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2021 年 1月

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 2021.01.31(日) 頭が変なウォーカー

「一月居ぬ、二月逃げる、三月去る」

梅のツボミ

何となく過ごしているうちに、気が付けば一月も今日でおしまい。
やったことと言えば整形外科通いと、日課のウォーキングを一日休んだだけで続けたことくらい。ウォーキング出発は夜明け前、いちばん寒い時間。濡れた路面は凍りつき、スッテンコロリの転倒に気を使い、歩幅も小さめにして歩きます。

ふと、こんな寒い中を何で無理して歩かなくてはならないの・・・・自問自答しても答えはありません。寒くて、暗くて、見る風景も野の花もなく、ただ黙々と歩くだけ。何年も続けてきたから今日もまた歩く・・・ほかに説明がつかない。あいつ頭が少しおかしいのじゃないの・・・ ? 言われてみれば自分でもそんな気がします。

季節の良いときにはすれちがウオーカーもありますが、この寒さに加えて未明の暗い道、「変人」でもない限り出会う人もいない。「鈍」の平爺がどうして何年も続けていられるのでしょうか・・・自分でも不思議です。

2021.01.
30(土) 老いる

28日の満月

昨日は整形外科へ。医師と面談、リハビリの方は今日で終わりにしましょう・・・3月にもう一度診せてもらった上で通院は終わりにしますということです。ヤレヤレ・・・。

自分でも痛みのピークは過ぎたことがわかります。リハビリだけなら通院しなくても自分で出来ます。以後は自宅でのリハビリ、医師の診察は3月12日に経過を確認するとのことです。
マラソン、登山・・・そして老いが進んでからはウォーキング。振り返ってみれば脚をずいぶん酷使してきました。これからはき長持ちするよう、いたわりながら使わないと。

いっときは “痛みがなくなったら、どんなにか楽だろな~“と思いましたが、喉もと過ぎれば・・・用心用心、過信にお灸をすえられたと思っています。

◆間もなく満84歳、何とか介助なしの余生が送れたら・・・願っても、もっと厳しい現実が待っているかも・・・イヤなことを考える歳になりました。

2021.01.29
(金) 平爺も極まれり

昨日のことです。・・・ “明日は整形外科の予約日、遅刻しないように行かなくては・・・予約は10時20分”  
身支度整え、さて行ってくるか・・・。するとカミさんが「どこへ行くの?」  「うん、これから外科へ行ってくる・・・・」 「何言ってるの、予約カードをみてごらん・・・」   「えっ、明日・・・」  「お父さんもイヨイヨだわネ」

ウォーキングのついでに、昨秋の千曲川堤防決壊の復旧
現場を見てきました。寒中に水辺作業は大変だと思います

予約日まで間違えるようになっちゃったらもうおしまい? 平爺のポケも終盤戦・・・ここに極まれりの感があります。ヒゲも剃り、用意万端整えたのにネ。

◆もの忘れが多くなった、面倒くさいことはやりたくない・・・典型的な老化現象?
そういえば確定申告時期です。平爺の場合は収入が多いからではなく、身体障碍者の申告をすると、年金から天引きされていた税金が少し還付されるということです。

申告と言っても、ネットで申告書のサイトを開き、医療費のレシートなどを合計したりして、所定の項目に数値を入力、それを印刷して税務署に郵送するだけ。今年もちゃんとできるかな~

2021.01.28(木) 足底腱膜炎

奥方の趣味  寒中にめげず、けなげに咲く花

カカトの激痛、ガマンできずに整形外科に罹ったのは去る12月24日。その後毎週1回通院してリハビリを受け、ネットで調べたストレッチにも取り組んで1ケ月余が経過。いっときは痛みが軽くなり、これで回復するか・・・と思ったのは甘かったようです。いまだ日によってはかなりの痛みがあります。

右足カカトに、なるべく負荷のかからいないように気をつけながら、ウォーキングは休まず継続。この1月は休んだのは1日だけ。一日平均1時間10分。以前の平均2時間には遠く及びませんが、足の故障では如何とも致し方なし。
「しばらく休みなさい」という思し召しか。焦っても良くなりません、無理をせずに回復を待ちます。

足底筋膜炎の痛みを認識したのは10月、日ごとに痛みは強くなる一方。そのうち治るだろう・・・とんでもありませんでした。無念の思いでウォーキング時間を短縮。各月の一日平均は
  10月―2時間52分  11月―1時間42分  12月―1時間38分   1月―1時間22分
介護施設へのボランティアは、コロナと足痛で目下お休み中です。 
 

