

災害地の漁業関係者は、放射能汚染疑念で魚は売れない、住民は放射能をおそれて各地に避難・散在、先の見通しもたたない緊迫状況の中、事実を隠ぺいした五輪誘致に非難の声が上がったのは当然のなりゆきでした。 付されたネーミングが「復興五輪」。まやかしでつけられたネーミングとしかうつりませんでした。
被災地の人々を元気づける起爆剤にと思ってのネーミングだとしたら、発想が幼なすぎるような気がします。

当時、「原発反対と五輪誘致疑義」の声が少なからずあったのは当然のことだったと思います。

◆コロナに脅かされ、東京五輪開催が危ぶまれています。誘致活動のスタートから茨の運命を背負い、直前にはコロナという逆風に苛まされる運命まで背負った数奇の五輪というべきでしょうか。

追記―五輪誘致が「被災地復興」にどれだけ寄与したのか・・東北地方に五輪競技の会場などはあるのでしょうか?
復興五輪と言うのは何だったのでしょうか・・・?

後世、大災害を五輪誘致のダシに使ったと云われないことを祈る。


2020.03.14(
)  運転経歴証明書

警察庁HPの見本写真 

運転免許証を返納してからちょうど1ケ月。警察署で「運転経歴証明書」を受け取ってきました。
警察庁HPには、「運転経歴証明書」について次のように載っています。

運転免許証を自主返納した方や運転免許証の更新を受けずに失効した方は、運転経歴証明書の交付を受けることができます。ただし、自主返納後5年以上又は運転免許失効後5年以上が経過している方や、交通違反等により免許取消しとなった方等は運転経歴証明書の交付を受けることができません。 平成24年4月1日以降に交付された運転経歴証明書は、運転免許証に代わる公的な本人確認書類として利用することができます。

つまり身分証明書の代用にはなるが、特典のようなものは一切ないということ。これからは、外出するときには忘れず身分証明として携帯します。
免許証返納・・・平爺はとても良いことをしたような気分、後悔はありません。

(1か月前、免許返納手続きに警察署を訪れたとき、係の警察官から「まだ有効期間が2年も残っていますが返納していいのですか?」と聞かれました。有効期限を残して返納と言うケースはそれほど多くはない感じです。)

2020.03.13(
) 自転車1ケ月経過

早暁  農地の土手に咲くムスカリ

運転免許証返却から1ケ月が経ちました。運転できなければ、それはそれで何ということもなく暮らしています。そのときを想定して、半年ほどは極力車の使用を控えてきたということもあります。慣らしがうまくいったということでしょうか。一つだけ気になるのは、認知症介護施設への通勤ボランティの脚。
自宅・・・(徒歩5分)・・・乗車駅(電車10分)下車駅・・・(徒歩40)・・・介護施設
マイカーのときはドア・ツー・ドア 約30分。今は約1時間。でも思ったほどの負担は感じません。ただ、雨降りや、強い寒気のときにはちょっと気が重いこともありますが。
年齢的にも「ボラ定年?」は85歳までかな~・・・何となくそんな気がしています。
施設の
ご老人たちが、身内のように受け入れてくれていること思うと、あと2年はガンバろう・・・がんばれそうだ・・・そんな気がします。

◆チャリンコに慣れるため、毎日一度はベダルを漕いでいます・・・と言っても30分前後。当初に比べるとだいぶ安定してきたような気がします。昨日も春風に誘われるようにして40分ほど自宅周辺を走りましたが、快走というにはまだまだ・・・。

2020.03.12(
) これでいいのかな~

西の山に落ちる満月・3月9日am5:40

問題が明るみに出てもいつの間にかうやむやになってしまうのが日本の政治・・・イヤ自民党流政治のあり様と言えばよいのか。そして「桜を見る会」はまさに政治私物化の見本。いまだその真相はつまびらかにはなっていません。報道によれば
  
総理自らが絡んだと云われる森友学園 加計学園疑惑
  カジノ誘致に国会議員も絡んだと云われる利権疑惑  

  河合安里氏の選挙疑惑  香典問題で辞任に追い込まれた菅原経産相
  国税庁口利き金銭疑惑で辞任した地方創生相
  日報隠蔽問題で辞任に追い込まれた防衛相・・・・
etc.

