銀のつなぐ路・第6話「侵略者」

 畑から戻った先代王テュニスに面会すると、南地方を制圧しているアトランタはさらなる話題を切り出した。

「このトルクの地は良質な羊毛と木綿を産します。戦後の空白になった土地を狙って、異国の商人や豪族が入り込む前に、トルクの民で産業を確保しておくのが急務であったかもしれません。まあ…すでに、私がいただいてしまったので、手遅れですが。」

 そう語るアトランタの狙いが何なのか、テュニスにも、居合わせている者達にも想像できなかった。

「それで、私達に何を望むと言うのです?」

 この国はすでに海の民に蹂躙されている。
 これ以上、何を奪われるのだろうか。
 アトランタは恫喝するでもなく、淡々とした口調で説明を続けた。

「まず、商売の場として、最寄りのカストルの村を中立地帯にすることを、ご承知おきください。村の管理はシェセルとフェゼル、二人の海の民に任せておきます。」

 ここで名の出たシェセルとフェゼルの二人は、少し前から行方不明になっていたが、アトランタ達に囚われていたことが、今の発言で判明した。
 アトランタの狙いは占領ではなく、金銭稼ぎにあるようで、彼女はさらに要望を語った。

「次に、染色の仕事をお願いするかと思います。カストルの村を通して、仕事の依頼と製品や報酬の受け渡しをさせていただきます。」

 そこまでのアトランタの話は、どこまでも実利を追いかけていた。
 …が、次の言葉の不可解さは、それまでの比ではなかった。

「あと、最後に…これが一番重要なのですが、王都に水道を敷設したいので、技官の受け入れと作業員募集のご許可をいただけますでしょうか。」

 アトランタから見れば「敵」の本拠地での工事の許可申請。
 非常識であるだけでなく、アトランタ側に何の利益があるのだろうか。
 王都を攻め落とすための前工作だとし考えても、あまりに能率が悪かった。

「おっしゃっていることの意味が、解りかねますが?」

「投資です。王都に水道を整備できれば、こちらから依頼する染色の仕事もはかどり、長い目で見れば、こちらの利益になります。…もっとも、トルクの民の損益については、テュニス陛下やアネス殿下のご管轄でしょうから、後日、派遣する技官と直接話し合われた上でご判断ください。」

 そうしたことを言い残し、退出したアトランタは捕虜とされていた副官を引き取り、買い取った馬を連れて帰って行った。
 
 
 
 アトランタを見送った後、セレニオの副官ミルカは、贈られた服の着心地を試していた。
 細かい寸法はアトランタが手直ししてくれたので、ミルカの身体の動きによくなじんだ。
 それ以上に、この世界の果てのトルクの地で、カジュアル・ドレスを着られることに、ミルカは驚いていた。
 一方、そのミルカの様子を見て、セレニオは感じた。

「(やはり、ミルカには遠い国の装いがよく似合う。…アトランタ殿に、何を支払えば、ミルカを元の国に帰してくれるのだろうか?)」

 セレニオの副官として、ミルカは不平を漏らすことも多かったが、仕事を着実にこなしてくれていた。
 ミルカの働きがあればこそ、最近のセレニオは新しい仕事に専念できていた。
 しかし、ミルカにとっての利益となると…彼女がこの土地に長居したところで、得る物は少ない。

「この服、けっこう、あったかいですね。」

「だと嬉しい。いくらアトランタ殿が敵を名乗っても、少なくとも1年は戦わずに済ませたい。」

 来年の春になったら、ミルカを元に国に帰すよう手配する。
 それまでは、アトランタと敵対したくないと、セレニオは願った。
 
 
 
 アトランタ陣営から届いた豆類で、当面の飢餓の危機を脱したテュニス達は、先送りにしていた麦の栽培に、この秋から取り掛かることになった。
 野外活動に長じた者や、屈強な者が山の隠し畑に向かうが、王都には仕事もなく無為な日々を送る者も多い。
 そこに小隊を率いて訪れたのが、アトランタの言っていた技官だった。

「君がセレニオさんですね? 僕はアトランタ海賊団の技師ロニアです。水道工事と紡績指導に来ました。銀とお弁当、それに防寒具は持って来たんで、さっそく人を集めて良いですね?」

