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2021 年 3月

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2021.03.31() 明日ありと 思う心の仇桜 
                 夜半に嵐の 吹かぬものかは」
   親鸞聖人

当地では去る29日に桜開花の発表がありました。

千曲川畔の桜・・開花発表から3日目
三分咲きという感じでした


我が家の近くに幼児遊び場の小さな公園があります。ブランコやジャングルジム、砂場のほかに桜の木が2本。一昨日、ウォーキングの折りに公園の前を通ると、何輪か花を開いていました。北信濃にも春の訪れです。例年よりかなり早いような気がします。
 
ウォーキングコースの千曲川河川敷に広がる果樹園の花は、梅・アンズ・桃。少し間をおいて、次は清楚な白いリンゴの花です。ああ、春が来てくれたな~と実感します。 

  ◆日本三大桜
  
  ◉根尾淡墨桜(岐阜県本巣市
    ◉神代桜(山梨県北斗市)
    ◉三春滝桜(福島県三春町)

◆桜三名所
   ◉青森県弘前城  ◉長野県高遠城址公園  ◉奈良県吉野山

三大桜、三名所ともだいぶ前に満開の時期を狙って妻と訪れました。岐阜県の神大桜は訪れたときには既に花が散ったあと、巨木の雄姿しか見ることができなかったのが残念。

  ・世の中は 3日見ぬまの 桜かな  大島蓼太―江戸時代の俳人
  ・死支度 致せ致せと 桜かな    
一茶 ・・・桜にはちょっ気の毒な句?

2021.03.30(
) ウォーキングと花木観賞
 

辞書で「花木」を牽くと「美しい花の咲く木・花樹」とそっけない。 

◆夜明けが早くなりました。寒くもなし暑くもなし、ウォーキングに最適な季節。ただし・・・脚力の劣化はどうしようもありません。

開花(昨日・神社境内)

◆民家の庭や、田舎道の土手や、公園や、小川のほとりや、人の手の入らない野原など・・・様々な花が賑やかに咲いています。残念ながら名前を指呼できる花は少ない。名前がわかったら、もっと楽しいウォーキングになるでしょうね。 

◆暖かな地方では、桜はもう散り急いでいるころかもしれません。当地は蕾が開こうか、もう少し待とうか・・・様子をうかがっている感じです。

善光寺平を囲繞する山々も、高い山は別として雪は消えました。春の気配が日に日に濃くなっています。夜明けも早くなり、気温も氷点下の朝は少なくなりウォーキングがいちばん気持ちいいときです。

 ここ1週間のウォーキング時間  2:00   2:10   0:55   1:50   2:05   2:15   2:00
2時間のノルマ?がいつまで続けられるか・・・・?

2021.03.29(
) 名月

今宵は満月、晴れるかな~ 俳句や和歌には月を詠んだ名句・名歌はたくさんありますが、百人一首には12首もあるらしい。

3月27日 宵の月

百人一首と聴けば、つい亡き母を思いだします。その母は、学校に通えたのは6年間だけ、当時それは珍しくもなく普通だったとか。ところが不思議なことに百人一首は全部暗記していました。遊び道具一つなく育った百姓の子、嫁入り道具と一緒に百人一首を持たせてくれたと話していたことを、今も覚えています。母にとっては宝物、よほど自慢だったのでしょう。その影響か、平爺もいくつかは暗記しました。

●天の原 ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも

●ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる

●ひむがしの 野にかぎろひの立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ 

名月の句

●名月を 取ってくれろと 泣く子かな (一茶)

 ●名月や 池をめぐりて 夜もすがら (芭蕉)

古来、月は人の心を打つ力があった?。

2021.03.28(
) 老人 ――いろは心得帳(1)

 かなり前のこと、カミさんが老人の集まりに誘われて参加、会場には持ち帰り自由のチラシが置かれていたのをもらってきました。 

見ることもなく放りっぱなしだったペーパーを、何気なく目を通してみるとこれがなかなか面白い。ペーパーの標題は「いろは心得帳」、「い」から「す」まで47首、目を通すとユーモアがきいた傑作もあり、なかなかのもの。

独り占めはもったいない、著作権には抵触しないと思いますので、気の向いたときに少しづつ紹介させていただきます。老人にとっは面白いと同時にそこはかとない哀感のただようところがまた良し。

