銀のつなぐ路・第5話「何のつもり」

 セレニオには、意外と素直な性質がある。
 友人のルミノ隊長に勧められた通り、セレニオは副官のミルカに過去の戦士や武将の逸話を語ってくれるよう頼んだ。
 幼いころから物語に触れ、学校で学んだこともあるミルカは、いくつかの英雄伝をセレニオに語って聞かせることができた。
 …すると、一つの話を聞き終えた後、セレニオが鋭く指摘した。

「なるほど。ありがとう。…ただ、その人の言った『お前もか』は、『お前も敵になってしまうのか』ではなく『お前も私の教えたことが判らない愚か者の一人だったのか』と、あきれていたのではないかと思う。」

「言われてみると…新解釈ですね!」

 話すことでミルカ自身も学習になったし、セレニオの感想から得る物も大きかった。
 そしてミルカは、軍記物語の一つを語った後、セレニオに感想を求めた。

「ここで、ご主人様が将軍の立場だったら、どんな作戦に出ます?」

「そうだな…。急いで攻める。相手に準備ができていないなら、そこは逃せない。…ただ、判らないのは、騎兵をどう動かせばいいか。」

 セレニオが悩み始めたように、騎兵の運用には困難が伴う。
 先の王都トルク包囲戦で、海の民が展開してきた騎兵隊は戦場での突破力を示したものの、損害も敵味方ともに大きかった。
 また、騎馬の調達や維持の厳しさは、普段から馬を世話しているセレニオにとって、身近な感覚だった。
 それなのに、ミルカの話す軍記物語には、騎兵隊が遠く離れた地点を急襲する場面が出てくる。
 それを「現実ではない」と否定するのは容易であっても、話として伝わっている以上、実例があったのかもしれない。
 そうなると、どうやって実現したのか…その手段を、セレニオはいくつか想像した。

「馬は人間の20倍か40倍は食べる。あの戦いでは50の騎兵が使われたそうだから、海の民全員分と同じくらい。それだけの飼い葉を運ばずに、騎兵だけ先行させると…無理に保たせて2日。」

 騎兵の運用については、後々もセレニオを悩ますことになる。
 この時も、セレニオは貴重な紙を取り出して、数字や図を書きつけた。
 その紙をミルカは覗き込むと、「(描いている馬が可愛い。)」と思った。
 
 
 
 この年の秋、戦で村や畑が荒廃していたこともあって、実りが極端に少なかった。
 急ごしらえの隠し畑から、常の年ならば害草あつかいされる葛の根が収穫されたが、食糧として頼りなかった。
 これ以上、馬を飼っていられる余裕はない…そう判断したセレニオは、棍棒を手にして厩舎に向かった。
 すると、ミルカが立ちふさがった。
 脇をすり抜けようとするセレニオに、ミルカは組みついた。
 セレニオが棍棒を取り落とす。

「何のつもりだ。」

「ご主人様こそ、何のつもりですか!」

 そのミルカの手をセレニオは外そうとするが、果たせなかった。
 剣を手にすれば50人斬りと恐れられたセレニオも、素手での格闘ではミルカと大差ない。
 むしろ、学校の授業で護身術を習ったミルカが有利で、的確にセレニオの動きを封じていた。

「(このまま…右手首をとって、腕の関節を極めてしまえば…!)」

 ミルカは関節技を狙うが、これはかえって隙になった。
 セレニオは腰に回っていたミルカの腕の力が緩んだのに気づき、ミルカを突き放し、素早く棍棒を拾い上げた。
 …が、その棍棒をセレニオはミルカに手渡した。

「いつやるか、お前が決めろ。今日は一頭借りていく。」

 そう言ってセレニオは厩舎に入り、馬を一頭引き出して、馬具をつけた。

「少し留守にする。」

 そう言い残したセレニオを、ミルカは黙って見送った。
 そして、馬を引いたセレニオは、海の民の友人ルミノ隊長が葛根を叩いている作業場を訪れた。

「すまない。せっかく忠告してもらったのに、私はまた勝手なことをする。」

「いいよ。俺はそんな馬鹿なセレニオ殿が好きで、この国に残ったんだし。自分の信じたことをやりな。後片付けくらい、手伝うから。」

 そう語るルミノ隊長に見送られ、セレニオは馬上の人となって南に向かった。
 
 
 
 王都から南へ1日馬を進めたセレニオは、最寄りの村にたどり着いた。
 数日前に立ち寄った時、この村が敵勢力に乗っ取られていることは判明している。
 そして、セレニオは馬上から呼ばわった。

「私は王都の戦士セルニウス・リル・セルシオ・フォイディウス! そちらの将アトランタ殿にお伝えしたい用向きがあって参上した!」

 その呼び声に応え、村の門が開かれた。
 下馬したセレニオが門をくぐると、赤毛の大女…この南地域の首領アトランタその人が待ち受けていた。

「敵将セレニオ殿が、供の者も連れずにお越しになるとは、いかなるご了見ですかな? …と言うか、何のつもりだ、若造。」

 アトランタは槍を手に下げたまま、悠然と近寄って来た。
 それに対し、セレニオはひざまずいた。

「戦いに来たわけではありません。冬を迎えるにあたって、豆なり麦を貸していただけませんか。」

「敵に、食糧を差し出せ、と?」

 セレニオの要望に、アトランタは冷たく言い返した。
 怒りもあったが、それ以上に、失望が大きかった。
 …が、次のセレニオの言葉で、アトランタは相手を見直した。

「来年の実りの時に、お返しします。『殺して奪うより、生かして働かせたほうが実入りは大きい』…そうお考えかと思いましたが、違うのですか? 今年はこちらの畑は戦いで荒れていますが、来年にはそちらを満足させられる実りもあるはず。それが欲しくないと?」

