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2021 年 6月
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2021.06.30(水) 今年も半分過ぎました
今さら「光陰矢のごとし」というのもしらじらしい気がしますが、今年ももう折り返しか・・・月日の過ぎ速さはさらに拍車がかかったような気がします。 ◆老骨にムチ打って今年も元旦以降一日も休まずウォーキングを続けることができました。自分でいうのもおこがましいが、これも健康であるおかげ。ただしノーミソは反比例で、速度を上げて劣化の一途。 今年度前半の月別ウォーキング 1月 44時間 2月 47時間 3月 53時間 目標の一日平均2時間には少し足りませんが、加齢を考慮すれはまずまずかな~~それなりに頑張っていると自画自賛(笑) 健康に感謝しなくてはと思います。午後はほぼ毎日、自転車で40~1時間ほど、千曲川方面へのサイクリングを欠かしません。
さあ・・・明日から今年の後半戦、コロナなんかに負けてたまるか・・・頑張らなくちゃ~。
ウォーキングから帰宅すると玄関前の路傍に長細い物体・・・何と特大のミミズが。それも二つ並んで・・・。あやうく踏んづけるところでした。2匹と言うのか、二ツと言うのか? 見たこともない大きなミミズです。子供の頃は「メメズ」と言っていましたが、とにかく特大、平爺宅とちがって、よほど栄養のあるものを食べているに違いない(笑)
手で触ったり、持ったりするのは何ともありませんが、この大きさになるとさすがに素手で触るのはちょっと勇気が・・・定規をあててみると約20cm、このまま放置しておくこともできず、邪険と思いつつ指でつまんで近くの草むらへ放り投げておきました。
おことわり・・・、平爺宅はよほど人里離れた辺鄙なところと思われるかもしれませんが、私鉄駅から徒歩5分の住宅街ですから念のため(笑)
数えてみたら、人工肛門とう不自由な体となり――(オストメイトと言います)ーー、身体障碍者手帳の交付を受けてから35年になりますです。なれているはずですが失敗はいろいろあります。
30年以上、満足なケア用具もなく、オムツをあてていたという老人のことです。人前には出られず、田畑の作業を隠れるようにしてやってきた・・・云々。 平爺もケアに必要な用具の在庫点検は怠れませんが、ときにはうっかりして「〇〇が切れている・・・さあ大変」という場面もあります。急いでコンビニへ走って間に合わせるというわけにはいきません。専門業者からしか手に入りません。 在庫管理は、日頃から気を使っているつもりですが、先日「あれっ・・・〇〇〇がない」他のもので間に合わせることも不可。電話で業者に注文しなくては・・・あいにく金曜日の夜。月曜日に注文しても手元につくのは早くても水曜日。 30数年もオストメイトをやっていると、つい油断が出てしまいます。
3日続きの夕立、一即日はバケツをひっくり返したような土砂降りでしたが、家が流されるようなこともなく・・・ちょっとオーバー過ぎかな(笑) 文学調ならやはり「篠つく雨」かな~、「馬の瀬を分ける雨」なんていうのもいいすね。
鬱陶しい雨でも、それぞれ色合いはいろいろ、楽しみ方もあるようです。
ウォーキングとサイクリングを日課にしている平爺は、なるべく雨が降らないでくれると助かります。午後のサイクリングは早めに済ませるようにしています。
毎年この時期になると岩木山と美空ひばりのことを書きたくなります。
6月24日は美空ひばりの命日、亡くなって32年になります。ひばりフアンというわけではありませんが、この日が来ると青森県津軽半島付け根の「岩木山―1625m」、別名津軽富士へ登った日のことが思い出されます。
◆出発時間が合わないため、仲間に入ることは叶いませんでしたが、以来岩木山とひばりが記憶に結びつき、6月24日が来ると美空ひばりの「津軽追分」が頭に浮かびます。生きていれば平爺と同じ84才。
岩木山登山を思い出しながらリンゴ追分を、そっと口ずさんでみました。