 そのロニアと名乗った技師は、中性的な風貌をした、小難しいことを話す人だった。
 それでも、仕事では有能なようで、手早く臨時雇いの募集に取り掛かった。

「はいはい、皆さーん! 手伝ってくれた人には、ご飯とお給料があたりまーす! 体力のある人はこっち、手先の器用な人はこっちに並んでね。」

 この日はあまり多くの人は集まらなかったが、それもロニアの想定内だった。
 ロニアは集まった人々を二手に分け、一方を供の者で、糸紡ぎや布織りに通じた職人に預けた。
 そして、もう一方の人々に呼びかけて、部下に荷車を引かせて、王都を通る川の上流に向かった。
 その道中で、ロニアはセレニオに話しかけた。

「この町、昔の水路の跡があるね。もしかすると、冬になる前に水道を開通できるかもしれない。そのうち、石工の職人を呼んじゃおうぜ。まあ、今日は農業用水から手を着けるんだけど。」

 その他にも、ロニアは道中ずっと話し続けていた。
 そして、一行が川岸にたどり着くと、ロニアは部下に指示を出して皆に上着を配った。
 その上着をセレニオも受け取って着てみると、その暖かさに言葉を失った。
 ロニアが自慢げに笑う。

「これが、うちの防寒具さ。いつも手伝ってくれる人になら、あげちゃってもいいし、都合の悪い人でも、後で渡すお給料で買ってくれてもいい。村に行けば、もっと便利なものもたくさんあるから、お給料を貯めて買いに来てほしいなー。」

 この時のロニアの言葉を即座に理解できたのは、ミルカだけだった。
 それでも、ロニアにとっては、この地の人々に「貨幣経済」を教えるには、悪くない初日だった。
 そして、ロニアの指示で農業用水路の調査も始まった。
 昼過ぎには、一人ひとりに握り飯が手渡され、休憩時間となる。
 この時もロニアの長話は続いたが、少しずつ、ロニアの話に聞き入る人も増えてきた。
 そして、夕方になる前に一行は王都に引き上げ、ロニアは一人ひとりに銀貨1枚を支払った。

「これ、うちで作ってる品物と交換できるから、粗末にしないでね。村まで来てくれたら、色んな品物があるんだけど、けっこう遠いかもだから、売れ筋っぽい商品を持ってこさせるね。…それじゃ、みんな、また明日もよろしくね!」

 このロニアの活動は、日を追うごとに王都の人々の間で好評となり、次第に皆が仕事を求めるようになった。
 また、当初は「飯がもらえる」程度だった人々の認識も、持ち込まれた商品の魅力に取りつかれた。
 それについて、ロニアは後に「まず『言うことを聴けば、ご褒美をもらえる』って実感させるのが先。戦略とか理想みたいなのを説くのは、その後。」と語っている。
 
 
 
 ロニアは王都の建物の一つに住み着き、町の構造を調べながら、農業用水路の補修を進めた。
 セレニオが立ち寄ると、すでに何枚もの地図が描きあがっていた。

「やあ、セレニオ。トルクも製紙業、始めたほうがいいね。これからの文明は紙だよ、紙。…で、何か用だった?」

「…正直、あなたは危険な人だと思う。『諜報』をしているのは間違いないし、それでなくても、血の匂いがする。」

 そう言われて、ロニアは眉をひそめた。
 …こうして向かい合うと、ロニアの瞳の色が左右で違うのに、セレニオは気づいた。
 右は琥珀色、左は灰色。
 見ていて、幻惑されそうになる異相。
 しかも動きには、左手を腰に添える癖があり、剣の抜き打ちに慣れている様子もうかがえた。
 それでも、ロニアは抗弁した。

「ひっどいこと言うなあ。でもさ、僕だって、アトランタ様に雇われてる身だぜ? 雇われ人にとって、大事なのは、お給料と雇い主からの信用。その僕が、アトランタ様の顔をつぶす事して、信用なくすとか、ただの大損じゃん。」

 ロニアとしては、自分の仕事を進める上で、セレニオのような地元の有力者と敵対しても益はない。
 また、「(このセレニオって奴は、中途半端に知恵がまわるから、理詰めで説得できるかもしれない。)」とも、ロニアは見ていた。

「ふむ…。なら、あなたが多くを手にした時、持ち逃げしないとでも?」

「おいおい、僕ぁ『国家反逆』で、逃げてきた犯罪者だぜ? この先、どこに逃げ場があるって言うのさ?」

 そう語り合うセレニオとロニアは、価値観も性格も、育った環境も、違い過ぎるくらいに違っていた。
 それ以上に、セレニオにとってロニアは「警戒すべき相手」に他ならなかった。
 それでも、なぜか「相容れない」と言うことはなく、少しずつだが、お互い訪れては話をすることが多くなっていった。

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