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2021 年 5月

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2021.05.31() 爽やかな皐月から鬱陶しい雨の季節へ

睦月・如月・弥生・卯月・皐月・水無月文月・葉月・長月・神無月・霜月・師走

早暁 不思議な空

暑くもなし寒くもなし、気持ち良く過ごした五月も終わり。明日から無月・・・梅雨で水があっても水無月とは・・・
鬱陶しい雨の季節となります。

ところで年間の雨の降った日数は・・・? 
物好きにもwebで検索してみました。平爺の住む長野県の年間降水日は110日で、都道府県の真ん中あたりの24位。

降水日がいちばん多いのは秋田県で177日、いちばん少ないのは山梨県の82日となっていました。ずいぶん違うものですね。雨が嫌いな人は山梨県への移住がお勧めです()
いよいよ梅雨の季節、被害の出るような大雨がないことを祈ります。

追記・・、東京の降水日は106日で県別の平均あたり。単純に計算すれば3日か4日に一度は雨が降っている勘定になりますネ。降り過ぎると困るし、降らな過ぎるとまた困る・・・人智では如何ともしがたいのが雨。

2021.05.30(
) 我が家のペット スズメちゃん

我が家のペット・・・カミさんのことではありませんから誤解なきよう()

◆貧乏住まいの我が家のどこが気に入ったのか、朝夕欠かさず通ってきくるスズメちゃんたち。その数十羽? エサをねだるかのように、庭は大賑わいとなります。でも家人にはなつきません。
エサの時刻を覚えているらしく、その時間になると集まってきて、屋根や木の枝から鳴き声が賑やか。「早くエサを出してくれ~」の大合唱です。動きまわるので数えられませんが、概算で50羽は下らないと思います。

エサ台や庭石の上にエサを撒き、屋内に入ったとたん、一斉に飛び降りてきます。可愛い・・・
親から離れないヒナもいます。口移しにヒナにエサを与える様子は心底癒され、イヤなことも忘れてカミさんと眺めています。まさに我が家のペットです。下世話な話ですがエサ代は1ケ月1000円ほどでしょうか。安い道楽?趣味?です。

以前、ネコがスズメを狙っているのを見て、防衛のために有刺鉄線を隣家との境いのブロック塀に張り巡らしました。結構気を使っているのですよ()

2021.05.29(
) 浮かれてばかりはいられない

静止して獲物をねらうカラス

当地は田植えの時期。水が張られた田んぼにはカエルや水中昆虫などが動き始めます
その田んぼに置き物のように動きを止めたカラスが一羽、水生昆虫かカエルでも狙っているのか微動だにしません。

春はカラスにとっても子育ての季節、命をかけた苛烈な日々なんでしょうネ。まさに容赦は許されない生存競争、そこにはルールも情もなく強いものしか生き残れない過酷な現実しかないのだと思います

◆立ち止まってカラスの様子を見ていると、とても複雑な気持ちになります。まさに「弱肉強食」の厳しさ。人間世界だってそのような一面のあることは否定できません。。

うららな春を喜びながら、人間も含めた自然界の厳しさを感じさせる1シーンでした。

2021.05.28() コロナ接種予約

北アルプスの夜明け 白銀の世界

多くの人がコロナ接種の予約確保に翻弄させられているようだ・・・電話はつながらない、ネット予約はPCに馴染の薄い年寄りにはままならない。
平爺は接種には無頓着、接種できなければそれはそれでよし、オレはコロナなんかに感染しないという根拠もない楽天主義。カミさん曰く「自分はよくても人に迷惑がかかるんだよ・・・」 それももっとも。

●付き合いの広いカミさんは、友だち関係から情報集め。その甲斐あってか、6月14日の予約をゲット。こうした連絡を取り合える仲間関係は平爺の10倍も20倍も優るというか、平爺はゼロなんです。いい嫁をもらったと感謝しています()

おかげさまでコロナに関しては、平爺自身は小指一つ動かすことなく接種を受けられることになりました。それにしても、国民にこのような負担を強いることは役所の怠慢、計画的に割り当てるようなことが出来ないものなんでしょうかネ。国民はいいように振り回されている・・・そう思いませんか?


2021.05.27(
) 残念

皆既月食を楽しみにしていた昨夜。三脚も用意して準備万端整え、手ぐすね引いて待機していたのに無情な雲、月食の片鱗も見ることがかないませんでした。

次の皆既月食は1年半後の来年118日とのと。それまでおあずけです。

今日の日記は皆既月食の写真をと思っていたので、ほかに用意がありません。本日はお休みとさせていただき、これからウォーキングに出かけます。ただいまの時刻は420分。

2021.05.26(
) 森の宝石

すがすがしい朝

ラジオを聞きながら千曲川河畔を歩いていると、「森の宝石・・・ハムシ」の話。虫嫌いの人は多いかと思いますが「宝石」と云われれば見てみたくなるのが人情ではないでしょうか・・・帰宅後、ハムシをネット検索すると確かに華麗な美しさ。虫嫌いの人でも触ってみたくなりそうです。
美しさは別として、姿・形の似たような甲虫類はコガネムシをはじめたくさんあると思います。虫は平爺の子供の頃の遊び道具でもありました。帰宅後webネット検索してみると確かに宝石のように美しい。