夏至が過ぎ、いよいよ暑さに閉口させれられる季節。「さわやか信州」などと言っても暑いのは同じ。一日も欠かすことのないウォーキングも、これから2 ケ月ほどは「快適ウォーキング」にはほど遠くイヤイヤ・ウォーキング? でも夜明けのウォーキングも、野の花や風景、野鳥の囀り、きれいな空気、・・・それによもやま日記のネタ構想・・・1時間や2時間は知らぬ間に過ぎしまいます。どうせなら「楽しく歩かなくては損」と思い、早起きしています。人様が思うほど当の本人に苦痛はありませんが・・・。 ◆目覚まし時計にはまったく頼りません。3時~3時半には判で押したように目がさめます。昨夜用意しておいた「よもやま日記」をアップロード、体温、脈拍、血圧、脈飛びを確認し、水をコップに一杯、アメ玉を一つ口に含んで4時にはウォーキングに出るのは、秋の終わりころまで続きます。陽が短くなるとスタートが1時間ほどずれるだけで、早朝のこのパターンは365日ほとんど変わりません。 «内緒の話» 気力・体力は車の両輪、就中脚力の劣化は覆えません。今のパターンでいつまで続けられるか・・・? そんな弱気が頭をもたげるこの頃ですが、もう少し、ガンバります。 麦秋・・・俳句では夏の季語。だれが名づけたか、こころに響く情緒ある言葉だと思います。 千曲川河川敷の畑は、今が麦の収穫期、黄金に輝く麦が刈り取られたいきます。「麦秋」とはよくも名づけたもの。 半世紀以上前の映画、小津安二郎監督「麦秋」が頭に浮かびます。出演は原節子 笠智衆 淡島千景 三宅邦子 東山千栄子 杉村春子 当時のトップスターが勢ぞろいした名画でした。初老にさしかかった老父と医者の長男、嫁ぎ遅れた長女・・・そんな家族の日常を、たんたんと描いた映画だったような記憶があります。 「麦秋」の題名は、老いた老夫婦と長男夫婦の様子を「麦秋」にたとえたもので、その「麦秋」という言葉だけが今も頭に残っています。 稲穂の波は柔らかい感じを受けますが、黄金色の小麦の穂波は、最後のときを迎えて存在を強調している強さかもしれません。
ーー麦 畑ーー ♪誰かが誰かと麦畑で ◆麦秋や 子を負ひながら いわし売り 一茶
◆以前は介護施設への訪問が週2回。下車駅から徒歩片道45分(往復1時間30分) その分を埋めるには少なくても早朝ウォーキングは2時間以上と言うことにしています。加齢による体力低下は日進月歩? 好きでやっていることですが執念も必要。 ◆コロナの関係で認知症介護施設へのボラを中断してから3ケ月余、お年寄りたちはどうしているかな~。平爺のことなど忘れていると思います。元気で過ごされていたらそれだけで十分です。85歳まではボラを続けるつもりでしたが、あと9ケ月しかありません。できれば1回でも2回でも一緒に歌ったりゲームをしたりしてからお別れしたい。 コロナさえなかったら来年2月、やり遂げたという達成感でピリオドを打てたのにな~・・・
先日、ペン書きで文章を書いていて「鑑定」という漢字にぶっつかりました。 何とか書けましたが「鑑」の画数が多いのに改めて感心? 数えてみると21画。平爺の苗字には「橋」という字が入り、画数が多いのが不満?でしたが、「鑑」に比べたらまだまだましです・・・。 写真の漢字・・・なんだこりゃ~~これが漢字か?(笑)
間違えて使いがちな言葉の一つとして「役不足」がよく取り上げられます。
今日は二十四節季の夏至。
「太陽が移動する天球上の道を黄道といい、黄道を24等分したものが二十四節気という」ことらしいが、平爺には難しすぎてチンプンカンプン・・・。 夏至は1年で最も昼間の長い日、暑さのピークはこれから。暑さ嫌いの平爺にとってイヤな時期となりました。ウォーキングは日の出、涼しい時間に済ませることにしています。たいてい4時ころスタート、すでに夜は明けています。 夏至の食べ物・・・web検索すると関東では小麦粉の餅、関西はタコ、愛知はイチジク、香川はうどん・・・etc. ここ信州は・・・聞いたことがありませんしネットで検索してもヒットしませんでした。 「美しき日本の歌―こころの風景」というDV8枚の歌集を購入、これがすっかり気に入って、2日か3日に一度は聞いています。歌詩とともに、それにちなんだ風景などがモニターに映ります。過ぎし日に思いを馳せながら二人そろって陶酔のひとときを楽しんでいます。
◆昨夕聴いたDVの中の一曲は「夏の思い出」 ♪夏がくれば思い出す ◆尾瀬には何回脚を運んだことか。尾瀬ケ原だけではなく湿原を囲繞する至仏山、燧山、景鶴山、笠ヶ岳、皿伏山はもちろん、囲繞の山々を季節を変えて歩きました。3歳の孫娘と湿原を歩いた日のことも懐かしい思い出。
追記・・・結婚する前、妻と山小屋一泊で訪れた尾瀬、それはミズバョウの花の季節でした。