安倍政権下における疑惑のオンパレード、首相在任期間の長さなんか
問題外、戦後政治史に残る特異総理として名を残すことになるので
しょうかね


日本の政治は立ちなおれるのでしょうか。正直、暗澹たる気持ち。よく言われる『国民の政治意識以上の 政治は育たない』この言葉をもう一度かみしめたいと思います。
「総理在任最長記録更新の偉大な政治家」・・・なんて言われたら平爺は????。

今朝の朝日新聞には「森法相発言 紛糾」という大活字の見出し。これも「資質」と「任命の甘さ」ということかと思います。

2020.03.11(
) 忘れてはいけない記憶

◆今日は何の日・・・・大震災により東北地方を巨大津波が襲い、犠牲者は1万数千人と言う甚大な被害を被ったのは、9年前の今日。まだ記憶に新しい。
「復興五輪」のネーミングがつけられた東京五輪、被災地復興とオリンピックがどうつながっているのか・・・?

◆1945
年、今から75年前の3月10日、東北震災とは一日違いですが、東京が地獄絵図と化した日です。

第二次世界大戦末期、制空権を失った日本列島の空はアメリカ軍の意のまま、上空からの焼夷弾攻撃にさらされ、東京下町を中心に火の海と化した日です。10万人が亡くなったといわれます。沖縄・広島・長崎・・・膨大な民間人犠牲者を出しながら、さらに戦争は半年近くも続きました。

灼熱地獄の炎にさらされ、熱さから逃れて川へ飛び込み、あるいは焼け死に・・・・想像するだけで身の毛がよだちます。半年早く降伏していたら・・・そう思わずにはいられません。
北地方大震災と併せて忘れてはいけない記憶です。

(子孫のためにも、絶対に戦争に手を貸したり、巻き込まれたりしてならない。平和な日本であらねばならない。それが平爺の信念、価値観の原点です。「話せばわかる」)

2020.03.10(
) またコケちゃった

民家の庭先にて

何十年も昔の記憶。転勤で大阪勤務に。東京弁と故郷信州弁しか知らない身で大阪ど真ん中の梅田へ。業務はお客様相手の渉外担当。当然のことながら相手はバリバリの大阪弁、□□□やさかいに・・・耳なれない言葉でしたが類推はできます。

◆先輩から教えられたのは、交渉会話の中で「考えさせてていただきます」とか「検討とせていただきます」というときには注意。つまりこれは「ことわり」の言葉だというのです。使いかたを一つ間違えると、取引先を失いことにもなりかねない一大事・・・気を付けるようにということでした。

◆日常会話の中でよく出てきたのは「コケル」、なんのこと???
「転ぶと」という意味ですが、物理的な転倒のほかにもう一つ、商談会話で相手のニュアンスを勘違いして、本筋を外れたような返事をしてしまったりしたときの「コケちゃった」・・・意味はわかりましたが、大阪勤務の10年間で一度も使えませんでした。

◆本日の日記の主テーマは「また自転車でコケちゃった」です。ケガはなかったものの、いまだ先の見通しは???

2020.03.09(
) 啓蟄

ショウジョバカマ?