2021.01.27
(水)年寄り病

我が家のペット? スズメの足跡

平爺の座右の銘は「つづける」
もう少し若かったころは「ランニングを一日も休まない」が目標。歳を重ね、いつのころからかはランニングが「ウォーキング」に変わりました。
昨年、ウォーキングを休んだのは一日だけ。検査入院で病院2泊、このときは一日だけウォーキングができませんでした。

◆年が変ったこの一月、足底筋膜炎を逃げ口上に、1日だけサボってしまいました。加えて一日平均が「1時間20分」というご粗末な実績。理由は意欲の低下とこれまた足底筋膜炎、仕方がないか・・・。
昨日は朝食前に1時間20分、夕方50分。辛うじて2時間をクリア。本人が気づかぬうちに、少しづつバイタリティがなくなっていくようです。昨年は一日平均約2時間以上をクリアしていたのに・・・。

◆3ケ月前からの足底筋膜炎による強い痛み、それに「加齢」も手伝って、かつてのような気力が湧きません。言葉を変えれば、何をするのも面倒・・・年寄り病()

2021.01.26(火) イヨイヨ・・・

黎  明

最近、「今日は何曜日だったかな・・・」ちょっと考えないと頭に浮かばないことがあります。以前はそんなことは滅多になかったのに・・・。『最近おかしいよ・・・・』というカミさんの言葉が3日に一度は・・・そして「今日は2回目よ・・・」といわれることも。

当の本人はこれまでと変わったという認識はありませんが、言われているうちに「オレもいよいよ××症か・・・」とその気になってきました。
この日記も一つテーマが頭に浮かべば、あとはすらすらと進んだのですが、近頃はない頭をひねくり回してもなかなか書き進めないことがあります。一時的な現象ならいいですが、もしかして本物の「認知症」の症状だったらどうしよう・・・カミさんは平気で「いよいよだわネ・・・」言ってます。

 この日記も、テーマが頭に浮かべば、あとの文章はたいした時間もかからずにサラッと書きあがってのにな~・・・今は時間ばかりかかります。もう少し続けたいと思ってはいます。
支離滅裂なところは大目にみていただければ幸いです。


2021.01.25
(月) 我が家の家族?

昨朝、今冬いちばんの積雪・・・と思って張り切って?起きたのに。

冷たくて足が凍えそう・・・・

夜明け前、窓越しに外を見ると、何と雪のかけらもない、雨が降っているではないか。1月寒中のさなかに「雨」・・・これにはびっくり。やっぱり地球温暖かが気象を狂わせている?・・・・そうとしか思えません。とは言え老いた平爺にとっては、「雨の予想が雪になっていた」というショックより何倍もありがたい。

◆冬季、殺風景な我が家の庭をにぎやかにしてくれるスズメ、エサ探しにいちばん難儀の時だと思います。購入した砕け米(くだけまい)を待って、100羽以上のスズメが集合、木の枝などにひしめき、今か今かと待っています。エサを撒き、家の中に戻るのを見定めていっせいにエサめがけて突進、しばし混乱状態。
「野鳥」という感覚より、ペットを可愛がっている気がします。

◆平爺がエサをくれる人と分かっていても、家の中に戻るまでは降りてきません。そこが気に入らない()少しは感謝の態度も見せてよ・・・()・・・遊ばせてもらっているのは平爺の方、仕方ないか()

2021.01.24
(日) 八甲田山死の彷徨(123日 記念日)

 当時、登山道のなかった笈ケ岳
     
不安との戦いでした 1998年

1902年(明治35年)の今日、青森県「八甲田山」における雪中行軍訓練で、兵士210名が猛吹雪の中で立ち往生、遭難した日です。日本にはまだスキーはなく、過酷な雪中行軍についての何たるかもを知らない時代。まさに目くら滅法、訓練と称して歩兵たちは豪雪地帯の八甲田山へと突入したものの、猛吹雪の中でルートを失い、寒さ・空腹・疲労が重なって遭難、199名が凍死という惨事を招いた。精神論だけが優先し、その気になれば何事もやり通せる・・・それが軍人精神とされていた時代のことです。

登山に凝っていた平爺は、新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』でその悲惨な遭難を知りました。
雪の積もった凍てつく早朝ウォ-キングのとき、ふと八甲田山の遭難が頭に浮かぶことがあります。