 アトランタの期待通り、セレニオは洞察力に優れていた。
 しかし、アトランタは口元に笑みを浮かべつつも、まだ不足を感じていた。

「悪くない答えだ。まず、慈悲にすがって来なかった時点で及第点。相手の望みを読み、可能な範囲内での支払いを約束し、お互いに利益を得るのが交渉だ。…だた、あと一押しだ。私、と言うより、私の勢力が何を欲しているか、それを想像して提供してもらいたい。」

「人質の解放? それとも、私がアトランタ様の部下になる?」

「まあ、個人の感情として、うちの副官は解放してもらいたいし、人材は欲しいよ。だがね…それは、私個人の範囲でしかない。軍や勢力として、こちらが不足させてしまっているものは?」

「ええと…殺さずに助けたから、人はいる。畑を作らせたから、食べ物はある。…恥ずかしいが、考えが及びません。」

 セレニオは頭を悩ませるのを見て、アトランタも「(少し意地悪だったか。)」と思った。

「一つの回答例に過ぎないが、『馬』だよ。今度はその答えから、そこに行きつくまでを考えてもらおうか。」

「畑が多すぎて、人の手では手入れしきれなった? 馬は騎兵に差し出してしまった? つまり…どの村も、馬がなくて困っている。」

 そのセレニオの推察に、やっとアトランタは満足した。

「満点! だから今回も、頭など下げずとも、『馬を売りたいが、見てもらえるか?』と言えば済む話だ。そちらが困らない程度に馬を売ってくれれば、こちらの農作業もはかどるし、愛着のある馬なら買い戻せばいい。…余らせた馬を養いきれず、馬肉にしてしまうよりはいい。」

 そのアトランタの指摘に、セレニオは一言も言い返せなかった。
 一方、アトランタは村人達に指示して、馬車の用意をさせた。

「荷車が珍しいか? 馬に曳かせるから、馬車と言う。荷を多く運べる便利なものだが、車輪や車軸は故障しやすいし、道のないトルクの地では尚更だ。そこで、改良に改良を加えたのが、これ。」

 そう言いながら、アトランタは村人達と協力して、いくつもの麻袋を馬車の荷台に積み込んだ。
 セレニオの乗ってきた馬が、村の厩舎に連れて行かれる。
 アトランタはセレニオに呼びかけた。

「乗ってくれ。御者台でもいいが、寝るなら荷台に毛布を敷いておいた。食べ物は、そこの袋に炒った麦が入っている。馬はここで預かるが、売ってくれるのなら、代価は王都に着いてから払う。」

 そう言われたセレニオが荷台に乗り込むと、アトランタは御者台に上った。
 そして、アトランタが馬に呼びかけると、二頭立ての馬車は北へ向かって出発した。
 
 
 
 アトランタ陣営の拠点、カストルの村から王都まで、人の足では2日ほどの旅程。
 それをアトランタの御す馬車は、1日で走破した。
 これには、アトランタも満足そうに「成功だ。」と呟いていた。
 そして彼女は、王都の門前で呼ばわった。

「南の首領アトランタ! セレニオ殿をお連れした! ご開門!」

 その声に、城壁の上にいた見張りの弓兵は、馬車の荷台から手を振るセレニオの姿を確認し、仲間に合図して城門を開けさせた。
 アトランタが王都城内に馬車を入れ、厩舎のほうへ進めていると、ミルカが駆けつけてきた。
 アトランタは手綱を引いて馬車を止めた。

「やあ、お嬢さん。先日はどうも。…これだけあれば、馬を死なさずに済みそうかな?」

 そう言いながら下車したアトランタは、セレニオに手伝わせて荷台から麻袋を積み下ろした。
 ミルカが麻袋の一つを開封すると、中には豆がつまっていた。

「農耕をするのに、馬を買いに来た。馬1頭につき、豆は3…いや、5袋でいいだろうか? あと、セレニオ殿から注文されていた品があったので、それも持参した。…セレニオ、そこの赤い包みだ。このお嬢さんに、直接お渡しせんか。」

 急に話を振られ、セレニオは慌てて赤い包みを拾い上げ、荷台から飛び降りた。
 しかし…セレニオには、アトランタに「注文」を出した記憶がない。
 いぶかしく思いながらも、セレニオはミルカに包みを手渡すと、豆袋の積み下ろしに戻った。
 一方のミルカは包みを開けると…目を丸くした。

「え、うそ、これって…。」

 その声にセレニオが振り返ると、ミルカは赤い衣服のようなものを広げていた。

「そのお嬢さんの故郷で着られているような、可愛い服を、と聞いていたが違ったかな? 私も商品の宣伝がしたかったので、ちょうど良かった。」

 そう言って笑った時のアトランタの顔には、やはり、いたずらっぽい表情が浮かんでいた。

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