冬至のころに比べると、日差しはかなりしっかりしてきましたが、朝夕はまだ冬を引きづっている感じです。

◆うっかりしていましたが去る6日は二十四節季の「啓蟄」でした。「啓蟄」とはいかにも難しそうな言葉です。
広辞苑によると「啓」は「開く」、「蟄」は「虫などが土中に隠れ閉じこもる」の意。
「啓蟄」は地下にもぐって冬籠りしていた虫たちが、春の気配を感じて地上に這い出してくるという意味らしい。

昨日も、ウォーキングがてら田畑の道を虫がいないか・・・と目を凝らしながら歩いてみましたが、虫の姿は見つかりませんでした。雪こそないものの、北信濃の啓蟄はもう少し先かも。虫たちも霜の降りる寒さでは二の足を踏んでいるようです。
桜ほど目立ちませんが、梅は楚々として上品な花を開いています。なぜか梅の花は気品のようなものを感じさせます。

雑草の花が何種類か目につきますが、写真はショジョウバカマでいいのかな~?


2020.03.08(
)  今月の寺院門前のことば

  NO ご先祖 NO LIFE

夜明けの寺院門前、何じゃこれ・・・思わず目をこすって見直しましたが、眼には異常なし。浅学菲才の平爺には何のことやらちんぷんかんぷん。
まさか仏教寺院門前の掲示板に英語とはネ~。
ご先祖LIFE(命)を否定しているようだが 、何のことかわかりません??? 平爺の頭では無理・・・ということがわかったということ? 

信心の薄い平爺ですが、門前にいきなりでは、そりゃ~ビックリします。ご先祖や命を「NO」と否定されちゃうわけですからネ。

いったい何をNOと否定しようというのか・・・足りないノーミソを駆使して想像力を働かせても何も見えてこない。何とも解しがたい「NOご先祖 NO LIFE」でした。きっと凡人にはわからない深い深~い意味を秘めているのでしょうネ。
大切なもののNO.1がご先祖、NO.2がLIFE。つまり「1」と「2」を書き漏らしたのかと思いました。

2020.03.07(
) 「貘(ばく)の耳たぶ」

ばく

新聞の書籍広告で「売れている本」として「獏の耳たぶ」が載っていました。
「獏」は夢を食べる架空の動物・・・そんな記憶が頭の片隅に残っています。特別な理由があるわけではないが、何となく読んでみたくなり先日購入。文庫本450ページ 。無能な平爺が「獏」を「ばく」と読めただけでもたいしたものー()
  書店へは電動自転車での初めてのおつかい?でした。

登場人物の多い小説は苦手、人間関係がわからなくなり、前に戻ったり進んだり、時間ばかりかかります。先日読み終わったある小説は、登場人物の関係性がわからなくなってしまい、読了したものの荒すじも何が何だか・・・ただ活字を追っていただけ() 加齢とともに読む速度が大幅に遅くなった上に、理解度はそれ以上に急落・・・や~ですねー。

Webgoo字書で「獏」を調べると
1 奇蹄 (きてい) 目バク科の哺乳類の総称。ずんぐりした体形で尾は短い。鼻と上唇が合わさって伸び、象の原型を思わせる・・・云々。
2 中国の想像上の動物。形はクマに、鼻は象に、目はサイに、脚はトラに、尾は牛に似て、人の悪夢を食うといわれ・・・云々


2020.03.06(
)  ひなまつり

  ♪梅の小枝でウグイスが
   春がきたよと歌います・・・

『毎日オレは何をしているのだろう?何が楽しみで・・・』
ふとそんな疑問を感じることがあります。ただし、厭世を感じるような深刻なものではありません。言ってみれば加齢にともない、何もかも忘れて打ち込めるようなものがなくなってきた、そんな感じでしょうか。
フルマラソンを目標に一日も休まず走ったあのころ、夢中で登り歩いた全国の山々が懐かしい。

◆一日も欠かさず続けているこの「よもやま日記」、面白くもおかしくもないことがらを、思いつくまま小学生レベルの頭で、もっともらしく書いているだけの内容。恥知らずも何のその・・・何というクソ度胸?