◆高山ではありませんが、足跡一つない雪上の冬季登山で方向を見失い緊張したことを思い出しました。


2021,01,23(土) パリ協定 

志賀高原の山  左・笠岳  右・横手山

アメリカがパリ協定脱退表明をしたのはトランプ前大統領。世界ナンバー1のエネルギー消費国の脱退はパリ協定の存続にも大打撃だったと思います。
バイレン新大統領は着任に際して「パリ協定に復帰する」旨を表明・・・トランプ流から大きく舵を切る第一歩でしょうか。

ところで『パリ協定?』・・・何だったかな~・・・・? ネットで検索すると 
◆地球の気温上昇を押さえるためにも、各国が努力をしましょう・・・つまりエネルギー消費量を減らす努力をしましょうという紳士?協定。削減目標は各国に任されており、それぞれの国が目標を設定して努力する。目標は5年ごとに更新。ただし法的拘束力やペナリティのような罰則はないとのこと。

文明の進歩とともに、化石燃料の大量消費時代へ、そして放置できないほどに地球の温暖化と汚染は進み、気象変動をもたらし、未曾有の大災害が世界各地で発生するようになりました。まさに温暖化防止策はいっときも先延ばしできない喫緊の世界的課題。 

◆突飛もない発想のヤンチャなトランプ前大統領から、冷静なバイデン大統領に変わって、アメリカも品格ある国に戻ることを期待したいと思います。

2021.01.22
(金) 初春

線路はつづく~よ~
 長野電鉄須坂線・最寄り駅は
        自宅から約200m

年明けは、「初春」とか「新春」とかの言葉が目につきます。実感としては冬の真っ最中。今月1日から21日までの長野市最低気温は下記のとおり。数値はすべてマイナス

 1.5 3.5  4.5  5.5  5.3 3.0  1.2  3.5 5.0  4.8         6.0  3.9 1.6   1.1  3.9  2.9  1.9  0.8 4.0   5.0 7.0  

昨朝、新聞をとるついでに寒暖計を見ると今期最低の-7℃、肌を刺す寒さですが、氷点下10度の日はまだ一日もなし。平爺の感覚としては暖か過ぎる冬と言う感じ。これも「地球温暖化」のなせるところ?

温暖化」をネット検索してみて驚きました。
2100年までに全世界の海面は60センチほど上昇する恐れがある。原因は地球温暖化。海面上昇の影響を受ける住民は6000万人に上る・・・云々。氷河や南極の氷床が解けることなどで、この20世紀の100年間で海水面は約15センチ上がり、その速度が倍増しているようです。温暖化による気温上昇、あわせて海面の上昇も加速していったらどうなるのか・・・暖かい冬を喜んでばかりはいられません。
「初春」のことを書くつもりが変な方向にそれてしまいました(笑)


2020.01.21(
)  どうなる 東京五輪
 

雪道を行く小学生たち

昨日は「大寒」でした。昨朝につづいて今朝も-8℃の冷え込み。

◆ネットなども含め、メディアの東京五輪開催に関する報道が目につくようになりました。
「開催」か「延期」か、それとも「中止」か・・・決めるリミットはもう目の前に迫っているのでは? 関心の薄い平爺でも気になります。

NHKが全国18歳以上を対象に聞き取りをした結果は、
  開催すべき27%、中止すべき32%、延期すべき31
国民の熱い思いと言う支えがあってこそ意味があり、成功と言える五輪。開催しても成功を期待するのは無理か?

誘致決定時の総理安倍氏が旗を振り、東北大震災被害で日本中が青ざめていたさなか、疑義を押しのけて誘致した東京五輪、最初からケチがついていた・・・平爺はそのように感じています。
予期せぬ事態とは言え、世界がコロナに傷めつけられ、先が見えない状況下、どうするのでしょう。
アンケートをするたびに「予定通り開催する」の割合が低下していくようです。

「すでに東京五輪中止は決まったに等しい」という情報も流れているとか?

