――方法はメーカーにより変わる――
――Large Scale Integrated Circuit――
――花水木の思い出――
――方法はメーカーにより変わる――
私がLSIの設計を始めたのが36歳の時でした。
しかし、その頃この仕事は30代でダメになる
というのが、大方の業界予想だったのです。
始めたとき、すでにその年だったから、
取引先も本気で相手にしてなかったと思うのです。
それが20年も続いたって、業界の奇跡かも、
この事実、私の自慢です。
何をやったか?日本の大手半導体メーカーの仕事
だいたいこなしました、日本に多分いないと思う、
私のような人間、ハハ ってわけさ、これが今の自慢。
ホントに難しい仕事なんです、コレを能力といわず
なんというのだ、努力のタマモノなんだね、凄いでしょう。
どうしてそんな大手の仕事が私のようなな遊び人のところに
入ってきたか?
この仕事は熾烈な国際競争のまっただ中にある仕事です、
当然、仕事の出来る人間のところに入ってくる、
大事な仕事ほど出来る人間のところに入ってくる、
と言うのが自然の流れです、出来ない人は業界を去るしかない!
サラリーマンとて甘くないのです。
この仕事は、電子工学を専攻して大学出て企業に入っても
3年くらいは設計なんて出来ません。
一つのメーカーの設計ルールをマスターするのも大変です。
メーカーが変わると設計ルールが100%変わるのでそれも大変です。
おまけに、設計ルールは半導体メーカーの機密ってわけで、
ですので私は日本の大手半導体メーカーの機密を
知ったってわけ、凄いでしょう……
だからどうってこともないのですけど。
――Large Scale Integrated Circuit――
LSIマスク設計を始めた頃。
思い出すと大変ではありましたが懐かしいやら、面白かった。
仕事を始めた頃、全てのトランジスタ回路を製図板に
向かってミリ方眼紙に条規で書いていました。
指にペンダコ、消しゴムを使うから腕が筋肉痛になる、朝から
夜まで、いつ終わるともない大量の仕事、床は消しゴムカスで
汚れ、時々掃除機を取り出したりしていた。
A1サイズのマイラーミリ方眼用紙に描かれたトランジスタレイアウト図、
それを青焼きコピーをとり、各セルを丁寧にハサミで切りだす、
切った各々のセルを床にボンドで貼り合わせる、とても大きな
そう、タタミ10畳くらい、いや20畳ほどにもなった貼り合わせ図面を
這い回り検図をした。
膝痛予防の膝パットをし、それはそれは、肉体労働の世界でした。
世の中にWin98が出て久しいがWin98が世に出る10年前の話です。
LSIチップを言い表すとき、配線の最小線幅で
その製造プロセスを言ったりする。
たとえば、Macに載っているインテルのプロセッサは0.065ミクロンの
製造プロセス、65ナノミクロンテクノロジーとも言う。
この数字が小さくなればなるほど、同じスーペースに多くの回路を
実現できるわけで、マア、集積度が上がるわけです、集積度が上がると
チップの性能に何故貢献するか? より複雑な回路、大規模化出来ます。
線幅が細くなるので、そこに流れる電流も少なくなります、これは
消費電力は少なくなるってことです、ってことは発熱量が少なくなり
回路全体のスピードを上げられます。そんなふうにいいことずくめの
線幅縮小ですがそれを製造するのは大変な技術なのです。
この数字、製図板で手書きしていた頃、4ミクロンだった、それが
2ミクロンになり、1ミクロンになり、0.5ミクロン、0.2ミクロンと
日本のバブル崩壊と共に年々細くなってきたのです。
いろいろな仕事の中には、0.13のチップを0.09ルールに書き換える、
そんなこともやりました、このルールを書き換えるってのが又大変。
イメージは翻訳仕事のような、日本語で書かれた本を他の言語に、
ジャンルは違うけど、そんな内容を変えずに、
他の製造工程でのマスクを作るのです。
まあ……いろいろな仕事を、いろいろなツールを使って
やらされました。