昨夜のアリバイ

 〜誰が犯人かは作者も知らない〜

***10***

 

 カリスマ。

 そんな言葉が流行のようになにげなく使われるようになって久しい。美容師だとかハウスマヌカンだとか、そうした者たちのなかで、特に人気の高い者たちに冠して呼ぶことが多いようである。

 けれど、そこいらの一般人が順番待ちさえすれば、もしくは買い物にお金をかけることをいとわないならば、簡単にお近づきになれるようなところにるのは、本物のカリスマとは言い難いのではないだろうか?

 長身で見映えがいいことに間違いはないが、それは完璧な造形美、というのには程遠い。あくが強く、少々頬骨が高過ぎるし、目尻は少々下がり気味だ。起きたばかりなのだろう髪は寝癖がついたままで、黒いTシャツのうえに黒いジャケットを羽織り、ブルージーンズというラフな格好をしている。

 けれども確かに本物の放つ魅力を発散している。本物だけが持ち得るオーラ。

 アリスは、野脇勝也を目のまえにして、圧倒されながらそんなことを考えていた。

「アイドルの野脇勝也さんですね?」

 ところが、火村の抱いた感想は、アリスとは違っていたらしい。古藤田勝美をまえにしたときとも、佐竹に話を聴いたときとも、その態度になんら変化は見られない。気圧されるようすもなく、堂々としている。

 勝也は火村の「アイドル」という言葉に、ひくりと眉をあげた。

 けれど、すぐにバカにしたような目をして肩を竦める。

「例えオレがアイドルだったとしても、それは職業名じゃありませんね。歌手とかタレントとか、そういうんじゃないですかね?」

「それで?」

「ゴーストのCDデビューは1998年。アルバムが3枚、シングルは7枚。詞も曲もオレが書いたもんで、ギターとボーカルを担当してる。楽曲については、聴いたことがない奴に言葉で説明する気はありません。それがどういう職業かは、お好きにどうぞ」

 歳はおそらく二十代の半ば。おとな相手に肩肘はって突っ張っているというようすでもない。よく通る張りのある声は、父親譲りなのだろう。

「古藤田勝美さんの証言にあなたの名前が出てきたので、ご足労いただきました。まずは、その状況の確認からお願いしたいのですが・・・」

 火村は、そうして事務的な口調で昨夜の勝也の行動について訊ねた。

 面倒くさそうな態度を取りながらも、勝也は正確に自分の行動を話した。すらすらと途切れ目なく語られたそれは、アリスが目撃していたのとも、勝美の証言ともなんら齟齬は見られない。

 大変目立つ存在であるだけに、嘘など無意味だろうし、その行動を証明できる人間も数多いことだろう。

「ところで、被害者の宇藤隆さんと面識はありましたか?」

「初めまして、こんにちは、ってな挨拶はしてませんね。ただ、昨日の昼間、誰だったか忘れたけど、彼を見かけたときにそばにいた子が教えてくれたから顔は見ましたよ」

「教えてくれたというのは、古藤田勝美さんの婚約者の宇藤隆さんだ、というように、ですか」

 火村の言葉に、勝也はニヤリと笑って頷く。

「ほかの理由で注目されることなんか、およそなさそうな目立たない兄さんだったでしょう? 死者に鞭打つつもりじゃないですけどね。実を言えば、そう教えられたものの、どこかでまた会っても、気がつくかどうかは自信がないんですよ。日本人の平均的な造形を集めてそのまま作ったみたいな顔と体型だったでしょう?」

 この台詞には後ろで聞いていた船長も、書記を勤めているアリスも、眉をひそめた。平凡であるということは、非難されるべきことではないだろうが、並外れて個性的である勝也の口から語られると、死者を見下した言葉として響いてしまう。

 火村だけはポーカーフェイスを崩さない。静かに頷いて、次の質問にうつる。

「では、宇藤隆さんを恨んでいるひとに心当たりはありますか?」

 勝也は気障な仕草で髪をかきあげる。

「ああいう毒にも薬にもならないようなタイプが、殺されるとしたら、それがまさに動機、ってことじゃないですかね。彼の会社の関係者じゃないですか? 二代目になったとたんに会社が倒産になって失業、なんてことになったらこの不景気に大変でしょう。恨み、ていうんじゃないが、彼に後を継いで欲しくないと思った誰か、ってことじゃないんですか?」