2021.01.20
(水) 心ゆすぶられる感動記事
 

 あの空の彼方へ

今朝6時30分 気温-7.5度。今冬最低 ブルブルブル・・・・

◆1月18日の朝日新聞長野版に、震えるような感動記事が掲載されていました。

急性リンパ性白血病で入院、厳しい治療を受けていたユウという少女の話です。

  「ユウ疲れたんだ、ゆっくり眠りたいんだ ママ もういいよね・・・」
 
  「飛行機雲はネ ユウが走っている姿 自由に空を歩き 走り回っている
   んだ 雨はユウの汗かな・・・」

少女は家族に見守られて静かに旅立った。

    **************************** 

著作権侵害になりますから、これ以上詳しく転記することはできません。切ないというのか、心が揺さぶれるというのか・・・読むのがつらくなって涙がとまりませんでした。

記事のタイトルは

  17才 最初で最後の晴れ姿 3度目の再発 成人祝いの記念写真 前撮
  やり遂げた闘病 「ママ、笑って」

2021.01.19(火)半藤一利氏死去の報道

太平洋戦争ビディオ10巻

護憲や平和を訴える論客として知られる半藤さんが、去る1日に亡くなったとの報道。

以下はウィキペディア参照

太平洋戦争A級戦犯合祀には批判的で、近年は護憲活動を積極的に行っており、「憲法9条を守るのではなく育てる」のが持論。 司馬遼太郎氏とは『文藝春秋』編集者時代からの親交。

  **************************

◆日本近代史観では「40年史観」を提唱。明治以降の日本は40年ごとに興廃を繰り返しており、明治政府樹立から40年後の日露戦争で軍事大国化。その40年後は世界大戦で大敗。さらに40年後にはバブル経済の絶頂期・・・そして、その40年後は再び低落という予測・・・理由は、戦争による悲惨さを経験した世代が入れ替わる期間が40年ほどであるためとしているとのこと。

◆平爺は、半藤さんに共感する点も多く、これまでも関心がありました。10何年か前、半藤氏監修の「太平洋戦争」というビディオ10巻の頒布を広告で知って購入、あらためて太平洋戦争の何たるかを知ることができました。


2021.01.018
() コロナ

ここ長野県内もコロナ感染が油断ならぬ状況にあるようです。

他県に比べて爆発的といえるほどの発生状況ではないようですが、ここ1週間の感染件数は以下のようになっています。

67  41  68  73  51  35  51

ウォーキングのときも、自転車で買い物にでるときも、介護施設のボラのときも、マスクだけは決して忘れません。

その介護施設へのボラは万が一平爺から施設のお年寄りに感染させるようなことがあったら一大事。先週から訪問を自粛しています。

早く元通りの日常に戻ってほしいものです。


2021.01.17(日) 藪入り

「藪入り」・・・死語となっているかもしれません。

怖い!! リンゴ畑で・・・
  いったいこれは何でしょうか?

昔、貧農の子弟たちは、小さなうちから親元を離れ、商家などへ奉公に出されました。親元へ帰れるのは年に2回だけ。115日と8月15日です。まだ親に甘えていたい年頃の5才、6才の小さな子供が、寒中には手を真っ赤にし、あかぎれから血を流して働く、どんなにか辛かったことと思います。

年に2回、父母のいる家に帰れることがどんなにか待ち遠しかったことと思います。今なら「児童虐待」で大変なことになります。

奉公先すべてが鬼か蛇のような血も涙もないような酷いところではなかったと思いますが、そうした事例も少なくなかったのだと思います。

平爺も、小さかったころ「親のいうことも聞けねえなら、奉公に出すぞ・・・」と怖がらせたにあったことがありました。




2021.01.16
(土) 足底筋膜炎のその後

このところ、ウォーキングに力が入りません・・・力とは「気力」

陽射しが少し濃くなった気がします

前月から週一度のサイクルで整形外科通いが続いています。これと言う決定打になるような治療法がないみたい? 行くたびにリハビリ担当者が代わり、治療法なども変わって何だか頼りない・・・。足底筋膜炎という診立ては変わりませんが、患者としてはオロオロウロウロという状態。
一昨日の通院で指導してくれた指導員はいちばん的を得た説明で、指導も納得できる感じでした。

患部が見えるわけではない「神経」にかかわる痛み、診る方も大変だとは思いますが。

率直に言えば「これでほんとうに回復するのか・・・?」そんな不安もつきまといます。

この先も 筋肉、神経系統などに痛みを負って生きていくなんていうことになりませんように・・・信心の薄い平爺ですが。つい手を合わせたくなります。

◆早朝ウォーキングは、速さを抑えた上に、時間も従前の半分ほど。老化が一気に進んだりしないか・・・それも気がかり。 通院してから1ケ月、自覚できるほどの改善はほとんど感じません。

◆マラソン、ウォーキング、登山・・・どれだけ脚を酷使してきたか。使うほどよくなるのは頭=脳だけで、足は別物か・・・? イヤーな年明けになってしまいました。


2021.01.15
(金)小正月と繭(まゆ)飾り
  

繭飾り

子供のころ、115日は「小正月」と言っていました。元旦の正月に対しての呼び方です。この日は餅をつき、養蚕農家は繭玉(まゆだま)飾りを作っていたのを覚えています。そのころ養蚕が盛んで、繭がたくさんとれるようにと願って、繭玉を神棚に飾り、供えていました。