▼ウォーキングをしていると、木立から美しい野鳥の囀り。平爺の耳には「ブッポウソウ・・・」と聞こえましたが・・・帰宅後、さえずりの記憶を手だてにネット検索したがブッポウソウと決めつけることはできませんでした。
早暁のウォーキングは美しい小鳥、虫、花・・・などに接するチャンスがたくさんあります。それだけでもウォーキングはやめられません(笑)

●今夜は3年ぶりの皆既日食。時刻は午後8時過ぎ。今年「最も大きく見えるスーパームーン」だそうです。楽しみです。晴れますように。

追記・・・ハムシと云っても種類いろいろのようです。関心のある方は下記サイトへどうぞ
  ハムシ図鑑|ヒゲナガハムシ亜科 (insects.jp)
  
2021,05.25(
) ヨシキリ

 

昨朝のウォーキングは、千曲川の流れに沿った岸辺の道。人の気配はまったくなし。運が良ければキツネに出会うこともあります。

夜明け、上流に向かって足を運ぶ。背丈越鬱蒼とした葦の茂みから、賑やか過ぎるほどのな野鳥の囀り。しばし足を止めて耳を傾ける。目を凝らすも姿の片鱗も確認できない。表現しにくいが「ギヨギョギヨギョ・・・」というような濁った声で、決して美声とは言えません。何羽が競って囀っているような気がします。ヨシキリかな~?

人影もないさびしい道、自動車のエンジン音もない静寂な千曲川河畔を一人黙々と歩いてると、何だか別世界にとり残されたような錯覚を覚えますが、早起きは三文の得・平爺にとっては至福の時間です。
(写真はヨシキリ、webから拝借させていただきました。実物を目にしたことはありません)

2021.05.24(
) 鈍る「感」

早朝の千曲川河畔

一昨日は4時にウォーキングスタート。雨の心配はなし。ルンルン気分。いつもと同様、爽やか気分で脚を運ぶ。ウォーキングに最適な季節。歩くコースはその時の気分次第。
千曲川にかかる1㎞ほどの長い橋を渡り、須坂市のメイン道路を南方の進む。いつもと違ったルーとを歩いてみよう・・・気まぐれで初めての道を。くねくねと曲がりくねった道。

頭の中の地図を頼りに見当をつけていたが、次第に方角が怪しく・・・そろそろ我が家の方角に見当をつけて進まないと・・・。ところが我が家がどっちの方角か頭の中は壊れたコンバス・・・? そのうち目印になりそうなものが目に入るだろう・・・遠くを見すえながら呑気に歩いていたが・・・厚い雲で日の出の方向も判然とせず方角があやふや。次第にあせってくる。
適当に歩いていると、いつの間にか草の茂る道・・・こりゃ~いかん・・・ますます方角が混乱。人影もないところで意識でも失ったら・・・2年前、ウォーキング中の硬膜下血腫が脳裏に・・・縁起でもない妄想。

方角の見当のつく構築物が目な入らないか・・・四囲を見まわしながら脚を運んでいると、いつの間にか雑草の生い茂る川辺、草を分けて歩いいると目に入ったのは記憶にある鉄製の高いフェンス・・・ああよかった。無事帰宅することができました。気疲れした3時間余のウォーキングでした。

カミさんからケータイの携帯を忘れないいよう固く言い渡されいるケータイを使えば何とかなる・・・そんな安心感はありましたが、さすがに疲れました。登山より疲れました()
◆ウォーキングのレベルをもう一ランク落とす時期かも・・・
歳をとるってイヤデスネ~。

2021.05.23(
)  「お茶」

平爺が生まれ育った信州は、よくお茶を飲む県だと聞いた覚えがあります。三度の食事のあとは普通として、朝起きるとまずお茶、午前のお茶、午後のお茶、夕食が済んで寝る前にまたお茶。一日に何回お茶を飲んでいるのか・・・・茶葉はその都度は変えていなかった、つまり出がらしのお茶?
一日中お茶を飲んでいる感じですネ。お茶の時には必ずと云っていいほど野沢菜かおこうこ(たくあん)がついた記憶があります。信州は湿度が低く乾燥するための生活の知恵と聞いた気もします?今はそのお茶習慣すたれてしまった気がします

◆前置きが長くなりましたが、本日の日記のテーマは?去る51日の日記に載せそこなったお茶の話。
ラジオが今日は八十八夜と教えてくれました。八十八夜と聞けば自動的に「茶摘み」の歌が
    
      ♪ 夏も近づく八十八夜
   ♪ 野にも山にも若葉が茂る

      ♪ あれに見えるは茶摘じゃないか   
      ♪ あかねだすきに菅の笠

◆かつて「茶」は葬儀のお返し品の定番。あとに残らない(消えものと言うそうです)お茶が好まれてきたようです。それと、お茶は好みに左右されず誰でも使えるし、保存もきく・・・。そのお茶が香典返しに使われることが少なくなってきた・・・コーヒーなど競合品が増えてきた影響もあるとか・・・。

◆日本のお茶文化も、次第に忘れられていくのかな~。我が家のカミさんはお茶が好き、平爺はけっこう飲まされています(笑)

2021.05.22(
) カエルの初鳴き?