◆八十路の坂道で、それなりに気持ちを入れているものと言えば、週2回の認知症介護施設のボランティア。
施設の建物は一つですが、中は調理場、サロンなどもA・B二つに分離され、それぞれに責任者が配置され、職員も別々です。被介護者(利用者)はA・Bそれぞれ9人づつという制限があります。これは法に基づく定員で常に満員状態、亡くなる方があるとすぐに次の方が入ってきます。始めてボラ訪問した12年ほど前からの利用者は現在一人だけです。

◆去る3日はAユニット、翌4日はBユニット。「桃の節句に」にちなんでまず最初にひなまつりを唄いました。

  ♪あかりをつけましょ ぼんぼりに お花をあげましょ ももの花
  ♪五人ばやしの 笛太鼓 今日はたのしい ひなまつり

「故郷」「春よこい」「メダカの学校」「青い山脈」・・・などのナツメロを歌い、しりとり遊び(記憶することは苦手、一つ一つ短冊に書いて) などをしたりして正味1時間あまりのボラを終了。「今日はこれでおしまいです、最後に「故郷」を元気に歌いましょう」というと、何となくみなさん淋しそうな顔をしますが、「来週も来るから待っててネ」と言って帰ってきます。小さなことですが、まだちょっぴりだけ社会の役に立てているのだ・・・ということが老いの今を支えてくれている気がします。とるにたらないことですが、平爺の存在の証?


2020.03.05(
) 1カ月にもなるのに・・・

金星・三脚なしで10回以上シャッターを切ったうちの1枚。あとは全部手ぶれ・・・3/2の宵

電動自転車も早1カ月。街中を肩で風切りスイスイ走り回っていたはずが・・・。
まさかのまさか・・・未だにおっかなびっくり、おそるおそる乗っているなんて情けない限り、とんでもない幻想でした。
介護施設へのボラ通勤は、30分間隔しかない電車と片道徒歩40分は、マイカーと比べてかなりの負担。火・水曜日の週2回だけとは言え、事実は想定以上の負担です。
運動神経は、良い方と悪い方に分類すれば、平爺は「悪い方のグループ」ですが、たかが自転車何するものぞ・・・と言うわけにはいきませんでした。

そうだ、思い出しました。ナイフとか包丁、ノコギリなどの刃物を持たせるときっとケガをする。「不器用だな~」とおふくろにしょっちゅう言われて育ちました。今でも左手にはナイフで切ったキズ跡がいくつか残っています。
自転車とは関係ありませんが、不器用でそそっかしいのは持って生まれた財産?

自転車の慣らし期間は6ケ月」に引き延ばします。もしかすると、そのころにはホコリをかぶって見向きもしなくなっているかな?何をやっても不器用・・・生き方も不器用・社交も不器用・・・要領の悪さとあいまって死ぬまでこのままいくのでしょうネ。それが平爺の平爺らしいところと今は観念しています。

2020.03,04(
) 夜空

一ケ月前の満月

◆先月は、太陽が山の端に沈んだあと、西の空の低い位置にひときわ目立つ星が見えましたが、あれは宵の明星・金星だったでしょうか・・・星座に疎い平爺には断言する勇気はありませんが。

◆冬は大気が澄んでいるので天空の星や月がきれいに見えます。夕食が終わるとその日の野菜くずなど、生ごみを片付け、屋外の容器に保管するのは平爺の役割。ゴミ収集日にゴミハウスへ出すのも平爺の役目です。
ゴミを屋外の容器へ移すとき、晴れていれば必ず空を仰ぎ、星や月を眺めるのも習慣です。気が向けばカメラにおさめたり・・・でも撮りっぱなしのことが多く、あとでメモリーを開いてみて「おお、うまく撮れてたじゃん、とご満悦のこともたまにはあります

◆東京に勤務したころは、人工の照明が明るすぎて美しい星空を見上げたという記憶は残っていません。子供のころ、信州の田舎の空には天ノ川がはっきり見えたのを思い出します。今は肉眼では見えません。先月は晴れの日が多く、星や月がきれいだった気がします。