1月15は元旦に次ぎ2度目の正月で、餅つきの風習がありました。
元日を大正月というのに対して1月15日は小正月。松の内は何かと忙しかった主婦をねぎらう意味で「女正月」とも呼ばれたとか。

大正月には門松を飾りますが、小正月には餅花(もちばな)を作って飾りました。母の生家が稲作・養蚕農家だったので、繭玉のことも記憶に残っています。

餅花(もちばな)とは・・・養蚕と田畑の豊作を願い、餅を繭型に丸めたダンゴを、木の枝にたくさん刺し、いろとりどりの飾りを取り付けたものです。


2021.01.14
(金) 中止・延期・開催・・・?

1月9日 凍てつ宵の三ケ月

昨日、ラジオを聞きながら日課のウォーキングをしていると「コロナ対応に翻弄されているときに、東京オリンピックは実施か、中止か、あるいは延期か・・・・?」というアンケートの結果を伝えていました。
筆記具がなかったので報道の粗筋しか記憶に残りませんでしたが、「予定通り開催すべき」というのは非常に少なく、中止、または延期すべきと言う回答が圧倒的でした。

先だって、五輪・パラ組織委員会会長は年頭あいさつで「淡々と準備を進める」と見栄をきっているテレビ映像を見た記憶があります。
常識的には、世界中に蔓延してとどまるところをしらないコロナ、その恐怖は増すばかり。この時期にオリンピックを開催することがほんとうに当を得ているのか?
その日のために血のにじむ鍛錬を続けてきた選手にはお気の毒ですが、コロナ禍を無視するような開催が、ほかとうに可能と思っているのでしょうか。

振り返ってみると、10年前、原発を巻き込んだ東北大震災のときに、東京誘致を決めた安部政権のありかたに大きな疑問が投げかけられたことを思いだします。
◆NHKのウエブサイトには、東京五輪・パラ組織委員会森会長の年頭挨拶として大会織委員会の職員に向けた「淡々と予定どおり準備を進めて行く」と述べ、ことし夏の開催に向かって準備を進める決意を示したと書かれていましした。

2021.01.13(水) 老化と「雪」

 
 リンゴの木も冬仕度

新潟・北陸方面は記録的な降雪で大混乱とのこと。
天気予報は、長野県北部もかなりの積雪を覚悟せよ・・・結果は混乱をもたらすよぅな大雪にはならずにヤレヤレ・・・。我が家の前の雪かきも、30分もかからずに終りました。寒気も氷点下6度程度。でもこのまま冬が終わってくれるとは限りません。

◆脳ミソとともに体力の低下は覆うべくもなく、雪かき作業に負担を感じるようになってきました。
20年ほど前、終の棲家として当地へ引っ越してきた当時、雪かきボランティア=スノーバスターに登録、老人世帯の除雪作業を支援してきました。
これは思った以上に体力を使う重労働、加齢もあって数年で脱退、今は我が家の前だけでも楽ではありません。

◆隣組は9軒ですが、そのうち高齢者のみの世帯が7軒。それぞれ老骨を鞭打って自宅前の除雪を行っています。
雨は勝手に流れてくれますが、雪は始末が大変。来月には平爺夫婦も満84才と80才。雪かきがますます負担になってきます。先のことも考えなくてはいけない領域に入っていきます。


2021.01.12
(金) 寺院門前の『今月のことば』

  過ぎ去ったことを悔やみ               

     来たらぬ未来に 憧れて

         今を忘れて 生きる私

生きている、その一瞬一瞬こそが大切・・ということでしょうか。

◆宗教とは哲学・・・この言葉は、昔耳にした記憶がありますが、まさにそうした言葉だと思います。

宗教的な書物をはじめて読んだのは、たしか倉田 百三の「愛と認識との出発」です。たまたま本屋で目につき、題名に気持ちが惹かれて買ったような記憶があります。
少年と青年の境目のような年令、何回も読み返した記憶がありますが、理解が及ばず難しかったのを覚えています。。15才そこそこの年齢で、その内容を理解する力はなくて当然だったかもしれません。活字に飢えていて、活字を負うことが楽しかったのかもしれません。
書の内容はおぼえていませんが、掲示板の言葉を目にして、ふと「愛と認識との出発」を思い出しました。
●今朝の気温・・・-6℃


2021.01.11(月) 冬本番はこれから?

