エジプトの神話

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 以前、訳あって、代表的なエジプト神話についてまとめた文章に、若干手を加えたものです。
 文体が固くて違和感を感じられるかもしれませんが、上記の事情によるものです。

 参考または、文中にて引用にしました文献は、

エジプトの本棚(参考文献等)

のページにリストしましたので合わせてご覧下さい。


ナイルの神話


『エジプトはナイルの賜物』

ナイル川河畔
ナイル川河畔

 これは、エジプトを語る際に必ずといって良い程引用されるヘロドトスの言葉であるが、それほどに、ナイルはエジプトを語る際にかかすことのできない存在である。 また、古代エジプトの神々、神話について、語ろうとする時にも同じである。

 エジプトの国土は中央をナイル河が南から北へと縦断し、細長く延びたナイル河流域の耕地の周囲は、国土の97%を占める広大な砂漠である。 雨の少ない乾燥地帯であるエジプトでは、毎日規則正しく太陽は東の地平線に上り、西の地平線に没する。 太陽が没した後、砂漠の気温は急激に低下し、星空しかない冷え切った闇の世界となる。 太陽の没する西のかなたに死者の世界があると考えたため、ピラミッドなどの墓の多くが、ナイル西岸の砂漠に作られた。

 ナイル河は毎年夏になると増水し、村は冠水してしまう。 しかし、洪水が引くとそこには、ナイル河がもたらした沃土が残され、耕地は再生する。 毎年繰り返されるナイルの増水の現象のなかで、エジプト人たちは、再生復活を学んだのかもしれない。
 沃土から芽を吹く草の緑が再生のシンボルであったため、再生復活に関与する神々の肌は緑色をしている。
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自然に結びついた神



 古代エジプトの宗教は多神教であり、太陽や月、獣、鳥、蛇、サソリ等々いろいろなものを信仰の対象として考え、神として崇拝していた。 その種類の多様さと同じく、神のもつ性格も千差万別であった。

 エジプト各地にはそれぞれの町を代表する神がいて、崇拝されていた。


ナイルの神-ハピ



 ナイル河はエジプト人に数々の恩恵を施していた。 このため、古代エジプト人が、ナイル河を神と崇めたのは当然と考えられるだろう。 ナイル河は、『ハピ神』として崇められ、毎年の河の増水は「ハピの到着」と称され人々は喜び合い、盛んに祭りを行ったと言われている。

 ハピは、全体としてはがっちりとした体格の男性として描かれるが、特別にふくよかな女性の胸部をしている。 それは豊穣をシンボライズしており通常同一の姿をした二体をもって表現される。 ロータスの花を頭上に乗せている一体は南エジプトのナイルを、パピルスの花を頭上に乗せている一体は北エジプトのナイルを表している。 二人のハピがロータスとパピルスとを結んでいるのは、南エジプトと北エジプトとを固く統合しようとする政治的意図を象徴している。

 ハピはエジプト全土で崇拝されたが、特に古代にナイルの水源があるとされていた、第一急端に近いアスワンやその北方のあたりでの信仰は厚く、ハピはナイル河の流れ出す洞穴に住んでいると考えられていたらしい。

オシリス神話



 エジプトは天の似姿であり、天では神々が「上の水」を航海する。 それゆえナイルには地上の水源だけではなく、天の水源もあるのである。 洪水はエジプトを広大な海に変え、原初の大洋ヌンに似せる。 このようにナイルは神話にとって不可欠な構成要素であり、その水量の定期的な増減は古代エジプトについての書物で必ず言及される『オシリス神話』と結び付いている。 オシリス神話は永劫回帰、すなわち植物成長の毎年のサイクルに象徴されるような死と再生の神聖な原理を表している。