  【つみても にこにこ顔で 愛想よく】
  【うじんを はなにかけるな らしくせよ】
  

2021.03.27() 先生と呼ばれるほどの・・・

満開の梅

認知症介護施設のボランティア。相手は認知症のご老人とは言え、好き嫌いやイヤなこと、ウレシイことなどの感情は失っていませんし、きちんとした会話もできます。
平爺は、「わかりやすい言葉で接する」のは当然として、人格を傷つけるような言葉や態度は厳禁・・・その心構えで10年間続けてきました。「ほめることに徹する」、そんな心構えでしょうか。認知症とは言え、人格の尊重・優しさが基本です。 

施設に入られてから半年ほどになるAおばあちゃん。認知症とは思えないような気配り、ときには他の人をたしなめることさえあります。
そのAおばあちゃんが平爺を「先生」と呼んでくれるのにはシドロモドロ・・・? それに倣う人もあって平爺は目を白黒。生まれてこのかた、先生と呼ばれたことは始めての体験。

「先生と言われるほどのバカでなし」
との俚言もあり、嬉しいやら戸惑うやら・・・(笑)

はじめて「先生」と云われたとき、平爺は目をパチクリ、「先生はやめてください」とも言えず、ありがたく?受け止めています。素直に受け止めるのも「やさしさ」? そのおばあちゃんが来てから、このグループのボラがとてもやりやすくなりました。

◆当地は梅の花が盛りです。歩いていると “何と梅の好きな人々・・” 不思議なほど家々の庭には梅の木が目につきます。
サクラ切るバカ、ウメ切らぬバカ」という俚諺がありますが、写真の梅の木は「切らぬ××」でしょうか・・・。

2021.03.26(
) 失敗の巻

35年前、若き?47歳、ひどい下血から直腸がんが見つかり直腸全摘、人口肛門に。
世の中真っ暗に変わったあのときを、ふと思い出しました。人口肛門の仲間を「オストメイト」と呼びますが、誘われてオストメイトの集いに参加したとき、高齢のお爺さんが「私は人工肛門歴30年になります・・・大丈夫です、前と同じ生活ができますよ・・・」と励ましてくれたことを思いだしました。

その後、フルマラソン、日本百名山踏破もなしとげ、日本中の登った山の数は約2500座。諸々の感謝をこめての四国遍路1200㎞の巡礼も単独で結願。人口肛門という身体障碍者ではありますが、健常者にも負けない気持ちを持ち続けてきたつもりです。仕事も普通にしてきました 「我ながら頑張ったな~(笑)」

便を一時溜めておくパウチ 

◆昨朝、目を覚ましてウォーキングに・・・出かける前にトイレでオシッコ・・・何だか様子がおかしい。パンツの中をのぞくと・・・・何だこりゃ~、大便があふれ出しているではないか・排泄された大便を受溜めるバウチという装具はいっときも離せない。そのパウチの接着材が劣化のために皮膚に密着せずに隙間ができてそこから漏れてしまった。 

人口肛門を造設の当初、不慣れもあって失敗は日常茶飯事でしたが、今回は久々の失敗、人口肛門のハンディを再認識した朝でした。ドンマイドンマイとわが身を励まして日課のウォーキングに出発しました。

2021.03.25(
) お年寄りたちの笑顔が気持ちを引き留める


「春

何をするでもなく、毎日毎日が特急列車のように過ぎていきます。ここ2年、3年はことさらそんな気がします。あと〇年生きたとしても、たぶんあっという間に違いない。でも、もし時間があっとしたら何をしたいか…?思いつきません。この歳にして今さら面倒なことに首を突っ込む気力もないし、余命を大切にしなくては・・・という気もなく時間だけは淡々と過ぎていきます。

体力面では同年配と比べていくらか勝っている方かもしれない。しかし大事なのは「気力」。やり残したことはもうないなと大口をたたくつもりはないし、惰性のようにまた、明日も明後日も過ぎていくのでしょうネ・・? 

介護施設へのボラも、やりがいはあるものの、正直なところ少し負担感を感じることもあります。理由は片道50分の徒歩、近ごろは少し重く感じます。体力・気力の低下のせいもあるでしょう。こんなジジイの顔でも喜んで迎えてくれるのを張り合いに「もう少し・・・」という気持ちに変わりはないのですが。
簡単には老後の生きがいを捨てられません。昨日も待っていたかのように迎えてくれるお年寄りたちの顔、もう少し頑張らなくちゃー。