加齢にともない寒さへの耐久力が落ちてきたのを感じます。

冬景色

昨朝未明の気温は-6℃。今朝も-6℃。5時半から新雪を踏んでウォーキング30分と雪かき30分。皮膚がこわばるような寒さ。昨年まではこの程度の寒さは当たり前と思い、ウォーキングに出かけていたのですが・・・・。この1年で、体力も精神力も大きくダウン。
早朝ウォーキングも、この冬からなるべく昼間の時間帯にするようにしました。突っ張って強がる歳でもないし・・・割り切りも肝心。

  冬至の日の出は 6:55  日の入は 16:34
   今日の日の出は 7:00  日の入は 16:50

少しづつ昼間の時間が長くなっていきますが、まだそれを感じるほどではありません。寒さの方はこれからがピーク。寒さにめげず、今年も一日も休まずにウォーキングを続けたいと思っています。



2021,01.10
(日) アメリカ ....

世界のリーダーと言えば、やはりUSAアメリカ合衆国でしょうね。そのリーダー格が、大統領選以来つづくゴタゴタ騒ぎはいったい何でしょう?

ときには世界の警察とも言われ、畏敬と尊敬を集めてきた姿はどこへ消え去ったのか?はたまた斜陽の始まり・・・・? 「月満つれば則ち虧く(つきみつればすなわち欠く)」という、高校の頃に習った俚言を思い出しました。

一方中国は『時ぞ来たり』とほくそえんでいるのかもしれません?
まさかとは思いますが、このたびの大統領選でさらけだした醜態、アメリカの畏敬は地に落ち、衰退の始まりだとしたら・・・この先が案じられます。

◆4年前でしたか、トランプが大統領就任早々、世界の首脳のトップ?を切って米国フロリダに飛び、畏敬の念を示した安倍前総理の家僕のような姿が、あらためて目に浮かびます。

「アメリカがクシャミをすれば世界が風邪を引く」という言葉がかつてありました。アメリカが世界の警察として、これからも世界平和にその力を発揮できるのでしょうか。虎視眈々とトップの座を狙っているのは中国?
混沌を感じずにはいられませせん。


2021.01.09
(土) 寒中

昨日は一日中冷え込みが厳しい日でした。

早朝、表に出てみると路面は粉を撒いた程度の乾いた雪が薄く積もっている。このような朝はひとしお寒い。夜明けの温度計は-5℃、日中の最高は-2℃の真冬日。ストーブから離れられない一日でした。

凍てつく三ケ月(1月7日夕)

◆年明けからウォーキングは日中に変えました・・・が、負担を感じるようなことは朝の早いうちに済ませてしまった方が気が楽。さて・・・今日は午前中にするか午後にするか、決心?がつきかねる。
「今年から、ウォーキングは朝食後に・・・」と決めたものの、結果的には気持ちを軟弱にしただけで何のメリットもない。さりとて今から以前の生活パターンに戻すのは・・・・無理かな~?

平爺の座右の銘「つづける」・・・加齢に負けてしまったのが悔やまれますが、また元に戻すには以前に増して精神を鍛えなおさなくては・・・それもたぶん無理?

今年のウォーキング、どうなるかな~。当面、朝食後の午前中で続けて見ます。

2021.0108
(金) 松の内 七草粥

七草粥

昨日門松を外しました。「松の内」が終わったということです。昨日の朝食は「七草粥」でした。
  『セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベ・ホトケノザ、スズナ、ススズシロ』

ところで松の内とは・・・  「門松などの正月飾りを外すのはいつか・・・」ひまつぶしに調べてみました。たぶん地方によってばらつきがあると思いますが、平爺の生まれ育った信州中部地方は1月7日。それにならった我が家の松飾は昨日(7日)外しました。

今年の正月から、特に理由のある方以外は年賀状をひかえさせていただきました。先方様に対して、年の暮れのせわしない時期に、お手数をかけしたくないという思いもありますが、平爺自身も楽な年末を過ごせる一挙両得・・・断捨離と言うと素っ気ないですが・・・。
来年は80歳代のちょうど真ん中、いろいろと考える歳の暮れ、新年でした。

厚生労働省が発表した2019年の平均寿命は男性81.41歳。平爺はあと1ケ月で満85歳・・・ヤッター!
 影の声―「長生きすればよいというものでもない気がします」