このところ、バカの一つ覚えのように、千曲川沿いのウォーキングネタばかり。でも、とても素敵なコースですよ、毎日歩いても飽きません。 ◍千曲川は万葉集にも出てくるようです 『信濃なる 筑摩の川の さゞれ石も 君し踏みてば 玉と拾はむ』 ◍島崎藤村の「千曲川スケッチ」序文の一節 今でも私は千曲川の川上から川下までをいきいきと眼の前に見ることが出来る。
●藤村-落梅集・・・詩集 小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ ◍歌謡曲では・・・坂本冬美・五木ひろしが唄った「千曲川」
▼千曲川は上高地を源流とする梓川と合流、さらに信濃川と名前を変えて日本海に注ぎます。その延長は367kmで日本一の長河です。。 写真は「千曲川源流」の標柱、22年前に甲武信岳登山の折、途中で目にしたのを今も覚えています。
◆一昨日はコロナ予防接種の予約日。 病院へは指定時刻15分前に到着。待ち時間はほとんどなく、体温測定と健康問診、注意事項などの説明を受けて注射へ。蚊に刺されたほどの痛みで、翌日もまったく変調は無し・・・接種後、痛みとか変調を訴える人もいるようですが、本当に効いたのかと疑われるほど何にもありません。2回目目は7月5日の予定です。 ◆自分で注射を打った経験は何回もあります・・・と云っても薬物ではありませんよ(笑)ガンのときの丸山ワクチンを2~3年、足底筋膜炎激痛止めなど。おかげで注射には強くなりました(笑)
関東甲信地方の梅雨入りをネット検索すると、平年は6月7日ころとか。今のところ梅雨入りしたという情報は聞きませんが時間の問題でしょうネ。おかげで今のところ雨具なしでウォーキングができています。昨朝も4時過ぎ、爽やかな気分で2時間ほど歩きました。
◆雨を喜ぶのはカエル? カエルさんに聞いたわけではないので、喜んでいるのかどうかは定かではありません(笑) 田植えの終わった田んぼからは蛙の合唱。これもまた季節の風物詩、うるさいどころか、逆に気持ちが和みます。鳴いているのはオスの方、ラブコールですネ。 ◆蛙にとっての天敵はヘビ。かなり前の登山のとき、大きなヒキガエルを口いっぱいにくわえ、飲み込もうとしている現場を目撃、平爺は条件反射のようにストックでヘビをたたき、半分飲み込んだカエルを吐き出させたことを思い出します。良かったのか悪かっのか・・・?とっさに出た行動でした。
ヘビもカエルも、それぞれに生き抜くことは並大抵ではありません。
◆3日ほど前、ウォーキング中に1mほどのヘビの死骸を目にしました。 キュウリ・ナス・ゴーヤなどの苗を購入、庭の片隅やプランターに植えたのは40日ほど前。すくすくと育ったキュウリは収穫できるようになりました。成長のスピードはすごいですネ。それに反して平爺の脳ミソ劣化は急スピード?
正直な話、キュウリは味も何もない素っ気ない野菜。ただ、あのシャリッとした歯触りだけが値打ち?これからキュウリ攻めの日がつづきそう(笑) ◆ほうっておけば、いくらでも増えていくシソ(紫蘇)、腹を膨らませる足しにはなりませんし、秋になったら実をとって塩漬けしておくとおかずの足しになると知っていてもそのまま放棄。「おおば」と言う呼び名もあると家内から聞いて知りました。平爺は「チソ」と言っていましたが、正しくは「シソ」らしい。効能はいろいろあるようですが、それはまた後日。 どれも家計の足しと言うより、栽培するのが楽しみな大人の遊び? 昔、キツネは農作物などを喰い荒らすネズミ駆除に有益な動物だったらしい。一方夜行性で用心深いところから「こすっからい」というマイナスイメージが強かったのは気の毒なこと。
賢く、好奇心が強く、危険がないとわかれば大胆な行動をとる不思議な生き物でもあるようです。何も知らずに『こすっからい』と決めつけるのは可哀そう。 先日のウォーキングで食い散らかした狐の死骸を目にしました。残っているのは毛皮と骨だけ、一片の肉も残さずきれいにしたのは多分カラス。車に轢かれたのか? ◆キツネと聞いて連想するのは神様の使いと言われるお稲荷様。ところが「神様」ではなくて「稲荷大神の使い」ということらしい。お間違いなきよう・・・。 【大切な追記】
365日欠かさないウォーキングは、平爺にとってはもはや娯楽、楽しみというより呼吸をするような生理現象? 雨が降ろうが風が吹こうが、休みたいと思ったことはありません。さぼろうという発想すら浮かびません。ウォーキング中毒?