冬の厳しさも、真夏の炎暑も応えますが、老いぼれ爺さんの生きがいであることに違いはありません。 

2021.03.24() 日脚=ひあし  

寒くなんかないさ 春だもん

春の彼岸も過ぎ、「日脚」が長くなってきました。

「日脚」とは・・・

● 太陽が東から西へ移っていく動き。「日脚が早い」  ● 日が出てから沈むまでの時間の長さ。
       昼間の時間。「日脚が延びる」

● 雲の切れ目からさす太陽の光線。「日ざし」

日中の気温が10 ℃を上回る日も珍しくなくなりました。日脚とともに、日ざしも柔らかで「ああ、春が来たな~」
陽春と言う言葉が浮かびますが、広辞苑で「陽春」牽くと「陽気の満ちた春 暖かく明るい春」
 

12月上旬の日没1631分、今は1802分。来訪するスズメのエサやりも、それに合わせて遅くしています。そのスズメ、来訪数がまたまた増えています・・・エサ代が大変(笑)

◆陽が高くなるにつれて縁側に届いていたお日様も、一日一日と引いていき、今は縁側に届きません。

蛇足ながら「日脚」とは・・・日が出てから沈むまでの時間の長さ。昼間の時間とのことらしい?

2021.03.23(
) バイパス見学
 

開通間近のバイパス

群馬県高崎市から新潟県上越市に至る国道18号が我が家の近くを通っています。交通量か多く恒常的に混みあう路線です。ここ長野市へ引っ越してきたとき(20年ほど前)18号線のバイパス計画により用地買収が進められている最中でした。町内でも買収対象となる家が何軒かありました。
騒音対策など、町内会としても集会を招集して、いろいろな要望を出していたのを思い出します。

●バイパス工事が進み、いよいよ運用は近いようです。沿線付近の住民にバイパスの披露として一日だけ徒歩通行が許されるとの報に、妻と一緒に歩いてきました。平爺は早朝ウォーキングで、工事時間外にこっそり何回か歩いていました。
平爺が今の家へ引っ越してきた当時、何回も住民会議が招集されて、平穏な生活に支障の生じないよう各種の要請・申請をたり、買収用地のうち使用しなかった空き地は緑地・遊園地などに使ってほしい・・・など要請もしていました。 

ふり替えると、平爺がここへ越してたから20年、人生でいちばん長く住んだ土地になりました。新路線の本格的運用により、騒音被害などが生じないことを願っています。

2021.03.22(
) 梅
 

3/21 撮影 

テレビでは桜開花の便りが頻繁。当地では目下梅の花が盛りと言う感じです。花の蜜がお目あてか、梅の小枝に野鳥の姿をときどき見かけます。

梅と聴けば当然のように頭に浮かぶのが菅原道真の歌

 東風(こち)吹かば 匂い起こせよ 梅の花 

   主なしとて春な忘れそ」

延喜元年(901)、菅原道真が政敵の策謀にはめられ、はるかな九州に落ちのびるとき、その旅立ちにのぞんで詠んだのがこの歌とか。

 ◆今どき・・・はるか遠くに流してしまいたい政治家や高級官僚たち。道真の爪の垢でも与えてみたらどうでしょうか(笑)。

2021.03.21(
) 良い気候になりました

 うっかりしていましたが昨日は “春分”。 夜明けが早くなりました。

当地の 日の出は550分  日の入りは1800 

黎明 am6:08

ウォーキングのスタートは520分。冬は暗闇の中のスタートでしたが、今は足元が見えるほどの明るさ。寒さも緩んでウォーキングには最適な季節です。昨日のウォーキングは1時間45分。この間、出会った人はゼロ。平爺のために道があるようなもの() 
往きは千曲川の川辺に沿った道、今年もキツネに出会うかな~・・・期待して歩きましたが、この日は残念ながら出会いはなし。
千曲川の水面を暁光が赤く染める風景を楽しみながら歩いていると、贅沢だな~ 身も心も軽く気持ちはルンルン・・・気分よく一日が始まります。
人が見たら、何が楽しくて朝っぱらから歩いているのか?・・・不思議に思う人もいるでしょうね。
 

2021.03.20() イヤな歳になりました・・・

えっ ほんと? 

ヒメオドリコソウ?