2021.01.07
(木) 今日もボラのこと・・・

強い踵(かかと)の痛みで歩くのが気の重い毎日です。

昨日のボランティアは、往路だけカミさんの運転で送ってもらい、帰りは施設から駅まで自前の脚で50分。それでもボラに行ってくると気持ちが晴れ晴れします。

施設は二つのグループに分かれいます。1ユニット9人づつで2ユニット。グルーブ間で利用者同士の交流はありません。規則で1ユニットが9人までと決められているからです。職員もそれぞれ別々。Aユニットは火曜日、Bユニットは水曜日の訪問です。

◆自惚れに聞こえるかもしれませんか、お年寄りたちの嬉しそうな顔を目にすると、ついつい力が入って1時間はあっという間に過ぎてしまい、電車の時間に遅れそうになることもしばしば。

昨日は正月にちなんでカルタ遊び。一人ひとり上の句を見て「下の句」をあててもらう・・・「犬も歩けば」・・・その続きを答えてもらいます。「棒にあたる」
次はレヘルアップして、下の句をみて上の句を言ってもらう・・・かなり難しく感じるようです。「ふたをする」を見て上の句を・・・「臭いものには」。正解だと拍手をしてオーバーに褒めちぎり。嬉しそうな顔が何とも言えません。
何だ、ボランティアってそんなことか・・・実はシンプルなほど物事は難しいもの。相手が認知症とみくびり、事務的な思考では見向きもしてくれません。それなりに、いや・・・だからこそ知恵もインスピレーションも求められると思って取り組んでいます。

2021.01.06(水) ボランティア事始め

寒さにもめげず・・・

平爺の仕事納め?(=認知症介護施設へのボランティア)は12月23日でした。ずいぶん長いこと休んだ気がします。
昨日復帰したものの、何となく集中できず、生煮えの感じが残ったまま終ってしまいました。

体力的にも、気力の面でも限界を超えたのか、これまでのように「さあ今年もガンバロ」という気概が湧いてきません。これが「歳」とうものでしょうか?
「満85才までは~」と思ってわが身を鼓舞、続けてきましたが、その年齢に達しようとしています。

介護施設利用者のお年寄りたちが、いつもと変わらずニコニコ笑顔で迎えてくれても、平爺がそれに答えられなくなったらおしまい。

1937年生まれの平爺、あと1年1ケ月で満85歳、そこをゴールにしようか・・・そんな思いが脳裏をかすめています。こんな老いぼれ爺の訪問を、喜んで迎えてくれるお年寄りたちの気持ちも大切にしなくては・・・そんなことを感じた昨日のボラでした。


2020.01.05
(火) 「歳」相応に・・・

  今年の元旦は降雪のために
    ご来光を拝めませんでした

正月三ケ日も何となく終わり、またいつもと変わらない日常・・・と言っても今年から一つだけ変えたことが。それは、冬季のウォーキングを、これまでの「朝食前」から。「朝食後」に変更。カミさんの命令?を慮ってのことです。

冬季とは日の短かくなる11月半ばから3月半ばまでの4ケ月ほど。ウォーキングの時間をずらしても、就寝時間などは多分従来通り、目の覚めるのは変わらないと思います。新聞に目を通したりしていれば、時間調整?は問題ないと思います。

人様の目には、真っ暗やみの中を高齢爺さんが歩いている姿は、物好き、無謀にしか映らないかもしれません。歩行時間も3~4割は短くしようと思います。ただし一日も欠かさないという目標だけは変えません。
   この正月の歩行時間
    
・1日 1:10  ・2日 1:10  ・3日 1:30 ・4日 1:20

◆昨日から冬季のウォーキングは、原則朝食後に変更しました。

2021.01.04(月)孤老

ウォーキングの雪景色

実業団駅伝や箱根駅伝を見ていただけで三ケ日が過ぎてしまいました。
昨年を最後に年賀状も事情のある方だけにわずかの数を出しただけ。ウォーキングは痛む脚をかばいながら三ケ日も休まず1時間10分ほど。無理して歩いて何になる・・・と言われても答えようがない・・・・自己満足というほかはありません。

何をしなくても一日は過ぎていく・・・それなら一銭の得にもならないウォーキングなんかやめたらと思っても、知らぬ間にまたまた歩いている・・・変わった爺さんです。年賀状も今年はゼロに使い数だけ。整理する手間も必要ない。楽な正月を過ごせませた。
ということは、平爺を取り巻く世界が縮小に向かっているということ。「孤独老人」の境に入り込みました。

2021.01.03
(日) 三が日のテレビ

早暁 ・ 山は白銀に・・・・

ブルブル・・・お~寒い、外の寒暖計は-7℃。ウォーキングは昼間にしよう・・・・。
年明けから、毎日のように雪が降ったりやんだり。大雪でないのが救いで、今のところ、片手間に雪かきをする程度で済んでいます。