 エジプトを訪れた古代の旅行者たちは神官から次のような話を聞かされた。 ナイルの水源はエレファンティネすなわちビガーの第1急端にあり、そこではナイル河が「オシリスのふくらはぎ」と呼ばれるところから湧き出している、だからそこにオシリス神の聖遺物が保存されているのだ、という話を。 しかし、エレファンティネより上流のナイルの河岸にも古代エジプトの神殿が点在しているのだから、ナイルの水源がもっとはるか南にあることをエジプト人が知っていたのは間違いない。

  「ピラミッド・テクスト」によると、ヌゥト(天空)とゲブ(大地)の息子オシリスは父の王位を次いだが、弟のセト(不和の原理)に暗殺された。 プルタルコスは次のようにこの伝説を伝えている。

 大昔のことである。 オシリスはエジプトの地を文明化したあとで、国の統治を妹のイシスに託し、自らは南方に赴き、その地のいまだ野蛮な人々に、農業と調和の法則と神を崇拝する方法とを教えることにした。
 長期の不在ののち、オシリスはエジプトにかえってきたが、セトとその72人の共犯者は彼を待ち受け、罠にかけた。 オシリスの体躯に合わせた作った棺に彼を閉じ込め、ナイルの支流のひとつに流したのである。 棺は海に運ばれ、北のほうに漂っていったが、やがてレバノンのビュブロスに漂着した。 見事な樹が棺のそばで成長し、この奇跡の噂を聞いたビュブロス王は、樹を切り出させて宮殿の柱とした。
 この間イシスは風の便りでオシリスの身の上に起こったことを知り、彼を探しに出かけた。 ある日ビュブロスに到着すると、燕に変身し、柱の周りを飛び回った。 ついに彼女は石棺をエジプトに持ち帰ることに成功し、デルタ地帯の遠く離れた場所に隠した。 しかしある夜、セトが満月の光で狩りをしているときに見つかってしまった。 セトはオシリスの体を奪い、14個に切り刻みエジプト中にばらまいた。
 それでイシスは妹のネフテュスの助けを借り、オシリスの身体の断片を探す旅に出た。 それらの断片を発見したイシスは、それを繋ぎあわせた。 そせて呪術的な儀礼を行い、イシスは自分の羽根で命の行きを送り込んでオシリスを蘇生させたよみがえったオシリスはもはや地上の王に復帰はせず、西の方、つまり冥界の王となった。
 イシスは夫の遺体を取り戻した際、呪法によって夫の種を受け、身ごもって『ホルス』をうんだ。 成長したホルスは、父オシリスの王位を巡って、おじにあたるセトと困難な長い争いを続けたが、最後には王位継承者としてホルスの正当性が神々によって認められ、ホルスは全エジプトの王になった。
 
という神話である。
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天地創造の伝説



 どのように世界が創造されたかというテーマは、どこの場所の神話伝説にも登場する。 エジプトでも、国家が統一されていく過程で、いくつかの地域で、神々を体系化した創造神話作り出された。 創造神話の代表的なものに、ヘリオポリス、ヘルモポリス、メンフィスという三つの古代都市の神学による天地創造論がある。


ヘリオポリス



 ヘリオポリスは、カイロの東北十数キロの一にあるエジプト北部における最大の宗教的中心地であった。 ギリシア語でヘリオスが太陽を示すことから、ヘリオポリスは『太陽の都市』を意味していた。