ウソではありません、本当です。昨日、カミさんに引っ張られて認知症専門医の受診・・・。なんたる屈辱・・・忘れっぽくなったりすることは認めますが、「認知症」という疑いをかけられるのはまだちょっと・・・。
本人としては「この程度の物忘れは加齢にともなうごく普通の現象?そこまで気をつかったり案じたるすることはないと思ってます。 

カミさんに引っ張られ、専門医院で長谷川式検査を受診。結果は早急に対処が必要ではない・・・当たり前!!
ただ、日常生活の中で「あれはどこへしまったっけ・・・」とか、簡単な漢字が思い出せなかったり、知っているはずの野に咲く花の名前が出てこないとか・・・。この程度は加齢にともなうごく自然な現象?騒ぎたてるほどのことはないと思っています。漢字を忘れたり、人の名前を思い出せなかったり・・・そんなことはごく自然なことですよネ。・・・そう思いませんか?
若いころと何の変わりもない年寄りの方が逆な意味で気味が悪い()・・・年齢相応がいちばん良し。

追記・・・平爺が自発的に受診したわけではありません。カミさんが縄をつけて引っ張っていきました。

2021.03.19(
) 柳の木

ヤナギ

長かった北信濃の冬も終わりに近づき、梅、そしてフクジュソウなど春の花を目にするようになりました。昨秋から始まった足底腱膜炎の激痛もおさまり、案じられたウォーキングは一日も休まずに続けています。

 ●春・・・頭に浮かぶのは新緑。中でも「柳の新緑」に惹かれれます。
平爺の通った小・中学校には一本の柳の巨木がありました。春先、風に揺れる柔らかな新緑が記憶に残っています。ウォーキングコースにある長野市の公共施設の庭には大きな柳の木が一本、今年も薄黄緑色の枝が風に揺れています。

◆「柳」には二つの思い入れがあります。小・中学生のころ校舎の正門脇にあった大きな柳の木。そのわきには薪を背負ったおなじみの二宮金次郎の像。もう一つは石川啄木の歌。なぜか脳裏に焼き付いています。

「やはらかに 柳あおめる 北上の

    岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに」

中学生のころ、国語の授業が好きでした。本もよく読んだと方だ思います。この和歌もいまだに脳裏に焼き付いたまま。春と言うと「桜」に目を奪われがちですが、花もなく風になびく風情が桜の美をしのぐ気もします。  

2021.03.18(木) あなた百まで わしゃ九十九まで

広辞苑で「老人」を牽くと <年とった人>  <年寄り>

あなた百まで わしゃ九十九まで
(ある集落の石像)

わざわざ広辞苑を牽くまでもない話しです。自分でも「歳をとったなー」と実感することがますます多くなりました。自分で思うより以上に、人様の目には「あのシジイ」と写っていることでしょう。

突っ込んで考えるほどの話しではありませんが、このところ「老い」を自覚することが多くなったのも事実。身体機能はまだ少し良しとして、ちょっとしたことで腹が立ったり怒ってみたり・・・。ノーミソもそれにともなって破壊が進んでいると思うと愕然。
 

◆ところで「年寄り」とは何歳からを言うの・・・?
法律では、老人福祉法が「(老人ホームへの入所などの対象が)65歳以上の者」としているほか、国民年金法でも「老齢基礎年金の支給は65歳に達したとき」などとなっており、放送でも以前は65歳を「老人」という語を用いるのが一つの目安・・・云々

平均寿命が延びた今、「65才以上を老人」とすると世の中老人だらけ(笑) 現に65歳を過ぎて働いてる人は多いらしい。働きもせず、年金だけで食べてる平爺のような「老人」は肩身が狭い。せめて老人介護施設へのボラはもう少し頑張るつもり。

2021.03.17(
) 殿様商売
 

3ケ月前に診療予約してある病院へ。予約は11時、その1時間前(10時)に血液と尿の採取。
30分程度待たされるのはいつものこと。ところが昨日はいつまで待ってもナシのつぶて。1時間・・1時間半・・2時間。待合所の来院患者は徐々に減り、残る患者はわずか・・・。

イライラしていた初老のおじさん「外来をすっぽかして手術でもやってるのか・・・何のための予約だ・・・」ありったけの大声で怒鳴り始めました。心情としては平爺も同様、こころで拍手。

予約時間を2時間も過ぎている。遅れている説明もなし。血液採取だけは終わっていたので、その分だけを支払い、後ろ足で砂を蹴散らす心情で帰ってきました。病院と言うのは特殊の世界のようです。

2021.03.16() 早春の山里

長閑な早春の山裾

昨日は、山友Мさんのお誘いを受け、早春の山裾の温もりに、命の洗濯をさせてもらいました。
Мさんとの山歩きは1年4ケ月ぶり、こんなに長く逢わなかったのは珍しいこと。


ハイキングとも言えないほどの山里の逍遥。命の洗濯には格好な山裾散策でした。
氏の専門分野、コケの中でも珍しい「マルゴケ」を教えてもらったり、実に長閑な時間を味わわせてもらいました。

◆Мさんを「親友」と呼んでは失礼かもしれませんが、価値観・社会観も共通するところが多く、かれこれ20年以上のお付き合い。 ゆっくり話をする時間はありませんでしたが、心の洗濯をさせていただきました。