◆年末年始のテレビ番組は、お笑い・バラエティなど、娯楽ものが多く目につきますが、我が家ではそりような番組などはほとんどバスです。
平爺が毎年楽しみにしているのは、元旦に行われる実業団駅伝実況、同じく元旦に全世界に同時配信される「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート-3時間」。そして2~3日に中継される箱根大学駅伝。お笑い番組や歌番組などは我が家には無縁で、この三つは欠かさず見るのが恒例、正月の楽しみです。、

◆3ケ日も今日でおしまい。若いころの平爺、大晦日の深夜まで勤務、混雑する夜行列車に飛び乗って信州の生家へ。元旦・2日と泊って、3日には東京へもどり、翌日から平常通りの勤務が始まりました。年末年始に数日も休めるサラリーマンが羨ましかったな~、ふと思いだしました。

2021.01.02(
)  『雪かき』でスタート

 寒さに耐え エサを待つ雀

大晦日、そして元旦、2日続きの雪の朝。 今朝の寒暖計は-6℃・・・寒い!。

元旦、雪が積もっていませんように・・・まだ夜明け前、暖かい布団から抜け出して外を見ると銀世界・・・と言っても10~15cmほど。この程度ならたいした作業にならずに雪かき終了。
前夜は白歌合戦のテレビ観賞で、夜中まで起きていたのでしょう。近隣の雪かきはゼロ。何十年も紅白を見ていない平爺はいつもの朝と変わりなし。ウォーキングの代わりの雪かきでした。

◆木の枝などに、エサを待つたくさんのスズメ。雪で地面が覆われ、エサ探しは容易では無かろう。平爺だけお屠蘇をたしなみ、オセチを楽しむのでは正義感に反する。エサ台にいつもの倍ほどのエサを撒き(売り物にならない砕け米)・・・少し離れると待機していたスズメ数十羽が一斉に舞い降りてきました。実にけなげな光景です。

◆初詣は善光寺へ・・・と思っていましたが、例年大混雑する参拝客の様子からコロナの不安が拭えない。徒歩30数分ほどの天満宮末社に参詣。来春は大学入試を控える孫娘のために祈願してきました。

2021.01.01
(水)癒しのカレンダー
 

永年。我が家いちばんのお気に入りカレンダーは、星野富弘さんの描いたカレンダー。絵は2ケ月ごとに変わります。
今年の分も購入、居間のいちばん目につくところに吊るしました。

24歳のとき(1972年)、生徒の体育指導中に過って大ケガ、手足の自由を失って寝たきりに。その後失意から立ち上がり、口に筆を加えて絵を描くようになりました。
カレンダーに添えられた詩は、心を暖かくするやさしい言葉に満ち、気持ちがすさんだときでも、その詩を読むとこころが癒されます。

星野富弘さんのカレンダーを購入するようになって20年ほどになるでしょうか。
ふと、カレンもだーに添えられた詩を目にすると、イヤなことを忘れさせてくれるし、気持ちを和ませてくれます。
2ケ月ごとに変わりますが、昨日からは年度変わりの新しい絵と詩。筆を口にくわえて書いたものです。(写真をご参照ください)

富弘美術館・・・
電話0277-95-6333  群馬県みどり市東町草木86  

 
2021年1~2月

  
  おはよう
    今日も楽しそうだねえっ
   ヘクソカズラと
     蜘蛛とアマコのシリヌグイとを
      腹いっぱい喰った
    すげえごちそうじゃないか
   俺も今
    塩辛と焼鳥で
     ご飯を喰っている
           ところだよ

 明けまして
おめでとうございます
  本年もよろしくお願い申し上げます
コロナに明け、コロナで暮れた2020年でしたが
新しい年は平穏で、みんなが幸せを実感
   できるような年になりますように
 ― 平 爺 ―
2021丑 元旦



厳冬の八ヶ岳登山 56才 
めでたさも ちゅうくらいなり おらが春 (一茶)
月が替わって2月になると平爺84才
  そろそろ「がんばる」という言葉を捨てる歳のようです
急かず焦らず 自然体で歩いていくの平爺には似合う?

今日は善光寺さんへ初詣に行く予定
願いごとは家族の健康と・・・あとは非公開(笑)
 ◆天気予報通り、雪の年末年始となりそうです。
    明日(2日)の日記はお休みさせていただきます

翌月へ