ひと月ほど「隣家のカエルの鳴き声がうるさい」という訴訟が却下となったニュースがありました。

◆普段はどこにひそんでいるのかわからない我が家のカエルちゃん・・・広くもない庭ですが、居心地と安全を求めて気に入った場所を転々と移動しているらしい。
姿を見せるのは黄緑色の個体・・・アオガエルと呼ぶことにしています。茶色の個体はこの春一度も顔を見ていません。 ふだんは野鳥の標的になることを避けて?植栽の下などにひそんでいてめったに姿を見せません。庭の手入れをしているときなどに、偶然姿を見るとほっとします。

◆先日、庭からカエルの鳴き声が・・・初鳴き? 今年、まだ目にしてないもう一匹のカエルを呼ぶラブコールか? もしも庭で鳴きかわすカエルの声が聞けたら・・・なんと優雅なことか。2匹が無事に出会い、子孫を残すことを祈っています。

♪かえるの合唱♪

♪ かえるのうたが きこえてくるよ

♪ クヮ クヮ クヮ クヮ


♪ ケケケケ ケケケケ クヮクヮクヮ


2021.05.21(
) 今日は「小満=しょうまん」

昨日の日記で、考えていただいた言葉は
  ズボン  背広   板の間     写真機  アベック  スポーツ選手
  パンツ  スーツ  フローリング  カメラ  カップル  アスリート


◆今日は二十四節季の「小満」というようです。耳なれない言葉ですが読み方は「しょうまん」


 誰かが誰かと麦畑

こっそり キッスした いいじゃないの

小麦の穂 穂の出そろった麦畑―千曲川河川敷


耳にしたことがあるかも
しれないが意味不明。

web検索すると
「太陰太陽暦の4月中 (4月後半) のことで,太陽の黄60°に達した日 (太陽暦の521日か 22) に始まり,芒種 (66日か7) の前日までの約 15日間であるが,現行暦ではこの期間の第1日目をさす・・・???



◆小満は麦などの穂がつく頃で、農民はホッと一安心し、満足すると言う意味があるとのこと。農耕の時代は収穫の有無は最大の関心事、耕作した麦に穂がつくと「今年も順調でよかった」と満足したことからこのころを小満と名付けたらしい。ちなみに二十四節季は以下。詳しく知らなくても聞いた覚えはあります。

春・・・立春 雨水 啓蟄 春分 清明 穀雨
   夏・・・立夏 小満 芒種 夏至 小暑   大暑
   秋・・・立秋 処暑 白露 秋分 寒露   霜降
   冬・・・立冬 小雪 大雪 冬至 小寒   大寒
千曲川河川敷のウォーキングルートに、麦畑が広がているのを思い出して写真を撮りに行ってきました。

2021.05.20(
) 言葉は生きている・・・「ら」抜きことば

夜明けのシラサギ

早朝ウォーキングの楽しみは草花だけではありません。ときには夜明けを待ちかねたシラサギが置き物のように微動だにせずに獲物を待つ姿も。

◆「ら」抜き言葉が流行っているとか。文化庁の「国語に関する世論調査」の中の一つに「ら」抜き言葉があるようです。

「食べれる」「見れる」という「ら抜き言葉」を使う人の割合は年々増え続け、それが多数派となったとのことです。
「見られた」と「見れた」の割合はほぼ半々らしい。平爺の世代は「見られた」が圧倒的だったと思います。「見れた」と聞くと違和感を感じます。
言葉は生きているとも言います。変化は定めのようなもの、「ら抜き」が定着するのは時間の問題かもしれませんね。試験で「見れた」と書くと×になる日が近いかも。
言葉は生きている実感します。

「ら抜き」とは関係ありませんが、次の言葉はどのように変わったでしょうか。

  ズボン  背広   板の間  写真機  アベック  スポーツ選手


2021.05.19(水) 生きている証?のウォーキング

久しぶりにウォーキングの現況を測ってみました。

平坦道1㎞・1110秒 1108歩 歩幅約90cm  時速約5㎞  
  

ウォーキングの大事な友

1時間半ほど歩いたとろで、国道のキロメートル標識を使って測定。4年ほど前と大きな変化はないようですが、一方ノーミソの方は日進月歩?で老化進行、「記憶力」の低下は目を覆うばかり。いわゆる「もの忘れ」です。計る物差しがないので正確にはわかりませんが、とにかく忘れる、覚えられない・・・物忘れ、どっちの方が大事なんでしょうか? 