2021.03.15() 懐かしき歌  

以前のよもやま日記にも書いたと思いますが、ユーキャンから購入した「映像で綴る美しき日本の歌 愛唱名曲紀行 こころの風景」というCD8巻の歌集。懐かしい歌が126曲収納されています。

  第一巻
  ①早春賦 ②美しき天然 ③荒城の月 ④埴生の宿
  ⑤故郷の廃家  
⑥花(春のうららの)
  
⑦故郷を離るる歌 ⑧星の界 ⑨峠の我が家

  ⑩箱根八里 ⑪ローレライ  ⑫旅愁  ⑬故郷の空
 ⑭浜辺の歌
⑮七里ガ浜の哀歌 ⑯冬の星座 


何となく手持無沙汰のときに聞いていますが、「気持ちが癒される」という表現がびったリ。ある時はぼんやりと聴き、あるときは一緒に口ずさみ、そしてある時は目をつむって子供のころの回想・・・。歌っていいですネ~ という平爺は、恥ずかしながら実は音痴、こればウソでも謙遜でもなく本当のこと。

日の傾いた夕べのひととき、CDに耳を傾けることが多い。構える必要もなく、ただ何となく聴き入り、遠慮がちな声で一緒に歌うことも・・・飽きることがありません。・・・あの音痴の平爺が?

今の子供たちは、このような古き時代の歌を口ずさむことがあるのでしょうか。

第一巻の曲目は以下の16曲。おぼえているでしょうか・・・・ 

   ①早春賦  ②美しき天然  ③荒城の月  ④埴生の宿  ⑤故郷の廃家   ⑥花(春のうららの)
⑦故郷を離るる歌 ⑧星の界 ⑨峠の我が家
  ⑩箱根八里  ⑪ローレライ  ⑫旅愁
⑬故郷の空 ⑭浜辺の歌
 ⑮七里ガ浜の哀歌  ⑯冬の星座 

84才の平爺、歌詞があれば何とか全部歌うことができます。

2021.03.14(
) 啓蟄(けいちつ)

昨朝のウォーキングは小雨降る夜明け前の暗い道、傘をさして55分でした。

 そう言えば、二十四節季の「雨水」はいつだったかな~・・・・Web検索してみると「218日」でとおに過ぎていました。しとしと降る雨は、まるで梅雨どきの雨のよう。でも寒さの方はそれほどのこともなく、手袋なしでも気にならずに歩きました。知らぬ間に春は少しづつ進んでいます。
自分に課しているウォーキングのノルマは最低ても1時間以上。天気さえよければ苦になりません。昨日は早朝55分だけ珍しくノルマ未達成。 その代わり自転車を35分。

昨秋・冬眠前のカエルちゃん

◆そういえば「啓蟄=けいちつ」はいつだった? 二十四節季カレンダーを見ると218日、とおに過ぎていました。土中で冬越しをしていた虫たちが出てくる時期。我が家の庭のどこかに冬眠していると思われる小さなカエル。今年も姿を見せてくれるかな~。
子供のころ、春先に畑の土おこしをしていると、虫やカエルなどがびっくりして飛び出してきたものです。子供の頃の早春が思い出されます。



2021.03.13(
) 足底腱膜炎

芽吹き始めた神社の大木

皆勤を続ける無休の早朝ウォーキング、春の気配を肌で感じるようになってきました。寺や神社境内などの木々も芽吹き始めています。
◆昨年暮れ、右足を襲った激痛・・・整形外科で受診すると「足底腱膜炎」の診断。並の痛さではありませんでした。

どちらかと言うと我慢強い方だと自負している平爺ですが、それが足に体重を乗せると飛びあがるほどの激痛には閉口しました。朝、ベッドから降りるとき、右足に体重をかけると思わず悲鳴を上げたいほどでした。
整形外科でリハビリを受けたり、処方薬を服用して徐々に痛みは軽くなり、生活に支障のないレベルに落ち着いています・・・また山歩きが出来るかな?
それにしても痛みのきつい故障でしたが、日課のウォーキングは歯を食いしばって?一日も欠かさず続けてきました。 早速山友Мさんからハイキングのお誘いがかかりました。天候を見計らって初春の里山歩きを楽しむことにします。

◆脚は「第二の心臓」とも言われますが、故障してあらためてその言葉を噛みしめています。山歩きが実現できれば201910月以来、17ケ月ぶりのハイキングとなります。登山中毒にかかっていたころを想うと信じられない?無事に歩けたらご報告します。