2020.03.03(
)  「弥生」

近隣公園の桜の花芽

明治17年、東京都文京区弥生町で土器が発掘され、その地名にちなんで弥生式土器と呼び、この時代(紀元前53)を弥生時代と呼ぶようになった。つまり3月の異名「弥生」と弥生式土器とは無関係のようです。(3月を弥生と呼ぶわけは昨日の日記にも書きました)

◆毎日30分以上自転車に乗るようにしています。ようやくフラつかずに乗れるようになってきました。ただし狭い歩道走行や、自動車とのすれ違いなど、ギリギリの道は怖さで体が硬くなり、自転車から降りてやり過ごします。乗りこなせるか、無用の長物と化すか、まだ先が見えたとは言えません。

◆蛇足ですが「弥(いや)」はますます・いよいよという意。
弥栄、彌榮ー読みはいろいろありますが=いやさか、いやさかえ、やさかえ、やさか、やえいなど、一層栄えるという意味。「万歳」に近い意味で使われることもある。一般的にはいやさかと読むが、祝詞では「いやさかえ」が本来の読み(以上はweb参照)

どっちでもよいことを、くどくどとすみません<m(__)m>


2020.03.02() わかんね~ナ!!

千曲川堤防決壊箇所のすぐそば
洪水の傷跡も知らぬげな陽春風景

テレビのワイドショーで、一世を風靡?した感ありきの「神戸・激辛カレー教師いじめ事件」、当時の報道で見聞きした限りでは、とんでもなく幼稚で、到底教育者とは思えないぶざまな事件との印象。
報道も下火となり、世間からは忘れ去ろうとしていた2/29日、新聞記事を目にしました。神戸市教育委員会における「加害者への処罰」に関して。それによると、懲戒免職2名、残りは停職3か月、減給3か月(10分の一)・・・これがあの悪行に相当すると罰とはネー。

◆免職は当然として、停職3か月とか、減給三か月・それもたったの十分の一という軽微な罰で終わり? 内々のまあまあ処分にしか見えません。
教育に関して素人の平爺にはよくわかりませんが、教育者とは・・・webを検索すると「人間とくに子ども,青少年を指導し、その発達を助け促す人」とあります。その教育者が最低の不祥事をやらかした結果が、たった三ケ月停職や10分の一減給・・・・何だか笑っちゃいます。
教育者の素質ゼロ、教育界から永久追放されてしかるべき。こんな連中がもしも教育者として居座る道が残されたとしたら・・・ありえない。「やり直しはきく」・・そんな甘言を誰が許しますか。


2020.03.01(
) 少し気が早いが・・・

2/28日早朝の雪景色--平爺宅

月が替わって弥生3月。日差しにも春が感じられるこのごろですが、昨朝の平爺宅寒暖計は-5℃。暖冬気味の冬としては、2番目の冷え込みだったかも・・・。
使ったことはありませんが「余寒」という言葉があります。広辞苑を牽くと
『立春後の寒気。寒が明けてもまだ残る寒さ』

◆早咲き桜の便りを耳にする頃となりました。10年ほど前に訪れた「河津桜=冬桜」を思い出します。もう満開の時期は過ぎているでしょうか・・・。
気象協会の予想では、北信濃の桜開花は41日頃、暖冬の影響で今年はかなり早くなりそうです。

    日本三大古木桜― ・福島県滝桜 ・山梨県神代桜 ・岐阜県薄墨桜
   桜三名所――ーー ・奈良吉野山 ・青森弘前城  ・信州高遠城址
      (淡墨桜は時期が外れて樹木を見ただけです)

今年はマイカーも使えないし、県内近間の桜を楽しむことにします。早ければ3月中に花がほころぶかもしれません。

◆一茶にこんな句があります。
   死に支度 致せ致せと 桜かな
年寄りの常套句「来年もこの桜が見られるかな~」その気持ち、身につまされてよくわかる歳になりました。

【追記】
弥生の語源を検索してみました。「(いや)」はますます・いよいよという意味、「(おい)」は草木が芽吹く意味。


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