◆前月(4)の月間ウォーキング時間は51時間。3年ほど前と比べると34時間ほど少なくなっていますが誤差の範囲内と自分では納得? 以前と変わっていないつもりですが問題は「質」です。大幅に衰えていることを認めざるをえません。
過去5年のウォーキング記録を見ると、PC障害でデータが消えてしまった2017年以降は一日も休んだことがありません。バカの一つ覚えのように歩いています。

昨年11月に発症した足底筋膜炎のときも、短時間ながら激通に耐えて歩きましたが、今は完治。

2021.05.18(
) 梅雨

  キツネ 可哀そうに
    轢かれたのでしょうか   

『 五月雨を あつめて早し 最上川 』  芭蕉

5月中半が過ぎたばかりなのにテレビ・新聞などに「梅雨入り」のことが・・・
ネット検索してみると昨年の梅雨入りは
  東海―719日ころ  関東―719日ころ
   北陸―723日ころ  東北―724日ころ
平爺のご当地信州は7月19日ころでした。

◆今年の梅雨入り情報・・・甲信=東京・神奈川・千葉・埼玉・群馬・栃木・茨城・山梨・長野の梅雨入りは発表していないが、東海地方までは16日梅雨入りが発っしられたようです。
昨朝のウォーキングは梅雨を思わせるシトシト雨、気持ちも足も重く1時間10分で切り上げ・・・それでも真冬の寒冷・寒風より格段に楽です。

田植え、野菜の植え付け・・・農家にとってはいちばん水の欲しい時期、雨は歓迎ですが、どうかほどほどにとお願い。これからしばらくウォーキングに傘は手放せません。気が重い・・・が休みません。
長野県の梅雨入りは、平年は68日ころとか、今年の予想は・・・もしかすると今日あたり?

当分気が重いが、雨のウォーキングを根性でしのがなくては・・・。

2021,05.17(
) 今月の寺院掲示板

寺院門前の今月のことば

  人間はすぐれた意識を持つことによって
  かえって迷ったり 悩んだりしている

平爺には難しすぎて理解困難・・・。「宗教は哲学だ」と聞いた覚えがありますがまさに哲学、平爺のレベルでは歯が立ちません。関心がありましたら「真宗大谷派 福浄寺」のサイトをお読みになってみてください。サイトには、教員として部活動指導中に事故で首から 下がマヒ。辛うじて動く口を使って詩画を描くようになった敬服する星野富弘さんの生き方が綴られています。

        *************************

    星野さんのことばの中でも特に強く記憶に残っているのは
  
   いのちが一番大切だと思っていたころ 生きるのが苦しかった
      いのちより大切なものがあると知った日
        生きているのが 嬉しかった

◆星野富弘カレンダー5月の詩画には下記のことばが。悟りのようなものを感じます。

    久しぶりの青空です 名もない空 何もないっていいですね

2021,05,16(
) それでもやりますか・・・?


購読している昨朝の新聞見出し・・・「今夏の東京五輪開催に賛成ですか?」

  はい 19%  いいえ 81

  役割を終わったタンポポ

昨春の同様のアンケートでは反対が64%。1年後の今回は8割が「いいえ」という結果。権威ある一流新聞社の調査、偏見なく現状を正確にとらえていると思います。踊っているのは五輪族と時の政権だけか?

昨年のコロナ旋風の初期、五輪1年延期ではなくコロナ鎮静化を確認したうえで日程を再検討・・・そんな知恵が浮かばなかったのでしょうか。
振り返れば、東北大津波・原発事故という国家の一大事に、五輪誘致を強行した無謀さがひんしゅくを買ったのを思い出します。
昨年は「女性がたくさん入っている五輪理事会の会議は時間がかかり・・・云々」という森組織委員長(元首相)の蔑視発言など・・・「はじめ良ければすべて良し」の反対を行っているように見えますが。

今やるべきは、国家国民の全精力を集中してコロナから国民を救うことではないだろうか・・・『人一人の命は地球より重い』


2021/05.15(
) 平和の続くことを・・・「九条の碑」

憲法記念日の去る53日のよまやま日記・・・二つ用意していたのですが、一つは日記に載せないままになっていました。遅ればせながら追記させていただきます。

憲法九条の碑

◆朝日新聞地方版(信州)に『9条の碑 山寺がこめた非戦』という記事が載っていました。志賀高原への入口となる中野市の山寺境内(谷巌寺)に「戦争放棄」と「憲法九条の全文」が刻まれた2メートルの碑が立っているとのこと。平爺の住まう長野市に隣接しながら、まったく知りませんでした。空爆を受けたこともない山間の村人による奇特な建立、それにはに理由が。
◆当時、山寺は東京の疎開学童女児40人を受け入れていた。それから50年後、当時の女児10人が来村、往時を回想しながら寺や周辺を見て回ったとのこと。
親も親戚も知り合いもなく、寂しさと空腹・・・・そのむごい様子を思いおこし、平和を祈念した村民が「戦争放棄」と「憲法九条全文」の碑を建立。その後「疎開児童の碑」も建立されたとのことです。