2021.03/12(
) 老眼

メガネがなかったら、一日も暮らせない老いぼれ爺さんとなって久しい。

一日ごとに夜明けが早くなる

昨日はいつも通りのメガネで新聞を読みPCのモニターを見ていたのに、一夜明けた今日は新聞の文字がボヤッとして読めない。PCのモニターも見にくい。一晩で老眼が一足飛びに悪化することってあるのでしょうか・・・・
書見用のメガネもありますが、これは就寝前の寝ながら読書で使っているだけ。
一夜明けただけで、新聞、PCなどの書見用がボヤッとして機能不全・・・。

◆昔から「ハマラメ」という言葉がありますが、それを思い出しました。
老化による機能劣化を表したことばで
 「ハ」は歯 「マラ」は男のシンボル 「メ」は眼
平爺の場合は84才まで「歯」と「目」は健在を誇ってきましたが、これで残す砦は「歯」のみ、押しも押されもしない老境真っ只中のジジイとなりました()・・・年齢相応ということでしょうネ。

2021.03.11(
) 夜明けのウォーキング
 

日前・・5時5分の三ケ月

夜明けがだいぶ早くなりました。それとは関係なく時間が来ると目が覚めます。目が覚めれば時計を見ることもなく布団から出ます。毎日ほぼ同時刻。体に染みついているのだといます。4時半から5時の間です。
ウォーキングの身支度を整え、体温・脈拍数・脈飛びのチェック、血圧を計り、異常のないことを確認してスタート。歩く時間は以前より少し短くなってきましたが、直近の5日は
  2:10 2:15   1:45   2:35  2:25
太字はボランテイア訪問時、駅からの徒歩時間込の数値です。 

購入してから1年が過ぎた電動自転車、毎日1回は乗ることにしていますが、当初の思いとはほど遠く、実用として役に立っているとは言い難いのが現実。大人の玩具?これから暖かくなってきたら、もう少し乗り回したいと思っていますが・・・・。


2021.03.10(
) 東北大津波と東京大空襲・・・残すべき記憶

 10年前(平成23年)の311日、おびただしい被害をもたらした東北地方の大津波から節目の10年。メディアもしきりに取り上げ、あの痛みと悲惨さをあらためて思い起こさせています。

 ◆もう一つ、忘れないでほしい記憶? 記念と言うには筋違いのさらに残酷無比の記憶・・・1945310日、米軍機B29による東京下町の民家密集地への無差別絨毯空襲。制空権を失った日本の空は、アメリカ空軍の独壇場。爆撃練習でもするがごとくに、B29が日本の空を自在に飛び回り、雨あられのように降らせる焼夷弾で東京の下町は火の海。いわゆる焼夷弾による絨毯爆撃です。東京の下町は焼け落ちた残骸と屍の山、戦争とは無関係な一般庶民がどれだけ死んでいったことか。その数は10万人とも・・・。東北大津波の比ではありません。

焼け野原  写真はフリーサイトから拝借

●アメリカ軍にとっては赤子の首を絞めるようなもの。日本の空を自由自在に飛び回り、ヒロシマ・ナガサキへと標的は移り、あの悲惨な原爆投下へ。ここにいたって軍部はようやく無条件降伏受託を決意。もし半年早く降伏していたら・・・10万人? 20万人? 30万人?・・・失われずにすんだ命がどれほどの数になるのでしょうか。

●東北大津波もさることながら、忘れてはならない悲惨な記憶、年月とともにその記憶も語られることなく忘れられていくのでしょうか。それていいのでしょうか・・・。
 

追記・・・太平洋戦争で死亡した日本人は 軍属230万人、一般人80万人とも言われるようですが、正確には数えられないということのようです。

2021.03.09(
)  移住したい都道府県ランキング

 旧聞に属しますが、『田舎暮らしの本』よる2021年版「移住したい都道府県ランキング」最も移住したい都道府県として選ばれたのは長野県2006年から15年連続の1位とのことです。 

春待つ田んぼ

平爺夫婦が終の棲家として選んだのは南北に長い長野県の北部、嬉しくないはずはありません。南北で気質も違いますが、「住めば都」住み慣れれば同化していくものだと思います。

生まれ落ちてから18才まで過ごした南信州、その後は勤務先の関係で東京―松本ー大阪―奈良―長野―東京と旅ガラス人生。定年退職後は奈良に残したマイホームへ。そして最後に落ち着いたのは65才のとき長野市へ転居、今に至ります。

 田舎には田舎ならではの煩わしさもありますが、終の棲家長野市へ定着して間もなく20年になり、地域の一員として暮らし、まさに「終の棲家」となりました。
冬の寒さと雪はno good ですが、これも住めば都。

ちなみに生まれ育ったのは長野県南部、そして終の棲家として選んだのは長野県北部、南北に長い地形で北部と南部では習わしも気質もかなり違いますが、折り合いをつけながら余生を送っています。

◆ちなみに2位以下は
  
②静岡 ③山梨 ④沖縄 ⑤千葉 ⑥北海道 ⑦岡山 ⑧大分 ⑨兵庫 ⑩和歌山

2021.03.08() 野に咲く春の花

ベルクランサス?