 ヘリオポリスの天地創造神話で、古代エジプト人は体系化された宇宙が出来上がる前は、波の起こらない水をたたえた果てしない海が暗黒の闇の中にあったと考えた。 これは、”ヌー”または”ヌン”と呼ばれる原始の生物のように描かれた。 それを礼拝するための神殿は一つも建てられなかったが、ヌーの持つ神髄は、多くの宗派の聖所において、”聖なる湖”という形で存在している。 この湖は、天地創造以前には何一つ存在するものが無かったことを象徴している。 この死んだような水の巨大な広がりは天地創造後も存在し続け、太陽、月、星、地球、そして黄泉の国との境界線を守りながら、天上の大空を取り囲んでいる。 古代エジプト人の心の中には、常にヌーが空を突き破って地球に落ちて来るのではないかという恐怖感があったという。
 このヌーという原始の水の中から、自力で生まれたのが”アトゥム”という神であった。 水との関連からか、アトゥムは最初は蛇の姿をしていたとも言われるが、壁画などでは、常に人間の姿で描かれている。 アトゥムは水中から出てきたが、住むところが無かったので、まず丘を作った。 これが「原始の丘」と言われるものであった。 この原始的な小山は形を整え、太陽神を支える堅固なピラミッド型の高い山ベンベンとなった。 ピラミッドの発想の基礎はこの原始の丘にあったという説もある。
 アトゥムは両性を具備しており、宇宙(神)を創造した。 まず、シューを唾の様に「吐き出す(イシシュ)」。 続いてテフネトを「嘔吐する(テフェネト)」。 こうして最初に創造された双子の兄妹は、それぞれ兄シューは『空虚なもの』、妹テフネトは『湿気』を意味すると推測されている。 シューとテフネトは夫婦となり、やがて男子”ゲブ”と女子”ヌト”を生んだ。 やがてゲブとヌトは結婚したが、抱き合っているところに、父親のシューが割り込んできてヌトを高く押し上げてしまった。 その結果、ヌトは天になり、ゲブは地となったという。 天と地の間に充満したシューは大気に他ならなかった。
 先のオシリス神話に登場したオシリスとその兄弟、イシスセト、ネフティスは、神話ではゲブとヌトの間に生まれた子供であった。 これら9人の神々は、ヘリオポリスの「九柱神(ennead)」と呼ばれている。
 余談ではあるが、全エジプト史上でもっとも重要な神太陽神ラーもヘリオポリス起源である。 しかし、先の九柱神とは別格で信仰されたと見られている。 ラー神以外の神で、ラーと習合し(例:アメン・ラー神)自らの力を高めた例が多い。

メンフィス



 メンフィスの神、”プタハ”は、もともとはデルタ地帯の一地方神に過ぎなかったらしいが、メンフィスが政治の中心地となるのに伴って、プタハはエジプトの国家神となり、創造神と考えられる様になった。
有名な碑文によれば、プタハは、その心臓と舌を使って他の全ての神々に命を与えた。 心(臓)が考えたことを舌が表現するのであるから、心臓と舌は他のすべての器官に対して力を持つ。 この様にしてプタハは、アトゥム以下九柱神を創造した。 先に登場した九柱神は、ここでは”プタハの歯と唇”となり、あらゆる事物に名前を与え、存在せしめる。 神的な原理と属性(九柱神)はいまや「あらゆる種類の事物ー鉱物、植物、動物ーに浸透することができるようになり」、それらを通じて存在することとなった。
 言い換えればプタハの言葉によって天地は創造されたのである。

ヘルモポリス



 ヘルモポリスは、その地が、古代エジプト人にとって知恵と学問の神トト礼賛の重要な中心地であったため、トト神を自分たちの神ヘルメスと同一視したギリシア人によってそう呼ばれる様になったのである。 エジプト語においてはケヌムと呼ばれた。 ケヌムは「八つの都」を意味し、一般的にオグドァド(八神)として知られる八人の原初の神の家とされている。
 ヘルモポリスで考えられていた原初のオグドァドは、全部が一緒になって単一の神格を形成している。 ヘリオポリス神話にも出てきた”ヌー”は湿った泥、泡立つ原初の揺籃と考えられそこには4組みの蛇と蛙の夫婦が住んでいる。 彼らの名は、ナウンとナウネト(いずれも「始原の水」「静止」の意味)、ヘフとヘヘト(「空間の無限」)、ケクとケケト(「暗闇」)、アメンとアメネト(「隠れたもの」)であった。 ヘルモポリスの神話によれば、このオグドァドがヘリオポリスの九柱神より先に作られ、太陽神ラーを生み出したと考えられ、オグドァドは「ラーの父親と母親たち」と呼ばれている。
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