碑文⇒『子供が本音を隠して生きる時代を二度とつくらないため―中略―疎開者名を深く刻み永劫の平和を希求しここに絆の碑を建立する』

新聞に掲載された「疎開児童の碑」の記事には、両手で涙をふく少女の像が。アジサイの咲く頃、妻と訪れたいと思っています。
(追記・・・寺院背後の高社山(1352m)登山のおり、この寺院か登りましたが、寺の記憶はほとんど残っていません)

2021.05.14(
) 老人・いろは心得帳―NO3・・・「に」と「ほ」

「に」・・・にわ()いっぱい 草花植えて 世話をして

「ほ」・・・ほどほどに 食べて休んで よく眠れ 

平爺の日常と、ほぼオーバーラップしている気もしますが・・・?
不摂生とか、暇を持てあましてストレスを貯めこんでいるということもないし、どちらかと言うとそれなりに充実した毎日を送っているつもり・・・人さまの目からはグータラジジイに写るかもしれませんがネ

睡眠時間は、夜間おおよそ6時間、昼寝は毎日1時間前後。
何時に眠っても起床は3時半頃、自然に目が覚めます。起床してまずやることは、前日用意しておいた「よもやま日記」を再点検、読み返し・校正したりしてからアップロード、それが済む4時過ぎにウォーキングに出発、東の空は薄明が兆しています。1時間半から2時間歩いて帰宅、朝食・・・という判で押したような毎朝のタイムスケジュールです。

◆月間ウォーキングは概ね50時間余。以前に比べると10時間ほど少なくなりましたが、ケガ、入院などの特殊なケースは別として、365日ウォーキングを休んだことはありません。(日記を遡ってみると72才まではランニング・ジョギングでした。根性があったな~(笑)

単調な運動のウォーキング、癒しは野の花のほか、北アルプス連峰の眺望や民家の庭先、田や畔や神社などの野草・花木の花など。カメラにおさめてもこの日記に載るのはごく一部だけです。

2021.05.13(
)  行く・・・ “ゆく”
 “いく”

昨朝、ウォーキングコースの一部
いちばん良い季節 脚も軽やか・・・
(am4:25~6:50)

読み方はどちらが正しい? 平爺は信州生まれの信州育ち。小さいときから「いく」で育ってきました。
行き来する・行き帰り・行き過ぎる・行き違い・行き会う・行き方をたずねる、・・・平爺は全部「い」です。

でも「お爺ちゃんが家を出たまま行方がわからない
この場合は「いくえ」でなく「ゆくえ」。 きまりのようなものがあるのでしょうか。ずっと思ってきた疑問です。

●どっちでも日常生活に支障はないのに気になる・・・それが年寄りの特性? ネット検索すると、どちらかが間違っているわけではないようです。標準語的なものもなさそう。つまり両方とも正しい?

司馬遼太郎の『街道を行く』は「ゆく」、NHKの「行く年来る年」はいく? ゆく?  芭蕉の「行く春や鳥啼き魚の・・」も「ゆく」と読むのが穏当?
ほかにも「♪更け行く秋の夜」も「ゆく」
 東京へ行こうか・・・これは「いこうか」が普通かな? ここまで書いたらバカらしくなってきたのでやめます()

2021.0512(
水) どうしているかな~

野に咲く

禍々しいコロナ蔓延のおかげで、認知症介護施設のボランティアを自主的に中断してから1ケ月半。平爺の顔も忘れているかもしれません。コロナ情報を見ると、当面のボランティア復活はむずかしい気がします。

「満85才(来年2月)を機に、そろそろボラ辞退の潮時・・・個人的にはその思いが固かったのですが、復帰の環境が整うことなく終るかもしれません。

仲間のように慕って下さったお年寄りたちに、さようならも言わずに去ってしまうのは心残りです。せめて「サヨウナラ、いつまでもお元気で・・・」くらいは言ってお別れしたい。

◆日記を紐解くとボラのスタートは2013年、当初仲間は10人、介護施設におけるボラのむずかしさもあったとは云え、次々と落伍・・1年経過するまでに残ったのは平爺一人。

◆お年寄りたちと2ケ月も会わないと「元気かな~」との思いとは別に、二度と会えない旅立ちをしてしまったお年寄りもいるかもしれない・・・?

平爺も老いに向かってまっしぐら、何とかあと一回だけでも訪問してサヨウナラを云っておきたい~・・・そんなそことを思うこのごろです。

2021.05.11(
) 1分間・・・ヒマつぶし脳トレ・・・

何となく手持無沙汰・・・ボケッとしているとき漢字に挑戦。出来るだけたくさん書いてみる。書くのは「い」という漢字。

一面の可愛い花・・・名前は?
(ウォーキングの途中)

  移・伊・医・意・居・慰・・・・

1分間で何字思い浮かぶか。おヒマでしたら自己採点でやってみてください。けっこう面白いですよ。歳をとると、こんなことでもしないと頭を使う場面がありません。時間つぶしにはもってこい?これは平爺が発明したお遊び・・・? たくさん書こうしてとして力が入ると逆に結果は悪くなる?