午後から、今日2度目のウォーキング。ポカボカと降り注ぐ陽ざしは実に気持ちいい。
陽ざしもだいぶ濃くなっています。

田中の野道には、敷き詰めたように競って咲く小さな可憐な花 “オオイヌフグリ”  直径1cmほどの可憐な花に似合わない名前を持っています。その名前の由来は「種の形が雄(オス)犬のフグリ(陰嚢)に似ている」からとか。それを知ってからは人前で「フグリ」と呼ぶのにちょっと抵抗感が・・・() 

一面に咲いているオオイヌフグリの群落の中に、紛れ込んだように咲くもう一つの黄色花は・・・webで調べてみると「ベルクランサス」というらしい。舌をかみそうな名前です(笑)

柔らかな日ざしの中を1時間弱の気持ち良い午後のウォーキング・・・散歩でした。

2021.03.07(
) 眼科定期診察

 
 薄  明

平爺が 最初に加齢を自覚したのは「眼」でした。45才を過ぎたころだったと思います。メガネを使いはじめたのはそのころです。<希望する企業に就職できたのは「眼」が良かったから>。それ以外に誇れるものは一つもありませんでした()

◆齢八十路の半ばにさしかかり、とみに視力が劣化、どこまで落ちるのか底が見えず。加えて物忘れが目立つようになり、ときにはチンプンカンのことを平気で口走ることさえ・・・かなり危なくなってきたのは間違いありません。

◆そもそも視力劣化のスタートは、50年ほど前にケガで網膜剥離、それが今になって悪さをしているのかもしれません。若いころ職場の先輩から「お前よくここに入社できたな~」とからかわれると「僕、視力だけは人に負けないから・・・・」頭は悪いが目だけは自信がありますと大見栄を切っていたものです。

 先日は定例の眼科検診。何とかもう少しのあいだ、不自由しない程度に機能してくれれば。

2021,03.06(
) 今月のことば

寺院門前の掲示板、今月のことばは 『親の夢 つぎつぎ消して 子は育つ』

ぐさりとくるような響きですが、まさにその通り・・・親の無償の献身と愛があって育ってきたことに異議はありません。昨日の我が子虐待とは真逆です。
宗教的な教えと言うより、何となく川柳のようなユーモアも漂います。

深読みするより、川柳でも読むような気楽さの方が “なるほど” と納得できます。深い深~い蘊蓄あふれる言葉としてしみこみます。
初春の暖かい陽ざしを受けて、千曲川畔の堤防道路をカミさん同行、1時間余りの気持ちいいウォーキングでした。

こんな言葉も・・・webより ●親はなくとも子は育つ   ●親の背を見て子は育つ

2021.03.05() 常軌を逸した幼児虐待・育児放棄

新聞の社会面大活字は「餓死五歳 水だけで10日間 日常的に虐待か」
つらくなるのを覚悟で読みました。

その子に食べさせてあげたい

事件は昨年4月のこと。5歳の男の子が10日連続で水しか与えられなかった・・・云々。
この子はどんな思いで耐えたのでしょう。人間はそんなにも残酷なものだったのでしょうか。

「鬼畜にもとる」という表現があります。先年、寒中に水風呂の虐待を受けて幼子を死なせた事件が大きく報道され、私たち国民も鳥肌立つような衝撃を受けたのが昨日のことのように思いだされます。

人間ほど残忍な動物はいない・そんなことばもあります。

たった5歳の子供です。いちばん可愛く、誰からも愛されるはずの幼子。この子は暴力よりもっと残忍な仕打ちで、ジリジリと体力を消耗させられ、あの世へ行ってしまったのでしょう。日に日に弱っていく子を見て、何も感じなかったのでしょうか?可哀そうで可哀そうでなりません。涙があふれてきます。地獄にもとる虐待を受けるためにだけ生まれてきたというのでしょうか。
「人間のムゴさ」をまた思い知らされる事件、朝食をとりながら朝刊を読みましたが、食が進みませんでした。