「推理してください、とお願いしたわけじゃありません。ただ、心当たりはないか、とお訊きしました」

 冷ややかに指摘され、勝也は鼻を鳴らす。

「そいつは、失礼しました、火村センセイ。推理はセンセイのお仕事でしたね。オレには心当たりなんかありません。ついでに言うと、オレ自身に、宇藤さんを殺すメリットもないですね。勝美ちゃんは魅力的だけど、逆玉のロックシンガーなんか格好悪すぎでしょ。しかも、本人に宇藤さんとの結婚の意志がなかったんだから、彼女絡みの理由で彼を殺そうなんて考える奴はいなかったと思いますしね」

 なんとでも好きに呼べと言っていたが、結局は自分自身の認識は『ロックシンガー』であるらしい。一昔まえのように、ハングリー精神を強調する傾向はないのだろうが、それでも財閥の持つゴージャスな雰囲気にはそぐわない、という思いがあるようだ。

 けれど、火村は勝也の台詞の別の部分を聞きとがめた。

「彼女自身に宇藤さんとの結婚の意志がなかった、という根拠はなんですか?」

 勝也は、大袈裟に両手を広げてみせた。

「そんなことは、オレだけじゃなくてみんな知ってることでしょう。勝美ちゃん自身があちこちで言いふらしてましたよ。たとえ親に勘当されても婚約者と結婚する気なんかないって。家を追い出されても困らないくらいの財力はあるそうですよ」

「財力?」

 勝也が、そんなことも知らないのか? と、言いたげに、あごをつきだす。

「株やってるんでしょ。これも、どうせ周知の事実ってやつだから、言いますけどね。そもそもの元手は、親か爺さんかから出てるもんだとは思いますが、それをがっちり増やして貯め込んでるって話ですよ。自分のマンションも持ってますしね。部屋じゃなくて、マンションごと、ですよ。だから、親の決めた縁談に拘束力なんかないって豪語してましたね」

 護衛の必要性はそのあたりから生じたものだろうか? アリスはそんなことを考えながら、メモをとった。

「なんか、訊きたいことあるか?」

 そんなアリスに火村が小声で聴く。今まで、その手の質問はいっさいしないできたのだが、今回に限って相手が野脇勝也であるということで、火村にもなにか思うところがあるのかも知れない。

「この船をどう思いました?」

 咄嗟に、アリスは原稿のことを考えて、ほとんど事件とは無関係な質問をしてしまった。

 やれやれ、という目で火村は見ていたが、勝也のほうは真面目に答えた。

「この殺人事件がなにかのアトラクションなら、スリリングで最高だったかも知れないですね。でも、現実じゃあ洒落んなんない。めずらしいことは大好きだけど、人の死まで面白がるほど悪趣味じゃありませんからね」

 悪趣味、という言葉のときに火村のほうをちらりと見た。

 野脇勝也もまた、火村たちをどこか興味本位で事件に関わる物好きで迷惑な民間人、という見方をしているのかも知れない。

「ご協力ありがとうございました」

 火村に会釈され、勝也は「どういたしまして」と呟いて部屋を出ていった。

 そのドアが閉まるのを待って、アリスが大きな溜め息をもらす。

 火村がねぎらうように、その肩を叩く。

「お疲れさん。おまえ、なんか今、緊張してただろ?」

 火村には、勝也のカリスマ性にアリスが圧倒されていたことが解っていたらしい。

「存在感のあり過ぎる奴なら、おまえで充分なれとるはずやのにな」

「こんな慎ましやかで、いつも控えめな男をつかまえて、なにを言ってるんだか」

 いけしゃあしゃあと言ってのけた、火村の胸にアリスが無言でパンチを繰り出す。

 火村は、軽く避けて不敵に笑う。

「だいたい俺は、訊かれもしないことまで、あんなにべらべら喋らねぇぞ」

 そんなようすを見せつけられて、船長がわざとらしい咳払いをひとつ。

「すみません、次はどなたに来ていただきましょうか?」

 すっかり二人の世界を作っていた火村とアリスは、少々ばつの悪そうな顔で船長を振り返る。

「それでは、野脇耕一郎さんをお願いします」

 いつまでも恥ずかしそうなようすのアリスとは対照的に、なにごともなかったような調子で火村がさっきまでここにいた男の父親の名を告げた。

 

11へつづく(2000.7.21)

 

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