ちなみに平爺が「い」という漢字を1分間で何字書けるか?深呼吸してスタート・・・。書けた漢字は前記の7つだけ。100点満点とすれば50点にもいかない~・・・?

漢字を知らなのではなく、頭の回転が鈍くなっている証? 鉛筆を持ってチラシの裏でも利用すれは簡単にできます。ときどきやってみようと思います。老化防止に少しは役立つことを期待して。
これは平爺が発明?した遊び。
とにかく最近のもの忘はひどい。脳の細胞が分秒単位で壊れていく感じ?・・・それにしても平爺ってほんかとうにヒマなんですね・・・・(笑)

2021.05.10(
) 母の日

5月第二日曜日、今日は「カーネーションの日」。

母の日は日本古来の風習ではなく、外国からの輸入品? 輸入でも良いことはどんどん真似することに越したことはない。輸入品ながら今やしっかりと根付いています。
母の日をお母さん以上に喜ぶのは「花屋さん」、カーネーションが売れて売れて目が回りそうな大忙繁盛、まさに嬉しい悲鳴()

Web検索すると
『日本で初めて母の日イベントが行われたのは明治末期、教会でお祝い行事が催されるようになり、次第に広がっていった』とのこと。良いものは舶来でも何でも大いに真似たらよろしい。

◆平爺の母親は200494歳、カミさんの母親は2007年96歳で鬼籍の人となりカーネーションを贈ることはできません。普段は忘れていた母親のことを、ふと思い出す日でもあります。母たちの時代は戦中・戦後の波瀾・混乱の世、衣食住にも事欠き命をつなぐだけでも精いっぱい。必死で子育てに取り組み、現在の母たちの比ではなく、何倍も、何十倍も苦労した時代です。
今日はせめて夜空を仰ぎ「おかあちゃん ありがとう また一緒になれる日が少しづつ近づいているよ・・・」とつぶやくことにします。


2021.05.09(
) 迷走東京五輪

  東京五輪に
     曙光は届かず

コロナの出口見えず・・・さらに厳しさは増す様相?。報道からも気の休まる情報は伝わってきません。

そんな状況下、茶番のような聖火リレー。痛々しいというのか滑稽と言うべきか、アリバイ造りのような聖火リレーや札幌テストマラソン。五輪族はまだ本気でヤル気でいるのでしょうか。コロナの先行きも、国民にはまるっきりわからないどころか、コロナ不安は増すばかり。
五輪対応の医師・看護師を用意しろ・・・ついに気が狂ってしまった?

◆日弁連会長宇都宮健司さんの「東京五輪の開催中止を求める」とのオンライン署名の呼びかけには、たった2日で2万人、その後もすごい勢いで増えているらしい。平爺もネット署名させてもらいました。

◆政府は、五輪で国民の目を政治から逸らす道具として五輪を利用しているのではないか・・・そんな疑義もいだきます。五輪強行への疑問はますます強まるばかり。ただ、アスリートの方々には、すくいになるような言葉も見つかりません。

昨日の日記に貼付したヘビの写真。平爺は野山で何種類かのヘビを目にしてきましたが、この長さにしては余りにも細い。もしかして外来種。飼えなくなった人が放り出した?

2021.05.08(
) 蛇(ヘビ)・・・


今日の日記はヘビ・・・蕁麻疹が心配の方は読まないでください。

突然蛇(ヘビ)の話をすみません。ヘビと聞いただけでジンマシが出る人もいるとか・・・。ヘビはさぞかし悔しかがっていることでしょう。我が家の奥方も長くてニュロニョロしたものはカラッキリだめ。今日の日記はそのヘビ・・・蕁麻疹の恐れのある方は読まないでください。
(女子系のヘビ好きはけっこう多いらしいですよ)

◆この「よもやま日記」、小学低学年並のレベルですが、毎日のネタ探しは思うほど楽ではない(笑) それなりの苦労はありますが、気持ち悪くなるような話題は極力さけるようにしているつもり。

150~200cm

◆ヒマな平爺。バカの一つ覚えのようにウォーキングを続けています。単調なことを飽きもせずやれるのはバカだから?・・・でも、そのおかげで珍しい出会いも。 

◆一週間ほど前、夜が明けてきたものの人々の活動にはまだ早い。小さな用水路の脇にグニャグニャしたヒモ状の物体、見ると蛇の死骸。8の字の書き損ないのように横たわっている。まっすぐに延ばせば150~200cmはありそう。長さの割には細い? 持っていた傘の先でつつくと、緩慢な動作で少し動いた!! びっくり仰天・・・。自動車の通る道ではないから轢かれたわけではない。ちょっと冷えた朝だったので体の自由を失ったのかもしれない。傘の先でそっと草むらへ移動してあげましたが、ヘビはさぞかしびっくりしたことでしょう。

車に轢かれて死んだヘビは何回か目にしましたが、弱って死にそうなヘビは始めて。気温が上がれば生気を取り戻すと思います。ヘビだって地球に生きる仲間、やさしい気持ちで接してあげなくては・・・?