主なコースは10通りほど・・・というか、組み合わせれば何十通りでもできます。どの道にするか。それは玄関を出たとき、脚に聞くことにしています?言い換えればスタートするときの気分次第?東西南北、どちらへ向かうか脚の向くまま気の向くまま。 ◆お気に入りコースの一つ・・・自宅から南へ15分ほど行くと千曲川に架かる「村山橋」という長い橋(約1km)を渡り、あとは千曲川の堤防道路を上流に向かって進みます。遮るもののない展望道路、南には里山が迫る集落、川向こうには市街地、里山、その先は北アルプスの連嶺。最高のロケーション。自動車もほとんど通らずウォーキング専用道路の感。堰堤を45分ほど歩くと橋(屋島橋)のたもと。橋を渡って左岸の道をたどって自宅へ帰るか、来た道を濃き返すか・・・どっちを歩いてもほぼ2時間強のコースです。右岸の道は途切れることのない野の花がつづくフラワーロード?。足下の河川敷には緑の芝生が敷き詰めた広々とした運動公園、目を洗わせるような快適なルート。 ◆今の季節、とりわけ目につくのは赤紫色の「ナヨクサフジ」、独り占めするのが勿体ないほど。これも都会を離れて田舎に暮らす者の余禄か?
ウォーキングの途中、草藪の中にキジの姿が・・脚を止めてしばらく見ていましたが微動だにしません。用心していたのでしょうか?
◆今回の東京五輪、もり上がりに欠けた寂しさ・・・というより、コロナ非常時に開催することへの疑義の強風が圧倒しているような感じさえします。平爺は個人的に「中止」または「コロナ終息まで延期」というスタンスです。東京五輪に照準を合せてきた選手には、おかけする言葉もありませんが、コロナという国難を乗り切るには致しかたなしと言う立場です。
思えば、東北地方の大津波で、日本が未曾有の困難に立ち向かっているとき、誘致をした時の政権の軽薄さがこのような結果として現れてしまった・・・・平爺はそう感じています。東京五輪中止の決断は、後年きっと評価されるはずです。 大谷翔平選手や大阪なおみさんのような眩しいばかりの活躍報道を聞くと、リスクをおかしてまで五輪を強行する意味に疑念を持たざるをえません。
因を外に求める限り 冒頭の「因」・・・原因などの「因」ですが、因にはどのような意味があるのか、考えたこともありません。改めて広辞苑を牽くと ◆真宗大谷派・福浄寺のブログを読んで見ましたが理解には遠く及びませんが、ご参考までにその一節だけコピーさせていだきます。 『人間は自分の外に自分を束縛したり、悩ませたりする「原因」があり、それを取り除いて自由になろうとします。外に自分を妨げる不都合なものがあり、それを都合のいいように、妨げのないようにととのえていこうということで、たしかに科学技術は発展して、不都合は少なくなってきたかに見えますが、無くならないのです・・・』
◆国内のプロ野球は、かつてのような盛り上がりに欠けている気がします。平爺の若かりし頃の話題と言えば巨人・阪神を双璧とするプロ野球でした。「 ◆戦争で焦土と化した日本が、死に物狂いに働き、ここまで復興したということを世界に知らしめた1964年東京五輪や1970年大阪万博。多くの国民は勇気と希望を自信を感じ、涙の出るような感慨をみんなで味わったものです。 ◆うって変わって、中止・延期の声がおさまらないオリンピック。もり上がりは感じられない・・・というより、コロナ非常時に開催することへの疑念の声がおさまらないのが実情。 ◆振り返れば、東北大津波と原発事故、日本が未曾有の困難に立ち向かっている最中に、思い付きのように誘致をした時の政権の軽薄さが、このような結果として跳ね返ってきてしまった・・?平爺はそんな気がします。 ◆一方、大リーグでの大谷翔平選手の目ざましい活躍が連日大きく報道されています。五輪がすべてではありません。大坂なおみ選手のようなスターも誕生しました。
突然ですが「カエルの数え方」・・一匹、二匹でいいのかな~。今日は蛙=カエルの話。
◆当宅の庭に小さなカエルが住みついてから3年になりますが、その姿はなかなかお目にかかれません。サツキなどの低木の下、草花の陰などを転々としているようです。 ◆先日、屋外のつくばいの縁にミドリちゃんを発見。指でそっとつかんでみましたが元気です。ああよかった!