2021.03.04(
) ようやく・・・

確定申告書・・・半月以上かかってやっと税務署へ提出してきました。

手をつけてから何と半月以上経過。平爺万一のとき・例えば認知症発症を想定、今のうちにカミさんに税務署申告の手続きをレクチャーしておかなくては・・・年金以外には収入もなく、申告すれば身体障碍者としての税金還付が受けられるので、停年退職後は恒例行事として毎年平爺が申告書を作製、提出してきました。

老木の最後…リンゴの木

◆平爺の加齢が加速、先行きも不透明、いまのうちに申告の仕方をカミさんにも教えておこう・・・そう思って手を付けたのが2月半ば。平爺は身体障碍者(人工肛門)として税率が軽減されています。手続きをすると年金から天引きされた税金の一部が還付されます。そのために毎年行っている還付申請の手つづきです。平爺もノーミソがひとかけらづつ消失していく昨今、今のうちに申告の仕方をカミさんにも教えておかなくては。そう思ってのレクチャー。

昨年までは国税庁のHPを使い、数字をチョイチョイと入れれば出来上がったのに、今年はそれがうまくいかない。認知症が主因?思考錯誤して何とか出来上がったのが一昨日。昨日ようやく税務署に提出することができました。今年のうちに申告手法をカミさんに伝えられてよかった。来年はもう教えることが無理かもしれませんから。

23泊の旅行費用を賄える程度の還付が受けられそうです。平爺の手による申告は、これが最後かも・・・ちょっとさびしい!!!


2023.03.03(
) 桃の節句


今日はひな祭り、梅の節句ともいいますね。ひな人形はいつからいつまで飾るものでしょうか。女の子のいなかった我が家はピンときません。今日はそのひな祭りの日。「ひな祭り」の歌詞を持参して介護施設へ行ってきました。

80を超えたお年寄りたち、今さらひな祭ではないかと思いますが、定番の「ひな祭」をみんなで歌ってきました。
老いぼれた平爺でも、一緒に歌っているとホッコリした気分になります。施設のお年寄りたちも、歌詞を渡すと楽しそうに声をそろえて歌ってくれました。子供の頃を思い出して気持ちが和みます。

昨日は桃の節句とはかけ離れた陽気。霏々として雪の降る中を駅から45分余の歩きは、とても長く感じました。
(今日の日記をアップするのを忘れていました。平爺もいよいよ・・・?)

2021.03.02(
) 名月を 取ってくれろと 泣く子かな   一茶

2月末から3月にかけ、天候にも恵まれてお月さまを楽しんだ方も多かったと思います。

   
 2/28 宵  3/1 夜明け前

月齢カレンダーを見ると「満月は227日」

見た目には2月27日から翌月初の明け方まで満月という感じ。明け方の満月を楽しめるのも早朝ウォーキングを励行しているおかげ。仮に、月を眺めるだけの早起きなら、少々つらいかもしれません。
黄金色と言ったら少しオーバーですが、大きな宝石が中天に浮かんでいるようにも見えました。

この時期は田んぼの水は抜かれているのが普通ですが、なぜか水が張られた田が1枚。西に傾いた真ん丸の月が水面に写っていました。うっとりするような景色にしばし足を止めて見入りました。まさに「早起きは三文の得」です。こうしたことがあるから早朝ウォーキングはやめられません()

足底腱膜炎の痛みも軽くなり五体満足、以前のペースでウォーキング出来る状態に戻りました。良い春になりそうです。

2021.03.01(
) 陽ざしに春が・・・

夜明け
中央三角形のピークは志賀高原の
シンボル笠岳(2076m)

下らない疑問・・・2月はどうして28日なのでしょう?
子供のころ、「小」の月を覚えるには「西向くさむらい=にしむくさむらい=2469士」と教わりました。サムライは「武士」の「士」で、分解すると「十一」。2月を30日にして、その代わり31日の「大の月」を増やす方法もあったのに・・それにはわけがあるのでしょうね。

◆ところで日課のウォーキング。今年も休日なしで続けていますが以前の状態には戻っていません。

  サボリこそなかったものの、月間ウォーキング時間は激減

昨年1月 65時間35分→今年1月 44時間50
  昨年2月 60時間10分 →今年2月 46時間35

これでも頑張ったつもり?

サボったという認識はないが愕然とするほど減少。言い訳になりますが「足底筋膜炎」の激痛を押しての結果です。自分ではガンバッたつもり。その痛みもようやく軽くなり、回復の兆しが見えてきました。

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