突然ヘビの話ですみません。ヘビと聞いただけでジンマシが出るとう人もいるかも・・・。特別悪いこともしていないのに何という不条理・・・とヘビは悔しかがっています?
(へび好きの女性は意外と
多いそうですよ)

2021.05.07(
) ウグイス初聞き

 清々しい朝 向こうの木立から
   ホーホケキョ 透き通った鳴き声

昨朝も日課のウォーキングは430分スタート。雨上がりのしっとりした朝。山の稜線は暁がきざしている。最高の気分で脚運びもなめらか。早起きの農家が畠仕事にとりかかつている姿も。

千曲川にほど近い果樹園の道を歩いていると、川辺の木立から「ホーホケキョ」 歯切れの良い透き通った鳴き声。春もたけなわ、夏が近づいてきたな~そんな感慨が浮かびます。
ウグイスは別名春告鳥=ハルツゲドリとも云われます。平爺にとっては初鳴きでしが、とおに鳴き始めていたのかもしれないな~そんなことを考えながらの2時間のウォーキング。季節的には今が暑くもなし寒くもなし、ウォーキングがいちばん楽しい季節でもあります。

歩きながらふと「今の平爺からウォーキングを取り上げたら何が残るのだろう・・・」などと変なことを考えながら歩いていました。登山から脚を洗い、今は夢中になるものもありません。日々の暮らしがダラケないためのアクセントがウォーキング?寒くても暑くても、雪が降っても雨が降っても、休もうと思ったことは一度もありません。健康はありがたい・・・・。

2021.05.06(
) 菖蒲湯

 菖蒲湯?

昨日は端午の節句。男の児がいる家では「鯉のぼり」、歳寄りは菖蒲湯。
(鯉のぼりはほとんど見かけません。旧暦でやるのかな~)

◆どこかに菖蒲が生えていないかなと思って、水田地帯の水路沿いなどを選んでのウォーキング。どこにでも生えていそうに思えて以外に見つからない。
節句と言うことで、花屋などをのぞけばおいてあるでしょうが、買ってまでという気にもならない。

正直なところ、「スイセン、アヤメ、ショウブ」 区別がつきません。漢字だと
 「水仙」 「菖蒲」 「菖蒲」 ・・・?
平爺にとってはどれも一緒。アヤメだと思ってそれらしい葉を摘んできて菖蒲湯にしました?

昼間、樹高6mほどの針葉樹を剪定、かなり汗をかいたこともあり、気持ち良い菖蒲湯を味わいました。

◆当家の付近一帯は昔から菖蒲が群生自生していた土地柄とのことですが、自生はあまり見かけません。

2021.05.05(
) 馬面

読みは「ウマヅラ」 いつ書いたのか、よもやま日記ネタメモに「馬面」の走り書き。書いた動機を思い出せません。
Webで「うまづら=馬面」を索くと   馬のように長い顔。長い顔をあざる語 蔑視・・・
「水魚カワハギ科の名前で、体長約30cm、長方楕円形で著しく側扁し、ヒレは緑青色。口の先から目までが長い。皮膚は鮫肌
(さめはだ)状で硬い。皮をはいで干物・吸い物・味噌汁などにする」


ナス植え付け

これを読むと何だか身につまされます(笑) 人間にあてはめたら平爺のような不細工な面相、絶対に彼女ができないタイプ?

それにしても何とひどい造語でしょう。造語の主を探し出してギロチンにかけちゃいたい

◆コロナ旋風真っ只中でのGWも今日で終わり。GW中に何か一つくらい・・・と思って、庭の一画に夏もの野菜のナス・キュウリミニトマトの苗を2本づつ植えました。老夫婦二人では食べきれないほど収穫出来るはず。

GWも今日で終わり、平爺は明日もあさっても・・ずっとGWですみません。

追記・・・今日は端午の節句。ウォーキングがてら、川辺の野生ショウブをとってきて「菖蒲湯」にでも浸かろうかな・・・あの強い香りが邪気を祓うのだそうです?

2021.05.04(
) 花どろぼう=花ぬすびと

「花ドロボーは罪にならない・・・」というようですが、他人の物を盗んだらやはりドロボーですよネ。

拙宅庭のサツキ

花好きの奥方の影響もあってか、早朝ウォーキングで家々の立ち並ぶ道をたどると、庭先にさまざまな花々が誘惑するように咲いています。よく手入れの行き届いた庭や、ときには雑草と競っているような庭。さまざまですがほとんどの庭は手入れが行きとどいています。つい立ち止まって見つめることもしばしぱ。花好きなら、あの花を株分けしてもらえないかな~・・・なんて思うこともあるかもしれませんネ。。

平爺、カミさんが丹精している花の水やりだけは協力していますが、レイアウトや花同士のつり合い、花季との関係などを考えて・・・等、そうした面倒なことは性にあいません。でもきれいに咲いているのを目にすると気持ちが和むのは誰しも同じです。

どんなに花好きでも「うちの庭にもあんな花が・・・」という憧れはあっても盗んではいけませんね。

◆花泥棒と聞けば、よその花をこっそり持ってきてしまう意味合いが強いですが、実はその逆で、他人の家の庭に勝手に植えて行く行為もあるとか・・・ほんとうかな~?この場合は罪になるかどうか?