ウォーキングを日課として楽しんでいる平爺、今の季節ががいちばん好きです。汗が流れるほどの暑さでもなく、眠っていた草花や花木が咲き競い、気持ちを安らげてくれます。加えて野鳥の囀りもにぎやかに元気はつらつ。ときに足を止めて花と向き合い、あるいは小鳥の声に耳を澄まし・・・デリカシーとはほど遠い平爺でも、それなりに感じるものがあります(笑) 単調な運動の代表のようなウォーキング。でも、毎日歩いていても飽きません。楽しみはいくらでも見つかります。とりわけ、名も知らぬ小さな花が、絢爛と咲き誇る花より心に染み入ったりします。殺風景な街中歩きとは違って、野に咲く素朴な花はまさに癒しです。 ◆楽しみながら元気に歩けるのはあと何年だろうか・・・? ふとそんな思いが脳裏をかすめることもあるこのろです。 昨朝のウォーキングは田園地帯、一挙に田植が進み、早苗が風にそよぐ風景に一変していました。 往時、何日もかかった田植も、機械化されてあっという間、人海戦術で賑わったかつての田植え風景はもう見ることができません。
中山晋平作曲/文部省唱歌/ ♪そろた 出そろた 早苗が そろった 戦前、軍国の世だったころの唄です。Uチューブで聴くことができます。 ◆【昨日の漢字問題の解答・・・【禾=のぎ偏の漢字】 ◆今日は二十四節気の一つ「芒種」、あまり馴染がありませんが、「芒種」とは稲や麦など穂の出る穀物の種または種播き、田植えの時期を指すとのこと。イネやムギなどの芒(のぎ)のある作物の種を播(ま)く時節というところから「芒種」といわれるようです。
のぎ【芒・鯁・禾】とは、 イネ科の植物の外花穎(がいかえい)の先端から出るとがった突起。 ◆おひまでしたら「秋」など「禾=のぎ偏」の漢字を2分以内に8字書いてみてください。意外に少ないですよ。 今の季節、ウォーキングをしていると田のあぜや土手、路傍などでよく目にする野草・・・平爺が子供の頃に「チチバ」と呼んでいた花を頻繁に目にします。子供の頃、飼いウサギのエサとしてよくとってきた草、正式名称は「アカツメクサ」。 それとは別にウサギのエサとしてよくとったのはクローバー、当時はクロバと呼び、正式名は「シロツメクサ」で、マメ科に属するヨーロッパ原産の多年草。女の子が長く結んで首飾りにして遊んでいたのを思い出します。
◆食肉用に飼っていたウサギが、好んで食べたのがクロバやチチバでした。 夏と呼ぶにはまだ少しだけ早いかな・・・ウォーキングの際、民家の庭先に咲く「純白の花」をとぎどき目にします。何という花だろう?・・・気になりながら調べることもせず、聞くのも恥ずかしい。ネット検索してウツギ科の「ウノハナ」と知りました。けがれを感じさせない清廉潔癖の花は、いかにも恥じらう乙女・・・そんな印象です。花言葉は「風情」とのこと。平爺にはまったく不相応?
♪卯の花の 匂う垣根に ♪さみだれの そそぐ山田に ◆夏に咲く花の人気ランキングをweb検索すると
我が家の庭の主「赤松」の手入れは平爺がやってきましたが、昨年から植木職人に依頼。10mほどの木に上って、恐怖心と戦いいながらの剪定に自信がなくなり、昨年から頼むようにした職人さんは何と83才、平爺より1才若いだけです。細心の注意を払いながの作業だと思いますが、ためらう様子もなく、木に登り、脚立を使い身軽に作業をしています。身のこなしからは平爺と同年齢とは信じられません。 オレは老人だぞ・・と威張って生きているのが恥ずかしい。仕事ぶりを見ていると「すごいな~」 感心して作業を見ていました。 ◆平爺が胸を張れるのは、365日、一日も休まないウォーキングだけ。寂しい老後?・・・(コロナ禍で待機状態にある認知症介護施設へのボランティア復帰は、自分自身の加齢を考えるともう叶わないかもしれません?
今日から6月、先入観はジメジメした梅雨・・・
昔の人は教養の有無にかかわらず、みんなよく知っていました。残念ながら平爺は言えません。 1月・睦月 2月・如月 3月・弥生 4月・卯月 6月は梅雨でジメジメという印象・・・それがなぜ「水無月」 不思議に思ってネット検索してみると |
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