■鉢植え、地植え・・・我が家の庭の花は何種類? 気が向いたときに数えてみようかな・・。

20201.05.03(
) 憲法記念日・・・世界に誇る日本の平和憲法?

貴重な大型連休、日頃ごろ汗を流してお働きの皆さんは、コロナを気にしながらも、ごゆっくりと英気をやしなっておられることと思います。毎日が日曜日の平爺は、何にもせずボケっと過ごすのは後ろめたく、昨日は奥方と一緒に家庭菜園のゴーヤとキュウリの棚を作りました。今年もゴーヤ・キュウリぜめの夏になりそう?()

◆日本が世界に胸を張って誇れるのは戦争放棄を謳った「平和憲法」 今日は憲法記念日、国民お一人お一人が、憲法の片鱗でも思い出す日になれぱ・・・。

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動
       たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段と
       しては、永久にこれを放棄する。

    2  前項の目的を達するため、陸海空その他の戦力はこれを保持しない 国の交戦
      権は、これを認めない

********************************

現実は? 隔たりは認めざるを得ません。売られたケンカをただ手をこまねいているだけとはいかないのもわかります。軍事力に頼らない平和な世界はいつ来るのでしょうか。Webで「世界の軍事力」を検索してみました。1位~5位は以下のとおりでした。
  引用―https://10mtv.jp/pc/column/article.php?column_article_id=2772
      一位・アメリカ  二位・ロシア  三位・中国  四位・インド  五位・日本
戦争放棄の憲法を持つ日本が、まさかの第五位・・・? 軍備不要の世界を希求します。

2021.05.02(
) 「人の命は地球より重い」

泣き出しそうな朝陽・・・5/1早朝

昨今の世相から、ふと脳裏に浮かんだのは

 「人の命は地球より重い」

これは、時の福田総理大臣が、日航機ハイジャック事件で逮捕していた犯人仲間の釈放要求に応じることにしたとき、超法規的措置として釈放という求めに応じたときの総理の苦渋の言葉です。
人の命は地球より重い胸を打つ素晴らしい言葉。

◆今、日本はもとより世界中がコロナウイルスの脅威にさらされています。日本各地で医師、看護師・保健所・地方自治体・・コロナ対応に寝る間もない厳しい様子が伝えられています。その最中、東京五輪のために看護師など医療関係者を五輪に集める・・・政府は気でも狂ったのでしょうか。
オリンピックが大イベントであることは認めます。でもそれほど価値のあるものでしょうか。
そこまで犠牲を払わなければ開催ができないのなら、即刻中止にするのが当然。平爺はそう思います。
政府・五輪関係者の頭の中をのぞいてみたいほどの怒りさえ覚えます。

政府や五輪関係者にはまともな思考を持つ人材がいない? そう思われても仕方ありません。強行実施されても平爺は関連テレビ番組、新聞などは一切見る気はありません。「無視」というささやかな抵抗?

2021.05.01(
)  【ふるさとの山に向かひていうことなし
                ふるさとの山はありがたきかな」・・・啄木

 薄明の根子岳 2207m
規定により60才で停年退職(=クビ)。 あれから24年。待ってましたとばかりに登山ひと筋。北海道から九州まで飛び回っていました。加齢とともに登山への意欲も減退、大事な時間を無為にする日々がつづきます。

毎日が休日?の身にはGWも無関係。ふと若き昔のひとコマが頭に浮かびました。当時週休は日曜日だけ、
ゴールデンウィークという呼び方があったかどうか記憶にありません。
あのころ、国民の祝日は9日。勿論週休一日制ですからまとまった休みはダイヤモンド級の貴重品。 
  4/29 天皇誕生日  5/3 憲法記念日  5/5 こどもの日
ただし5月1日はメーデーと言うことで休業の会社もかなりありました。現在のGWとは大違いですが、それでも当時のサラリーマンにとっては、この上ない貴重な休日でした。

◆春浅い3月、故郷を離れ、西も東も分からない勤務地東京へ。
今でいうところのGWを使って故郷へ。仕事が終わるのを待って新宿駅へかけつけ、長蛇の列に並んで中央本線の夜行列車に乗車・・・。蒸気機関車が牽引する7時間ほどの行程だったと思います。

早朝、故郷の駅に到着下車、少しばかりのお土産を大事にかかえてプラットホームに降り立ったとき、「ああ故郷の匂いだな~」・・・胸に迫るような嬉しさがこみ上げてきたのを今も忘れません。

あの父も母も、そして兄弟姉妹6人のうち二人があの世の人となってしまいました。
GWということで、生まれ育った故郷の記憶が、さまざま脳裏をかすめます。
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